怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
闇、シナプスを駆け巡るデジタル信号。
そして光。
場面が明るくなり、自分は目覚めた。
液中だったが、不思議と息は苦しくない。そもそも呼吸している感覚すらなかった。
よくわからない液体で満たされた細長いガラス製の円筒ケースに、“自分”の身体は浮かんでいるようだった。
ガラスケース越しに、こちらを眺めている二人の目線があった。
ひとりは浅黒い肌をした巨漢、もうひとりは白髪の混じった小柄な老人だった。
老人は頭こそ白髪で頬もこけていたが目つきはぎらついており、瞳にはどこか尋常でない光が宿っている。
他方、巨漢は筋骨隆々とでもいうべき堂々とした体格で、そんな巨漢の隣に並んでいる老人は
まず口を開いたのは巨漢の方だった。
「おめでとう、博士。まずは乾杯」
そうやって音頭をとる巨漢の手つきに合わせ、二人の男はそれぞれ手のワイングラスをかちんと合わせた。
巨漢が老人に笑いかける。
「わたしたちの研究の完成。これほどうれしいことはない」
『博士』と呼ばれた老人が答えた。
「いやいや、わたしの理論を完成させてくれたのは、きみのおかげだよ。
わたしのような弱い人間など、きみたちLSOの援助がなければこの世に生きていることすらままならなかっただろう」
ワイングラスの中身を呷りながら、二人の男がこちらへと振り返った。
「どうだね、素晴らしいだろう。
わたしの『娘』は」
そう言いながら老人は愛おしげにこちらを見つめていた。
恍惚に浮かされた、狂気を宿した瞳だった。
「ああ、素晴らしい完成度だ」
そう称賛する巨漢だったが、口調は老人と違って冷静だ。
巨漢の表情は、老人の言う『素晴らしい』美術品に感動するのではなく、冷静に品定めをして値踏みをする鑑定人のそれに近い。
どこまでも冷徹な巨漢の目つきは、狂気と正気の瀬戸際にも見える老人の表情とは実に対照的で、その事実が却って互いのキャラクター性を際立たせていた。
そんな巨漢の様子には気付かないのか、それともどうでもいいのか、老人は恍惚とした笑みとともに語った。
「今、わたしの娘の魂とナノメタルのメカニックが合体して、完璧なサイボーグへと転生する。
そして今こそ“ヤツ”に思い知らせてやる。
誰かの大切なものを踏み潰しておいてのうのうと生き長らえる、そんな理不尽が許されるはずがないとな」
うくくくく、ふはははは。
その時が楽しみで仕方ない、とばかりに堪えきれない哄笑を漏らす老人。
そんな老人を、巨漢はどこか冷めた目つきで見ていた。
「そのことなんだが……」
巨漢は至極言いにくそうに、老人へ話を切り出した。
「例のインターフェイスの件、考え直す気はないか?
どうしてもというなら希望通り進めるが、やはりわたしは賛成しかねる」
例のインターフェイスの件。その一言で、老人の笑顔は不機嫌なしかめ面へと変わった。
「なんだ、またその話か。
『ナノメタルに人体を組み込み、ニューラルプロセッサとして運用した前例がある』
そう教えてくれたのはきみではないか。
ヒトの精神構造、心はナノメタルの制御系と相性がいい。
であるならばヒトの心をあらかじめ組み込んでも問題あるまい?」
老人の返答に、巨漢は顔を顰めた。
「それは飽くまで人力によるナノメタル制御プロセスを最適化するアイデアの話だ。
ナノメタルそのものにヒトの心を持たせる、そんな話をしたつもりはない。
ナノメタルの制御系に人格型インターフェイス、それも不安定な子供の精神構造をそのまま模したものを組み込むのはやはり危険だ」
いいかね。
巨漢は言い聞かせるように語りかける。
