怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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27、アンギラスの逆襲

 わたしの背後から響いてくる、アンギラスが地を蹴る足音がだんだんと大きくなってきた。

 

 何回言ったかわからないが、アンギラスは敏捷な動きが自慢の怪獣だ。

 いくら小回りの利くホバーバイクで、体力に自信があるとはいえ、所詮は人間に過ぎないわたしが到底振り切れる相手ではない。

 わたしの乗ったホバーバイクのすぐ後ろを、アンギラスの前脚が思い切り踏み込んだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 強烈な衝撃で土砂が掘り返され、ホバーバイクの車体が引っ繰り返った。

 ホバーバイクから投げ出されたわたしは、頭を庇いながら草叢(くさむら)を散々転げ回る。

 

「あいたたた……」

 

 泥にまみれた身体を起こして振り返ると、あと数メートルのところに、アンギラスの巨大な前肢があった。

 あと一歩踏み込まれたら、叩き潰されてしまうだろう。

 ……やっぱり逃げ切れなかったか。

 

 だけど、これも計算の内だ。

 

 わたしは臆することなく、どさくさに紛れて弾を込め直しておいた信号拳銃を構えた。

 狙う先はアンギラスの顔面。わたしはアンギラスの一撃で叩き潰されるよりも先に引き金を引いた。

 信号拳銃から放たれた信号弾は煙の尾を引きながら、アンギラスの顔面へ直撃。世界が吹き飛んだような閃光と爆音が、アンギラスの鼻先で炸裂した。

 

 所詮は信号弾だ。

 見かけは派手でも、ただのこけおどし。光と音は強くても怪獣を傷つけるほどの破壊力はない。

 アンギラスにとっては屁でもないだろう。

 

 だが、こけおどしで充分だ。

 

 猛スピードで突進してきていたアンギラスが、たじろいだ。

 当然だ。目の前で突然花火が炸裂したら怪獣だって驚く。

 相撲でいうところのネコダマシを喰らったアンギラスは、一瞬たたらを踏んで立ち止まってしまった。

 この一瞬が欲しかった。

 アンギラスが立ち止まったのは、ちょうどブラストボム地雷原の直上だ。

 わたしはアンギラスに向かって吼えた。

 

「くたばれ、アンギラス!」

 

 

 

 

 

 

 しかし、起こるはずの爆発は起こらなかった。

 

 

 

 

 

 ……まさか。

 わたしはここでまたしても、自分の見込みの甘さを思い知った。

 

 

 

 

 ブラストボムのセンサーは、アンギラスを検知していなかった。

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスがアンギラスに不意打ちを喰らったのは偶然じゃなかった。

 体質のようなものかあるいはバリアーか、どういう原理なのかは想像もつかないけれど、機械のセンサー類を騙す能力をこのアンギラスは持っているのだろう。

 だからブラストボムのセンサーだって反応しないのだろう。

 タチバナ=リリセ必殺の『奥の手』は、このアンギラスには通用しなかった。

 

 わたしとアンギラス。

 両者の視線が重なり合う。

 

 ちっぽけなわたしのことを見下ろしているアンギラスの表情は、『二度も三度も同じ手を喰うものか』と嘲笑っているかのようだった。

 新宿での戦いでアンギラスはわたしが仕掛けた爆弾トラップに引っ掛かった。アンギラスだってバカじゃない。今回も似たような手口だと察知し、何らかの方法で対策を施したのだろう。

 ……妙に冷静な思考が、そんな風にわたしの敗因を分析していた。

 

 そうやって呆然と見上げているわたしを睨みながら、アンギラスは前足を振り上げた。

 クリスタルのカギ爪が生え揃った、あまりにも巨大な前足。

 それを見上げるわたしの方からは、泥にまみれたアンギラスの足の裏が見えた。

 『生きた怪獣の足の裏』

 そんなものを見て生きて帰った人間などいない。

 

 

 

 

 だって、それを見た者は必ず踏み潰されて死ぬのだから。

 

 

 

 

 ……手詰まりだ。

 わたし、タチバナ=リリセは、ここでアンギラスに捻り潰されるのだ。

 そう思った。

 

 ……ごめんなさい。

 ゴウケンおじさん、義兄(にい)さん、会社のみんな。

 家族に先立つ不孝をどうか赦してね。

 

 ごめんね、レックス。

 あなたのことを、ちゃんと持ち主に送り届けてあげたかった。

 

 そして、ごめんね、エミィ。

 あなたの誕生日、祝ってあげたかったな。

 

 

 わたしは、自分のことを知っている人みんなに心の中で詫びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときである。

 灼熱の旋風が吹き抜けたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どーん!

