怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
初めて見たとき、「なーんだ、意外と小さいのね」と思ったのをよく覚えている。
もちろん、身長50メートル、体重1万トンの怪獣が『小さい』なんてことは決してないはずだ。
だけれど、そいつの隣に
西暦2046年、三月某日。この日、日本の大首都:
眠らない街:東京を、背中に
毎週楽しみにしていたアニメマンガの再放送はお休み。代わりにテレビは、大怪獣ゴジラがいる風景を、鳥の目線から眺めるように高い空から映していた。
テレビ画面の向こう側、空中のヘリコプターから実況中継しているリポーターが、眼下のゴジラを指差しながら興奮した様子でしきりに叫んでいる。
〈 信じられません、まったく、信じられません!…… 〉
なにが信じられないというのだろう。
毎日毎日、世界のどこかで怪獣が暴れている『怪獣黙示録』の時代。
そんな時代に生まれたわたしにとって、身長50メートルの恐竜みたいな怪獣なんて別段不思議でもなんでもない。
……つまんない!
そのとき五歳数ヶ月、ちっちゃなわたしはむくれていた。
その日は大人たち皆が慌てふためいていて、わたしのことなんかほったらかしだった。
唯一の暇潰しになってくれるはずのテレビだってこの有様。どのチャンネルをつけても(いつもだったら緊急報道特番なんかやらない7チャンネルさえもだ!)、東京に上陸したゴジラのニュースばかりやっている。
そういうわけで、わたしはこの日はずっとご機嫌ナナメだった。
……こんな、街の夜景をぼーっと空撮するだけのニュースなんか退屈だ。こんなのより、楽しいアニメマンガが観たい。
それに、同じ怪獣なら、空も飛べるラドンの方がカッコいい。
だけど、大人たちはチャンネルを変えるなテレビを消すなというし、玩具も絵本も片付けられてしまった。
暇を持て余したわたしは、テレビの画面をぼんやり眺めるしかなかったのだ。
広い通り――当時、
この電波塔は、建てられてから一世紀近くも東京を見守ってきたランドマーク、いわば東京のシンボルみたいなもので、高さは300メートルを越える。
そんな立派な電波塔と比べると、身長50メートルしかないゴジラはますます小さく見えた。
自分を見下ろすように
その背中で青い火花がばちばちと散り始めた。
何をするんだろう、とわたしが思ったその時、
ゴジラの眼前で、閃光が
直後、ゴジラの前方から扇形に火の手が上がり、一帯が真っ赤に燃え上がった。
東京の名前を冠した電波塔は、真夏の飴細工みたいにぐにゃりと潰れ、金属が
雷、ではない。
火を吐いた、のとも違う。
青白い光の一閃だった。
どういう仕組みかはわからないけれど、ゴジラは鼻先から青い光線を発射して電波塔を焼き切り、そして周囲を焼き払ったのだ。
おかげで、ゴジラよりずっと高かったはずの電波塔は、今やゴジラの腰の高さで切り倒されてしまった。
ゴジラの放った青白い光線は、射程範囲の一切合切をきれいさっぱり吹きとばし、東京の街を炎の海に変えていた。
天を突くようなビルが並んでいた夜景も、今や一瞬にして昼間より明るい火炎地獄だ。
その真っ只中へと投げ込まれた紅白の電波塔は、激しい火の手にまかれ、まるで東京の行く末を示すかのように燃える海へと沈んでゆく。
当のゴジラは、自分より
そんな、この世の終わりみたいな光景をヘリから中継しているリポーターが、玉の汗をだらだら流しながら叫んでいた。
〈 テレビを御覧の皆さま、これは劇でも映画でもありません! 〉
〈 現実の奇跡、世紀の怪事件です……! 〉
……なんて大迫力!
