「帝都を捨てる!?」
マリーカは思わず声を荒げて、珍しく玉座へと座る少女に対し、信じられないものを見るような視線を向けた。本来であれば皇帝に対する不遜な態度として切り捨てられてもおかしくはない振る舞いであるが、生憎それを皇帝も周りの側近も咎める様子は無い。言った彼女自身、分かっているのだ。永年にわたり帝国の中心だった都を捨てるという決断が、どれだけ荒唐無稽であるかを。
「ええ。来たる超合衆国決議。そこに合わせて、日本に向けて全軍を進軍させます」
「立派な侵略行為じゃないですか…。民主主義のこの時代に……」
「今更なにを。ここで手をこまねいていては、それこそシュナイゼルの思う壺です」
超合衆国は今やブリタニア以外の国の民意の塊のような組織だ。これからの世界を統べるならば、その民意を掌握しなければならないのは必然。最早どちらが超合衆国の実権を握るかのゲームなのだ。
「貴女も技術者なら分かるでしょう? シュナイゼルの手にはトロモ機関が開発したダモクレスがある。そして恐らく、フレイヤ弾頭も」
横で控えるスザクの肩がピクリと跳ねた。
「シュナイゼルにとって今一番価値の無い国はブリタニア。これから超合衆国を手中に収めんと動く中、ブリタニア以上に格好の的は無い。何せこの国は加盟諸国の恨みの対象ですからね。手土産には丁度良いでしょう……特に黒の騎士団に対しては。それに今や帝都ペンドラゴンは私の思うがまま。皇帝のギアスが蔓延した都など、奴にはゴミ当然でしょう」
「それなら…いつ撃ってもおかしくないのでは?」
ダモクレスは全長3000mにもなる空中要塞だ。4基の大型フロートユニットにより単独飛行を可能にし、堅牢なブレイズルミナスに囲まれた難攻不落の要塞と聞く。それ自体に攻撃性能は無いが、ニーナ・アインシュタインが開発したフレイヤ弾頭を搭載されており、天から全世界に向けて一方的に撃てるという。
そう、マリーカの言う通り、シュナイゼルの下にすでに天空要塞があるのなら、いつ撃ってきても不思議では無いのだ。
「いや、シュナイゼルは必ず不在時を狙う」
帝国宰相、ルルーシュ…いや、ジュリアス・キングスレイが確かな確信を持って口を開く。
「やつが皇帝を討たんとするときは、民意を利用する筈だ」
不意打ちに近い形でフレイヤを帝都に落としたとして、結局それはアルカとやっている事は変わらない。力を持って先代を殺し、自らが皇帝の椅子に座る。それでは国民は、世界はシュナイゼルにアルカの姿を重ねるだけだろう。
そうではなく、彼は必ず民意に則ってアルカを討つ筈だ。世界の敵、悪逆皇帝アルカ・ヴィ・ブリタニアを討った英雄として、誰もが認める皇として世界を統べる為に。
それこそがシュナイゼル・エル・ブリタニア。執着は無く、望みも無い。ただ周りに望まれるがままに結果を出してきた優等生。
「ええ、ジュリアスの言う通り。そして決戦は近いでしょう。超合衆国決議……そこで私もシュナイゼルも動かざるを得ない。戦場は…日本」
「さっきも仰っていましたが…なぜ日本なのです?」
マリーカに続いてセシルがおずおずと手を挙げた。
「それは私がそう望むからに他ならない。当日、各国の要人の前で、宣戦布告します。さすれば超合衆国もシュナイゼルも見過ごせない……それを見越して全兵力を日本に進軍させるのです。当日、思い知る事でしょう。私は和平交渉をしに来たのではなく、戦争をしに来たと」
「いえ、戦場の話では無く、なぜ決議の場を日本と──」
「それはロイドが一番分かっているのでは?」
「あはぁ~。ニーナ君か」
フレイヤの開発主任、ニーナ・アインシュタインは第二次トウキョウ決戦後、軍からその姿を消したという。超合衆国にとっても重要な地である日本に深い爪痕を残した兵器の開発者。それだけあって、彼女は合衆国からもブリタニア軍からも追われる身となっている。
「機情の報告でトウキョウ租界に潜んでいるのは確認済み。世間の注目が私に浴びている裏で、別動隊が彼女の身柄を押さえにいきます。フレイヤの構造や欠点……開発者であれば分かるでしょう。アレをクリアしなければ、シュナイゼルには勝てない」
たった一発でトウキョウ租界を殺した殺戮兵器。あれの前では第九世代であっても……いや、既存の兵器その全てが塵と化す。それでは最早戦争以前の問題だ。
「世界の1/3を統べる帝国の皇帝の座を取った所で、たった一つの兵器に悩まされるとは……。世界もままならないね…」
