怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
アンギラスとの追走劇をやり過ごした帰り道。
森の中で道に迷ったわたしたちは『雨も降っていることだし、どこかに野宿しよう』という話になり、レックスが“安全な寝床”だと言って見つけてきた廃病院を前にしたときだった。
わたしは言った。
「ここはダメだ。“此処”に泊まるくらいならわたしは外で寝るぞ」
「外で、って……」
わたしの主張に、リリセは困惑したように眉尻を下げながら反論した。
「雨降ってるよ? クルマも雨漏りしてるし、屋根のあるところに泊まった方が良いと思うけどなあ」
多少濡れたって構うもんか。そんなわたしの答えに「えぇー、わたしは嫌だけど?」とリリセはブー垂れている。
「我慢しろ、それくらい」
「んな無茶苦茶な……」
頑なに拒否するわたしの様子を見ているうちに、リリセが何かに感づいたかのように「……ははあん?」と悪戯っぽく笑った。
「さては病院だから怖いんでしょう? エミィったらコドモだなあ」
挑発するかのような、リリセのからかう言葉。
普段だったら売り言葉に買い言葉で言い合いになり、いつの間にやらリリセに言い包められてしまうところである。
だが、今回その手は喰わない。わたしは胸の前で腕を組みながらきっぱりと答えた。
「ふん、どうとでも言え。とにかく此処はダメだからなっ」
「あらま」
何をどう言われようが、此処だけは絶対にダメなのだ。リリセたちを必死に引き止めながら、わたしは自身の『記憶』にあるタチバナ=リリセの末路を思い出していた。
……リリセたちはまだ知らないことだが、この病院は実は恐ろしい毒を持った怪獣の巣窟なのだ。リリセはそこで毒に冒されて死にかけたところを、メカゴジラⅡ=レックスにナノメタル注入で命を救われることになる。
そしてこのときに注入されたナノメタルが、巡り巡った末にリリセの命を食い潰す。それがわたしの『記憶』にある、タチバナ=リリセの末路だった。
もしこの病院に足を踏み入れてリリセが毒に罹ってしまったら、そのときはもうナノメタルでしか治せない。そしてそうなったら最期、BADENDだ。何が何でも絶対に、その展開だけは回避しなければならなかった。
「とにかく!」と語気を荒げながら、わたしはリリセとレックスの二人に対し説得を試みた。
「とにかく、ここだけは絶対にダメだ。徹夜してでも立川に帰るぞ」
「徹夜って……道わかんないんだよ? そのままフラフラしてる方が危ないじゃないのさ」
「此処だけはダメだ。絶対ろくなことにならない」
「ろくなこと、って……何があるって言うのさ」
「そ、それは……」
リリセの追及に対し、わたしは答えに窮した。なんとも焦れったい、まったく、リリセのためを思って言ってるのに!
かといって、真実を伝えるわけにもいかなかった。リリセたちはここが怪獣の巣だなんて知らない。『ここに泊まったら最期、死ぬ運命が待っている』なんて伝えたところで、「映画の見過ぎだよ」と一笑されるのがオチだ。
押し問答になりつつあったわたしたちに、後ろの荷台にいたメカゴジラⅡ=レックスが「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。
「二人とも! モーショントラッカーに反応が出てる!」
「モーショントラッカーに?」
モーショントラッカー、つまり動作探知機。わたしがどうしてもゴネるのでレックスが偵察機を送り込んで病院の中を精査していたのだが、そのセンサーに『何か』が引っ掛かったらしい。
「今から可視化してあげるね」
そう言ってレックスは掌をホログラム投影機に変形させ、モーショントラッカーで検知したものを立体映像で映し出した。
……それにしてもレックスのヤツ、本当に何でも出来るな。ナノメタル、最終的にリリセの命を奪うことになることを思えば恐ろしさも感じるが、何とも凄いテクノロジーであるのもまた事実である。
密かにわたしが感心していると、レックスの立体映像に『何か』が写り込んだ。全身を蝕む菌糸によって膨れ上がった、異様なヒトガタのシルエット。
リリセがわたしへと振り返った。
「これって……!?」
リリセが目配せしたのと同じく、わたしもすぐにピンときた。わたしはその名を口にする。
「〈マタンゴ〉……!」
わたしの呟きに、レックスが反応した。
「マタンゴ? マタンゴってなあに?」
……あー、そうか。レックスのヤツ、マタンゴのことを知らないんだよな。レックスの疑問にわたしは答えてやることにした。
『怪獣黙示録』のあとに現れた新種のキノコ怪獣、マタンゴ。そのキノコを口にするかあるいは胞子を吸い込むか、とにかく一度体内に入り込まれたら最期その人間はマタンゴになってしまう。
そのマタンゴがこの病院内に巣食っている。その事実を知らされたレックスは大仰に慄然としていた。
