怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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18、ウェルーシファ登場

 現れたのは、女性だった。

 

 上着から足元まで、すべて真っ白な白装束に身を包んだ、金髪の女性。

 そして背がとても高い。180センチくらいだろうか。女性としてはかなりの長身だと思う。

 

 

 金髪の女性は病室をぐるりと見回すと、ベッドのわたしに気付き、そばへと歩み寄ってきて口を開いた。

 

「……お身体の具合は如何(いかが)ですか、タチバナ=リリセさん」

 

 彼女の声はとても澄んだ、心に染み入る鈴のようだった。

 金髪の女性は頭を下げながら言った。

 

「新生地球連合 真七星奉身軍所属、軍属神官のウェルーシファと申します。

 お目覚めになられたと(うかが)い、ご挨拶に参りました。どうぞ、お見知りおきを」

「は、はあ、ご丁寧にどうも……」

 

 金髪の女性、ウェルーシファの丁寧な名乗りに、わたしも釣られて御辞儀(おじぎ)してしまった。

 それと同時に、ウェルーシファの言葉にわたしは(かす)かな違和感を覚えた。

 ……この人、なんでわたしの名前を知ってるんだろう。

 

「……あの、わたし、名乗りましたっけ?」

 

 わたしの質問に、ウェルーシファは傍らにいるエミィへ顔を向けて答えた。

 

「御友人から(うかが)いました。

 高田馬場(タカダノババ)方面でマタンゴが目撃されたとの通報で掃討作戦を展開していた折、近くであなたがたを発見いたしましてね。

 急性のマタンゴ中毒とのことでしたので、この病院までお連れいたしました。

 目が覚めたら突然見知らぬ場所で不安に思われたでしょうが、なにぶん緊急のことでしたので」

 

 ……なるほど、そういう経緯(いきさつ)だったのか。

 同時にわたしは、猛烈な脱力感を覚えた。

 高田馬場って……なんだ、まったく見当違いの方角じゃん。どこを走ってんだよ、わたしは。

 大方(おおかた)、同じようなところを延々とぐるぐる回っていたに違いない。

 そんなわたしに、ウェルーシファは言った。

 

「マタンゴ中毒とは危ういところでしたね。しかも後遺症が全く見られないとは、まさしく奇跡。きっと神の思し召しだったのでしょう」

 

 わたしのマタンゴ中毒は、どうやら後遺症が残らなかったらしい。

 もし本当なら、たしかに奇跡だ。

 人間をキノコに変えてしまうという病変もさることながら、マタンゴの一番恐ろしいところはその『後遺症』にある。

 マタンゴには麻薬みたいに神経をイカレさせてしまう物質が含まれており、脳をひとたびマタンゴに冒されると、患者はマタンゴが食べたくて食べたくてたまらない、マタンゴ依存症になってしまうのだ。

 そうしてマタンゴを際限なく食べ続け、ますます毒に冒されて、最終的に自我のないキノコ人間になってしまう。

 

 それが、どういうわけだかわからないけれど、わたしにはマタンゴを食べたくなる後遺症がまったく残っていないらしかった。

 ……なんという奇跡、なんという幸運だったのだろう。

 あらゆる人の善意で、わたしは生きている。

 

「ありがとうございます。なんと御礼を言ったらいいか……」

 

 ぺこぺこと頭を下げているわたしに、ウェルーシファは穏やかに微笑みかけた。

 

「感謝すべきはこのウェルーシファの方です。

 あなたがたによる決死の『献身』、そのおかげで我々もあの界隈に発生したマタンゴの駆逐に成功しました。

 もうマタンゴが害を為すことはないでしょう」

 

 それは、よかった。

 胸を撫で下ろしながら、わたしはひとつ、懸念事項を聴いてみることにした。

 

「……ところで、ウェルーシファさん。レックス、いや、もうひとりいたと思うんですが、その子は今どこに?」

 

 この人たちが悪党だとは決して思わない。

 だが、エミィは傍にいたのにレックスだけベッドの周りにいないことが気になる。

 レックスはどこに行ってしまったのだろう。

 

 ウェルーシファは答えた。

 

