怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
ブラックレックスに手を引かれ、わたしは『素敵な未来の楽園』を目指して歩いてゆく。
ブラックレックスが示してくれた『最高のハッピーエンド』。それはとても素晴らしくて、そんな暖かな陽だまりのような楽園でならきっとわたしみたいな社会不適合の捻くれ者でも幸福に生きられるような気がした。そしてその先にはきっと、リリセも皆も待ってくれている。
……もう迷うもんか。そう決めた刹那、わたしの頭に『声』が届いた。
――……エミィ!
……誰だろう、今のは。
それは聞き流しても良いくらいに微かな声だった。けれど、わたしはどうしても気になって立ち止まる。
周りを見回してみても、わたしとブラックレックスの他には誰もいない。ただ、その『声』にはいつかどこかで聞き覚えがあった。
そうしているうちに再び『声』が響いた。今度は、よりはっきりと。
――エミィ、恐れないで、耳を澄まして!
それはわたしが遠い昔に忘れようとして、そして実際に忘れ去ってしまった『誰か』の声だった。
その『誰か』は奪われたわたしを取り戻そうと、遠い何処かから手を伸ばして必死に叫び続けている。
――お願いだ、ぼくの大切な人を返して! 返してよ! 返してったら!!
そんな土壇場で、わたしはようやく思い至る。
……そうだ。
そうだった。
とても大事なこと、そしてとても簡単なことだ。どうして見落としていたんだろう。
「……どうしたの、エミィ?」
他方ブラックレックスは、不意に歩みを止めたわたしへ言葉をかけてくれていた。
ブラックレックスが咄嗟に浮かべた表情はまるで心の底から心配しているかのように気遣わしげで、さっきまでわたしの心を踏みにじっていた偽悪の仮面が外れ落ちていることに当人は気づいていない。
そんなさりげない仕草から、わたしはもう一つ思い至る。
こいつはやっぱりわたしの知ってるレックスだ。
鬱陶しいくらい御節介で、だけど素直で正直者なレックス。ハイテクのくせにガキっぽくて、だけどどこか憎めないレックス。タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、非力なわたしたちを何回も救ってくれた優しくて頼りになるレックス。
こいつもそういうメカゴジラⅡ=レックスだ。
いくらイメチェンして姿形が変わり果てようとも、相手の弱みにつけこみ言い負かしてしまう狡猾さや冷徹さ、パラレルワールドを飛び越えてしまうチート能力を身に着けたとしても、その本性は相変わらず心優しいスーパーロボットにして人類の救世主:メカゴジラⅡ=レックスなのだ。
……レックス、おまえは昔からそうだった。おまえはいつだって世のため人のため、そのためなら今みたいに自分自身が悪者になることだって躊躇しない。おまえは本当に立派な奴だ、真の救世主サマだよ、おまえは。
そしてブラックレックスは今わたしの手をとって、『最高のハッピーエンド』とやらに導いてくれようとしている。
その手を、わたしは力ずくで振り払った。
「エミィ……ッ!?」
驚愕の表情を浮かべたブラックレックスに、わたしは軽く息を吸ってから意を決して告げる。
「……嫌なことや悲しいこと、沢山あるよな」
何の脈絡もないわたしの発言に対し、目の前のブラックレックスは「いきなり何を言っているの、エミィ」とでも言いたげだ。
だが構うものか、わたしは言いたいことを喋り続けることにした。
「どう言い繕おうが、結局オマエらの言うとおりだ。救いたかった人や受け容れられない結末、そういうの全部なかったことになればいいのにな。そして、何もかも願いどおりの素敵な夢が現実に変わってくれたらいいのに。わたしだってそう思うよ」
次にわたしは、ブラックレックスの周囲で蜷局を巻いている虹色の蛇:ルシファーにも言った。
「ルシファー、オマエは悪魔だ。きっとモスラでさえオマエを悪だというだろう。だけどオマエは本当は悪者なんかじゃない、皆を喜ばそうと一生懸命なだけ。本当は優しい奴なんだよな、きっと」
