怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
……夢を見ていた。
遠い昔の、自分ではない誰かの記憶だ。
『御父様』の都合で東京へゆくことが決まったとき、“自分”は、この『極東自治区最大の電気街』に独りで行ってみたい、とねだってみた。
好きなアニメマンガの店に行ってみたい、というのは表向きの理由だ。
本当は、御父様への誕生日プレゼントとして密かに作っている、電子工作の部品を買うつもりだった。
他の部品は取り寄せることもできたが、どうしても欲しい部品のひとつが生産終了しており、実店舗で探すか、ネットオークションなどで転売されているのを手に入れる必要があった。
しかしネットオークションでは御父様のお祝いに間に合わない。
そんな理由から“自分”は前者を選び、滅多に言わないその『おねだり』は実現した。
そしてその日、西暦2046年3月某日。
東京を『キングオブモンスター』が襲撃した。
どーん……どーん……どーん……
真っ赤に焼けた遠くの方から、大砲の音にも似た巨大な足音が響いている。
中央通りも裏通りも、どこもかしこも凄まじい量のヒトとクルマでごった返していた。
六車線あるはずの広い通りはクルマの渋滞で埋め尽くされ、その隙間を移動する歩行者で歩くことすらままならない。
時々実施されているという歩行者天国だって、きっとここまで酷くはないだろう。
元々の予定では、御父様とは東京駅で落ち合って、クルマで帰るはずだった。
しかしあの『キングオブモンスター』が近づいている今、地上の電車はすべて停まってしまった。電話も通じない。この混雑ではタクシーもバスも使い物にならないだろう。
だが、ここから東京駅までなら環状線で二駅、徒歩で移動できない距離でもない。それに、御父様なら一人娘を置いて逃げたりはしない。
……御父様のところに。
御父様のところに行くんだ。
“自分”はその一心で懸命に歩き続けた。
平時なら10分もかからないだろう距離を一時間近くかかって、“自分”はようやく人混みを抜けることができた。
やっと辿り着いたのは『
眼前にはレンガ造りの橋が掛かっており、頭上にはこの街のランドマークでもあるアーチの架道橋がかかっている。
このレンガ橋を渡って、川の向こうにある環状線の線路を見つけたら、あとはそれに沿って歩けばいいだけだ。
橋に向かう横断歩道を渡ろうとしたとき、誰かの泣いている声が聞こえた。
振り返ると、配電盤の物影で、小さな女の子がうずくまって泣いていた。
「――――! ――――! ――――!!」
年齢は5歳くらいだろう。ちっちゃなリュックを背負った女の子は、家族とおぼしき人たちの名前を呼びながら、顔をくしゃくしゃにして大声で泣き叫んでいた。
きっと、逃げる途中で家族とはぐれてしまったに違いない。
通り過ぎる大人たちは、『自分たちには関係ない、こんな子供から目を離す無責任な親が悪いのだ』と言わんばかりに、女の子のことを無視して先を急いでいた。
“自分”だって同じだ。
自分には関係ない、可哀想だけどこれもこの子の運命だ。自分の知ったことじゃない。
そういって、そのまま捨て置くことも出来ただろう。
だけど“自分”はどうしても、その子を見捨てることが出来なかった。
女の子のところへ駆け寄り、膝を屈めて、女の子と目線を合わせた。
見知らぬ年上の少女が近づいてきたことに戸惑っている女の子へ、こう言った。
――いいものがある。これをあげよう。
“自分”が取り出したのは、オシャレな柄の黄色い箱。
中身はミルクキャラメルだ。
移動中に舐めていたおやつの余り、そのうちの一粒を女の子に手渡した。
女の子はきょとんとしていたが、包みを開けた中身が美味しいキャラメルだと気づくと、「……ありがとう、おねえさん」と御礼を言った。
キャラメルを口に頬張った女の子に笑いかけながら、“自分”は言った。
――あなたの家族を探してあげる。だからおねえさんと一緒に歩こう。
その言葉に女の子は素直に頷き、“自分”の手をとってくれた。
……うん、善い子だ。
こんな善い子なのだから、きっと親だって死に物狂いで探してくれているはずだ。
よしんば見つからなくても、避難誘導を行なっている地球連合軍の大人たちに引き渡せばいい。
女の子と手を繋ぎ、車道を横断して、レンガ橋を渡ろうとしたときだった。
青白い光線が空を貫き、頭上で爆音が轟いた。
振り返ると、頭上に架かっているアーチの架道橋が爆裂していた。
吹き飛ばされた大量のコンクリートと鉄骨が宙を舞い、そして“自分”と女の子の頭上へと降り注いできた。
――あぶないッ!!
