三日前の雨のおかげで綺麗な水が溜まっている小川を渡り、生垣を結ぶ葉っぱのアーチをくぐる。
わたし:タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そしてメカゴジラⅡ=レックスの三名は、ひらけた場所へと到着した。
「リリセ、この辺りでいいんじゃないか?」
「そうだね、ここにしようか」
エミィに示されたとおり、わたしは花を踏み潰さないようにシートを敷いて、そして荷物を下ろした。
真七星奉身軍で分けて貰った携行食糧を広げ、わたしとエミィはそれぞれ好みのものを選び取り、封を破って頬張る。
……まるで天国でピクニックしてるみたいだ。
そんなことを思いながら、わたしはレックスの方を見た。
メカゴジラⅡ=レックスは、真七星奉身軍から分けてもらった金属のガラクタ――奉身軍の人たちも流石に怪訝な顔をしていたが『サルベージ屋だから』と言ったら喜んで分けてくれた――を昼食代わりに頬張っている。
背筋を伸ばして正座している姿は実に行儀良いけれど、辺り一面の花が気になって仕方がないのか、赤い瞳があちらこちらを見ていた。
そしてその瞳は、キラキラ輝いているように見えた。
……連れてきて、よかった。
メカゴジラでも、目の前に広がる花の美しさがわかるのだろう。
食事を摂り終えたあと、わたしはレックスに声をかけた。
「あ、レックス。ちょっとこっちに寄ってくれるかな?」
「うん」
「もうちょっと、顔を近づけてくれるとありがたいかな」
「わかった」
わたしの指示とおり、素直に寄り添ってくるレックス。
その頭に、わたしは先ほど手に入れたあるものを括り付けた。
「……うん、ぴったり!」
レックスの頭を見て、その会心の出来に満足した。
「……なあに、これ?」
頭に何かをくっつけられたことが気になったのか、レックスが頭の方に手を伸ばした。
「ああ、取っちゃダメダメ!」
そんなレックスを慌てて制止しながら、わたしはウエストポーチから手鏡を取り出し、レックス自身を映して見せた。
「どうかな? スゴくカワイイとわたしは思うんだけど」
鏡に映るメカゴジラⅡ=レックスの顔。
さらさらとした銀髪に一輪の花が咲いていた。
わたしがつけてあげたのは、この花園で摘んだ花だ。
挿しているだけだからさほど凝ったものではないが、レックスの銀髪にはよく似合っている。
……銀髪に赤い瞳。これだけでも十二分にクールでカッコイイけれど、やっぱりなんか物足りないよねえ。
そんな風に思っていたのだ。
自分の頭につけられたそれを興味深げに見ていたレックスだったが、やがて顔をほころばせた。
「ありがとう、リリセ!」
……メカゴジラに花を。なんだか詩の一節みたいだな。
レックスの笑顔を観ながら、そんなことを思った。
喜ぶレックスの隣で、自分の携行食糧を飲み下したエミィが言った。
「どうせなら
「えっ、作れるの!?」
心底驚いた様子のレックスに、エミィはジト目で言った。
「……なんでそんな驚くんだ。花冠くらい作れるぞ」
「いや、そういうのは興味ないかと思ってた」
「どういう意味だよ、それは!」
そうやって最初怒っていたエミィだったが、溜息をつきながら立ち上がり、靴を履いて、レックスに宣言した。
「……まあ、いいか。名誉
「名誉は返上するものじゃないよ、名誉は
「もう、いちいちうるさいぞ、いいからこっち来いっ」
言い合いしながら、だけどどこか楽しげに歩いてゆくエミィとレックス。
そんな二人を「あんまり遠く行っちゃダメだよー」と見送りながら、わたしはこんなことを思った。
……この楽しい時間がずっと続いたらいい。
もちろん、それが叶わないのも理解しているつもりだ。
実はこの花園は外のツル植物による浸食を受けており、今年も範囲がまた一段と狭くなっていた。
毎年恒例の花見だけれど、それもいつまで続けられるだろうか。
花園だけじゃない。
レックスは一刻も早く本当の持ち主のところに帰るべきだし、エミィだっていずれ大人になってわたしの
わたし自身、こんな生活をいつまでも続けているわけにはいかなかった。
皆いつまでも遊んでばかりはいられないのだ。
『いつまでもずっと楽しく暮らしたい』なんて、子供っぽいワガママでしかない。
そんなことはわかっている。
だけど、そうだとわかっていても、いつか変わっていってしまうのだとしても。
それでも、願わずにいられない。
どうか、この幸せで楽しい時間がずっと続きますように。
タチバナ=リリセたちのクルマを見送ったあと、真七星奉身軍司令:マン=ムウモは、ウェルーシファに尋ねた。
「よろしかったのですか、聖女様。あの二人はともかく〈鋼の王〉まで帰してしまったのは早計だったのでは」
マン=ムウモは、リリセたちが連れていた
もちろん、ウェルーシファも知っている。
