怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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12、マタンゴの逆襲

 わたしたち一行を乗せたクルマは、ジャイアントマタンゴを振り切ってからもしばらく走り続け、やがて森を抜けた。

 いつしか雨は止み、綺麗な月夜にうすぼんやりとした白い虹、いわゆる月虹が掛かっていた。

 最初に、わたしから口を開いた。

 

「……一息入れよっか」

 

 ……もう、ここまでくれば安心だろう。

 雨も上がったし、今夜はここで野営にしよう。

 どこをどう走ったのかもよくわからないが、あとは陽が昇ってから考えればいい。

 

「……そうだな」

 

 わたしの提案に、エミィがクルマを停めた。

 荷物を降ろすため、わたしとエミィはクルマを降りて後部荷台に廻る。

 荷台を開けると、レックスが神妙な顔で座り込んでいた。

 

「ごめん。ボクが気付いていれば……」

「ああ、おまえのせいだ」

 

 (うつむ)きながら詫びるレックスを、エミィがギロリと睨みつけた。

 

「どこが安全なんだよ。だいたいおまえときたら……!」

「エミィ」

 

 (なじ)ろうとするエミィを、わたしは(さえぎ)った。

 

「わたしたちを守ってくれたレックスにそんなこと言っちゃダメだ」

「っ…………。」

 

 押し黙ったエミィに、わたしは言い聞かせた。

 

「それに、これ以上責めたら可哀想だよ」

 

 レックスの方はというと、可哀想に、すっかりしょぼくれた顔をしていた。

 自信満々で案内した安全なはずの寝床がマタンゴの巣窟だったなんて、レックスからすればとんでもないミスなのだろう。

 そんなレックスを元気づけたくて、わたしは笑いかけた。

 

「……いいんだよ、レックス。

 あなたは知らなかったんでしょ?

 それに最終的に決めたのはわたしだもんね」

 

 ……レックスは『動体検知器(モーショントラッカー)には何の反応も見られない』と言った。

 それはそうだろう、平常時のマタンゴは普通のキノコとして物静かに(たたず)んでいるだけだ。レックスから見れば、動かないマタンゴと普通のキノコの区別なんかつかないだろう。

 それが先の豪雨で湿度が上がって動きやすい環境になったところへマヌケな獲物がのこのこ現れたので、マタンゴたちも目を醒ましてしまった。

 要するに巡り合わせが悪かったのだ。

 そしてわたしはエミィにも頭を下げた。

 

「ごめんね、エミィ。わたしの判断ミスだ。

 あなたの言ってたとおり、もうちょっと警戒すべきだった。ごめんね」

 

 言われたエミィは、不機嫌そうにぷいと顔を背けた。

 

「……べつにいい」

 

 ……エミィは本当に善い子だ。

 レックスに対しては思うところがいっぱいあるのかもしれないが、ここはぐっと呑み込んでくれたようだ。

 この埋め合わせはどこかで必ずしてあげよう。

 一段落ついたところで、わたしは言った。

 

「……とりあえず、テント張ろうか」

「……わかった」

 

 夜も遅い、今夜はもうさっさと寝てしまおう。

 そう思いながら、わたしは後部荷台からテント一式を引っ張り出す。

 今夜はここで野営だ。

 

「おっとっと」

 

 テントのポールを降ろした拍子に、足元がふらついた。

 ……疲れてるのかな。

 そう思いながら目元をこすっていたわたしは、眼前に小人(こびと)がいることに気がついた。

 

 

 

 ……小人(こびと)

 

 

 

 目をこすってみると、ゴジラを象ったフードつきパジャマを羽織った大変可愛らしいこびとがいた。

 わたしはこびとに訊ねてみた。

 

「……あなたはだれ?」

 

 へけっ。

 こびとは答え、わたしは笑った。

 

「……おお、そうか!

 ゴジハムくん、ゴジハムランドのゴジハムくんというのか、きみは!!」

 

 ……ゴジハムくん、何それ。

 ゴジハムランド、何処だよそこは。

 

 自分でもそう思ったが、すぐに気にならなくなった。

 顔を()()()()しているゴジハムくんから目線を移すと、彩度全開の世界が視界いっぱいに広がっていることに気付いた。

 夜空の月虹は、いつのまに毒々しいまでに極彩色のレインボーとなっていた。

 吹き抜ける風、足音、衣擦れ、聴覚が捉える音すべてが心地良いメロディを奏で始めている。

 そのとき、わたしの中でかろうじて残っていた理性的な部分が緊急警報を発した。

 

(これはっ、まさかっ……!)

