「まったく、面倒な・・・」
そうぼやきながらキャロルは目の前の大きな扉を見る。
オルクス大迷宮と呼ばれるこの迷宮が本日の実戦訓練の場所だった。
メルド率いる騎士団員達と共に入場ゲートを通り、オルクス大迷宮に入って行く。
全員が入り、扉が閉まる瞬間。
キャロルは自分の足元に向かいある物を落とした。
それは小さくパリンと割れる音を発したが、扉が閉まる瞬間の大きな音にかき消され気付く者はいなかった。
最初に現れた魔物はラットマンと言う名の魔物だった。
初めて直で見る魔物を見たキャロルはただただ疑問だった。
ハジメと共に魔物の情報は図書室で調べたが、一体どのような進化の結果あの様な生物が発生するのか?
かつての世界で先史文明がノイズを作り、自分を含めた錬金術師がそれを解析してアルカ・ノイズを作り上げた様にこの世界の過去の住民達が作り上げた一種の生物兵器が制御を離れ勝手に繁殖しているのでは?
そもそも、この大迷宮自体が腑に落ちない。
事前に得た情報では、倒した魔物と同一と見られる個体の出現も確認されているとか。
同一個体が再度出現する。
まるで何処かにオリジナルのデータでもあってそこからなんらかの方法で復元されている様では無いだろうか?
そのうち調べてみるのも一興かと考えながら進んで行く。
ハジメとキャロルには騎士団員達も期待していないのか、適当に弱らせた魔物を倒す様な形になっている。
20階層にたどり着き、今日はここで最後の訓練をして引き上げることになった。
そんな時に、事件は起こった。
ロックマウントと呼ばれる魔物の攻撃に顔を蒼褪めさせた香織の姿を見た天之河が大技をぶっ放したのだった。
魔物ごと壁を打ち破り、香織に向かって爽やかスマイルをする天之河。
「「この大馬鹿者!!」」
「へぶぅっ!?」
メルドから拳骨、キャロルからドロップキックを喰らう。
自分の拳骨と同時に飛び蹴りしてきたキャロルにメルドも驚く。
「こんな狭い場所で大技をぶっ放すな!お前はオレ達を生き埋めにする気か!」
「彼女の言う通りだ!崩落したらどうする!」
その言葉にシュンとする天之河。
「まったく、大馬鹿者が・・・!」
キャロルが怒りながらさっきまでいた自分の隣に戻ってくる姿を見ながら見事なドロップキックだったなぁと考えるハジメ。
「まったく、あいつは海底の深淵の竜宮でミサイル乱射してきた雪音クリスか・・・!?」
一瞬、深淵の龍宮でミサイルの直撃を喰らう寸前だった記憶が蘇ったキャロルだった。
ハジメはキャロルの独り言に出て来た深淵の竜宮と言う単語や雪音クリスと言う人物名を聞いてみたかったが、機嫌の悪くなったキャロルに聞く勇気などなかった。
「なんだ?檜山大介の奴、壁に登って何をしている?」
ハジメはキャロルの言葉にキャロルの視線の先を見る。
檜山が壁に登り、何かを取ろうとしていた。
次の瞬間、騎士団員の1人がトラップだと叫んだ。
一瞬視界が暗転し、見知らぬ場所にいた。
迷宮内なのだろうが、大きな石橋の上の中央部にいた。
メルドが転移系のトラップらしいと言い、混乱する生徒達を落ち着かせようとする。
だがまるで空気を震わせるような咆哮がこの空間に響いた。
橋の反対側に巨大な魔物がいた。
「まさか・・・ベヒモスなのか・・・!?」
メルドが声を振り絞る様に言う。
直後に騎士団員に生徒達を連れて撤退すると指示を飛ばす。
しかし反対側にはトラウムソルジャーと言う名の骸骨の剣士の様な魔物が次々と湧いて出てくる。
挟み撃ちとなり、パニックは伝播し生徒達の混乱はエスカレートする。
メルドは騎士団員達にトラウムソルジャーの群れを突破し生徒達を避難させる為に時間稼ぎをしようとするが天之河が自分も戦うと言い、メルドは逃げる様にと言う。
生徒達の混乱を沈めるにはカリスマのある天之河がリーダーとして率いないといけないとハジメが強く主張する。
ハジメはメルドと何かを話すと、ベヒモスの方向に走り出す。
「何をする気だ!?」
突然の事にキャロルも驚くが、次のハジメの行動で理解した。
「錬成!!」
同時に橋の表面が隆起し、ベヒモスの脚を封じる。
「考えたな・・・!」
ハジメの柔軟な技術の応用にキャロルは素直に感心する。
反対側を見れば騎士団員達がトラウムソルジャーの群れに突っ込み、生徒達の避難路を確保し始めている。