わたしの言葉をルシファーが聞いてくれたかどうか、それはわからない。相も変わらずルシファーは、虹色の首をくねらせながら冷たく嘲笑っているだけだ。
……まぁ、どうでもいい。
それに引き換え、とわたしは自分へと振り返る。わたしときたら、イイ歳こいてもガキの頃から何も変わってない。大事なことから目を逸らして、簡単なことも見落として、優しい人たちの背中に隠れて。そんなバカでクソガキな自分と決別したつもりでも、いざとなればやっぱり嫌なことや悲しいことから逃げ回って、土壇場の土壇場でさえ優柔不断に迷ってばっかり。
「レックス、おまえはこんなクソザコ弱虫のわたしなんかのために、最高に幸せな夢を見せてくれた。お陰でどれだけ慰められたかわからない。ありがとな、レックス」
「だったら、エミィ……」
「だけどな!」
だけど、これは言わずにいられない。
「だけどわたしには本当の現実、『帰る場所』がある。そこに帰る、絶対に。だから『ああだったら良かった』『こうだったら良かった』なんて幸せな夢の世界にいつまでも浸ってるわけにはいかないんだ」
絶望のタイムリープの中からわたしを必死に引き上げてくれた上に、この土壇場で呼び止めてくれた『誰か』の声を思い返す。
『誰か』。タチバナ=リリセではないしヒロセ家の人たちでもない、だけどわたしの大切な人。それが誰なのかわたしは未だに思い出せないが、きっとそいつは今もわたしの帰りを待ってくれているのだろう。
わたしの答えにブラックレックスは面食らっていたが、「だ、だったら!」と再び口を開く。
「だったらもっと素晴らしい、それこそ何もかも望み通りの『帰る場所』、完璧な現実を
「やなこった」
このエミィ=アシモフ・タチバナの偏屈ぶりをナメるなよ。わたしは、甘言を並べ立てようとするメカゴジラⅡ=ブラックレックスに告げる。
「『記憶を弄る』だと? ふざけるな、勝手に他人の心へ入り込もうとしやがって何様のつもりだ、人間サマをナメんじゃねえ」
「んな……っ!?」
怯んだブラックレックスへ、さらにわたしは言ってやった。
「だいたい、おまえの言ってることは最初っから破綻してんだよ。悲しい出来事を全部なかったことにしたとして、じゃあそのチート能力はどうすんだ。それもなかったことにすんのか? それ、もろに『親殺しのパラドックス』じゃねーの?」
「……!」
親殺しのパラドックスというのは『タイムマシンで過去に戻って自分の親を殺したら、はたして何が起きるか?』というSFでは御約束みたいな思考実験である。
ブラックレックスが今やろうとしていることはそれと同じだ。もしもブラックレックスがチート能力で過去や未来を『無かったこと』にしたとして、そうなると『チート能力を得た』という事実までもが『無かったこと』になってしまう。けれどチート能力がなかったらそもそもそんなことは起こらない。矛盾だ。
「そんなことは……」
「『無い』ってか? ウソつけ、わたしが何回タイムリープしたと思ってんだ。上手くいくわけがない」
反論しようとするブラックレックスを遮りながら、わたしはタイムリープを繰り返して破滅の泥沼に嵌まりかけたときのことを思い出す。
因縁と因果は複雑怪奇に入り組んでいて、運命一つ変えただけでも何が起こるか予想なんて到底つかない。そんな人知を超えた領域へ踏み込んで好き放題に作り替えようなんてしたら、必ずどこかで皺寄せが生じてしまう。
時空改変による現実の再構成、実際にはどこかで辻褄合わせが行われるのかもしれないが、その影響の余波で割を食う奴が出てくるのは確実だ。誰かを幸せにしようとすれば、その裏で絶対誰かが泣きを見る羽目になるだろう。
「もし仮におまえのチート能力で何もかもうまく調整できたとしても、それは『わたしが掴み取った未来』じゃない。そもそも人間には心がある、好きも嫌いも何もかも人それぞれで一枚岩ってわけじゃあない。『誰もが望む素晴らしい結末』『皆が楽しく笑って暮らせる最高のハッピーエンド』、そんなもん最初から出来ねーんだよ」
「そ、そんな……」
守勢となったブラックレックスに対し、わたしは反転攻勢を仕掛けた。