「ヤツにはわたしも同胞を殺されている。わたしだってヤツは憎い。ましてや、肉親を殺されたキミなら、その憎しみもなおさら強かろう。
だが、それはただの感傷だ。
『娘を復活させたい』というキミの感情は理解もするし尊重もしたいが、結局は実利を度外視した脆弱性にしかならない。
ヤツへの復讐を完璧なものにしたいなら、それこそ余計な感傷など捨て去るべきだ」
巨漢の諫言に、老人は微笑んだ。
「ふふ、きみらしいな。
合理的だし、きみの気遣いにはいつも感謝している。だがな、」
言い合いのようにも見える巨漢との対話、討議を、老人は楽しんでいるようだった。
「それでも、わたしの考えは変わらん。
ヒト型種族の最大の武器とは〈ヒトの心〉だ。
そのヒトの心がヤツを
そして老人は
「……確かに、合目的を追求したマシーンにするなら、形にこだわる必要などない。
しかし、それでは強い怪獣が弱い怪獣を殺しただけではないか。その程度のことに一体何の意味がある。
これはヒトという種族の進化に向けた、その大いなる一歩なのだ。
人知で超えられなかった怪獣に、ヒトの心、ヒトの精神が打ち克つ。
それでこそ、ヒトという在り方はより上位の存在へ進むことができるだろう」
老人が語る『怪獣にヒトとして打ち克つ』とはどういうことか。
ヒトは怪獣には勝てない。
当たり前の話だ。そのまま立ち向かって行けば、踏み潰されるか食い殺されるだけである。
だからヒトは力を希求してきた。
だが、見様によってはそれは表面上だけの話でしかない。
街に現れた怪獣を一匹ミサイルで撃ち殺したとして、二匹目、三匹目と新しい怪獣が続々現れたらそれは結局怪獣に打ち克ったとは言えないのではないだろうか。
強力なミサイル、強力な爆弾、それで怪獣をやっつけたとして、それは結局
老人が語る『ヒトの精神が打ち克つ』というのは、そんな思索の延長線上にある。
形だけの勝利に意味はない。存在そのもので上回らなければ、真の勝利ではない。
ヒトという生き物が生まれながらにして持っている唯一の武器、それは『心』だ。
たとえ武器を奪われても、心だけは奪うことはできない。
その心で怪獣を倒してこそ、真にヒトは怪獣に打ち克ったと言えるのではないか……
この老人はそういう話をしているのだった。
「かくいうきみたちこそ、あの兵器にヤツの名を冠したのには『ヤツを凌駕する者』という象徴的意味合いがあったのではなかったか?
合理性を追求するならそれこそヤツを模造する意味などないだろう。
きみもわたしも、同じ物語をなぞっているに過ぎないと思うが」
「しかし……」
「それに、ちゃんと合理的な理由もあるのだよ」
抗弁しようとする巨漢に、老人はボロボロになった歯を剥き出しにして笑いかけた。
「ナノメタルによる鋼鉄の秩序、それを統括する存在はやはりヒトの心を持っていた方がいい。
合理性を追求した果てに心を失った無慈悲な支配があるのなら、ヤツが支配する現状と何も変わらん。
そうなれば冷徹なシステムが、ヤツに代わる怪獣としてこの世界に君臨することになるだろう。
ヤツのような怪獣の再臨を防ぐ最後の歯止め、それは〈ヒトの心〉であるべきだ。
それでこそ、ヒトが怪獣を斃し、御したと言えるというものだ!」
持論をぶち上げ続けるうちに、老人の語り口はどんどん過熱していた。
そんな熱弁を振るう老人に、巨漢は言った。
「……まあ、そこまで言うなら止めん。
キミたち地球人は感情にも一定の重きを置く種族だ、その価値観はわたしも尊重しよう」
溜息交じりにそう答えた巨漢の口ぶりには、色濃い諦念が混じっていた。
「……だが、くれぐれも見失うな。
『それ』は娘の代替品になど決してならない。
決してな」
視界にノイズが走り、場面が飛んだ。
聴覚が捉えたのは小鳥の声と風の音、そして遠くで波が打ち寄せる