「そんな恐ろしい怪獣がいるなんて!」
……初めてレックスと出会ったときのことを思い出す。今ならばこのレックスの素直で裏表のない性格にはむしろ好感すら覚えるのだが、初めて会ったときのわたしにはこういうレックスの態度、反応、一挙手一投足全てがいちいちムカついて仕方なかった。あのときのわたしには、レックスがなんだか『善い子ぶって媚びている』ように見えたのである。
……なんてひねくれたガキだったんだ、当時のわたしは。かくいうわたし自身そんな善人でもなかったろうに。
そんな黒歴史を回想していると、レックスがおもむろに頭を下げた。
「……ごめんねリリセ、エミィ。エミィの言うとおり、ここに泊まるのは危険だ」
そうやって謝るレックスに「いや、いいんだよレックス」とリリセは答えた。
「あなたは知らなかったんでしょう? じゃあ仕方ないよ」
そこでわたしも付け加えた。
「さっき窓の方に何か動くものが見えたんだよな。まさか、とは思ったんだが……」
付け加えられたわたしの言葉に、胡乱な目つきでリリセが言った。
「……それならそうと、最初から言ってくれたらいいじゃない」
尤もな指摘だ。もし立場が逆なら、わたしも同じことを言っただろう。
わたしは少し考えてから、苦し紛れの言い訳を述べる。
「……確信が持てなかった。気のせいかとも思っただけだ」
無論こんなのは嘘だ、だけど本当のことを話すわけにもいかない。わたしは素知らぬ顔でしらばっくれておいた。
かくしてマタンゴの襲撃を回避することに成功、そのまま一晩中森の中を彷徨うことにはなったが苦心惨憺の末にこれも突破、わたしたちはなんとか立川に帰り着いた。
これに関して、嬉しい誤算もあった。クルマに同乗しているリリセが「よかったね、エミィ」と言った。
「
ああそうだな、とわたしは答える。リリセは例によって何も知らないが、マタンゴの病院の一件を回避したためか今回は『記憶』と違う展開になったようだった。
タチバナ=リリセの体内にナノメタルが入り込む機会は、マタンゴの他にも実はもう一回ある。
多摩川でのアンギラス襲撃。
厳密に言えばラドンとアンギラスの襲撃だが、あのときリリセはわたしたちを逃がすため捨て身で怪獣たちの注意を引こうとして重傷を負い、そのときにも治療のためにナノメタルを注入されることになっていた。あのときも他に選択肢は無かった、だから防ぐとすれば怪獣たちの襲撃を避けるか、もしくはリリセに無茶をさせないようにするしかない。
もしそうなったとき、わたしは縛り付けてでもリリセを行かせないつもりでいた。
しかし実際にはそんなことをする必要は無かった。
きっとわたしたちの行動が変わった影響で、起こる出来事の時系列が変わったのだろう。なんとわたしたちは本来起こるはずだった『アンギラスやラドンの多摩川襲撃』も回避し、何事も無いまま多摩川を通過することに成功したのである。
……このまま何事も起こらないまま進んでほしい。心の中でわたしは密かに祈った。
だけど、その祈りは届かなかった。
ヒロセ家に到着し『記憶』と同じく入浴して一息入れたところで、『記憶』と同じ出来事が起こった。
「ハーイ、
悪党どもによるヒロセ家襲撃。
連中の名はLegitimate Steel Order:LSO、新生地球連合軍のビルサルド派の連中だ。襲撃してきた目的はわたしたちが回収してきたメカゴジラⅡ=レックスを奪うため。
……ぬかった。マタンゴの一件、多摩川襲撃、怪獣に絡んだ出来事を回避できたおかげでこっちも回避できるかと思ったが、見込みが甘かった。
思い返せばLSOの連中はヒロセ=ゴウケンと裏で繋がっていた。わたしたちが帰ってきたタイミングで襲撃を仕掛けてきたのも、ゴウケンの連絡があったからに違いない。つまり怪獣とは関係無しにこのイベントは発生するのだ。
かくして、そこから先は『記憶』と同じ展開になった。
LSOが召喚したスペースチタニウムのゴーレム兵士:メカニコングとメカゴジラⅡ=レックスの怪獣プロレス。強敵相手に窮地へ陥ったレックスを救おうとタチバナ=リリセがモゲラで参戦、メカニコングには辛勝する。
そしてわたし:エミィ=アシモフ・タチバナがLSO指揮官であるネルソンの人質にされてしまうのも同じだった。
あのとき、わたしはゴウケンたちを連れて逃げようとしたのだが、怪我を負って動けないゴウケンたちを先に押さえられてしまったために投降するしかなかった。だから今回は別のパターンを取ろうとしたものの徒労に終わり、今回も捕まってしまった。
身構えようとしたレックスに、ネルソンが言った。
「おーっと、動くなよメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。さもないとお友達が死ぬぜ」
……くっ、このっ、クソッ!