エガートン=オーバリーの着ぐるみメカゴジラ映画なんて目じゃない。
わたしはアンニュイな気分をぶっ飛ばされ、いまやテレビ画面に釘付けだった。
テレビ中継の画面がガクン、と動いたかと思うと中継のヘリは空高く急上昇し、眼下のゴジラが急速に小さくなった。
その画面脇から、変な形のヘリコプター――地球連合軍が配備しているメーサーヘリだ――が現われた。
一機、二機、三機、メーサーヘリは次々と現われ、総計十機以上ものメーサーヘリが地上のゴジラを空中から包囲した。
暴れまわるゴジラをやっつけるために送り込まれたメーサーヘリは、両脇に装備しているメーサー殺獣光線砲の矛先を向け、目も眩みそうなメーサー光の雷撃がゴジラに襲い掛かる。
流石のゴジラも一巻の終わりかしら。先日テレビで観た怪獣退治のシーンを思い出すわたし。
だけど、ゴジラは一味違った。
メーサーの稲妻に全身を焼かれても、ゴジラはびくともしなかった。
並の怪獣だったらあっという間にやっつけちゃうメーサーの集中砲火も、ゴジラには屁でもないみたい。
ゴジラの背鰭が再び光をまとったかと思うと、鼻先から発射された青白い光線が、メーサーヘリの包囲陣をなぞり書きするように、空にぐるっと輪を描いた。
花火大会みたいに次々と爆発が連鎖し、ゴジラを取り囲んでいたはずのメーサーヘリは、みんな火の玉のぼた雪となってボトボトと墜落していった。
そうやってメーサーヘリを一掃したゴジラはついにこちら側、テレビ中継をしているヘリコプターに気がついた。
ゴジラの表情にズームするカメラ、テレビ画面越しに、わたしはゴジラと目が合った。
真正面から向き合ったゴジラは、怒り狂っているような、号泣しているような、あるいは悶え苦しんでいるようでもある、どれとも言えるしどれでもないような、とにかく言葉では言い表しがたい、物凄い形相をしていた。
ゴジラの目つきはまるでわたしを睨みつけているかのようで、頭の奥を貫かれた気分のわたしは思わずハッと息を呑み、そして自分の顔を覆った。
〈 ゴジラがこちらに振り向きました、いよいよ最期です! 〉
リポーターは覚悟を決めたようで、狂気染みた剣幕でひたすら中継を続けていた。
ゴジラは地鳴りみたいな声で唸り、その背中に青い後光が灯り始める。
〈 背鰭を光らせました、もの凄い光です! 〉
〈 いよいよ最期、さようなら皆さん、さようなら……! 〉
テレビクルーたちの絶叫とゴジラの咆哮が重なり、テレビ画面が一瞬青白く光ったかと、ヘリコプターからのテレビ中継はそこで途絶えた。
しばらく綺麗な花の映像が流れたかと思うと、テレビの映像は見慣れたスタジオ中継へと切り替わった。
〈 速報です、ゴジラは東京都港区芝大門東部、JR浜松町駅前から移動を再開、第一京浜国道を北上し…… 〉
……スゴイものを観ちゃった。
慌ただしい様子でニュースを読み上げるテレビアナウンサーの映像をポカンと眺めながら、わたしはそう思った。
今にして思えば子供だったなとしか言い様がないのだけれど、当時まだ五歳と数ヶ月だったわたしは
たとえば、宇宙を半分にしようとする大魔王に立ち向かうスーパーヒーローのチームは、わたしにとっては実在の人物だった(今いないのは、ゴジラと戦って負けたからだと思っていた)。
それに、世界中で怪獣が暴れる『怪獣黙示録』の時代とはいえ、怪獣が日本を襲ったのは西暦2029年にメガロが沖縄を襲撃して以来のことだ。
それよりずっと後に生まれたわたしにとって、ニュースが映す怪獣たちと、映画に映る作り物のフィクションはどちらも同じくらい本物で、また同じくらいに現実味がなかった。
不謹慎を承知で言う。
そんな幼いわたしにとって、大怪獣ゴジラが見覚えのある東京の街を焼き尽くしてゆく光景は、とてつもない大スペクタクルだったのだ。
……スゴイ!
