「アルカ……」
黒の騎士団が所有する主艦「斑鳩」の管制室。
突如映し出された映像にその大きな眼を見開き、紅月カレンは言った。
「またあのプリン伯爵か……!」
カレンの後ろで管制室の椅子に寝そべった科学者、ラクシャータ・チャウラ―が忌々し気に青筋を立てている。
聞けば、エナジーウィングの設計者……つまり紅蓮を改造したブリタニア軍の科学者達は、元々ラクシャータと同じ研究所に所属していたらしい。とある事件を機に仲違いし、それ以降は連絡すら取り合っていなかったらしいが……。
しかし、結局は同じ穴の狢と言うべきか、技術的な相性は良いらしい。
その証拠が紅蓮聖天八極式。設計をラクシャータ、エナジーウィングの取り付け及び改造を件の科学者達。いわば黒の騎士団とブリタニアが誇る科学者達の技術の結晶が集まったあの機体は、既存の第八世代KMFを遥かに凌駕し、比肩する機体は無いとされていた。
が、それも今日までの事。
「エナジーウィング……」
エナジーウィング。
ラクシャータによれば、主にブリタニア機に搭載されているブレイズルミナスを応用し、エネルギー膜を翼状に展開したもの……らしい。詳しい理屈は科学者でないカレンには分からないが、要するに従来のフロートユニットよりも柔軟性があり、その上で高出力。
そんなオーバーテクノロジーとも言える代物を、蒼の巨人は有していた。
つまり世界で二機目の、第九世代KMF。
「無窮はこちらにあるのでは無かったか?」
鋭い眉を眉間に寄せ、藤堂が言う。
そう、無窮……今となっては起動すらしない残骸そのものだが。確かにトウキョウ決戦後に回収した筈だ。
だから今も主人の帰りを待って、斑鳩の格納庫に鎮座している。
「…そう、だからアレは私が作った子じゃない。多分プリン伯爵…ロイドが新規で製造した機体…。向こうには今や皇帝サマになった最高ランクのデヴァイサーが居るからねぇ……」
「アルカからの口伝のみで作り上げたと?」
「まぁ紅蓮を弄り回した奴らだしぃ? あいつら、
言うまでも無く、紅蓮を改造した奴らの仕業だろう。どうやら過去にラクシャータと共にKMFの開発に汗を流していたらしい。聖天八極式に乗った今なら嫌と言う程、ラクシャータの言う『技術力』の高さが分かる。そして無窮の脅威も。
「公開処刑のつもりか。悪鬼めが」
吐き捨てる様に星刻が呟く。第二次トウキョウ決戦で星刻はビスマルクと剣を交えた…が勝負にすらならなかったらしい。結局彼を抑え込む事は出来ず、ビスマルク単騎の上陸を許し…無窮が堕ちた。敵ではあるが、ビスマルク相手に通ずるモノがあったのだろうか。無窮に貫かれたギャラハッドを苦々しく見つめている。
「一体、何がしたいんですの? ………アルカ」
「────」
神楽耶様の疑問に答えられるものは居ない。
アルカが皇帝に即位してからというもの、彼女が行っているのは内部の破壊だ。貴族制度の撤廃、ナンバーズの解放、残る全ての皇族の皇位継承権の剥奪。反発するものは皆殺し……そう、それこそ今回のビスマルクの様に。シャルル・ジ・ブリタニア亡き今、唯一にして絶対の皇帝は自分自身だと、力を示しているのだ。
だがしかし、それが国外に向いている訳では無い。随分と声も治まったが、声の大きい貴族達からは悪逆と揃って言われてるものの、国内の貧民層、旧ナンバーズ、国外の人間からは『革命の英雄』と評されている。各々が敵視していたブリタニアの体制を自ら破壊しているのだから、無理も無い。加えて名乗った名前が『皇』だ。ブリタニアへのカウンターで立ち上げた超合衆国。その理事の1人である日本国代表と同じ姓。合衆国内部でも今のブリタニアに与するべきだという声も少なくない。
要は判断に困っているのだ。
『──告げる』
映像が切り替わる。煌めく翼を持つ巨人から、少女へ。まだ幼いに確かな覇気を纏わせて、戦闘後だというのに汗の一滴も無い冷ややかな笑みを浮かべた皇帝が映し出されている。
『エリア1、ならびにブリタニア国民の皆さん。旧体制の遺児、ビスマルク・ヴァルトシュタインはご覧の通り亡くなりました。これで名実ともに私がブリタニアの支配者だと、よくお分かり頂けたかと思います。──さぁ、頭を垂れよ、忠誠を示せ……彼の様になりたくないでしょう?』