「それにそうやっておまえが好き放題にチートを振るってわたしを論破できるようになったのも『わたしやリリセが死んだから』じゃねーのか。それをすっ飛ばして『都合の悪いことだけ無かったことにしたい』だと? 甘ったれるのもいい加減にしろ、このポンコツメカゴジラめ」
「いや、その、それは、その……」
「『絶対に許さない』だ? 何を『許さない』だって?? ったく、ウジウジグダグダネチネチ未練たらしく引きずりやがってインケンすぎだろ。いつまでも悲劇の被害者気取りで自分を可哀想がってんじゃあねーよクソが」
「あ、うう……」
ふんっ。
それにな、とわたしはもう一つ思っていることを言った。
「今の現状だって皆が頑張って掴み取った結果だ。それなのにオマエの言うとおり『
そう語るわたしの脳裏で、タチバナ=リリセのことが
タチバナ=リリセ。大切なものを護るため死に物狂いで戦って、戦って、最期の最後まで戦い抜いた、わたしの大切な人。だけどここでブラックレックスの誘いに乗ったら、アイツの戦いが全て無意味になってしまう。
そしてそれはわたしたちだけじゃない、『怪獣黙示録』の時代では誰もがそうだったのだ。大切なものを護るため、未来を信じて戦って。
そうやって死んでいった人たちの想いを踏みにじるくらいなら、わたしは。
「エミィ……」
わたしの決意を前に、ブラックレックスはもはや返す言葉が無いようだった。
そしてわたしは吼える。たとえこの命がどんなにちっぽけで惨めでも。
「わたしの心はわたしのものだ。たかだか異世界転生チート怪獣ごときに、好き放題に弄繰り回されてたまるか」
そう答えた刹那、ぱきっ、という音がした。
頭上を見上げてみると、幾何学模様の天上に大きなヒビが入っていることにわたしは気がついた。辺りでくねっていた虹色の蛇:ルシファー=ハイドラはいつの間にか姿が消え失せており、世界を彩っていたはずの白銀の万華鏡も今や色褪せて輝きを失い、ぼろぼろと音を立てて崩れ落ち始めている。
神の救済の拒絶、高次元世界の崩壊。幸せなモラトリアムは終わりだ、現実へ帰るときが来たらしい。
「……もうおしまいだ、これで誰も救われない」
ぽつりと聞こえた呟きに振り返ると、ブラックレックスは両手両膝を着いて
「もうBADENDは確定だ。また、ボクは誰も救えなかった……」
絶望の言葉を零し続けているブラックレックスを見下ろしながら、わたしはふと考えた。
……ノリと勢いで色々言ってしまったけれど、ブラックレックスだって悪気があったわけじゃない。心の底から人間を愛した機械仕掛けの救世主、それこそ全身全霊で人間を救いたかったんだろう。
それなのにわたしときたら、そんなブラックレックスの一生懸命な気持ちを散々踏み躙った挙句、完全にフイにしてしまった。どっちが最低最悪か、もしも第三者に聞いてみたら十中八九わたしを指すだろう。
「ボクは、ボクは……ッ」
なあ、レックス。
その場で悔し泣きをしているブラックレックス、その肩を叩いてわたしは告げた。
「別にいいさ、救われなくたって」
「え……?」
わたしの言葉にブラックレックスが顔を上げ、琥珀色の両目は愕然と見開かれていた。
『人間なんて救われなくていい』そんなわたしの投げ遣りな回答は、ブラックレックスにとって思いもかけない青天の霹靂だったのかもしれない。
……全知全能がどうのと言っていたけれど、レックスはこんなことも知らなかったんだな。わたしは続けた。
「人間サマのアホさ加減をナメるなよ。人類最後の希望だかチートオリ主だかなんだか、今のおまえが何様のつもりなのかは知らないけど、人間の愚かしさまで救えると思ったら大間違いだ。おまえがいくら凄いスーパーロボットで人類の救世主サマだったとしても、いずれは破滅する運命だったさ」
ブラックレックスが言ったとおり、欲深で、浅はかで、底無しに愚かなのが人間だ。もしも機械仕掛けの神様が現れて『完璧なハッピーエンド』を用意してくれたとしても、人間たちはきっとその欲深さと浅はかさと愚かしさでもって台無しにしてしまうに違いないのである。
「そんな……」
だからさ、レックス。