「行けるぞ・・・!」
メルドはハジメの考えた作戦が成功しもう少しでトラウムソルジャーの群れを突破できると確信し、ハジメに引き上げる様に合図を送ろうとし目を疑った。
「向こうからも・・・トラウムソルジャーだと・・・!!?」
ベヒモスの背後から蠢く様にトラウムソルジャーの群れが迫る。
トラウムソルジャー達は足止めされているベヒモスに追いつくと、錬成で盛り上がった橋の表面をよじ登り出す。
「騎士団よ!道を切り開け!!」
団長の鼓舞に団員達の士気が上がる。
生徒達も落ち着きを取り戻し、一部の生徒は騎士団員の補助を行う。
「まったく・・・南雲ハジメが命を掛けているのを見て、何もしないわけにはいくまい」
キャロルは生徒達に背を向け、ハジメのいる方向へ歩き出しながらポーチの中に手を入れるとその中身をいくか無造作に掴む。
「おい!何処へ行く!?彼の努力を無駄にするのか!?」
トラウムソルジャーの群れを突破し生徒達が避難を始める中、ハジメの方向に向かって歩き出したキャロルの姿が目に入ったメルドが声を荒げた。
その声に幾人かの生徒と声が聞こえたハジメがキャロルの姿を見る。
「キャロル、こっちに来ちゃダメだ!みんなと逃げるんだ!」
キャロルは立ち止まる。
誰もがキャロルが引き返すと思った。
「手の内は明かしたくなかったが、仕方あるまい!」
掴んだそれを無造作にばら撒く。
小さな赤っぽい結晶体が目に映る。
それは床に落ちて割れる。
その割れた場所を起点に魔法陣の様な紋様が浮かび上がる。
そこから湧き上がる様に異形の姿の存在・・・アルカ・ノイズが数体姿を現す。
「え!?」
「何!?」
「魔物!?え、でも!?」
混乱する生徒達の目の前で動き出したアルカ・ノイズはハジメの方向へ向かい走り出し、その分解器官でハジメに最接近していたトラウムソルジャーの一体を赤い塵に分解する。
ハジメに接近するトラウムソルジャーをアルカ・ノイズが次々と分解して行く。
アルカ・ノイズ達はベヒモスに対しても分解器官の攻撃を行うがまるでベヒモスを守る様にトラウムソルジャーが分解されベヒモスは未だ無傷。
その様子を見たメルドはあの未知の魔物は敵ではないと判断し、ハジメに避難完了の合図を出す。
ハジメが錬成を中断し走り出すと同時にベヒモスは拘束から抜け出す。
拘束から抜け出たベヒモスはまるで邪魔な障害物を排除する様に足元のトラウムソルジャーをなぎ払う。
その薙ぎ払われたトラウムソルジャーと瓦礫に巻き込まれる形でアルカ・ノイズ達はトラウムソルジャーと瓦礫と共に橋から放り出され底の見えない奈落へと落ちて行く。
メルドの指示で生徒達がベヒモスに向かって魔法を放つ。
ハジメの逃げる時間を確保する為に。
魔法の直撃を受けたベヒモスは進む速度を落とす。
その様子を見たキャロルはハジメの努力を無にする気はなく、やや駆け足で生徒達のいる場所へ向かう。
その背後で。
「なんで!?」
ハジメの戸惑う声と同時に爆発する音がし。
ハジメの絶叫が聞こえそれはあっという間に小さくなって聞こえなくなった。
思わず背後を見るキャロル。
ハジメの姿は無く、さっき自分が通った時にはそこにあった橋の表面が抉れ、橋の一部が崩落していた。
「何が起きた?」
キャロルの呟きは生徒達・・・主に女生徒の悲鳴に掻き消された。
「おい、何が起きた!?」
キャロルは一番近くにいた名前もよく知らない生徒に聞く。
「お、落ちた・・・!な、南雲が落ちた!!」
「何故だ!?」
「ま、魔法が・・・それたみたいだった・・・」
「くっ・・・!」
キャロルが拳を握りしめる。
「いやああああぁぁぁっ!離して!ハジメ君が!ハジメ君が!!」
錯乱状態に陥った香織が雫に羽交い締めの様な格好で押さえられている。
天之河も香織を抑えている。
「香織!落ち着いて!」
「離して雫ちゃん!約束したの!私がハジメ君を助けるって!絶対助けるって約束したの!!」
「香織!もう無理だ!君まで死ぬ気か!?」
「無理って何!?死んだって決めつけないで!ハジメ君が待ってるんだから!助けを待ってるんだから!あぐっ!」
ドスッと、キャロルの小さな拳が香織の鳩尾を抉る様に突き入れられた。
気絶する香織を抱える雫。
「ディーンハイム!何もそこまで・・・!」