 

 わたしを叩き潰すために振り上げられていたアンギラスの前脚。

 それが凄まじい音と共に振り下ろされ、地面に尻餅をついていたわたしの身体が一瞬だけ宙に浮いた。

 潰される恐怖で思わず目を瞑ったわたしだが、アンギラスの前肢はわたしの手前、ほんの2メートル離れたところを踏みつけただけだった。

 そして頭上から響き渡る、甲高い雄叫び。

 顔中に跳ねた泥を拭いながらわたしはおそるおそる顔を上げ、そして空を見た。

 

 

 アンギラスの背後に、真っ赤に燃える翼のシルエットが覆い被さっていた。

 

 

 翼の主は、空の大怪獣、ラドンだ。

 その表情は、憤怒に燃え滾っていた。

 アンギラスの背中の上に陣取ったラドンは、脚のカギ爪でアンギラスの頭を掴み上げ、そしてコンクリートの土手へと滅多打ちにした。

 アンギラスの頭が土手に叩きつけられるたびにコンクリートが砕け、その破片が土砂と共に飛び散った。

 

 アンギラスの方は、そんなラドンを振り払おうともがきながら苛立ちの唸り声を挙げた。

 ラドンがいる背中の上にはクリスタルのカギ爪も、尻尾のハンマーさえも届かない。流石の暴龍といえども、死角に入り込まれてしまってはどうにもならないようだった。

 ……ラドンはきっと、足元の人間なんか目もくれちゃいないだろう。

 さっき戦っていたアンギラスの注意が逸れたのでその隙を突いてやった、それだけのことでしかないに違いない。

 そう考えたラドンが攻撃を仕掛けたら、たまたまアンギラスが人間を踏み潰すのを阻止することになった。

 そんな偶然がいくつか重なっただけだ。

 

 だけど、おかげで助かった。

 わたしは心の中で礼を告げた。

 ありがとね、ラドン。

 

 わたしは泥だらけの身体に鞭を打ち、引きずるようにして立ち上がる。

 そしてホバーバイクの車体へ再びまたがって、エンジンをかけ直した。

 

 

 

 ちょうどそのとき、アンギラスとラドンの足元で電子音が高鳴った。

 

 

 

 音源は、地中のブラストボムだった。

 アンギラスのことは検知しなくても、一緒に揉み合っているラドンのことは検知したようだ。

 ……ヤバイ!

 わたしは即座にホバーバイクのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 わたしがホバーバイクを急発進させた後ろで、十数発のブラストボムが一斉に起爆した。

 

 

 

 河川敷の地盤を吹っ飛ばしながら火柱が立ち上がり、新宿での爆破工作などとは比較にもならない大爆発が巻き起こった。身を躱す余裕もないまま、掴み合うラドンとアンギラスの巨体は爆炎に呑みこまれてゆく。

 天地を引っ繰り返す爆風が続々と連鎖し、爆炎の津波となってわたしの方へと押し寄せてきた。このままじゃわたしも一緒に吹っ飛ばされる。

 

 そんなわたしの眼前に、コンクリートで護岸された水路と斜めに削れた大岩があった。

 あの水路を渡れば安全だ。

 とすれば、とるべき選択肢はひとつしかない。

 その刹那、好きなアクション映画を思い出す。

 ……そうだ、あの映画みたいにやっちまおう。

 あの有名な消耗品軍団(エクスペンダブルズ)の一人、ケラン=ラッツのバイクスタントみたいにカッコよくキメてやるんだ。

 そうやって自分を鼓舞し、わたしは吼えた。

 

 

 

 

「おんどりやあああああああああああああああ――――――っっっ!!」

 

 

 

 

 高く、高く、とにかく高く。

 

 わたしを乗せたホバーバイクは岩を乗り越え、ブラストボムの爆発による突風を背に受けながらブッ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リセ……リリ……!」

 

 ……どれくらい時間が経っただろうか。

 名前を呼ばれる声で、わたしは意識を取り戻した。

 

「……リセ、リリセ! リリセ!!」

 

 わたしが目を開けると、エミィの顔があった。

 いつも頭痛持ちみたいな顔をしているはずのエミィが、目尻に涙を浮かべて泣き叫んでいる。

 ……そんな顔しないで、大丈夫だから。

 ほら、泣かないで。

 

 

 

 ブラストボム十数個分の一斉起爆。

 あれだけの大爆発だったのに、わたしはちゃんと生きていた。

 

 

 

 死ななかったとはいえ、桁違いの大爆発だ。

 まだ耳鳴りがするし、三半規管がおかしくなったのか揺れてもないのに意識がぐらついている感覚がある。

 ふらふらの頭を起こして見回せば、周囲は丈の高い草叢だった。

 骨が折れていないのも、きっと草がクッションになってくれたおかげだろう。

 視線を横に向けると、わたしが乗っていたホバーバイクの残骸が転がっていた。

 