スゴイ!!!!
続きが観たい!!!!!!
我慢しきれずにテレビのチャンネルを切り替えようとしたそのとき、わたしを呼ぶ声がした。
「リリセ、リリセ!」
振り返ると、大荷物を
「ほら、行こう、リリセ! お父さんのとこに行くぞ!」
……ねえねえ、おじさん、スッゴイものを見たんだよ!
ねえ、見て、見てってば!!
わたしはこの感動を一生懸命に訴えかけたけれど、おじさんにはそれどころじゃないと聞き入れてもらえなかった。
小さなわたしは、荷物と共に抱えられるように、ヒロセのおじさんと家を出た。
家の外は、もう夜だというのに明るかった。
春先で日が長くなったからじゃない。空が、真っ赤に燃えているからだ。
「ほらほら、乗った乗った! 急いで!」
積める限りの家財道具をクルマへ押し込んだヒロセのおじさんは、自分の息子とわたしをひょいひょいと座席に放り込み、全員がシートベルトを締めたのを確認してから、クルマを発進させた。
シートベルトに括りつけられたわたしは、車窓の外を覗いてみた。
〈 ゴジラが銀座方面に向かっています! 大至急避難してください、大至急避難してください…… 〉
区役所のクルマが、スピーカーから大音量で避難勧告を流しながら街中を走り回っている。
住み慣れた家がぐんぐんと離れてゆく最中、けたたましいサイレンを鳴らした消防車とパトカーが数え切れないほどすれ違っていく。
わたしたち同様にクルマを走らせている人もいれば、着の身着のまま裸足で逃げようとする人たちもいる。
ちょうどそのときである。
あの音が響いたのは。
どーん……どーん……どーん……
大砲のような足音。
同時に、すべてがビリビリと揺れた。
赤く焼けた空、その向こうから、テレビ中継でも聞いたあの音が届く。
……なんて書き表せばよいのだろう。
強烈な印象を焼きつける、あの『咆哮』。
どーん……どーん……
重なる足音、そして雄叫び。
わたしたちは、遠くから迫る気配に背を向け、猛スピードで逃げ出した。
その後、わたしがそのとき住んでいた家に戻ったことは一度もない。
人類は、ゴジラに敗北した。
敗北。もちろん、局地戦で勝てなかった程度のことなんてわざわざ書く必要もない。
かといって、人類という種が根絶やしにされたという意味でもないのは、当の地球人類であるわたしがこうして生きていることからも明らかだ。
西暦1999年に初出現してから人類を脅かし始めた巨大生物災害:怪獣に対して人類はあらゆる手段、それこそエイリアンの力を借りてまで、死力を尽くして立ち向かってきた。
それから四十年後の西暦2039年、ヨーロッパで展開された栄光の怪獣殲滅作戦:オペレーション・エターナルライトのときなど、人類は怪獣から領土を取り返せたとさえ思い込み、ひとときの歓喜に酔い痴れたという。
……今から思えば、まったく馬鹿げた話だ。
最悪の最悪に比べたら、ヨーロッパで暴れまわってた奴らなんて三下の雑魚に過ぎなかったというのに。
その最悪の最悪、大ボスの大ボス。
それが〈ゴジラ〉だった。
身長50メートルにおよぶ巨体、どんな攻撃も通用しない不死身の生命力と、どんな防御もぶちぬく強力無比な放射熱線。
絶対の盾と、絶対の矛。極々シンプルで、そのシンプルさゆえにゴジラは無敵だった。
地球人を凌駕するエイリアン:エクシフとビルサルドを含めた総力でも、抹殺はおろか止めることさえできなかった。
西暦2030年の初出現以来、幾度かの休眠と活動再開を繰り返しながら、ゴジラは人類を徹底的に蹂躙し続けた。
そもそもの話。
核爆弾百五十連発や宇宙船の自爆攻撃にもあっさり耐え抜き。