「光輝!いいのよ、これで。ありがとう・・・」
「ああ。これぐらいしか今は出来ないがな・・・」
「すまない、我々の力不足で犠牲者を出してしまった・・・!!もう1人も犠牲者を出さない!全力で迷宮を離脱する!」
メルドを先頭に階段を駆け上がる。
延々と続く階段を駆け上ると行き止まりだったが壁に魔法陣がある。
トラップの有無を判定する道具を使い、念入りに調べ安全を確認すると魔力を流し込む。
壁が回転し、先に進むとそこにはさっきまでいた20階層だった。
「戻ってきた!」
「助かった!」
「もう嫌だ・・・!」
生徒達は危機を脱出した事により、一気に緊張の糸が切れ座り込む者もいる。
「まだ気を抜くな!魔物はまだいるぞ!ここからは戦闘は避け、一気に脱出する!もう少しの我慢だ!踏ん張れ!」
メルドの一喝に疲れ切った生徒達から不満の声が出る。
「ちょっと待ってもらおうッ!」
それを遮るキャロルの声。
誰からともキャロルを見れば、固まっている一団からキャロルは距離を取っていた。
「悪いが、今からオレは別行動をとらせてもらう」
突然の宣言にメルドも戸惑う。
「とにかく、詳しい話はここを出てから聞こう。極力、君の意思は尊重したい。だから落ち着いてくれ」
「悪いな、オレの考えは変わらない」
ポーチの中に手を突っ込み、無造作に結晶体を掴むと目の前に投げる。
床に紋様が浮かび上がり、再びアルカ・ノイズ数体が姿を現す。
アルカ・ノイズを挟み、キャロルと騎士団を含む生徒達が向かい合う。
「力尽くで止めたければやってみろ」
先程のアルカ・ノイズの能力を見たメルドはキャロルが決して折れないと悟る。
「ディーンハイム!我儘を言うな!とにかく今は戻ろう!」
キャロルに近付こうとする天之河だったがその足元の先の地面をアルカ・ノイズの分解器官が分解し赤い塵と化す。
「うわっ!?」
思わず尻餅をつく天之河。
「次に近付いたら、その脚をアルカ・ノイズに分解させる」
「諦めろ、彼女は本気だ・・・」
メルドが光輝を助け起こしながら言う。
「ディーンハイム、君はこの世界に来てから手に入れたその錬金術師とか言う天職の力に酔っているんだ。今ならまだ引き返せる」
「ああ、お前達は勘違いをしている」
「え?」
「この世界に来てから手に入れた力?それは大間違いだ。オレは今も昔も、地球にいた時から錬金術師だ。このアルカ・ノイズも使う機会がなかっただけで地球でいつでも呼び出せた」
「なっ・・・・!?」
「だから、オレが天狗になっていると思っているお前の考えは的外れだ」
「・・・・・馬鹿な・・・・錬金術なんて話の中だけの・・・」
「私達と離れて、どこに行くの?」
雫が聞く。
「無論、この先だ。オレはこのオルクス大迷宮に興味が出た」
「そう、分かったわ・・・。一つ、お願いしていい?」
「言ってみろ」
「もし、南雲君の遺体を見つけたら、お墓を作ってあげて」
「分かった。遺品も回収しておこう」
「お願い」
キャロルは再びポーチに手を入れる。
何人かはキャロルがまたこのアルカ・ノイズを更に呼び出すかと思った。
しかしキャロルが取り出した物は一つの結晶体でサイズが少し大きい気がした。
「オレからの餞別代わりだ」
キャロルが放り投げたそれは一団のほぼ中央部分に落下した。
同時にキャロル以外の全員のいる範囲を越えるほどの大きな紋様が浮かび上がる。
一瞬で一団の姿が消える。
キャロルはついさっき通った回転壁を見た。
既に普通の壁と見分けが付かない。
「南雲ハジメか・・・。まぁ、嫌いではなかったな・・・・ゆっくり眠れ」
そう呟き、大迷宮の奥へとアルカ・ノイズと共に歩き出す。
生徒達は一瞬で目の前の光景が変わった事に再び戸惑った。
だが誰かが大迷宮の入り口のゲートのすぐそばにいる事に気付く。
「入り口!?助かった!」
「キャロルちゃんが送ってくれたんだ!」
「助かったんだ・・・!!」
生徒達は喜びの声を上げ、騎士団は錬金術での転送術に言葉を失う。
外に出た生徒達は戻ってきたと実感し、メルドは新たなトラップの存在を報告する。
犠牲者1名、別行動を宣言し迷宮に先に進んだ者1名。
犠牲者が出た事で生徒達の中から何人もの離脱者がこの後出る事になる。
この時点ではキャロルはハジメが死んだと思っています。