 わたしが無事だった一方、ホバーバイクの末路は悲惨だった。

 乗り手を失ったホバーバイクは明後日の方向へ吹き飛ばされ、コンクリートの護岸に墜落、車体は完全に潰れ、真っ二つになっている。いくら頑丈なホバーバイクでもこの有様ではもう使い物にならないだろう。

 ……あーあ、臨時収入もこれでパアだ。

 やはりホバーバイクでアクションスターを気取るのは無理があるよね。

 そんな風に脱力しながら自嘲気味に口を歪めていると、エミィが耳元で叫んだ。

 

「リリセ、しっかりしろ! 死ぬな!!」

 

 なにをそんなに必死になっているんだろう。

 大丈夫だよ、エミィ。

 雪山で遭難したわけじゃあるまいし。

 

 わたしは笑いながら答えようとして、エミィの手が血塗(ちまみ)れなのに気がついた。

 ……まさかエミィが怪我したのか。

 慌てて起き上がろうとしたわたしを、エミィが押し留める。

 

「動くんじゃない! 動いたら死ぬぞ!」

 

 エミィは何を言っているんだろう。

 わたしを抑えつけようとするエミィを押しのけようとしたとき、わたしは自分自身の手にもべっとりと赤いものがついているのに気が付いた。

 そしてわたしは、自分の身体を見た。

 

「……え?」

 

 怪我をしたのはエミィではなかった。

 わたしたちの手を汚しているのは、わたし自身の血液だ。

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセの腹部を、ホバーバイクの折れたハンドルが貫通していた。

 

 

 

 

 痛みは、理解と同時に襲ってきた。

 これまでの人生で経験したことのない、身体の奥底から止め処なく湧き上がる灼熱の激痛。

 このときになってわたしは自分が無事どころか、致命的な深手を負っている現状をようやく理解した。

 

「ぐ……か……はっ……!!」

 

 腹の底から、呻きと吐血が溢れ出た。

 身体を地面に横たえて呼吸もままならず、口をパクパクと喘ぐことしか出来ない。

 

「あ……が……ごほっ……っ!!」

「リリセ、リリセ!!」

 

 そんなわたしを、涙でぐちゃぐちゃのエミィが見ていた。

 ……ダメだ、エミィを不安にさせちゃいけない。

 痛みで朦朧とする中、全身に冷たい脂汗を浮かべながら、わたしは必死に笑顔を取り繕った。

 

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 だから泣かないで。

 そう伝えたかったが、声が上手く出せない。

 

 

 そして、そんな気持ちとは裏腹に手足がどんどん冷たくなり、いまや指先の感覚がなかった。

 心臓が脈を打つのに合わせて、腹の傷から真っ赤な鮮血が噴き出てゆく。

 ……ダメだ。

 血が、止まらない。

 生命が、血と共に流れ出ていく感じがする。

 完全なショック状態だ。このままだと数分以内に間違いなく失血死するだろう。

 

 

 ごめんね、エミィ。今回ばかりはダメかも。

 

 

 謝罪は唇でかたどるだけで、声にならない。

 声を枯らして叫び続けるエミィの泣き顔を見ながら、意識が遠くなってゆく。

 

「リリセ、リリセ、リリセ!!――――」

 

 

 

 

 そのとき、遠い昔の記憶が頭を()ぎった。

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセという人間の原点にも近い、幼い頃の思い出。

 五歳のわたしが出会った本物のヒーロー。

 ゴジラに潰されそうになったわたしのことを命を捨てて助けてくれた、『あの人』。

 ……あれから十七年。

 『あの人』のことはもう顔も思い出せないけれど、とても素敵な人だった印象と、そして『こんな人になりたい』と感じたあのときの気持ちは一度たりとて忘れたことはない。

 

 ……あなたは見ていてくれただろうか。

 あのときのあなたに近づきたくて、わたし、ずっと頑張ったんだ。

 わたし、あなたみたいになれたかな。

 結局わたしは最後まで皆に迷惑をかけてばっかりで、あなたと一緒のところに行けるかどうかなんてわからないけれど。

 だけど、ひょっとしたらあなたと同じところに行ける、なんてこともあるかもしれない。

 

 そのときは、あなたとゆっくり話がしたい。

 

 あのとき助けてくれた命の恩人がどんな人だったのか、わたしはずっと知りたかった。

 もし出会えたならそのときは、ゆっくりお茶でも淹れて話そうよ。

 怪獣なんかいない平和な天国で、あのときあなたがくれた甘いキャラメルでも食べながら。

 

 

 

 

 

 ねえ、おねえさん。

 

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