嘲笑うネルソンに羽交い絞めにされながら、なおも逃れようとわたしは懸命に藻掻く。しかしネルソンのサイボーグ化された腕力は相当なもので、14歳の非力な小娘には到底解けなかった。
「おまえ……っ!」
「おっとっと」
尻尾のデストファイヤーを構えようとするレックスに、ネルソンはこれ見よがしにピストルをわたしの顔に押し付けてくる。
そんなネルソンに合わせるように、LSOの兵士たちもリリセへと銃口を向けている。
ネルソンが言った。
「刺身にされるのは御免だぜ。もしここでおれを殺したとしてどうなる? おれはうっかり引き金を引いちまうだろうなあ……」
そして交わされるネルソンとレックスの『取引』。レックスは『リリセたちを助ける』という条件の下でネルソンたちへ投降、ステイシスモードで捕縛されてしまった。
わたしは捕まり、リリセは動けず、レックスまでも戦闘不能状態。絵に描いたような最悪の事態、まさに絶体絶命の大ピンチである。
……だけどわたしは内心、状況を楽観視していた。今のわたしには前回無かった『記憶』がある。
わたしの『記憶』のとおりなら、このあとヒロセ家の人たちが殺されそうになり、さらにリリセが捕まりそうになる。しかしその間一髪のところであのエクシフ教祖のウェルーシファ率いる〈真七星奉身軍〉の連中が介入してくるのだ。
真七星奉身軍、新生地球連合軍のエクシフ派閥にしてエクシフ神官ウェルーシファの私兵部隊であり、ビルサルド派のLSOと血みどろの内紛を繰り広げた末に孫ノ手島怪獣大戦争を起こす連中だ。
そいつらがこの場に乱入してきて、すったもんだの末にリリセやヒロセ家の人たちを助けてくれるのである。
わたしはエクシフが嫌いだ。わたしのパパを誑かし、ママを泣かせ、元の家族を破滅へと追い込んだのはエクシフのカルトどもだった。
そのエクシフのクソカルト教祖であるウェルーシファを当てにするのは正直癪だし、連中の介入を許せば結局わたしたちも孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれることになってしまう。
だが、孫ノ手島に関しては何とか切り抜けられるだろう。何しろ前回の『記憶』があるのだ、あるいはもっと上手く立ち回れたらレックスのことだって助けてあげられるかもしれない。そして何より今回リリセは体内にナノメタルを注入してない、つまり最終的には助かるはずだ。
だが、そんなわたしの楽観は、呆気なく崩壊することになった。
ヒロセ家の屋敷の中から響く銃声と悲鳴。
屋敷の中から聴こえてきた声に、わたしは聞き覚えがあった。
わたしが愕然とする一方、リリセが叫ぶ。
「おじさんッ……!!」
リリセの言葉のとおり、撃ち殺されたのはヒロセ=ゴウケンだった。「旦那ァ!?」「親父、親父ぃ!!」というサヘイジとゲンゴの絶叫が聞こえてきて、さらに銃声が続く。
響き渡る銃声の連なり、それらが静まりしばらくしてから、屋敷の中から男たちが出てくる。出てきたのはヒロセ家の人たちでもなければ奉身軍の連中でもない、LSOのネルソンの手下どもだ。
「特佐殿、『目撃者』は全員抹殺しました」
「おう、お疲れさん。下がって良いぞ」
「はっ!」
待て、待って、待ってくれ。そんなはずは、そんなはずはないんだ。わたしの『記憶』が正しければ、奉身軍の連中が来るはずなのに……!?