 

 だが、脳内でポップアップしたはずの重大な警告は、怒濤の勢いで流れ込んできた超現実的幻想の大群にあっさり押し流されてしまい、そしてわたしは世界を悟った。

 世界はわたしであり、わたしは世界であった。

 わたしの思考は世界へと垂れ流され、一滴の(つゆ)となって世界を革命する。

 わたしはアルファにしてオメガなのだ。

 真理発見の喜びが、わたしを絶頂へと翔け昇らせた。

 フライハイ、今なら空も飛べるはず!!

 さあ行こうぜ、高みに!!!!

 わたしはクルマのボンネットに登った。

 

「……―――?」

 

 どうしたのエミィ、そんな怪訝な顔して。

 ほらごらん、あそこに面白いものがあるよ。

 遠くの方で見えたものについて、エミィに教えてあげることにした。

 

「ほら、エミィ!!

 ゴジラが口から吹いた炎で空飛んで、喜びのダンスを踊りながら、『ぼかぁしあわせだなあ!』って叫んでるよ!!」

 

 ……楽しい、楽しすぎる。

 わたしは、自分で放った言葉が可笑しくて、お腹を抱えてゲラゲラ笑いながらクルマのボンネットから転げ落ちた。

 

「――――!? ――――!!」

 

 エミィがなにか言っているようだが、おかしくておかしくて、シンセサイザーの素敵なハーモニーにしか聞こえない。

 

 ふらふらの状態でなんとか立ち上がるわたし、タチバナ=リリセはいまや恍惚(トリップ)状態、完全に夢現(ゆめうつつ)だった。

 小鳥は歌い、花は踊り、ゴジハムくんに引き連れられて続々と現れたこびとどもが、電子音楽のメロディーを鳴り響かせながら大パレードを繰り広げている。

 ラインダンスを踊るこびとにつられて心地よい無重力感に身を委ねてしまえば、身体が勝手にリズムを刻み始めて止まらない止められない。

 ステップを踏むたびに溢れ出る生命が植物たちを茂らせ、アスファルトの舗装を打ち破り、そして空気中に舞う塵の一つ一つを視覚触覚が知覚した。

 わたしは叫んだ。

 

「Foooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!」

 

 圧倒的全能感と超越的絶頂感、自らの意識が全次元を征服しようとしている。

 わたしの体感が無限大に拡大し、世界は拡大加速し続けるハイテンションなアップビートへと変貌を遂げた。

 意識のテンポが音速(こだま)を超え、光速(ひかり)を超え、ついでにのぞみとあさまも超えて、月虹が結ぶスターボウをくぐり、世界の果てまで駆け抜けて、

 

 

 

 

 そしてタチバナ=リリセは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィとレックスの眼前で、タチバナ=リリセが倒れた。

 突然クルマのボンネットによじ登り、わけのわからないことを喚き始めたかと思えば大声で歌い踊り始め、そして電池が切れたかのようにブッ倒れてしまった。

 

「リリセ、リリセ! しっかりしろ! おい!!」

 

 仰向けで痙攣しているリリセをエミィが必死に揺さぶり起こそうとしているが、リリセは口から泡を噴いたまま一向に目覚めない。

 いくらなんでも尋常な事態ではない。

 

 ……まずい、とレックスは思った。

 いかなるときもマイペースを崩さなかったエミィが、いまや完全に冷静さを失っていた。

 これは相当にまずい状況のようだ。

 落ち着かせなくては、とレックスはエミィに声をかけた。

 

「まずはキミが落ち着け……」

「ごちゃごちゃうるさい! 引っ込んでろ!」

 

 レックスを突き放しながら、リリセの身体を調べていたエミィが何かに気付いた。

 

「まさか、マタンゴの胞子……」

 

 そういえば、一行の中でマタンゴに直接触ったのはリリセだけだ。

 病院内での乱闘と、先ほど車外でジャイアントマタンゴに掴まれた時。

 そのタイミングで、マタンゴの胞子を浴びていたのだとしたら?

