怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
ある朝目覚めると『14歳の誕生日の朝』へと
昔観たフィクションのタイムリープと言えば、高いところから墜ちたり、あるいはラベンダーの香りを嗅いだり、魔法少女が魔法を使ったり、はたまた自分自身が死ぬ『死に戻り』によって発動していた。けれどわたしの場合はそういった特定の動作ではなく、BADENDが確定したのをわたしが認識したときに自動的に発動するらしい。
わたしが回避すべきBADEND、それは『タチバナ=リリセの破滅』だ。
そのことを理解してからというもの、わたしは幾度かタイムリープを繰り返し、試行錯誤の末に『最適解』へと辿り着いた。
気づいてしまえば簡単なことだった。
タチバナ=リリセの破滅、その切っ掛けはマタンゴでもなければナノメタルでもなくて『メカゴジラ回収依頼を承けたこと』だ。
そもそもあの依頼は、LSOのネルソンと奉身軍のウェルーシファによって、わたしたちを孫ノ手島怪獣大戦争へ巻き込むために仕組まれていたものだ。あの依頼を承けた結果どうやってもBADENDになるというのなら、そもそも依頼を承けなければいい。
具体的にどうしたかって? 新宿へ回収に向かう直前、わたしは整備中の事故に見せ掛けてクルマを壊した上に、自分の腕を折ったのである。
「ぐあっ!!」
「エミィ、大丈夫ッ!?」
折れた腕を押さえてその場で蹲り、呻くわたし。そこへ駆け寄ってきた、リリセのあの悲痛な表情が忘れられない。
「ごめんね、ごめんねエミィ、ホントごめん……!」
泣きそうな表情で謝り続けるリリセ。御人好しのリリセのことだ、まさかわたしが自らわざと怪我をしたなんて夢にも思ってはいまい。
……わたしときたら、こんな風に心から心配してくれる大切な人を騙している。そのことを思うと、流石のわたしも良心が痛んだ。折れた腕だって死ぬほど痛かったし、あんなのはもう二度と御免だ。
だけど、大切な人たちの命には代えられない。土壇場になって起こった
看病してくれるリリセ、ひいては周囲の人たち全員に対して申し訳無いものを抱えつつも、わたしは素知らぬ顔でやり過ごしたのだった。
この事故を切っ掛けに、状況はわたしが想定していた以上に一変した。
まずリリセは、自分の仕事であるサルベージ屋『タチバナ=サルベージ』を廃業してしまった。そこまでしなくてもいいだろうとわたしも止めたのだが、リリセは「サルベージ屋なんてクルマがなくっちゃ続けられないよ」と笑って済ませた。
「まぁ元々繋ぎでやってた仕事だしね。それに
そんなわけで、タチバナ=サルベージを畳んだリリセはヒロセ工業の工員へと戻った。つまり実家のヒロセ家に戻ったのである。
次に変化が生じたのはヒロセ家の跡取り息子、ヒロセ=ゲンゴであった。
ヒロセ=ゲンゴ、あいつは昔からリリセに惚れていた。ゲンゴ自身は隠していたつもりだったようだが、実際のところは皆知っていた。知らなかったのはリリセ当人だけだったというのだから、全く皮肉な話である。
ただ、ゲンゴ当人の気の小ささや、そんな心情を知ってか知らずか義兄妹の距離感で接してくるリリセの心を図りかねていたこと、リリセ自身がサルベージ稼業であちこち出歩いていてヒロセの実家に寄り着かなかったことなど、さまざまな事情が絡み合った結果ゲンゴはなかなか行動に移しかねていたらしかった。
そんな中での、タチバナ=リリセのヒロセ家帰参である。長年想い続けてきた幼馴染と、ひとつ屋根の下で暮らすことになったゲンゴ。
これまでは色んな事情を言い訳にしてリリセとの距離を詰めることを躊躇していたゲンゴだったが、こうもお誂え向きの状況が揃ったことで腹を括ったのだろう。ある日、とうとう行動を起こした。
「おれと結婚してくれないか、リリセ!」
男ヒロセ=ゲンゴ、一世一代のプロポーズ。