暖かな日光と爽やかな風が、肌を撫でてゆく。
……ここはどこだろう。
辺りを見回そうと思ったが、首も視界も動かないことに気付いた。
自分の目線なのに自分の身体ではなく、また自分の意志では一切動かない。
……そういえば目線がやけに低い。小さな子供みたいだ。
あるいは、視界一杯に録画映像を見せられている、そんな感覚だった。
苔むしたコンクリート造りの柵――どうやらここは屋外の展望テラスのようだ――に手をかけ、眼下へと視線を向ける。
海だろうかとも思ったが、向こうの対岸に山が見えたので考えを改めた。
それに海なら
潮の代わりに漂っているのは、硫黄の臭い。
……ここは、湖の
硫黄の臭いがするということは近くに火山か温泉地があるはずだ。
そんな風景をぼんやり眺めていると視界の外から、ばさばさっ、という翼の音が聴こえてきた。
音のした方へと視線を向けると、柵に黒い鳥が留まっていた。
黒い鳥は、覗き込むように首を捻りながらこちらをしげしげと観察している。
黒い鳥に手を伸ばそうとしたとき、背後から人の気配がした。
誰か来る。
「……ああ、ここにいたのか」
現れたのは、先の夢に出てきた老人だった。
杖を突きながら草と苔の生えた石畳のスロープを昇り、こちらの方へと歩み寄ってくる。
「あまり勝手にあちこち行かないでおくれ。
わたしはもう年寄りなのだから」
苦笑しながら懇願する老人の表情には先程の浮かれた熱狂はなく、穏やかな雰囲気が漂っている。
そんな老人の安らかな笑顔を見ていると、なんだかこちらも嬉しくなってきた。
“自分”が笑ったのがわかった。
「おまえ、そのカラスは……」
柵に留まった黒い鳥を見ながら思案する老人。
そして何かを得心したように、満足げに微笑む。
「……そうか。
おまえはカラスが好きだったからな。
カラスの方も覚えていてくれたのかもしれないねえ」
喜色満面の老人に応えるように、黒い鳥がガアと濁った声で鳴いた。
自分も、黒い鳥を撫でようと手を伸ばしてみる。
途端、黒い鳥は飛び退いた。
もう片方の手を伸ばすと、黒い鳥はまるで触れたくないと言わんばかりに身を捩って避けようとする。
……どうしたのだろう。
さっきはあんなに親しげだったのに、今は完全に怯えていた。
翼を広げて飛び去ろうとする鳥に向かって、“自分”は叫んだ。
――待って!
黒い鳥の足を、銀色の何かが絡め捕る。
視界にノイズが走り、ギャアギャアと鳥の喚く声がしばらく聞こえたかと思うと、やがて静かになった。
黒い鳥に代わって、視界の片隅に『銀色の鳥』が現れた。
シルエットは黒い鳥とまったく同じだが体表は黒ではない。
鏡のような光沢を帯びたその翼に、“自分”の顔が映り込む。
――鏡、
鋼の鳥を見ているうちに、ヤタガラス、という単語が頭にひらめいた。
そう、〈
おまえは今日からヤタガラスだ。
日本の伝説に出てくる、神様に遣わされた神聖な鳥に由来する名前。
鋼の鳥あらためヤタガラスはガアガアと鳴きながら、“自分”の方へと頭を摺り寄せてくる。
「お、おい……」
ナノメタル怪獣へと転生したヤタガラスと戯れていたところに声をかけられ、視界が老人の方へと向けられる。
老人の表情からは穏やかさが消え去っており、血の気が完全に引いていた。
「お、おまえ、いったい、何を……!?」
震える声で訊ねた老人の質問に、“自分”が何かを言った。
「――――――――。」
“自分”が何をどう言ったのかはわからなかったが、その返答に老人が愕然としたのはわかった。
刹那だけ呆然としていたがすぐに我に返った老人は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「わたしが『喜んでくれると思った』だと!?