 

 ……しかし、マタンゴに触れたからといって、たったそれだけのことでこんな症状が起きるのだろうか。

 触っただけで症状が起きる毒キノコ。

 レックスのデータベースの中で最も近いのは、カエンタケというキノコだ。

 カエンタケは触るだけで皮膚炎を起こし、口にしたときの致死量も極めて少ない危険な猛毒キノコだった。

 だがしかし、致命的になるのは飽くまで食べてしまった時の話である。

 触れば皮膚炎を起こすが、トリップ症状を起こして意識を失ったりはしない。

 触るだけで意識を失ってしまうような毒キノコ。

 そんなものはデータベースに存在しない。

 

 リリセの呼吸が浅く、そして荒くなっている。

 なんだか苦しそうだ。

 それに瞳孔が開いている。

 リリセの服を緩めようと胸元に触れた、エミィの表情が固まった。

 

 ――エミィの顔に浮かんでいたのは、戦慄。

 

 震える手つきで上着のボタンを外してリリセの胸元をはだけさせると、そこにはあり得ないものがあった。

 

 

 

 

 毒々しいほどカラフルな色鮮やかなキノコが、タチバナ=リリセの胸の谷間からびっしりと生えつつあった。

 




おまけ短編:ある罪深い男の話Ⅲ


 ……先の記述を書いてから、いったいどれほど時間が経っただろうか。
 ともすると文字の書き方を忘れているのではないかと思ったが、幸運にも私は今もなお文字を書くことが出来るようだ。

 本来ならば、この手記は上述のとおり、服毒自殺を仄めかすような記述で途絶えるはずだったのだ。
 実際そのつもりだった。
 私が飲んだあの薬は失敗作のはずで、過去の実験体たちと同様に、私もまた雲散霧消するはずだった。

 にもかかわらず私は死ねなかった。
 ゴジラが撒き散らした放射能の影響か、あるいは私が把握していない環境要因によるものか。
 失敗作だったはずの薬による変身は『成功してしまった』。



 そう、私は変身人間となったのだ。
 皮肉なことに最初で最後の成功作。
 〈ガス人間第一号〉に。



 かくして本物の変身人間と化した私だったが、この医学センターの外へ出ることは叶わなかった。
 気流の関係か、私がヒトの形を保つことが出来るのは、医学センターの建屋内部だけ。
 外に出たなら、私の体は散り散りになってしまうだろう。
 ……人間というのは弱いものだ。
 最初は死ぬ覚悟を決めたつもりだったくせに、いざ生き延びてしまうと再び自決する勇気は湧いてこなかった。
 よしんば風に吹かれても死ななかったとして、このような状態ではもはやヒトとして生きているとは言えまい。
 そういうわけで私はこの医学センターに閉じ込められたまま、ガス人間としての生を全うすることになったのである。

 ……もじ が上手く書けない。
 ガス人間の体ではペンを持つのにも困難が伴う。
 コンピュータ端末を使おうにも端末は私の指を検知してくれないし、そもそも電源が入らない。
 そんな苦労をしながら再び筆を執っているのは、昨夜に来訪者があったからである。




 激しい雨でマタンゴたちが目を覚まし始めたちょうどそのとき、外でクルマが停まる音がした。
 ……人だろうか。
 私はクルマの音がした方、裏の通用口へと急いだ。

 ――他の荷物は持っていかないの?
 ――荷物広げるより先に安全を確かめるべきだろ。

 扉の外から話し声が聞こえる。
 出迎えようにも錆びついた扉を開ける腕力などはない今の私には、ただ立って待つことしか出来なかった。

 ――ふんぬっ!

 やたら力の籠った気合と同時に扉が動き、侵入者たちは扉を開いた。


 侵入者は、女性二人とロボットが一台。
 眼帯をした日系の女性と小柄な金髪の少女、そして銀髪に赤い瞳をしたガイノイドだ。
 彼らは私と真正面から向き合う形になった。

 ――げほっげほっ
 ――なにこれ、カビ臭っ!

 しかし彼らは私に気づかなかった。
 機械のセンサーにも感知してもらえなくて散々苦労している身体だ、人間の肉眼で捉えられるとは思えない。
 そのとき金髪の少女が言った。

 ――やっぱりやめた方が良いんじゃないか。それになんだか見られているような。

 ……なかなか鋭い子だな。
 いわゆる第六感という奴だろうか。
 対して、眼帯を嵌めた女性が答える。

 ――そう? 気のせいじゃない?

 他方、眼帯の女性は私の存在に気づいていないようで、私が立っている屋内へ堂々と踏み込んできた。

 ――ほら、何もいないよ?