リリセはというと一瞬固まっていたものの、やがて涙ぐみながらこう答えた。
「不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
そして数ヵ月後の吉日、リリセとゲンゴは式を挙げた。
街の名士であるヒロセ家、その跡取り息子の結婚式だけあって式は大がかりなものになった。街中の人が祝福してくれたし、わたしもその中に参加した。
まるで天気まで祝ってくれているかのような、爽やかな青空。祝福の鐘が鳴り響く教会で、頭上から盛大に降り注ぐ華やかなライスシャワー。
そして何より、純白のウェディングドレスを纏ったリリセの花嫁姿……あんなに綺麗なものは生まれてこのかた見たことがないし、きっとこれからも見ることはないと思う。
最高のハッピーエンドを掴んだタチバナ=リリセ。これこそが、わたしがタイムリープを幾度繰り返してでも絶対に手にしたかった未来だ。
今日という日の思い出はリリセ当人にとっては勿論のこと、このわたし:エミィ=アシモフ・タチバナにとっても一生忘れられない大切な宝物になるだろう。
式が終わってからの宴会、その二次会のときのことだった。
騒がしい宴会に疲れたわたしは会場を抜け出し、
……ふう。
やっぱり一人は気楽でいい。そうやってわたしが外の空気を吸っていると、後ろから声をかけられた。
「やっほ、エミィ」
振り返るとタチバナ=リリセだった。昼間の結婚式では豪勢なウェディングドレスを纏っていたリリセだが、幾度かの化粧直しを経て今はシンプルなドレスに着替えている。
隣に掛けようとするリリセに、わたしは言った。
「おいおい、花嫁が抜け出しちまっていいのか? 主役だろ?」
わたしの問いに、リリセは「ま、いいんじゃないの」と笑って答えた。
「皆べろべろに酔っ払ってるしね。気づかないんじゃない? わたしもちょっと外の風に当たりたくてね」
言われてみれば、リリセの頬が少し赤らんでいた。『皆酔ってる』と言っていたが、リリセ自身もアルコールが入っているのだろう。だがさりとて泥酔ということもなく、せいぜいがほろ酔い程度と言ったところだろうか。
そういえば、リリセは昔から酒に強い方だったのを思い出す。日頃は嗜む程度であるリリセだが、いつだったかヒロセ工業の工員たちを交えた飲み比べ大会でトップ10に入ったことがある。ザルやウワバミとまでは行かないまでも、基本的にアルコールで酔い潰れることは無い。
とはいえ、今日は特別だ。いくら能天気な性分でも、流石に自分が花嫁の結婚式ともなれば気苦労も多かったのだろう。
「……そうか」
だからわたしは特に何も言わず、リリセのしたいようにさせておいた。
わたしとリリセ、二人並んでその場に座り込み、夜空を眺めた。月明かりに照らされた綺麗な星空。背後で宴会の喧騒が聞こえるだけの、平穏で静かな夜。涼しい風が吹き抜け、わたしたちの火照った頬を撫でてゆく。
そんな中、不意にリリセが口を開いた。
「……ありがとね、エミィ」
なんだ、藪から棒に。わたしが聞き返すと、リリセは続けた。
「ほら、わたしがこうしていられるのはエミィのお陰だからさ」
そんなことないだろ、とわたしは怪訝に思った。実際そうだ、今のリリセがあるのはリリセ自身の努力と行いの賜物で、わたしなんか別に何もしてはいない。
そう思ったままに答えると、リリセは「……これはわたしの勘違いだったらそれでもいいんだけど」と前置きしつつ言った。
「エミィ、なんかわたしのことを守ってくれてたよね」
どきり、と鼓動が跳ねた。
「具体的な根拠は無いんだけど、ほら、エミィ、ちょっと前に腕を折ったじゃない? アレ、ひょっとしてわたしの為だったのかなあ、って思って」
……まさかリリセの奴、わたしのタイムリープに勘づいているのだろうか。
動揺を隠すのに必死なわたしを見ながら、リリセは「ま、仮に実際そうだったとしてもエミィは絶対認めないだろうけどね」と続けた。