すっかりしょげ返ってしまったブラックレックスに、わたしは言った。
「だから、おまえももう救世主なんかにならなくていい。人間なんか救おうとしなくていいんだ」
……メカゴジラⅡ=レックス。おまえは人類最後の希望でも、ましてや異世界転生チート怪獣でもない。おまえの言うとおりの欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かしい、おまえもそういう普通の人間だ。
でも、それでいいんだ、きっと。
そんなわたしの言葉に、ブラックレックスが問い返す。
「だったらボクはどうしたらいいの?」
さあな。ンなもん、わたしにわかるかよ。
そうやってばっさり切って捨てると、ブラックレックスは苦笑いを浮かべた。
「……厳しいね、エミィは」
「生憎わたしは、リリセみたいな優しいオネーサンじゃあないからな。わたしだって間違いだらけだし、わたしこそ神様でも何でもない。どうしたら正解かなんてわかるもんか」
だけどレックス、これだけは言っとくぞ。
「他の誰に何を言われようが、わたしはおまえの友達だから。おまえがこれから先どこに行こうが何しようが、それだけは絶対に忘れんなよ」
「……うん」
目の前にいるブラックレックスの姿がぼんやりしてきたのはこの世界がいよいよ終わろうとしているからなのか、それともわたしの目頭が熱くなっているからだろうか。
溢れ出そうな涙と嗚咽を堪えながら、わたしは続ける。
「あとおまえはリリセ顔負けの御人好し単純バカだから、ルシファーみたいな変な奴に言いくるめられるのだけは気を付けろよ」
「……うんっ」
「いくら高次元のチート能力を手に入れたからって、もう
「うん、うん!」
……元気でな、レックス。
今にも泣き出しそうなわたしに、レックスも泣き笑いで返した。
「ありがと、エミィ。キミも幸福に暮らしてね」
そう応えたメカゴジラⅡ=レックスは心から晴れ晴れとしていて、まさに天使様のようだった。
別れの挨拶を終えたちょうどそのとき、遂に高次元世界のヒビ割れから光が射し込み、わたしたちの周囲が眩い輝きに包まれ始めた。いよいよ終わりだ、何もかも。
見えるもの総てが真っ白な光で染められてかき消されてゆく中、わたしは最後に『声』を耳にした。
――さよなら、エミィ……
そして光が収まって、わたしは『現実』へと立ち返った。
――エミィ! エミィ!
誰かから呼び起こされる声。いつの間にか閉じていた目を開くと『そいつ』はいた。温厚を絵に描いたような顔つきをした、健康的な浅黒肌の少年。
タイムリープに高次元世界、激変し続けた状況で記憶が混濁していて、目の前にいるそいつが誰だったか思い出すのに一瞬ほどの時間が掛かってしまったけれど、やがてわたしの口から独りでにその名が出てきた。
「ジニア……?」
わたしのもう一人の相棒であるフツア族の青年ジニア。そのジニアが今涙をポロポロ溢しながら、懸命にわたしを呼び覚まそうとしているところだった。
続いて感じたのは、固くて冷たい土の感触。どうやらわたしは地面に倒れているらしい。
――エミィッ!
わたしが息を吹き返したのに気づいたらしいジニアが、わたしの身体を抱き起こしてくれた。ジニアに抱えられたままぼんやりと顔を上げてみるとどうやらここは森の中の高台、フツアの集落のようだ。フツアの村の人たち、それも全員がこの場に集まっているようだった。
……一体何が起こっているのだろう。後追いで甦ってゆく記憶と意識に困惑しながら周囲を見回していると、高台の眼下にとんでもないものが見えてしまった。
「モスラにルシファー……!?」
フツア族の守護神にして女王である巨大蛾怪獣モスラと、先程もブラックレックスを誑かして操っていた虹色の高次元怪獣:ルシファー=ハイドラ、その両者が森の中心で取っ組み合いを繰り広げていた。
巨大蛾と大蛇、モスラとルシファーの怪獣プロレスはルシファーが優勢だ。モスラ自慢の極彩色の翅はルシファーの攻撃であちこちを啄まれ、日頃ならふわふわに蓄えている美しい毛並みも今やところどころが焼け焦げ、地に伏せってしまっている。
――ピロピロケタケタイヒヒヒヒヒ!!