 ……こっちはえらく鈍いな。
 私の中を真正面から通り抜けたのに、全然気づいていない。
 ガイノイドはともかく、この眼帯の女性と金髪少女の関係性は何なのだろう。
 母子にしては年齢が近すぎるし、姉妹にしてはあまりにも似ていない。あるいは義理の姉妹なのかもしれない。
 そんな想像を巡らせながら、私は屋内を進む彼女らと並んで歩いた。




 リーダー格の眼帯の女性――彼女はタチバナ=リリセと呼ばれていた――とその妹分である金髪少女がトイレに向かったあと、私は思案した。
 会話の様子からすると、どうやら彼女らは雨宿りに来たようである。

 こちらに危害を加える様子はなさそう、というか私の存在に気づいてすらいない。
 住人が眼前にいるのに気づきもしない、挨拶すらないのは正直腹立たしかったが、まあ止むを得まい。
 幼気な女子供が困っているのだ、一晩の宿くらい貸してやっても良いだろう。
 そんな鷹揚な気持ちになっていたときである。

 銃声が聞こえた。

 ……まさか、と思った。
 銃声で病院中のマタンゴが目を覚ましたのを私は感じた。
 慌ただしい足音が響いてきて、リリセたちがホールへ戻ってくる。

 ――レックス、逃げよう! ここはヤバイ!!
 ――何があったの!?
 ――マタンゴだ!

 最悪の事態が起こりつつあることを、私は理解した。

 まさか、マタンゴを撃ったのか。
 なんてことを。

 廊下のドスドスと重たい足音と共に、マタンゴが駆け込んできた。
 ガイノイドの部品が変形し、()き手を構えながら咆哮する。
 照準の先はマタンゴだ。

 ――喰らえ、フィンガーミサイル!

 よせ、やめろ。
 私は叫んだが、誰にも届かなかった。




 ……その後のことはあまり書きたくない。
 武装を全開にしたガイノイドがマタンゴたちを殺しまくり、この病院を倒壊寸前にまで破壊した挙句、どこかへと逃げ去ってしまった。
 なんて奴らなのだろう、一方的に他人の安住の棲み処を破壊して逃げてゆくなんて。親の顔が見てみたいものだ。
 とはいえ、やられっぱなしの私ではない。
 組織にいた頃から敵に回したくないと恐れられてきた私である。
 反撃の一手を打ってきた。

 私は、タチバナ=リリセの体内へマタンゴの菌糸を植え付けてきた。

 入り込むのは簡単だった。
 病院中を駆け回って息を切らしている彼女の傍に、ただ近寄るだけで良い。
 そうするだけで彼女は私を体内へと吸い込んでくれた。

 誰にも気づかれないまま、私の犯行は成功した。
 きっと今頃はタチバナ=リリセもマタンゴ菌に全身を凌辱(レイプ)され、新種のマタンゴへと成り果てていることだろう。


 なぜそのようなことをしたのかと言えば、理由は簡単だ。
 私の同居人、マタンゴたちの仇討ちである。


 キノコ人間、第三の生物:マタンゴ。
 最初こそ嫌悪感を覚えたが、考えてみれば私とマタンゴはフランケンシュタインが失われてから唯一生き残った変身人間の成功例、いわば兄弟のようなものだ。
 それに、共に暮らしてみると存外気の良い奴らだった。
 かつて怪物扱いして蔑んでおきながら行き場を失った途端に許しを乞うた、そんな虫の良い私をマタンゴたちは快く受け入れてくれた。
 私とマタンゴは同じ変身人間として、それなりに仲良くやっていたのである。


 そんなマタンゴたちとの平穏な生活を、タチバナ=リリセたちは蹂躙した。


 キノコを食べさせようとするマタンゴたちの行動はすべて善意から来るものだ。悪意など欠片もない。
 ただそっとしておいてくれたなら、マタンゴたちも棲み処を追われることもなくただのキノコとして静かに暮らせていたはずだった。
 それに外の世界がどうなっているのか知る由もないが、ゴジラが生きているのだ、どうせ碌な暮らしではあるまい。
 ガス人間と化した私には到底叶わないことではあるが『マタンゴとなってひっそり暮らす』、それも一つの選択肢だろう。


 タチバナ=リリセたちはそんな彼らを虐殺したのだ。
 彼らの言葉に耳を貸さず、一方的に。


 私の犯行は、そんな冷酷非道な侵入者たちに向けたほんのささやかな報復である。
 一矢報いることが出来たなら幸い……




 強い風が吹いた。




 今、私の体を構成するガス成分が大幅に吹き飛ばされた。




 ……そろそろ風が強くなってきた。
 この調子ではいずれペンを執ることさえ叶わなくなるだろう。
 タチバナ=リリセたちとマタンゴの激戦の結果、この棲み処も随分と風通しが良くなってしまった。

 ガス人間と化した私は、そう遠くないうちに吹き消されてしまう運命にある。

 この病院が棲み処に適さなくなってしまったのはマタンゴも同じだ。
 今日は雨天で霧が出ているから良いものの、これから季節は夏になる。マタンゴの起源は南洋にあるが、彼らが直射日光にさほど強いとは言いがたい。
 こうした事情から、マタンゴたちは即座に移住を決意したようだった。
 病院を去る際、リーダー格のマタンゴ――キノコのドレスを纏った女性的なシルエットからわたしは『タマミ』と名づけていた――が私にこのようなことを言った。

 ――あなたも一緒に来ないか、ツチヤ。

 驚く私にタマミは続けた。

 ――確かに、かつてのあなたは罪深いことをしたのだろう。
 あなたの苦しみはその罰なのかもしれない。

 だけどあなたは十二分に苦しんだ。
 もういい、もう充分だ。
 孤独に死ぬ、そんな必要はない。
 行こう、そして共に作ろう。
 変身人間(わたしたち)が幸福に暮らせる新天新地を!