「だけどせめて御礼は言わせてほしいな。ありがとね、エミィ。そしてこれからもよろしくね」
……そうかよ。
「……あれ、エミィ泣いてる?」
「泣いてねぇーし! ちょっと目にゴミが入っただけだし!」
目を擦って誤魔化そうとするわたしを見ながら、リリセはむっふっふとニヤついた含み笑いを浮かべている。
涙が滲みそうになる目元をなんとか誤魔化しながら、わたしは怒鳴った。
「に、ニヤニヤしてるとキモいぞっ!」
「いやあ、エミィは本当に可愛いなあ。ほらほら、オネーサンの胸でたんとお泣き」
「うるせえアホ! バカリリセ!」
「あいたぁ!?」
そんなこんなでじゃれ合っていると、不意にリリセが「あ、そうだ」と言った。
「エミィも好い人いないの?」
……好い人? 聞き返したわたしにリリセは言った。
「そう。エミィももう良い年じゃん? なのにコイバナの一つもしたことないしさ。もし、『そういう人』がいるんだったら教えてほしいかなー、って」
そのときわたしの脳裏に、もう一人の『相棒』の顔が浮かんだ。
孫ノ手島で出会ったフツア族の少年、ジニア。孫ノ手島怪獣大戦争で出逢い、死線を共に潜り抜けて、その後つがいとなるはずのわたしの運命の相手。
けれど、運命は変わってしまった。このループでは孫ノ手島怪獣大戦争は起こらず、ひいてはジニアもわたしと出逢うことはない。
思い返せば、どのループでもそうだった。リリセの運命を変えるためには孫ノ手島怪獣大戦争を回避しなければならない。だが、他方でわたしがジニアと出会うためには、孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれる必要がある。
今からモスラの森に行ってみるか? いや、ダメだろう。わたしがフツアに受け入れてもらえたのは孫ノ手島怪獣大戦争があってこそだ。それをすっ飛ばして会いに行ったところで『わけのわからない怪しい奴』として門前払いを喰うだけだろう。
そんなわけでリリセの命とジニアとの出会い、それらはいつだって二者択一で、同時に両方を取ることはできなかった。
……ジニアは今どうしているだろうか。
孫ノ手島怪獣大戦争が起こらなかったことでジニア自身の運命が変わっている可能性もあるが、もし変わっていなければあいつはLSOの連中に攫われた子供たちを助けるために、孫ノ手島に乗り込んでいたはずだった。
まあ、実際思い返してみれば、孫ノ手島怪獣大戦争での冒険においてわたしはただの足手纏いでしかなかったし、わたしなんかいなくてもきっとジニアならどうにか切り抜けてくれたはずである。それに正直者で気の良いジニアのこと、今頃きっとわたしなんかよりずっと可愛くて素直で気立ての良い素敵なガールフレンドと出逢って、素敵な恋を謳歌しているに違いない。わたしなんかが気にかけることなど何も無いのだ。
ただ少し、ほんのちょっぴり、胸が痛んだ。
「……エミィ?」
おっと、いけない。一瞬考え込んでしまったが、気が付けばリリセが気遣わしげにわたしを覗き込んでいた。よほど深刻そうな顔をしてしまったのだろう。
わたしはすぐさま表情を取り繕い、リリセに答えた。
「コイバナだって? いねーよ、バカヤロウ。いたとしても教えるもんか」
いつも通りの捻くれたわたしの返事。リリセは「えーナニソレー?」と噴き出していた。
「もう、そんなことばっかり言ってるから友達出来ないんじゃない? もっと心を開いてさ、素直になったらいいのにー」
「別にいいさ。同い年は皆
「そう言うエミィだって、わたしから見れば十二分にコドモだけどねぇ」
「なにおう!」
……これで、良かったんだよな。
リリセと二人で笑い合いながら、わたしは心の隅で自分にそう言い聞かせることにした。
それから更に数年後。
わたしは、かつてのリリセと同様にヒロセ工業で下積みを積んだ後に独立、フリーランスの技術屋として仕事を始めた。