ふざけるな! そんなモノを見せられて、喜ぶとでも思ったのか!?」
どうして怒っているのだろう。
よくわからないまま“自分”は答えた。
「――――――。――――――――――――――――――。」
その言葉を聞かされた老人の顔色が、土気色とも言えるほどに青ざめた。
「おまえは、おまえは……!」
どうしたのだろう、体調でも崩してしまったのだろうか。
老人は
「わたしは、わたしは、おまえになんてことを……――――――」
“自分”は、老人の傍へ寄り添った。
「赦しておくれ、どうか赦しておくれ……!」
地に伏せた老人は顔を突っ伏し、声を挙げて泣いていた。
老人がどうして泣いているのか、それはわからない。
……だけど、なんだかとても可哀想だ。
あなたの苦しみの種を取り除いてあげられたらいいのに。
お願いだからもう泣かないで。
あなたが悲しんでいるのを見るのは“自分”もつらい。
“自分”は一生懸命にそう願ったがどうしたらいいのかわからず、おろおろすることしか出来なかった。
再びノイズが走り、場面が切り替わった。
そこは飛行機の中だった。
「――――」
名前を呼ばれて視界が右へと動く。
視線の先、隣の席にはあの老人がいた。
白髪とこけた頬は同じだったが、その表情には熱狂はもちろん平穏もない。
ただ、ひどく憔悴しきっているのが窺えた。
愛おしげに、そして憂いの籠った声で、老人はこちらに呼びかけた。
「――――、我が娘よ」
――――。
具体的な人名を呼ばれているはずなのだが、肝心の名前はわからない。
明確な人名を呼ばれていて、聴覚もきちんと聞き取っているはずなのに、その音声が名前として認識できなかった。
「……こんなつもりはなかったのだ」
こちらの手を両掌で握り、震えながら語りかける老人の言葉はまるで懺悔のようだった。
実際、懺悔なのかもしれない。
老人は何か恐ろしい罪でも犯したのだろうか。
「ただ、おまえの声をもう一度聞きたかった。
おまえが生きて動く姿、笑顔が見たかった。
何よりも大切なおまえをもう二度と喪いたくなかった。
だから何者にも負けない、最強無敵の
それだけだった」
老人が言葉を紡ぐたびに、その声の震えが大きくなっていった。
「それをこんな恐ろしい、侵略兵器になど。
どうか、赦しておくれ、この愚かな父を。
どうか、どうか……」
老人が詫びたその時だった。
〈 うおっほーん! 〉
飛行機内にノイズ音が走り、やけにわざとらしい咳払いが響いた。
機内スピーカー越しに何者かが通信してきたのだ。
〈 あーあーマイクテスマイクテス。本日は晴天ナリ、本日は晴天ナリ…… 〉
若い男の声だった。
その声に、老人は聞き覚えがあるようだった。
「き、貴様、LSOの……!」
しかし老人の険しい表情からするとそれほど親しい間柄ではないだろう。
少なくとも味方ではない。
〈 ご無沙汰してまーす 〉
他方、スピーカーの男はフレンドリーに話しかけた。
〈 わたくしごとき若輩のことを御記憶いただけるとは光栄ですな、博士。
……まあ、イカレた爺さんに覚えられても嬉しくもなんともありませんがね 〉
肩をすくめた笑みが浮かんでくるような、飄々と砕けた口調。
対して老人は凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。
「貴様らに、娘は渡さんぞ!」
力強く吠える老人だったが、機内放送はどこ吹く風とばかりに平然と言い放った。
〈 ええ、渡していただかなくとも結構です。
こちらから回収に参りますので 〉
なんだと、という老人の当惑と同時に衝撃が走り、機内ががくんと傾いた。
急激な気圧の変化と、足の浮き上がる浮遊感。
同時に鋭い“波”が、聴覚を突く。
人間の耳では捉えきれない超音速の羽ばたきと、『超翔竜』が発する甲高い咆哮、それらの相乗がもたらす破壊的な高周波。
窓に張りついた老人が絶望の表情を浮かべた。
飛行機は、墜落しつつあった。
「まさか、『LTFシステム』を……!?」
〈 皮肉なもんですなあ。あなたが開発したシステムで、あなた自身が殺されるわけですから 〉
飛行機の状況を他所に、機内放送はへらへらとした態度を崩さない。
〈 娘さんがそんなに大事なら、急いでステイシスモードにでもすることですな。
あと、パラシュートはやめておいた方がいい。
うちの『アバドン』は優秀だ。外に飛び降りたところで助かりませんよ 〉
「貴様ァ!」
口惜しげな老人の叫びに更なる爆音が重なる。
振り返った背後には火の手が上がっており、飛行機そのものが燃え始めていた。
もはや逃げ場などない。
〈 あ、そうだ、最後にもうひとつだけ 〉と機内放送は付け加えた。
〈 うちの“ボス”からの伝言ですがね、
『キミのことは同志だと思っていた。それがこんな結果になって残念だ』
……だそうです 〉
そして機内放送はこのように締めくくる。
〈 では良い旅を、『マフネ博士』 〉
ぶつっとノイズと共に、機内放送は途絶えた。
老人が、こちらの手をとり、そして、
タチバナ=リリセは目を醒ました。