 タマミの提言に、他のマタンゴたちも異論は無いようだった。
 なんて善良な連中だろう。
 マタンゴたちは、かつて自分たちを実験動物として弄んだ私のことを赦してくれていた。
 かつての私、ひいては旧人類もマタンゴたちと同じくらいに寛容な存在だったなら、あるいはこんな世界になっていなかったかもしれない。


 しかし私は首を横に振った。


 ……マタンゴたちならば移住も出来よう。
 しかし私は駄目だ。
 建物の外には出られないし、出たところで風が一吹きでもすれば跡形もなく消し飛ばされてしまう。
 私はこの医学センター、そして自分が犯してきた罪業と共に消え去るべきなのだ。

 ――……そうか。

 タマミたちは至極名残惜しそうにしていたが、結局私の意志を尊重してくれた。

 さらばだ、友よ。

 そしてマタンゴたちは医学センターを去っていった。

 運の良いことに外は雨、マタンゴたちが彷徨うにはちょうどよい天候だ。
 逞しい彼らのことだ、きっと次の棲み処も見つけられることだろう。
 ……さらば、愛すべきマタンゴたち。
 願わくば、彼らの行く末に幸多からんことを。



 ……ふと思う。
 もうひとりいた金髪の少女――エミィと呼ばれていた少女に手を出さなかったのは、なぜだろう。



 もちろん、『口元を布で覆っていて侵入しづらかった』というのもある。
 だが、それだけならいくらでもやりようはあるだろう。何しろガス人間なのだから。
 それとも『子供だったから』?
 そんなはずはない。研究のために何人の女子供を犠牲にしたか、私自身すら覚えていない。
 今さら子供一人、手に掛けることを躊躇するわたしではない。



 ……それともアケミに似ていたからだろうか。



 アケミ。
 アメリカに行きたいという夢を叶え、歌手として活躍する直前にゴジラのロサンゼルス襲撃で行方不明となった彼女。
 そして私が心から愛した、世界でたった一人の女性。
 きみはいつだって蓮っ葉で、ワガママで、だけどどこか憎めない魅力があった。
 そんなきみが私は好きだった。


 きみとはもっと話したいことが沢山あった。


 アメリカに行く前にもっと抱き締めておけばよかった。


 きみが世界に羽ばたき活躍する、その姿を目に焼き付けたかった。


 ……きみを喪ってから、そう思わなかった日はない。













 思えば、変身人間を造ろうとしたのもアケミを喪ったことが理由な気がする。
 とはいえアケミが負い目を感じることはない。
 『きみのような犠牲者を二度と出したくない』
 『人類の未来のために』
 そんな御立派な使命感もゼロとは言わないが、こうして虚心坦懐に見るならばさほど大きくもなかったと思う。

 正直に言えば、私がマッドサイエンティストと呼ばれるほどに研究に打ち込んだのは、きみを亡くした悲しみから逃れたかったからだ。
 心の隙間を立派な大義名分で満たしながら、課せられた使命という名目で研究に没頭していれば、きみを亡くした悲しみを忘れられた。
 要するに現実逃避の道具だった。

 そして、ただの逃避で埋められるものなど何もなかった。
 研究に没頭すればするほど自分の中の空虚は大きくなり、その空虚を埋める為にますます研究が先鋭化していった。
 そんな自分の弱さの行き着いた結果が罪なき人々を研究材料として産み出された変身人間シリーズであり、神をも冒涜する人造人間であり、そしてマタンゴであった。
 ただの現実逃避のために、私は沢山の人々を食い潰した。
 私こそ怪物だ。
 ガス人間に成り果てた己の現状もまさに自業自得、因果応報の末路というものであろう。


 ……書くのが辛くなってきた。
 そろそろ筆を置こう。


 マタンゴ、そして愛すべき変身人間たち。
 何十年、何百年、あるいは何万年先になるかはわからないが、いずれ(きた)る新天新地。

 その先に、あなたたちが平和に暮らせる未来が待っていることを切に願う。

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