わたしが掲げた看板は『タチバナ=テック』。奇しくもリリセがかつて廃業したサルベージ屋『タチバナ=サルベージ』と同じ名前になったが、別にわたしが原因でタチバナ=サルベージを畳むことになったのを意識してのことではない。ただ単に、わたしもタチバナだから同じ名前になっただけのことである。
リリセとゲンゴはというと、ヒロセ=ゴウケンの跡を継いでヒロセ工業の社長夫婦となり、さらに二人の子宝に恵まれた。生まれたのは女の子と男の子、双子の姉弟だ。
名付け親はわたしに任された。わたしは当初断ったのだがリリセとゲンゴの二人から「是非に」と言われて押し切られてしまい、数日悩んだ末に、姉の方は〈ユカリ〉、弟の方は〈ケンキチ〉と名付けた。
その二人の子供たちが、わたしに元気よく呼びかけた。
「「エミィおばたん!」」
「オバサンじゃねえ、オネーサンと呼びなっ!」
口調は叱り飛ばしているけれど、これはいつもの恒例行事、挨拶みたいなものだ。そんなわたしの反応が面白いのか、子供たちはますます面白がって「おばたんおばたん!」とじゃれついてくる。
……この面白半分に他人をからかう性格、誰に似たんだかな。まったく、先が思いやられる。
「こらこら、エミィ叔母さんを虐めないの」
わたしが子供たちを適当にあしらっていると、奥から子供たちの母親であるタチバナ=リリセがやってきた。
ヒロセ家に入りヒロセ工業社長婦人兼副社長となったリリセだったが、これまでの取引先との都合の関係上、相変わらずタチバナ姓を名乗っていた。かつてのリリセはサヘイジたちから『お嬢』なんて呼ばれていたけれど、今はさらにスケールアップして『姐さん』『女将さん』なんて呼ばれてたりする。
わたしは子供たちをあやしながら、リリセに文句を垂れた。
「おまえがそうやって『オバサン』って言うからだろ、ちゃんと『オネーサン』って言うように教えてやれ」
わたしの苦情に、リリセはウプププと噴き出しそうなのを堪えながら答える。
「別に『オバサン』でもいいんじゃない? 実際叔母なんだし」
「なんかババ臭くてイヤだ。せめてオネーサンにしてくれよ」
「まあ、どっかの誰かさんはずっとわたしのことを『オネーサン』って呼んでくれなかったしね。いいんじゃないの、オバサンで」
「おまえ、意外と根に持つよな……」
「なんか言った?」
「いや、別に」
ところで、とリリセは話を変えた。
「姪っ子と甥っ子に懐かれるステキな“おばたん”もいいけどさ。エミィも好い人、いないの?」
……まーた始まった。
「それともウチの若い衆、誰か紹介してあげよっか? エミィなら選り取り見取りだよ、きっと」
「まぁそのうちな」
「そのうち、って……そんなこと言ってるとそのうち本当に独りのままオバサンになっちゃうよ?」
「あーあーきこえなーい」
しつこく迫るリリセに、わたしは内心でげんなりしていた。
結婚して子供が生まれてからは家庭と仕事で忙しくしているリリセだが、一方でずっと独り身のわたしのことも相変わらず気にかけてくれていた。
リリセ自身に子供が出来てからはますますその傾向が強くなっており、近頃は結婚の心配までしてくれるようになってしまった。まるで世話焼きのオバチャンだ。心配してくれるのは有難いとは思うが、ここまでくると流石に鬱陶しくもある。
とにかく余計なお世話だ。わたしは言った。
「結婚なんかするもんか、わたしは仕事に生きるんだ。今は仕事が楽しいしな」
「えー、勿体無いなあ。エミィ、結構モテるのに」
わたしが? んなアホな。リリセの言葉をわたしは一笑した。
こちとら自他ともに認める筋金入りの偏屈コミュ障である。無口無表情人見知りで愛想はゼロ、口を開けば悪態毒舌罵詈雑言。性格は我ながら最悪だと思うし、こんなひねくれたクソ女を恋人にしたいだなんて余程のお人好しかバカだけだろ。
そう答えるとリリセは渋い顔をした。