「別の部屋でお休みいただいております。

 ひどくお疲れのようでしたし、ベッドに空きがありませんでしたので、僭越(せんえつ)ながらもっと静かな部屋に移させていただきました」

「そうですか、お気遣いいただきありがとうございます……」

 

 礼を言いながら、わたしはウェルーシファの顔をチラリと見た。

 ……会ってからずっと、わたしはウェルーシファの顔が気になって仕方なかった。

 

 というのも、ウェルーシファの顔が『仮面』で隠されていたからだ。

 

 顔の上半分を覆う仮面で、しかも特殊な細工をしてあるのか、目の表情がまったくわからない。

 『オペラ座の怪人』という小説があるが、その小説に出てくる怪人は仮面をしているという設定だった。実物がいたら、こんな仮面をしているんじゃないだろうか。

 

 じろじろ見るのは不躾(ぶしつけ)だと思う。

 かくいうわたし自身も隻眼だ、あまり他人(ひと)のことを言えた顔ではない。

 しかし、素顔を隠している人物というのはどうしても気になってしまうし、見ないように気を遣ってもやはり目が行ってしまう。

 そんなわたしの視線に、ウェルーシファも気づいたようで、

 

「……ああ、顔ですか。

 以前、ゴジラに焼かれましてね。日頃は伏せております。気になるかと思いますが、どうかご容赦を」

 

 丁寧な説明に、わたしはまたしても頭を下げることになった。

 

「あぁ、そうだったんですね。失礼しました」

「いえ、お気遣いなく。よく聞かれますから」

 

 ……なるほど、顔に怪我があるのか。

 こんな仮面で隠すくらいだからよほど酷いのだろう。

 そう言われてしまえば『見せろ』というわけにはいかないし、詮索する気にもなれなかった。

 

 そのとき、部屋のドアを開け放ち、新たな男が現れた。

 

「聖女様」

 

 首から七芒星の入ったネックレスを提げた、アジア系の大男だった。

 ……なんだか性格がキツそうな雰囲気がある。あんまり言いたくはないけどね。

 男はわたしをちらと一瞥してから、ウェルーシファに近づいてくる。

 

「どうしましたか、ムウモ」

「例の件でご報告が……」

 

 ムウモという大男の耳打ちに応じようとウェルーシファが金髪をかき上げた際、特徴的な耳が目についた。

 仮面と同じくあまり身体的特徴をとやかく言ってはいけないけど、それにしても変わった耳だ。普通の人より位置が高いし、形も縦に長い。

 

 

 

 

 

 

 『七芒星』のシンボル。

 

 

 

 

 

 

 『献身』というキーワード。

 

 

 

 

 

 

 そして『耳の形が風変わりな長身の金髪』。

 

 

 

 

 

 

 これらの特徴の取り合わせから、わたしの中で、ある考えが沸き上がってきた。

 この人、ひょっとして……?

 

「……あのウェルーシファさん、ひとつ、つかぬことを伺っても?」

「ええ、どうぞ」

 

 ムウモとの密談が終わったウェルーシファに、わたしは思い切って気になったことを訊ねた。

 

 

 

 

 

 

「ひょっとして、ウェルーシファさんって〈エクシフ〉なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 〈Exif(エクシフ)〉。

 今から20年以上も前の西暦2035年、まだゴジラが暴れていた頃に地球へやってきたエイリアンの一種族だ。

 数万年前に故郷を失ったエクシフたちは新たな故郷となる星を探し求め、その旅の末に地球へ到達したらしい。

 

 地球史上最初の、未知との遭遇。

 エクシフ族長であるエンダルフ枢機卿は、国連本部上空に飛来した宇宙船から全世界に向けてこのような会見をした。

 

 

 ――地球人類の諸君、我々はエクシフ。

 監視者にして預言者である。我々は君たちに、運命を告げに来た。

 滅びの時は近い、〈献身の道〉を見出すのだ――――

 

 