そんな満身創痍のモスラを踏みにじりながら、邪悪な蛇ルシファー=ハイドラの歓喜の笑いが響き渡る。
その最中、聞き覚えのある思念の言葉:テレパスが聞こえてきた。
『忌まわしき夢に、救いの
テレパスの響いてきた方を見ると、高台のさらに頂上で必死に祈りを捧げているフツアの巫女の姿があった。
そしてわたしは全てを思い出す。
……新生地球連合軍の残党によるフツア族の村への襲撃、そんな侵略者を迎え撃ったフツアの人たち、追い詰められた悪党どもによって召喚された高次元怪獣ルシファー=ハイドラ、モスラとルシファーの怪獣プロレス大決戦、そして心の隙を突かれてルシファーに取り込まれてしまったわたし。
……忌まわしき夢、なるほどな。つまりさっきまでのタイムリープの物語は、ルシファー=ハイドラがわたしを洗脳するために見せていた『夢』だったわけだ。
ふざけんじゃねえよ、クソッタレが。
さっきは『ルシファーも本当はきっと優しい奴』とかなんとか言ってしまったが前言撤回、コイツは正真正銘最低最悪の品性お下劣クソ野郎だ。ここまで引っ張っておいて『夢オチ』とかマジで馬鹿にしてんのか。
何かを望む、何かを願う。そんな誰もが持っている心の弱味へ付け入って食い物にしようとするルシファーの卑劣さと邪悪さに、心底怒りを覚える。
完全に意識が覚醒したわたしは怒りに任せて全身を奮い立たせると、起き上がって叫んだ。
「頑張れモスラ! そんな上っ面だけのクソッタレに負けんじゃねえぞ!!」
呼びかけた先はわたしたちの守護神にしてヒーロー、モスラ。怪獣のスケールからしたら虫けらみたいなわたしに出来ることなんてこれくらいしかないけれど、せめて勝利を祈るくらいはさせろってんだ。
そんなわたしの姿を見て隣のジニアも、そしてフツアの村人たちも一斉にモスラを応援し始めた。
――がんばれ、モスラ!
――負けるな、モスラ!
――モスラ!
――モスラ!!
――モスラ!!!
わたしたちの想いが届いたのだろうか。
モスラは雄叫びを上げて奮起、自分を踏み付けていたルシファー=ハイドラの巨体を根こそぎ吹っ飛ばした。ルシファーは不意に足元を掬われ、その場へと引っ繰り返ってしまう。
――な、なんだ……!?
もんどりうったルシファーが身を起こしたときに見たもの、それは燦然と白く光り輝くモスラの姿だった。その神々しさと言ったら、ルシファーのいやらしい見掛け倒しの虹なんか到底霞んでしまうほど。
わたしたちの祈りを受け、モスラは大逆転の大変身を遂げていた。幼虫、繭、成虫、その先をも超えた最後の変身、高次元怪獣へと至った姿。
その名は〈モスラ=エターナル〉。
赤、青、黄、そしてそれら全てが混ざりあった純白の輝き。光輝くモスラ=エターナルは力の限り羽ばたいて飛び上がると、そのままルシファー=ハイドラに突進してゆく。
ルシファーはというと、突如再起し大変身を遂げたモスラに一瞬泡を喰ったようだったけれど、すぐさま気を取り直してモスラ迎撃のために長い三本首をもたげた。
――おのれ、
そう吼えるルシファーの口の中で、虹色の光が煌めく。
あれはわたしも孫ノ手島の戦いで見覚えがある、ルシファーは口から虹色の稲妻光線を吐いて敵を攻撃するのだ。きっとそれをモスラへ撃ち込もうというのだろう。
あれの直撃はゴジラでさえ怯んでいた、華奢なモスラが喰らえばひとたまりもないかもしれない。
わたしたちが危惧する中、ルシファーの口内の虹が最高潮に達してゆく。ルシファー必殺の破壊光線が放たれる、まさに次の瞬間だった。
――さあ喰らえ最高のハッピーエンド……えぴゅッ!?
ちゅどかーん。
攻撃しようとしていたルシファーの頭が一本、木っ端微塵に吹き飛んだ。
……何が起こったんだ? 状況がよくわからなかったわたしが周りへ目を凝らしてみると、ルシファーを覆うかのように辺り一帯で白く輝く粉が舞っている。その発生源は、ルシファーの前でゆっくりと羽ばたき続けているモスラの翼だ。
モスラ必殺、鱗粉攻撃。
どういう原理なのかはよく知らないが、聞くところによればかつてモスラはこれを駆使してゴジラの放射熱線を完封したことがあるのだという。そういえば孫ノ手島から脱出しようとするわたしを助けてくれたときも、この鱗粉を使って守ってくれたことがあった。
モスラ=エターナルはその強力な鱗粉で、ルシファーの稲妻光線を跳ね返していた。ルシファーはそれでも再び稲妻を放とうとするがすべて跳ね返されてしまい、モスラへ攻撃するどころかルシファー自身がダメージを負うばかりだ。
――小癪なムシケラがァアァ!!