宇宙から接近してくる小惑星:妖星ゴラスを易々と撃墜し。
地球最大の山チョモランマに生き埋めにされても吹き飛ばして脱出する。
こんなキングオブモンスターを、
どこの、
だれが、
どうやって、
止められるというのだ。
そしてゴジラが東京を襲撃してから2年後の西暦2048年。
人類は、遂に白旗を挙げた。
特に、富士山麓で建造中だった対ゴジラ決戦ナノメタル兵器:通称〈メカゴジラ〉が、起動することもないままゴジラによって破壊されたことが決定打となった。
人類最後の希望だったメカゴジラを喪ったことで、人類はもはやゴジラに勝つ術などないことを悟った。
そこで人類は、かねてより保険として用意していた恒星間移民船〈オラティオ〉、同じく〈アラトラム〉に人間を乗せて、別の太陽系へ移住する計画を実行に移した。
行き先は、オラティオはケプラー452で、アラトラムはくじら座タウe。
乗れる人は、人工頭脳オムニオ=エレクティオによる厳正な抽選で選ばれた、1万5000人。
『なんでそんな遠くに行くの?』って?
「太陽系には沢山の惑星がある、たとえば月面に基地でも造ればいいじゃん』って?
まーそうよね、
でも考えてごらんなさいよ。
北極から撃った放射熱線で小惑星を粉砕したゴジラが地球にいるんだよ?
仮にお月様に基地を造ったとして、ゴジラに勘づかれて放射熱線を撃ち込まれたらそれで終わりだ。
月面基地どころか、月まるごと木端微塵に吹っ飛ばしてしまうに違いない。
あるいは放射熱線で空を飛んで追っ掛けてくる可能性も否めない。
ゴジラはフツーじゃない、月面どころか太陽系だって危ないに決まってる。
だから、逃げなければ。
逃げるんだ、とにかく遠くへ。
出来るだけ遠ければどこだっていい。
ゴジラの爪も牙も放射熱線さえも届かない、そんな遠い遠い宇宙の彼方へ。
そして新天地でもう一度ゼロからやり直そう。
怪獣なんかいない、争いも差別も環境破壊もない、そんな素敵な未来を今度こそ創るんだ……
そんなイカレたことを実行してしまうほどに、地球人はゴジラを恐れたのだ。
新天地へ出発、戦略的撤退、聞こえのよい表現で言い
しかし、実態は敗走だった。
要するに、人類はゴジラに完膚なきまで叩きのめされ、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
乗せきれなかった残り七億人の同胞を地球へ置き去りにしたまま。
こうして地球はゴジラの『
おしまい。
……というのが、アラトラム号やオラティオ号のデータベースに載っている『地球の歴史』だと思う。
きっとその歴史書には、地球に残った人、特にわたしの話なんて載っていないだろう。
もしくは死亡者名簿に名前がちらっと書いてあるだけ。
アルファベットで書いたら
……ざけんな。
そんな簡単に終わってたまるもんですか、っつーの。
ちょっと考えて欲しい。
人間っていうのは往生際が悪い生き物だ。お行儀よく殺されてなんかやるはずがない。
だいいちゴジラ、人間喰わないし。
まあ、実際のところ、そう遠くないうちに地球人類は滅亡する。
残念ながら、それが地球人類という種族が辿った末路だ。
……だけど、それまでちょっとだけ。
ゴジラのスケールで言ったらほんの昼寝の時間くらいだったのかもしれないけれど、それでも地球で人類はまだ生きていたのだ。
これは『怪獣黙示録』と『怪獣惑星』の狭間。歴史にも残らない、地球に捨てられた方。
そのうちのちっぽけなわたしたちが、不器用に、そして一生懸命に生きようとした話である。