にっこり。
皇帝は人懐っこい笑みを浮かべた。何度も見た事がある。あの温かく可愛らしい笑み。
だけど、決定的に違う。
『無意味に国民の命を散らすのは好みません。精々、剣を抜かせぬ様……努めて下さいね?』
▼
「ふむ……」
巨大なモニターに映る皇帝の笑みを前に、シュナイゼルは朗らかな笑みを浮かべている。まるで児戯を眺めるような、そんな瞳だった。
「ヴァルトシュタイン卿が…ああもあっさり………」
後ろで控えていた文官、カノン・マルディーニが動揺を顕わにする。シュナイゼルの前だと言うのにも関わらず、平静を崩し冷汗を流す。それほどまでにビスマルクが、エリア1が堕とされたという事実が衝撃だったのだ。
ビスマルクと言えば、あの『閃光のマリアンヌ』に次ぐ騎士と名高い。長い歴史の中でもトップクラスの実力を持ち、シャルルが即位した折に起こった『血の紋章事件』でも当時のラウンズを中心とした反逆者を退けたと今でも語り継がれる程の実力者。そんな男が、そんな男が統治する最大の植民地が。たった一人に崩された。
「なにも、狼狽える事は無いよ。カノン」
凛として、シュナイゼルは動揺を示す己の部下に笑みを向けた。不安に揺れる心を優しく包み込むような温かい笑み。この人が言うなら大丈夫だと、不思議と感じさせてしまう言葉。
「ビスマルクが討たれるのは規定事項だよ。ルルーシュ達のこれまでの動きを見れば分かるだろう?」
「反抗勢力の排除……」
「そう、それこそ血の紋章事件のようにね」
帝国最強の騎士というだけあって、ラウンズの影響力は計り知れない。幾多の侵略戦争を勝利に導き、力が絶対のこの国で己の力を示し続けて来た者達。その称号のみで、あのルキアーノですら慕う者が居たくらいだ。放っておけば叛逆の旗印になってしまうのは明白。
「実に合理的だ。ブリタニアにおいてビスマルク以上の騎士など存在しない」
「ですが何故、皇帝自らが出るような真似を………」
「───王が動かなければ部下がついてこない」
「殿下?」
「ゼロ…いや、ルルーシュの言葉さ。カノン、アルカの事を聞いた事は?」
シュナイゼルの言葉を受け、カノンは己の記憶を漁る。伯爵の家に生まれ、貴族学校の時代からシュナイゼルと共に過ごしている為、王宮内の事はある程度、精通している筈であった。
しかし、アルカ・ヴィ・ブリタニアと言えば皇族の中でも末端中の末端。ヴィ家の没落と同時にようやく名前を知った位だ。
「……いえ。幼くして亡くなった悲劇の皇女…としか」
「無理もない。なにせ彼女はおろか、ルルーシュすら表舞台に立っていなかったのだから」
「………………」
「アルカはね、幼いながらに執着心の塊のような子だったよ」
兄姉であるルルーシュとナナリーが、同年代のユーフェミアが、3人よりも少し上のクロヴィスが。悠悠自適と過ごす中、末端である筈のアルカは1人隔離され、血が滲むような訓練をしていたという。───全ては力無き娘の将来の為、とマリアンヌは語っていたが、片手の指のも満たない歳の童女にそれを強いるのはハッキリ言って異常だった。
だがマリアンヌとて、響かない鉄を打ちはしない。ましてや元騎士侯、ひいては帝国最強のラウンズの出だ。その辺りの審美眼は常人よりも遥かに養われていた。それでいてなお、アルカに熱を注いでいたのは───。
「幼いながらに理解していたのさ。この国でモノを言うのは力だと。そしてその力は自らの為では無く、兄姉…つまりルルーシュ達のために振るうとね」
「では………」
「自らが先陣を切ったのは皇帝の力を誇示させる為。だけどそれもハリボテさ。前に言っただろう? ルルーシュがキングだと」
ああ。とシュナイゼルは愁いを帯びた瞳でモニターを見つめる。
「可哀そうに、アルカ。君はルルーシュにとっての隠れ蓑でしかない様だね」
彼、シュナイゼル・エル・ブリタニアに執着心という淀みは存在しない。この世界は盤上のゲームで、そこに営む人間はただの駒。故に、力に、血の絆に固執するアルカは実に滑稽に見えた。