だけど真七星奉身軍は影も形も現れない。ヒロセ家の人たちは殺されてしまった。
そのときわたしは、自分が仕出かした『失敗』にようやく気が付いた。
……たしかに、マタンゴの一件を回避した結果、リリセの体内にナノメタルが入り込む事態は回避することが出来た。だけど真七星奉身軍がわたしたちと出会ったのは、リリセがマタンゴに感染したのがきっかけだ。
そのマタンゴ感染を回避したということは、つまり『わたしたちが奉身軍と接触するチャンスが無かった』ということでもある。そしてわたしたちが奉身軍と接触しなければ、あの連中は立川の一件に介入してこなくなってしまう。
つまり、本来やってくるはずの助けが今回は来ないことになる。
このあと、わたしたちはどうなるのだろう。
今回もネルソンはわたしに「おまえは島に連れてゆく」と言っていた。島、つまりネルソンたちLSOの本拠地がある孫ノ手島だ。今回もわたしは『記憶』のとおり、孫ノ手島へと連れ去られて孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれることになるのだろう。
だけど、リリセはどうなるんだ?
『記憶』が正しければ、リリセは真七星奉身軍の介入のおかげで助かる。しかし今回はそれがない。
わたしが内心でパニクっている中、事態は再び変動した。
「……ッ!」
LSOの兵士たちに取り押さえられていたリリセが、不意を突いて兵士の一人からピストルを奪っていた。そしてリリセは息を荒げながら、拳銃を周囲の兵士たちへと向ける。
「よくも伯父さんを、ゲンゴ君を、皆を……ッ!!」
リリセは激怒していた。電気ショックの麻痺も抜けていないふらふらの状態だったが、衝動に任せた根性で体を動かしているようだった。
ろくに呂律も回っていないまま、リリセは吼える。
「赦さない……殺す! 殺してやる!!」
「オイオイオイオイオイオイオイオイオイ……」
他方、ネルソンはというと呆れ顔を浮かべていた。リリセから向けられた殺意も何処吹く風と言わんばかりに、わたしと最初に出会ったときのようなヘラヘラとした態度そのままこんなことを言ってのける。
「死にたいのか、アンタ。そんなことして何になる? 素直に投降した方が身のためだと思うぜ」
「……ッッ!!」
挑発に乗せられ、リリセは激昂に任せてピストルをネルソンへと向けた。
「ふ、ふざけるなアアッッ!!」
バカ、よせ!
わたしはリリセを止めようとしたのだが、ネルソンに締め上げられているために声が出ない。わたしの制止も届かないままリリセが両手でピストルを構え、引き金に指を掛けてネルソンを撃とうとする。
次の瞬間、リリセの体を凶弾が貫いた。
「が、は……!」
リリセのシャツに赤い染みが浮かび、リリセはその場に崩れ落ちてゆく。
誰だ、誰が撃ちやがった。わたしが銃声のした方角へ目をやると、撃ったのはネルソンの周りにいた別の兵士ようだった。
「ぐ、が……ご……」
撃たれたリリセだが、まだ息があった。深手を負った体で地面を這い、なおもネルソンに食らいつこうと手を伸ばす。
そんなリリセを見ていたネルソンは、「至極残念」と言わんばかりに呟いた。
「……やれやれ、女子供は殺りたかねえんだが」
ネルソンが兵士たちへ顎でしゃくると、配下の兵士たちは一斉に動き出し、その銃口を地面へ倒れ伏しているリリセに向ける。
「特にアンタはウチの統制官殿もご執心だったから無傷で連れ帰りたかったんだが。まあ、残念だ」
よせ、やめろ。やめてくれ。
わたしは懇願したかったが、ネルソンの腕で締め上げられているために言葉にならない。頼む、お願いだ、どうかそれだけは。
しかしわたしの願いも虚しく、再び銃声が響いた。
リリセ――……ッ!!
四方八方から撃たれたリリセにわたしは腕を伸ばそうとする。けれど、その手は届かない。
絶望の最中、わたしの意識は闇の底へと落ちていった。
そしてわたしが目を覚ましたとき、わたしは驚愕することになる。
「……おはよ、エミィ」
なんで、なんで“おまえ”が生きてるんだ。
目の前に現れた“そいつ”にそう訊ねたかったが、あまりのことでわたしは上手く言葉に出来ない。
周囲を見渡してみれば、わたしが目を覚ました場所は先ほどの路上でもなければ孫ノ手島の収容所でもない、立川にあるヒロセ家の自室だ。壁掛けの月捲りカレンダーは西暦2063年3月。
「なになに、どうしたのさ。変な夢でも見たの?」
そしてわたしの前できょとんと小首を傾げているのは、つい先ほどLSOに射殺されたはずのタチバナ=リリセ。
そう。
わたしは、またしても『14歳の誕生日の朝』へとタイムリープしていたのである。
好きなキャラクターを教えて
-
タチバナ=リリセ
-
エミィ=アシモフ・タチバナ
-
メカゴジラⅡ=レックス
-
ウェルーシファ
-
ジニア