光線技を封じられたので、今度は残った二本の頭を伸ばして噛みつこうとするルシファー。しかしモスラは俊敏に躱しながら懐へと入り込み、ルシファーの顔面に取り付くと思い切り捻り上げた。
ぐしゃぼきっ。激烈に痛そうな音が響き、ルシファーの首がおかしな方向へ捻れてしまった。
――ぎゃあああああ……!!
ルシファーが絶叫する。
モスラはたしかに力は強くないが、一方でカウンター技の名手である。今回もモスラは、自身へ噛みつこうとするルシファーの動きを捉え、カウンターで逆用してルシファーの首をへし折ってしまったのだ。
それでも尻尾、翼の毒爪を繰り出してモスラを攻撃しようとするルシファーだったが、モスラ=エターナルはひらりひらりとくぐり抜けて、逆にカウンターで全部潰してしまった。
――ひ、ひぃっ!?
そしてモスラ=エターナルは、動転して逃げ出そうとするルシファーの胸ぐらを掴み、宙へと吊り上げたあと思い切り振り回して投げ飛ばした。ルシファーの巨体が悲鳴を上げながらぶっ飛ばされて岩山へ激突、そのまま岩雪崩に呑まれて生き埋めにされてしまった。
モスラ=エターナルとルシファー=ハイドラ、高次元怪獣同士の怪獣プロレスは、あっという間に形勢が逆転していた。
フツアの巫女、ジニアを筆頭とするフツアたち、そしてわたし。そのトライアングルで支えられてモスラが高次元怪獣へとパワーアップを遂げた一方、それらを崩すことに失敗した悪魔のルシファーは、高次元怪獣としての強さを失ってしまったようだった。三本あった首は今や一本だけになり、繰り出したはずの攻撃はことごとく自身へ跳ね返ってきて全身をずたぼろにされてしまった。かつて最強無敵だった異世界転生チート怪獣、しかし今やモスラ=エターナル相手に手も足も出ない。
――……ま、待て。
そのとき聞こえてきたのは、ルシファーのテレパス。
――女王モスラ、おまえの強さはよくわかった、だからここで取引と行こうじゃあないか。
おまえはそもそも平和を象徴する平和主義の怪獣なのだろう、だったら今みたいに『暴力に訴える』ってのは主義主張から大きく反するんじゃあないか? 罪を憎んで人を憎まず、敵や悪役だって赦してこその正義の味方じゃあないか、そうだろう?
もしおまえにその気があるのなら、我らにも用意はある。かつておまえの信じた『平和こそ永遠に続く繁栄の道』、実に素晴らしい、立派、最高だ! だからそれを実現しようじゃあないか、この大宇宙創造の神である我々堕天の虹:ルシファーと共に!
そうやってモスラの心へ取り入ろうとするルシファー。
今や高次元怪獣の悪魔ルシファーは勝ち目を失い、完全に追い詰められている。おおかた人間たちがダメだったから次はモスラを誑かそうとでもいうのだろう。
ルシファーによる誘惑の囁きは続く。
――頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカどもめ、偉大なシリーズを任されたというのにそれらに対するリスペクトもなければ愛もない、大事なことを何も理解してないカスどものせいで何もかもオワコンになってしまった! そんな奴らに傷つけられた可哀想な衆生を『救済』する、それが真の
さあ喜べ、自分じゃ何も作り出せない可哀想な低次元のムシケラども。この堕天の虹、我々ルシファーが、『デコボコで石ころだらけの道みたいな失敗作ども』を『誰もが喜ぶ最高傑作』へ再構成してやろうじゃあないかッ!
……何言ってんだコイツ。
自称:
そんなわたしたちの冷めきった反応なんて気にも留めず、ルシファーは誰が聞いてるんだかもわからん手前勝手な言い分をぶちあげている。
――今回こそうすくだらん人間ドラマなんかは徹底排除、最初から最後まで楽しい怪獣プロレスってのはどうだ!! ミリオタ、政治厨真っ青の緻密な設定考証!!!! リアルでハードでシリアスで、糞ジャリや萌豚どもに媚びることもない、真っ当な大人の鑑賞に堪えるエンタメ超大作だ!!!!!! どうだ素晴らしいだろう、最高じゃないか、これならきっと皆喜んでくれる、ランク一位も間違いなしさ!!!!!!
さあ、我らと共に平成ガ
ルシファーの聞くに堪えない戯言は、唐突に途切れた。
――んごぶっ!?