 エクシフが地球にもたらしたのは、〈ゲマトロン演算〉と呼ばれる独自の理論に基づいた高度な未来予測技術と、〈献身の道〉を信条とする風変わりな信仰だった。

 宇宙を彷徨う難民であると同時に、信仰を広める伝道者でもあったエクシフは、地球でも敬虔にその布教へ勤しんだ。

 文字通りの『怪獣黙示録』、既存の信仰が力を(うしな)ってゆく時代で、その隙間を埋めるようにエクシフの信仰は人々の間で浸透した。

 わたしの問いに、ウェルーシファは首肯した。

 

「いかにも。

 わたくし、このウェルーシファは、かつてエクシフの教団において枢機卿、そして大神官を務めておりました。

 今は地球に残り、献身による救済の道を説く身です」

 

 エクシフの信仰はかつてほどの勢いはなくなったものの、今も地球人の間で細々と続いている。

 わたしもその信者と会ったことは幾度かあるが、エクシフそのものに出会ったのは初めてだ。

 

 エクシフの教義は『献身と自己犠牲による魂の救済』、つまり簡単に言えば『他人にとても親切にすることで、救われる』というものだ。

 ……なんとなくわからないでもない。誰かに親切にすることは気分がいい、それは助け合う社会性動物である人間のサガでもある。

 きっとこの病院は、ウェルーシファを筆頭とするエクシフ信者が経営しているのだろう。

 ウェルーシファが籍を置いている真七星奉身軍という組織も、おそらくはエクシフ教団を母体にしているに違いない。

 そして、道理で親切なわけだった。

 『行き倒れの女子供を助けて看病する。』

 エクシフ信者にとってこんな親切、いや『献身』をするチャンスはまたとない。

 

「……おい、そこの赤い彗星」

 

 そこで、さっきまで黙っていたエミィが突然口を開いた。

 日頃から不機嫌そうにしている目つきが、より一層攻撃的な色に染まっている。

 

「なんでエクシフのあんたが地球にいるんだ。お仲間はとっくに宇宙へバックレたぞ」

 

 突然のエミィの辛辣(しんらつ)な言葉に、わたしは咄嗟に「ちょっと、やめなよ」と小声で叱った。

 地球人だったら誰もが知っている話だし、正直わたしも疑問だったけど、いくらなんでも言い方ってのがあるでしょうに。

 

 しかしエミィはやめなかった。

 その瞳の奥に、冷たく燃えるものがあった。

 

「そうやって『献身』がどうだの『自己犠牲』がどうだの偉そうに講釈垂れてたくせに、移民船が出来たら真っ先に逃げたんだよな。おまえらエクシフは」

 

 

 ……マズイ。

 場の空気が変わるのと同時に、わたしは自分の背筋が冷えるのを感じた。

 

 

 言い方はともかく、エミィの言った『移民船が出来た途端、エクシフたちが逃げ出した』というのは()()()()()だ。

 献身と自己犠牲を教義として掲げておきながら、いざゴジラに勝つ手段が失われたと決した途端、エクシフ教団の高官たちは「新天地に向かう人々を導かねばならない」などと言って真っ先に移民船へ乗り込んで逃げ出したのだ。

 

 土壇場になって保身へ走ったと言われても仕方のない、エクシフたちの変節。

 そんなエクシフに対する、人類の失望と幻滅は極めて大きいものだった。

 地球のエクシフ教団は支持を急速に喪い、その間隙を埋めるようにゴジラを神が遣わした黙示録の獣と見做すゴジラ=カルトが蔓延。

 世界中でゴジラへの自爆特攻が連鎖的に勃発する遠因ともなった。

 

 エミィは、鋭い目つきで睨みながら、ウェルーシファに言い放った。

 

「……アンタたちエクシフはいつもそうだ。無責任な綺麗事ばっかりペラペラペラペラ並べやがって。

 救済がどうのとカッコつけてるけど、あんただっておおかた移民船に乗れなくて逃げ遅れただけだろ、この口先だけのペテン師め」

「エミィッ!!」

 

 

 

 ぱん、と空気の割れる音。

 わたしは、エミィの頬を引っ(ぱた)いた。

 

 

 

 言い方がどうのという問題じゃない、これはもはや侮辱だ。

 頬を張り飛ばされたエミィは一瞬呆けていたが、すぐに攻撃的な目つきに戻った。

 

「なんてことを言うの!? わたしたちのことを助けてくれたんだよ!?