不安を吐露する様に語るアルカ。その表情には疲れが伺え、皇帝の顔というよりは等身大の少女の顔だ。
だがそれもすぐに戻る。
「とにかく、次の戦いが天王山であると心に決めなさい。ジュリアス、加盟表明の準備を。ロイド達はアルビオンとクラブの配備を急ぎなさい。ノネットとスザク、ジェレミアは軍の編成を」
「「「「「イエス、ユア・マジェスティ」」」」」
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その皇帝の一言は、世界中で物議を醸した。
「わが神聖ブリタニア帝国は超合衆国への参加を表明致します」
それは実質的な帝国の崩壊宣言であった。
超合衆国は巨大な民主主義国家だ。帝政を敷いているブリタニアのカウンターとして組織されたこの連合国家は、各国代表の合議体である最高評議会のによる多数決で意思決定が行われ、その投票権は各国の人口に比例をする。
また超合衆国において唯一保持する軍事力は黒の騎士団のみと憲章第17条で名言しており、各国が保持していた軍事力に関しては永久に放棄される。唯一どの国家にも属さない黒の騎士団が資金と人員の提供を条件に超合衆国全体の安全保障を確約するのだ。
つまりブリタニアが加盟するという事は、皇帝は今後、国の舵取を行わず、加えて世界最高の軍隊を解体させることを意味する。
ある者は歓喜を顕わにした。
そもそもアルカ・ヴィ・ブリタニア/皇アルカが即位して取り掛かった事と言えば、破壊だ。貴族制度の撤廃、ナンバーズの解放。皇帝自らが今までの国是を否定したのだ。「ああ、皇アルカは正義の皇帝だ」と。皇の名前がその声をさらに助長させているのであろう。なにせ超合衆国最高議長の皇神楽耶と同じ性だ。そもそもあのアルカという皇帝は超合衆国が派遣したブリタニアに潜り込ませたスパイなのだと言う声も多い。
しかしその声明を不安視するものも一定数居た。大体はかつてのブリタニアを良しとした純血が主であったが、意外にも超合衆国の内部でも危惧するものは居た。世界をブリタニアとそれ以外で色分けする事となった超合衆国にブリタニアが合流するのだ。たった一国で約50か国からなる連合国家と同等の国力を持つ大国がだ。飼い慣らせるのならまだいい。だが超合衆国がブリタニアという国を、皇アルカという皇帝を御しきれなかった場合は目も当てられない。そうなった場合は実質的なブリタニアによる世界統一となる訳なのだから。
皇帝の一手が善意からなるものか悪意からなるものか。それは今の世界には分からない。
しかしたった一言。年端もいかぬ少女のたった一言で、世界中はかき乱される。それだけブリタニアの皇帝の座は未だに重く、そして強い。
「はっ、向こうも大変そうね」
己の行動一つで世界は塗り替わる。その様を嘲笑するかの様に、アルカは笑った。
視線の先のモニターには彼女にとっても懐かしいアッシュフォード学園が映っている。ブリタニア皇帝が来ると聞いて駆け付けた野次馬が、警備を固める黒の騎士団の兵士が、忙しなくしている。
「本当に良いのか? 碌に護衛も付けず」
皇族のみが使用を許されていた飛空艇。評議会開催地であるアッシュフォード学園に向けてゆっくりと航路辿る中、C.C.は眉を顰めてアルカを見つめる。
「……向こうに私を討つ度胸は無いよ」
世界の民意は既に皇帝アルカを支持している。取り分けこれまでブリタニアに虐げられてきた旧ナンバーズや超合衆国加盟諸国からだ。そんな彼女がわざわざ超合衆国に参加する為に出向くとまで言っているのだ。そこで皇帝の身になにかあれば、それこそ国際問題、戦争の火種になるのは明白。超合衆国という連合国家のそもそもの信用が揺らぐだけでなく、ブリタニア側に付け入る隙を与えるのだ。そんな愚行、神楽耶が許す訳も無いだろう。
「それにこっちが民主主義に参加したいですって頭下げに行くんだよ? 武器をチラつかせるのは無粋でしょう?」
「わざわざ全軍を率いておいて、か?」
「向こうに粗相が無い限りは使わないよ」
所詮、超合衆国などただの器だ。重要なのはその器を誰が獲るかでしかない。ブリタニアの参加の表明はその為の一手に過ぎず、加盟の可否は関係無い。どちらに転んだにせよ、世界はブリタニアの手に落ちるのだから。
「嗚呼…なんて可哀想な
そんな哀れな方は救ってあげないと、ね?