「エミィって、結構人気あるんだよ? エンジニアとしても一流だし、口は悪いかもしれないけど根は優しくてしっかりしてるし、何より美人だしね。クールビューティ、高嶺の花って奴みたい。わたしもたまに相談されるくらいよ、『タチバナ=テックのエミィさんに好い人はいないんですか?』って」
ふーん、そうかよ。
適当に流しつつも、わたしは頭の隅で考えてみた。わたしがモテる、クールビューティ、高嶺の花? んなバカな。そもそもリリセはわたしに甘い、だからリリセの評をそのまま真に受けていいわけがない。
……だけどわたしだって女だ。わたしがモテるのが事実だというのなら、それはそれでわたしだって別に悪い気はしない。嫌いな奴に好かれて付きまとわれるというならともかく、ヒロセ工業の連中は善い奴ばかりだし、仕事に生きるとさっきは言ったけれど、無論いつまでも独りではいられない。いずれは将来のことも考えないといけない、とは思う。
しかし、かといって今は『そういうこと』へ乗り気にはなれなかった。そもそも相手がいない。相手がいない以上は急ぐ必要性も感じない。以上、QED。
だいたい、リリセに相談してきたとかいう連中はもうその時点でアウトである。『将を射んと欲すれば先ず馬を』ってつもりか知らんが、そんなに気になるなら姉のリリセじゃなくて直接わたし本人へアプローチして来いよ。タマついてんのか。心の中でそんな悪態を吐いたときだ。
わたしの脳裏に『記憶』がよぎった。
……『記憶』について思い出すのは久しぶりだった。
わたしのタイムリープによって無かったことになった、孫ノ手島怪獣大戦争での大冒険。遠い昔、今の幸せと引き換えに捨て去った思い出。そしてそれらを共に駆け抜けた『あいつ』。
……だけどそれはもう子供の頃の話だ。今となっては日々の暮らしに精一杯で、あの『記憶』について考えること自体が殆ど無い。『あいつ』に関してはもう顔も名前もすっかり忘れてしまって思い出すことすらない。
なのに、どうして今になって。そう思ったときだった。
外で爆発音がした。
「な、なにいまの!?」
わたしたちが戸惑っているうちにまたしても爆発音が響き、今度は建物全体が揺れた。強烈な衝撃波、何か巨大なものが爆発したかのようだった。
わたしはすぐに反応した。
「リリセ、子供たちを奥へ!」
「あ、ああ、うんわかった!」
リリセに子供たちを部屋の奥へと押しやらせつつ、わたしは様子を見ようと屋敷の外へ飛び出した。
飛び出した屋敷の外は濃い煙に覆われている。ひどく焦げ臭い、何かが燃えているかのような悪臭、きっとどこかで火事が起きているのだろう。
事故か事件か怪獣か、一体なにが起きたんだ。
状況がわからず辺りを見回していると、煙の向こう側から何か重たい金属音が響いてきた。金属音はまるで歩いているかのように一定の間隔で、そして一歩一歩着実にわたしの方へと近づいてくる。
「なんだなんだ、何が出てきやがるんだ……?」
わたしは煙の向こうを見渡そうと、目を凝らす。足音の主、黒い影はどんどん近づいてくる。
「あれは……?」
煙の向こうで輝いたのは『赤い二つの瞳』、そして『銀色のロボット怪獣』のシルエット。
……あれは、まさか。わたしがそう思ったときだった。
〈こっち向け、おんどりゃあッ!!〉
背後で聞こえたスピーカーの音声に、わたしは振り返る。わたしの背後にあるのはヒロセ家屋敷のガレージ、そのガレージのシャッターをぶち壊し、奥から巨大なロボット怪獣が姿を現した。
ヒロセ家のガレージから現れた、二体目のロボット怪獣。
全高は3メートル程度、銀色の少女型怪獣を倍以上も上回る巨体。ずんぐりむっくりとした胴体と、そこから延びる長い腕。見る者が見れば、旧地球連合軍が『怪獣黙示録』時代に運用していたパワードスーツを素体にしていることもわかるだろう。
だが、かなり改造されている。脚部にはブースター、胴体にはミステロイド・スチール製の蛇腹装甲が増設されている他、なにより通常のパワードスーツにはない“頭部”が追加されている。頭頂部の触覚に、サングラス状の目とドリルの鼻、シャベルの顎。