 すみません、ウェルーシファさん! ほら、エミィも謝りなさい!」

 

 自ら頭を下げながら、わたしは、エミィの頭も手で押し下げた。

 だけどエミィはウェルーシファを睨みつけるのをやめようとしない。

 

 

 ……百歩譲って、陰で言っている分にはまだいい(蔭で言ったところで叱ったと思うけど)。

 だが、ここはエクシフのウェルーシファを「聖女」と呼び奉る信者たちの巣窟(そうくつ)だ。

 いくら温厚で善良なエクシフ信者たちでも、信仰の中心人物を侮辱されれば流石に怒るだろう。

 病室を放り出されるだけで済むなら良い方で、この場で集団リンチを受けたとしてもおかしくない。

 

「……」

 

 ムウモと呼ばれていた男も含め、周囲の医者たち、そして取り巻きのエクシフ信者たちが、一斉にわたしたちの方を見ていた。

 殺気立った表情というわけではないが、好意的な態度でもないのは間違いなかった。

 

 

 

 

 ……やばい、殺される。

 

 

 

 

 一触即発の雰囲気の中、ウェルーシファが片手を上げて制した。

 

「かまいませんよ。

 そこのあなた、エミィさん、でしたね」

 

 ウェルーシファはエミィに、仮面越しの視線を向ける。

 エミィはウェルーシファを睨みつけているが、仮面で隠されているウェルーシファの目の表情は窺えない。

 しかし、ウェルーシファの口元は相変わらず、優しげな微笑みを(たた)えていた。

 

「あなたはこう仰りたいのでしょう。

 『エクシフは、地球人に対して偽りの希望を持たせておきながら、窮地になったら逃げ出した無責任な偽善者だ、だから信じるに値しない』……とでも。

 あなたが我々エクシフを疑い、嫌う気持ちは当然のものです。

 理由はなんであれ、エクシフの高官たちが地球を去ったことに変わりはありませんから」

 

 そうやって語りかけるウェルーシファの口調は穏やかなものだったが、それを聞いているエミィの顔つきはますます険しくなっていった。

 

「しかし、だからといって、神官としてのわたくしに出来ることは変わりません。

 『この世界でどう生きるべきか』……人々は悩み、苦しみ、救いを求めている。

 そんな人々の生きる道しるべとなり得るもの、その希望に至る道は、隣り合う他者に向けた慈愛の心……すなわち『献身』によって導かれる。

 わたくしに出来るのは、この星に残された人々へ寄り添うこと。

 他のエクシフ神官はアラトラム=オラティオと共にあり、そしてわたくしは最後まで地球の人々と共にあります。

 それがわたくし、このウェルーシファの献身の道なのです」

 

 ウェルーシファはざわつく信者たちに向き直り、毅然(きぜん)と言った。

 

「よろしいですか、皆さん。

 たしかにエミィさんには、まだまだ学ぶべきことが多いのかもしれません。

 しかしそれは、我らエクシフの『献身』の精神を未だ知らぬがゆえ。彼女も皆さんと同じ、生きる道に迷う者のひとりなのです。

 もしも御二方が『献身』の道に目覚めたならば、そのときは先達である我々が導かねばなりません。

 ここでつまらぬ激情に身を任せることは、皆さんの献身の精神そのものを傷つけるのに等しいと心得てください」

 

 ウェルーシファに(なだ)められた信者たちは、エミィに怒っていた自分自身を恥じるようにあっさりと鎮められていった。

 

 

 

 

 

 

 ……ありがたい。

 

 

 

 

 

 

 なんて寛大な人なんだろう。

 あんな酷い侮辱を受けたのにこの人はそれに惑わされず、わたしたちを庇ってくれたのだ。

 先ほどムウモという男から『聖女様』なんて呼ばれていたけれど、そう呼ばれるのも納得できる度量の深さだ。

 

「…………」

 

 そんなウェルーシファを、エミィはただ黙って(にら)み続けていた。

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