考えるより先に体が動いていた。
女の子を思いきり突き飛ばしたのと引き換えに、“自分”は空から降り注いだ大量の瓦礫に呑み込まれた。
「――さん、おねえさん!!」
……その呼び声で気が付いたとき、涙でぐちゃぐちゃになった女の子の顔が見えた。
女の子は無事だったが、“自分”の方は、鉄橋の瓦礫に潰されていた。
鉄骨とコンクリートの塊が下半身を粉砕し、潰された部分から鮮血があふれでて、一帯はどすぐろい血の海となっている。
頭も強く打ったのだろう、五感のすべてがふわふわと曖昧で、さほど痛みは感じなかった。
そんな“自分”を見下ろしながら、女の子は泣き叫んでいた。
「おねえさん、おねえさん!!」
……大丈夫、大丈夫だから。
だから泣かないで。
女の子にそう伝えたけれど、女の子は泣き止んでくれなかった。
これでは台無しだ。
せっかくキャラメルで喜んでくれたのに。
ぼんやりと、そう思った。
「―――、―――!!」
そのとき、ひとりの男が誰かの名前を叫びながら、こちらの方へと近寄ってくるのが見えた。
女の子の存在に気付いた男は、人の名前――おそらくこの女の子の名前だろう――を連呼しながら、女の子のところへと駆け寄ってきた。
「―――、大丈夫か!? ケガはないか!?」
女の子の無事を確かめた男は、女の子の手を掴んで連れ出そうとする。
「さあ、ほら、行くぞ!!」
「イヤ!!」
だけど女の子はその場から動こうとしなかった。
女の子は、自分の手を引こうとする男に言った。
「おじさん、おねえさんをたすけて! おねがい!」
……なんて優しい子なんだろう。
女の子は男、自分の『おじさん』に、見ず知らずの『おねえさん』を助けるように一生懸命訴えかけてくれていた。
女の子に懇願され、こちらに視線を向けた『おじさん』は目を見開いた。
崩れた架道橋。
泣き喚いている女の子。
そして鉄骨に潰された見ず知らずの少女。
ここで何が起こったのか、すぐに理解出来たのだろう。女の子の『おじさん』は、血が出そうなくらい力いっぱい唇を噛んでいた。
“自分”は、そんな『おじさん』と視線を重ね、血みどろの顔で精一杯笑いながら頷いた。
……こちらの意図は伝わっただろうか。
やがて『おじさん』は意を決したように息を吸い、泣きじゃくる女の子にこう告げた。
「……大丈夫だ、このおねえさんはあとで地球連合軍の人たちが助けに来てくれる」
「……ほんとう?」
念を押す女の子に、『おじさん』は力強く答えた。
「ああ、本当だ。だからおれたちは先に逃げよう、な?」
「……うん」
『おじさん』に諭され、女の子は素直に『おじさん』に手を引かれて走り出した。
こうして二人は、その場を去って行った。
……よかった。これであの子は助かった。
去ってゆく二人を見送りながら“自分”は安堵した。
『おじさん』は女の子に嘘をついていた。
『あとで地球連合軍の人たちが助けてくれる』
そんなはずはない。
つまり“自分”は見捨てられたのだ。
でも、『おじさん』を恨む気持ちはなかった。
今”自分”を
仮にどうにかなったところで、下半身を完全に潰され、頭を強く打っている。どうせ助からないだろう。
大怪獣の猛威が迫りつつある今、こんな見ず知らずの子供なんかに構っている余裕があったら、それよりとっとと逃げた方が良い。
何よりあの子は助かったのだ。それで充分、いいじゃないか。
ぼやけてゆく意識の中でそう思うことにした。
……ただ、独りで死ぬのはやっぱりちょっと寂しいな、と思う。
……どーん、どーん、どーん。
遠くから響いていたはずの巨大な足音が、いつのまにかすぐ傍にまで近づいてきていた。
やっとの思いで首を動かし視線を横にずらしてみると、身長50メートルの怪獣が歩いてゆく姿が見えた。
鋸に似た鰭を背負い、大蛇のようにのたうつ尻尾を持った、真っ黒なカラーリングの、ビルよりも巨大なシルエット。
その名はキングオブモンスター、ゴジラ。
膝に引っ掛かったガードを蹴り飛ばし、乗り捨てられたクルマたちを踏み潰し、自分の背丈よりも長い尻尾でガラス張りの高層ビルを引き倒す。
進行ルート上にある何もかもを巻き添えにしながらゴジラは街を蹂躙してゆく。
一歩一歩着実に踏みしめて進撃するその姿は、街を積極的に破壊しに来たというよりたまたま進行方向に街があるだけ、という風にも見える。
そんな光景を眺めながら、“自分”はふとこんなことを思った。
……キングオブモンスター、ゴジラ。
誰もが知ってて皆が恐れる大怪獣。
だけどその実物は巷で聞いていた印象とはだいぶ違って見える。
なんだか、とても寂しそうだ。
……ひょっとして、あなたも独りぼっちなのかしら。
案外、ひとりが寂しくてたまらないから街にやってくるのかもしれない。
もしそうなら、忙しいかもしれないけれどちょっとだけ付き合ってくれないかな。
なに、そんなに時間はとらせないよ。
ほんのちょっぴりだ。
あなただけでも見ててもらえないかな。
“ボク”の命が尽きるまで。
焼かれる夜空に向けて、ゴジラが咆哮を挙げている。
そんなゴジラを眺めながら、“自分”は静かに目を閉じた。