ヒロセ工業の秘密兵器にして工兵ロボット怪獣、〈モゲラ〉だ。そしてモゲラ頭部のスピーカーから、機体内部で操縦しているパイロットの咆哮が響く。
〈さっさと失せろ、この
その声の主はタチバナ=リリセだった。
同時に、わたしは『記憶』を思い出す。改変される前の時間軸、わたしの『記憶』でリリセはLSOのロボット怪獣:メカニコングへ戦いを挑んでいた。今回もリリセはロボット怪獣:モゲラに乗って戦うつもりなのだ。
「……!」
リリセの挑発に応じて、銀色ロボット怪獣もモゲラのことを敵と認識したようだった。
ゴジラにも似た金属質な咆哮を挙げると、銀色ロボット怪獣は両腕のカギ爪を構えてモゲラへ挑みかかってゆく。
そんな銀色ロボット怪獣に、リリセも応戦した。モゲラが片腕を構える。
〈喰らえ、ショックアンカー!〉
リリセの叫びと同時にモゲラの腕が変形し、銀色ロボット怪獣めがけて何本ものワイヤーが射出された。
銀色ロボット怪獣は回避しようとするが間に合わない、モゲラが発射したワイヤーは銀色ロボット怪獣の全身へ幾重にも絡みつき、深々と食い込んでゆく。
銀色ロボット怪獣は両腕両脚の動きを封じられ、バランスを崩してその場に引っ繰り返ってしまった。ワイヤーの拘束から抜け出そうとなおも藻掻いているが、こうも厳重に巻き付いてしまっては剥がせないようだ。
〈どーだ、一本釣りィ!〉
誇らしげなリリセはそのまま続いて、動きが封じられた銀色ロボット怪獣へと躍りかかった。リリセの操るモゲラ、高々と振り上げたアームには青く光る巨大なハンマーが据えられている。
〈往生しやがれターミネーターもどきめっ、この『デモリッシャー・ハンマー』でベッコベコのスクラップにしてやんよ!!〉
続いて鐘楼の音にも似た、強烈な轟音が響き渡る。モゲラのハンマーによる10トン級の強烈な打撃、それが銀色のロボット怪獣へと直撃したのだ。
〈オラオラッくたばりやがれっ! ヒロセ工業社長夫人をナメんじゃねェェーッッ!!〉
そうリリセが吼えながら振るっているのはヒロセ工業謹製“
一方、銀色ロボット怪獣もひたすらサンドバッグ役に甘んじるつもりは無いようだった。モゲラによるハンマー乱打の雨霰から身を庇いつつ、辛うじて動く尻尾をするすると伸ばして先端部を変形させる。
……ヤバい、何かする気だ。
〈させるかよっ!〉
リリセも銀色ロボット怪獣の企みの一端を察したのだろう。滑り込んできた敵の尻尾を叩き潰すため、重いハンマーの一撃を振り下ろそうとする。
次の瞬間、尻尾の先端からマゼンタ色の光線が一閃し、鋭い金属音と共にモゲラのアームが切断された。アームごと切断されたデモリッシャーハンマー、その切り口はとても滑らかだ。
武器を破壊されたモゲラを後退させながら、リリセが呻く。
〈プラズマカッター!? そんなんありかよっ!?〉
リリセが怯んだ隙を突き、今度は敵の銀色ロボット怪獣が攻勢に打って出た。自身を拘束しているワイヤーを、ハンマーを破壊したときのようにプラズマカッターで溶断。立ち上がりながら銀色ロボット怪獣は尻尾を縦横無尽に振るった。
無闇に振り回しているように見えてその実、狙いは的確だ。銀色ロボット怪獣が放つプラズマカッターの光刃は、モゲラの関節部を的確に切り裂き、あっという間にモゲラの手足を切り飛ばしてゆく。
〈くっそ!〉
モゲラの戦闘不能を悟り、リリセも即座にコックピットから脱出しようとした。
だが、その隙を銀色ロボット怪獣は見逃さなかった。リリセがモゲラから這い出るよりも先に、銀色ロボット怪獣はモゲラの胴体正中線すなわち『コックピットど真ん中』へ
〈ごぶっ……〉
金属を突き破る鋭利な音と共に、モゲラのスピーカーからリリセの呻き声が漏れた。モゲラのボディを貫通したその一撃の深さ、確実にパイロットにまで達しているだろう。
リリセを助けないと!