▼
「ふむ、やはりルルーシュは日本で決着を付けるみたいだ」
遥か上空。通常兵器では到底辿り着く事の出来ない、大気圏の際。丁度、神聖ブリタニア帝国・帝都ペンドラゴンの真上に当たるそんな場所。
シュナイゼル・エル・ブリタニアは感情の色も無く、ただただ己の故郷を見下ろしていた。
天空要塞ダモクレスはその特性上、既存のモノとは比較出来ない程のファクトスフィアを搭載している。故に、地上から遥か離れた上空でも、下界の動きは手に取るように分かった。
「見てごらん、コーネリア。旗鼓堂堂*1とはこういう事を言うのだろうね。いやはや、ギアスの拘束力というのは末恐ろしい」
その進軍に一切の乱れも淀みも無く。ただただ機械の様に規則的だ。しかし決して統率が取れている訳では無いだろう。即位して間も無く、ましてや既存の帝国の全てを否定した皇帝に素直に従えるほどブリタニア軍も一枚岩では無い。だからこれはひとえにギアスによる強制…つまりルルーシュ達の傀儡と化しているという事だ。
「いや参ったね。超合衆国を落とされれば、さすがの僕でも勝ち目が無い。世界の民意に……いや彼らのギアスに弾き出されてしまう」
「では……」
「やはり皇帝を立てるしかないだろう。アルカに代わる…新たな皇帝をね」
シュナイゼルは静かに目を伏せた。
「超合衆国の加盟は認められない。ディートハルト、黒の騎士団と連絡を取ってもらえるかい? 先の一件でルルーシュとアルカ…取り分けギアスに対する不信感がある筈だ。そこを利用しよう」
「イエス、ユア・ハイネス」
超合衆国の民主主義など建前だ。中華連邦と合衆国日本が母体になっているとは言え、そこの二つを繋ぐのは黒の騎士団。最高議長の皇神楽耶ですら、元々は黒の騎士団の支援者だ。実質的に黒の騎士団の中核メンバーの意志がそのまま超合衆国に反映されるのは必然。結局はゼロ/ルルーシュが都合の良い様に作り上げた烏合の衆でしかない。
「カノン、フレイヤの準備を進めてくれるかな。ギアスに毒された都など、新たな世界には不要だからね」
「…なっ、兄上……! 民を見捨てると!?」
カノンが頭を下げる中、信じられないものを聞いたかのように声を荒げるのはコーネリアだった。
「大義の為の犠牲はやむなしだよ、コーネリア。これは虐殺ではない。世界に対する意志表示なんだ」
「しかし……!」
「それにこれは彼女の意志でもあるんだよ?」
これは圧政に対する答えである。これは不条理に対するカウンターである。これは争いに対する抑止力である。これは真なる皇帝の威光である。
我らが皇帝は不当なる玉座の簒奪は認めない。民の意志を捻じ曲げ統治する世界など認めない。────新世代の皇とはより多くの民意を獲得した者でなければならない。
故に、彼らは排斥すべき存在である。
「さぁ私達と世界…共通の敵としてルルーシュとアルカの首を据えようじゃないか」