何かしら理由をつけて、あの二人――タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ――だけを先に帰して、こちらでメカゴジラを確保してしまうことも可能だったはずだ。
ムウモは続けた。
「まだ
しかしながら、かの〈鋼の王〉は自らの真価を未だ理解しておりません。
『敵』の動きも活発化しておりますし、あのまま自由にさせておくのは危険かと」
ムウモの表情は決して穏やかではない。
今回は幸運にも真七星奉身軍が先に保護することができたが、もし先に到達していたのが『敵』だったなら。
それを想像するとムウモは身震いする思いだった。念のための『保険』はかけておいたもののそれとて絶対ではない。
そんな状況だというのに、こともあろうにウェルーシファはあの二人をレックスもろとも自由にしてしまったのだ。
敬虔なエクシフ信者であるマン=ムウモは、真七星奉身軍の事実上の指導者であるウェルーシファの指示に逆らうことこそないが、さりとて意見することはある。
またウェルーシファもそんなムウモの提言を無下に拒否しない。
ウェルーシファは答えた。
「心配は要りませんよ、ムウモ。彼女たちにはしばらく好きにさせてあげましょう」
「と、おっしゃられますと?」
怪訝なムウモに、ウェルーシファが続けた。
「我々が本来目指すべき『献身』とは、自らの真心に従って行うもの。
強制することもできますが、それでは『献身』ではなくなってしまいます。
……それに、たとえどのような道を行こうと、〈鋼の王〉はいずれ必ず自らの運命に向き合うことになる。
その時かの王が『献身』を選ぶなら、起点は違えど終点は同じ。いずれまた巡り会い、道を同じくすることでしょう。
“かの鋼の王、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩのことは彼女たちに任せる”
それが〈ガルビトリウム〉が下した神託です」
「ガルビトリウムの……?」
驚きで目を丸くするムウモに、ウェルーシファは深くうなずいた。
エクシフ祭器:ガルビトリウムの導き。
エクシフの信仰においてそれは神の導きであり、それに従うことこそが最善をもたらす絶対なのだった。
『いまどき神のお告げに頼るとは』などと揶揄する者もいるが、それが外れたことは一度もない。
「しかし……」
なおも渋るムウモに、ウェルーシファは穏やかな声で言った。
「マン=ムウモ。正道を全うしようというあなたの使命感は素晴らしいものです。
ですが、あなたの心は今焦りに駆られています。
今は急ぐことも焦ることもありません、今はすべてガルビトリウムの導くままに任せなさい。
『例の彼ら』がどう動こうと、その導きに従うかぎり天運は我々の味方です」
それに、とウェルーシファは付け加えた。
口元に、穏やかな微笑みを湛えている。
「それに真実はどうあれ、あのとおり年端もいかぬ子供なのですから。
時が満ちるまでのモラトリアムくらい、伸び伸びと楽しませてあげてもよいではありませんか」
ウェルーシファの言葉を受けたムウモは、なんと慈悲深い方なのだろうと心酔を深めると同時に、目先のことばかりで献身の本質を見失いかけていた自分自身を深く恥じ入った。
登場怪獣その2
・ゴジハムくん
身長:8.6cm
体重:30g
大好きなのは:ヒマワリの種
へけっ。
初出は『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃(GMK)』……の入場特典オマケなのだ。
「ゴジラの着ぐるみを着ているハム太郎」のストラップで、バリエーションとして機龍やモスラの着ぐるみを着たもの、バネ仕掛けで飛び出すギミックがあるものもあったようなのだ。
なんでこんなグッズがあるのかというと、なんと驚くなかれ2000年代のゴジラは『とっとこハム太郎』と同時上映されていたのだ。
『GMK』本編では特に絡むこともなかったけれど、次年以降の『機龍二部作』においてはハム太郎と思しきハムスターや、飼い主のロコちゃんと思しき少女が登場しているのだ。
公開当時はやはり困惑というか戸惑う声が多かったのだ。しかしデフォルメフィギュアが隆盛している今は「これはこれでアリなんじゃないか」と思ったりするのだ。
虚心坦懐に見てみれば可愛いキャラクターだし、ハム太郎じゃないにしても「ゴジラの着ぐるみを着せる趣旨のデフォルメフィギュア」があったら人気出そうなのだ。
(ちなみに「ゴジラの着ぐるみを着せる玩具」自体は前例があって、タカラトミーのミクロマンで同様の玩具が発売されていたこともあるのだ。)
本作のゴジハムくんは単なる幻覚じゃなくて、「ヒト型種族の意識が高次元レベルに達したときに現れる高次元存在の一種」という設定なのだ。
ハム太郎自体は「複数のハムスターの名前」なので、本作のぼくは河井リツ子先生のハム太郎とは別人なのだ。くしくし。