物陰からチラチラと戦いを見守るだけだったわたしも、そのときばかりは思わず物陰から飛び出した。モゲラを倒すような化け物だ、わたしなんかが行っても何も出来やしないのはわかってる。だけど、何もせずにはいられなかった。
そして敵の眼前に飛び出して、わたしは“そいつ”の姿をはっきり目にした。
……なんで、そんな。
リリセを手に掛けようとしている“そいつ”の正体が何者か、それを理解したときわたしは足元から世界全てが崩れ落ちてゆくような感覚を覚えた。ぐらりと三半規管が揺れ、思わず足が竦んで膝から崩れ落ちそうになる。
そんな、嘘だ、どうして、有り得ない。
立川のヒロセ家を襲撃してきた敵の正体。
それは〈メカゴジラⅡ=レックス〉だった。
メカゴジラの後継機として創り出された究極の対怪獣兵器、メカゴジラⅡ=レックス。
だけど今わたしの目の前にいるその姿は、かつてわたしと出会ったあの『正義感の強い、心優しいボク娘メカ少女』などではない。女子供も容赦なく、目の前の敵を指令どおりに殺すことしか考えていない冷酷無慈悲な殺人マシーンそのものだった。
……そういうことかよ、クソが。
あのクソッタレのLSOの手に墜ちたのか、それともイカレカルトの真七星奉身軍か。どっちだろうが関係ない、とにかく考えられる限りで最悪の事態が起こったのは間違いなかった。人類最後の希望:メカゴジラⅡ=レックスはわたしたちと出会わなかった結果、悪党どもの手によって最凶最悪の殺戮兵器に作り替えられてしまったのだ。
そしてそのレックスは今わたしたち人類へと牙を剥き、タチバナ=リリセを手に掛けようとしている。
「レックス!」
わたしに名前を呼ばれたのに気づいたのか、メカゴジラⅡ=レックスが手を止めてわたしの方へと振り返った。
「?……」
あるいは、わたしが名前を知っていたのを怪訝に思ったのかもしれない。メカゴジラⅡ=レックスは動きを停めて小首を傾げている。
……ひょっとして、もしかしたら。一縷の望みに賭け、わたしはレックスに縋りついた。
「レックス、もう辞めてくれ、頼む、せめてリリセと子供たちだけは、どうか……!」
一瞬、レックスが躊躇した。
「…………。」
……ように見えた。
だけどそれだけだ。鋭い光をぎらつかせながらわたしの方を見下ろしたレックスの赤い視線、その目つきには何の感情も籠っていない。メカゴジラⅡ=レックスはすぐさま気を取り直したように尻尾を振り上げ、マゼンタ色に背鰭を光らせ始めた。
……メカゴジラⅡ=レックス必殺、デストファイヤー。マタンゴをも切り刻んでしまう強力無比なプラズマジェットの高圧火炎放射。
それが、わたしの体を容赦なく撃ち抜く。
「が、は……!」
一瞬の衝撃、苦痛はさほど感じなかった。
ただ『終わった』と感じただけだ。
意識が薄れゆく中、わたしはようやく悟った。
……BADENDの回避、そんなの全く出来ちゃあいなかった。マタンゴ、ナノメタル、わたしたちが孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれるかどうか、そんなものは関係ない。
メカゴジラⅡ=レックスが敵の手に渡った時点で、いいや、わたしが14歳の誕生日の朝を迎えたあの朝。
あの時点で、わたしたちのBADENDは既に確定していたのである……
子供たちの名前は「VSデストロイア」が元ネタ。エミィの名前の元ネタが山根恵美子なのでそれに因んで。
好きなキャラクターを教えて
-
タチバナ=リリセ
-
エミィ=アシモフ・タチバナ
-
メカゴジラⅡ=レックス
-
ウェルーシファ
-
ジニア