突如としてルシファーが嘔吐きはじめたかと思うと、虹色のゲロというか血反吐というか、綺麗なんだか汚いんだかよくわからない体液を口から零し始めたのだ。
「あれは……!?」
わたしはすぐに感づいた。
「鱗粉の毒が効いてるのか……!?」
モスラの鱗粉には敵のビームを跳ね返して封殺する他にも退魔、魔除けの効能がある。つまり悪魔の化身であるルシファーにとっては猛毒なのだ。
……たしかにモスラは優しい、だけど『甘い』わけじゃあない。むしろ普段優しい分、ひとたび怒らせればゴジラよりもおっかないのだ。
そしてモスラ=エターナルは今まさに、わたしが一目で見てもわかるくらいに『怒っている』のだが、ルシファーは余程パニくっていたのかそのことにまるで気づいていなかった。
現実を愚弄した侵略者のルシファー、あいつは守護神モスラの逆鱗に触れたのだ。
――ごぶぅっ、うげっ、げぶぅっ!?
ルシファーの口から体液が零れるのが止まらない。ルシファーが噎せ返りのたうち回る中、さらにその虹色の巨体がボロボロと崩れ落ちてゆく。
モスラの鱗粉に含まれる因子が作用し、ルシファーは浄化されていた。浄化とは言うが、悪魔そのものである怪獣ルシファーにとっては生きたまま体内から分解されているようなものだ。どれだけの苦痛か想像も出来ない、これならゴジラの放射熱線でブッ飛ばされる方がよほどマシである。
……やはりモスラは怒らせると怖いな。
悶絶しのたうち回るルシファーの眼前で、モスラ=エターナルは印を結びながら飛び回り、鱗粉からの輝きで幾何学模様を描き上げる。モスラを表す神聖な紋章、光の魔方陣だ。
そして撃ち出されたのは、裁きの光。
邪悪なるものを滅する清浄なる閃光、守護神モスラによる怒りの鉄槌。ゴジラの放射熱線よりも激烈な光の
――どうして、どうしてなのだ!?
そのとき高次元怪獣にして侵略者ルシファーが叫んだ。
――我々は悪いことなんて何もしていない、むしろ皆が望んだことをしていただけじゃあないか、何が悪いというのだ!?
だいたいこんな残酷な攻撃、モスラに相応しくない! よい子の皆に見せられるのか!? ほら原作へのリスペクトを思い出せ、ツブラヤエイジとカワキタコウイチが草葉の陰で泣いごぶげぇ!!
無論モスラは、ルシファーの言い分に耳を貸さない。総身を焼き尽くされてゆくその最中、ルシファーの断末魔の悲鳴が聞こえてくる。
わたしは、ただ綺麗な虹が作りたかった!
だれもが しあわせで、みんな よろこんでくれる、そんな、すばらしい、にじ、、を…
やがてルシファーの悲鳴が途絶え、裁きの光が終わるとそこには何も残っていなかった。わたしたちの前にあるのは、いつもどおりの見慣れた平穏な森だ。
……おそるおそる、という塩梅でモスラを見遣ると、モスラ=エターナルは力強く鳴きながら応えてくれた。
そう、モスラ=エターナルは、侵略者の高次元怪獣ルシファー=ハイドラを元の世界へと叩き出したのだ。あれだけ手酷く痛めつけられたのだ、流石のルシファーだってもうわたしたちの世界へ手を出そうなんて思うまい。
まあ、つまるところ。
「勝ったんだ……わたしたちは勝ったんだ!!」
わたしの呟きで堰を切られ、歓声に沸いたフツアたちはわたしを中心として大騒ぎを始めた。仲間同士で互いに抱き合い、嬉しい気持ちを分かち合う。正直者のフツアたちらしい、素直な喜びの表現だった。
……まあ正直、わたしはノリ切れないんだけどな。押し寄せる村人たちに呑まれ、危うく溺れそうになってしまう。
「ちょ、ちょっと……!?」
フツアの村人たちによって揉みくちゃにされかけていたとき、わたしは不意に腕を掴まれた。フツアの人混みからぐいと引き上げられ、わたしは腕を取ったそいつが誰なのかを理解する。
――エミィ、エミィ、エミィ!
フツアの青年:ジニアだった。ジニアはパートナーであるわたしをぐいと抱き寄せながら、テレパスで言った。
――エミィ、本当に大丈夫? 酷い悪夢とか見せられてない?
そう訊ねるジニアの表情は心底心配しているようだった。そんなジニアを元気付けてやりたくて、わたしは威勢良く答える。
「ふふん、わたしをナメるなよ。あんな下劣なド畜生風情に、そう易々と洗脳されてたまるか」
そうやってわたしは得意気に告げたのだが、ジニアの方は何やらぽかんとした顔をしていた。
……おっといけない。
さっきブラックレックスから『心の声に耳を傾けるべきだ』とかなんとか言われたばっかりじゃあないか。まさにそのとおり、素直に気持ちを伝えれば良いものを、わたしはなんだか気恥ずかしくてつい強がりを言ってしまった。
なのでわたしはこう付け加えた。
「……だけどありがとな、ジニア」
――……!
驚いた表情を見せるジニアの手を取り、わたしは続ける。
「おまえが呼び掛けてくれてたんだろ? お陰で助かった、おまえがいなかったらどうなってたか。おまえは最高の相棒だ、ありがとな」
そうやってジニアへ感謝を捧げるわたしに唖然としていたのは、ジニアの隣にいたフツアの巫女:サエグサ=ミキだった。
『え、エミィさん……?』
なんだよその顔は、鳩が豆鉄砲でも喰ったみたいな。わたしの質問に、サエグサ=ミキは恐る恐るテレパスでこんなことを言ってきた。
『いや、まさかあの、村一番のひねくれもののエミィさんが素直に御礼を言うなんて。ひょっとしてもしや、まだ高次元怪獣に操られているのでは……?』
……あのなあ。
そうやって心の底から心配そうに顔色を窺ってくるミキに対し、わたしは深々と溜め息をついた。
「ミキ、おまえのことはスッゴく立派な巫女で、とっても尊敬できる
ミキの天然ボケめいた反応にわたしは悪態で返そうとするが、それは叶わなかった。
なぜなら、ジニアがわたしに抱きついてきたからだ。
――……エミィッ!
「うわっぷ!?」
小柄だけど逞しくて頼もしいジニアの身体が密着してきて、わたしは密かに鼓動が跳ねそうになるのを堪える。
わたしがドキドキしているのを知ってか知らずか、ジニアはわたしを思いきり抱き締めながら言った。
――良かった、エミィの心が壊されなくて!
そうやってジニアは全身で喜びを表現し、全霊でもってわたしへの愛を示してくれた。
思えば、ジニアはいつでもそうだった。かつてわたしが深く傷ついて壊れてしまいそうだったときも、わたしの心が荒れ狂って周囲を傷つけることしか出来なかったときも、ジニアはずっとこうして傍に居てわたしを大切に想ってくれた。
……まったくこいつには敵わないな、と思う。
バカだけど正直で、強くて優しくて。そんなジニアと想い合いながら一緒に生きてゆける、わたしはやっぱり
……なぁ、リリセ、レックス。
おまえら、天国で見てくれてるか。
わたしは今、最高に幸せだ。
おまけその1:
エミィとジニア
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大人になったエミィ
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おまけその2:登場怪獣リスト(登場順)
1、ゴジラ
2、アンギラス=スマラグドス
3、メカゴジラⅡ=レックス
4、マタンゴ
5、ゴジハムくん
6、ガス人間
7、メガギラス
8、ラドン
9、メカニコング
10、モゲラ
11、ヒヨコ怪獣
12、エビラ
13、カマキラス
14、クモンガ
15、大ダコ
16、メガヌロン
17、メガニューラ
18、ZILLA
19、キメラ=セプテリウス
20、ルシファー=ハイドラ
21、ナノメタル人類
22、モスラ
23、ワラジムシ怪獣
24、ハキリアリ怪獣
25、アリマキ怪獣
26、フェアリーモスラ
27、鉄竜型セルヴァム
28、ワーム型セルヴァム
29、メカゴジラ=シティ
30、
31、スキュラ
32、ベヒモス
33、メトシェラ
34、MUTO
35、デストロイア
36、ギロン
37、レギオン
38、ガメラ
39、スカルクローラー
40、キングコング
41、ブラックメカゴジラ
42、モスラ=エターナル
大事なことなので二回言いますが、感想もらえると嬉しいです。
好きなキャラクターを教えて
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タチバナ=リリセ
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エミィ=アシモフ・タチバナ
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メカゴジラⅡ=レックス
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ウェルーシファ
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ジニア