怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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3、アンギラス登場

 日焼けで褪せた塗装、積もった塵、そして蔓。

 状態から見るかぎり、この飛行機が墜落してからおおよそ一年程度だろうか。

 

 墜落した原因については、グローブの指先を汚す真っ黒な(すす)で察しがついた。

 あちこちに付いている真っ黒な煤は、機体が激しく燃えた証拠だ。

 となると墜落した原因は火災、もしくは爆発。

 墜落時はさぞ激しく燃えていたに違いない。

 その残骸へ、わたしは身を潜り込ませた。

 目的のブツは中にある。

 

 外見が黒焦げなのだから、機内も当然ボロボロだった。

 機体のフレームは墜落の衝撃で捻じれて歪んでおり、壁面天井は穴だらけ。機内はライトがなくても十二分に明るい。

 ……おっとっと。

 危うく足を滑らせそうになる。

 公園内で蔓延っているツルたちが飛行機内にまで入り込んでおり、そのせいで足場が滅茶苦茶に悪い。

 

♪這いつくばって、這いつくばって、一体何を探しているのか……」

 

 まさに鼻歌の歌詞そのまんまだ。

 緑に染まった床を這いながらツルを毟り取り、ボロボロになった鋼材や内装を選り分けて、お目当てのものを探してゆく。

 そうやって機内を物色しているうちに、金属光沢がわたしの視界に入った。

 

「ふふっふー、ふふっふー♪……お、あったあった!」

 

 眩い銀色の光沢を目印に、周りに巻き付いていたツル植物を引き剥がす。

 ツル植物を取り除き終えたところで、お目当てのブツが姿を現した。

 

 それは、人間一人が収まりそうなほどの大きなトランクだった。

 色は銀色、材質はよくわからないが金属製なのは間違いない。寸法、形状、材質、特徴、いずれも依頼人が指示したそれと合致している。目立った損傷は見受けられないので中身もおそらく無事だろう。

 トランクにはアルファベットが書かれている。わたしは積もった埃を(ぬぐ)い、それらを小声で読み上げた。

 

「あーる、いー、えっくす、えっくす……〈ReXX(レックス)〉?」

 

 ……レックス。

 その単語でわたしは、大昔に観た恐竜映画のことを思いだした。

 たしか、あの映画――バイオテクノロジーで恐竜を蘇らせた恐竜動物園の映画だ――で大暴れする肉食恐竜の名前が、ティラノサウルス=レックスだったはずだ。

 

 ……でも、まさかこのトランクの中身が恐竜のDNA、なんてことはないよね。

 今地球上を我が物顔で闊歩している怪獣のいくらかは、古代生物の生き残りが突然変異を起こした変種が多い。

 かつて人類の指揮下で日本近海を守っていたというチタノザウルスはその代表例だし、変わり種でいえば古代トンボの末裔でメガギラスなんてのもいたりする。

 1999年のカマキラス出現以来から新種の怪獣が続々と出現し続けているのこの御時世、普通の恐竜なんて珍しくもなんともない。

 それにティラノサウルス=レックスのレックスはREXで、つづりがちょっと違う。

 

 今回の依頼、実は前金で結構な金額をいただいちゃったりしている。

 あんな大金で、しかも命懸けで探しに来たのがただのティラノサウルスなんかだとしたら、ちょっと馬鹿げている。

 まともな動物園だってないこの御時世に恐竜動物園なんか造ってどうすんのって話だし、外の世界に行けばもっとおっかない奴にいくらでもお目に掛かれる。

 今時ティラノサウルスのDNAなんぞにそんな大金を払う価値はない。

 だからティラノサウルスであるわけがないのだ。

 

 では『レックス』が恐竜のことじゃないとすると、わたしにはいよいよ思い当たるものがない。

 スーパーマンの悪役がレックス=ルーサー……いや、これはLEXだったっけ。

 実際海外にはレックスという名前の人もいるらしいし、アレキサンダーという人を愛称でレックスと呼ぶこともあるらしいが、まさか人名ではあるまい。

 あるいは、レックスというのは暗号名(コードネーム)かなにかなのかもしれない。暗号名、だとすれば旧地球連合軍に関連する遺物だろうか。

 

 今回の仕事を依頼した人のことを、わたしはよく知らない。

 仲介人を何人か挟んでいるため、どこの誰なのかも知らないのだ。

 そんな、素性を隠す立場の人間が、大金を前払いしてでも欲しがるようなこのトランク、中身は一体何なのだろう?

 旧地球連合軍の秘密兵器? それともエイリアンのテクノロジー?

 さぞヤバイものに違いない。

 

(……ま、どーでもいいけどね。中身は見ない約束だし)

 

 余計なことを詮索するのはやめにして、まずは仕事を終わらせよう。

 内心で(ひと)()ちながら、わたしは手を動かすことにした。

 

 ……後から思い返してみると、このトランクにはおかしなところが多かったと思う。

 たとえば、トランクの保存状態。凹みはおろか傷ひとつさえ見られなかった。百歩譲ってとても頑丈なのだとして、飛行機自体が黒焦げなのに貨物として積まれていたトランクに煤が着いてすらいないというのはどういうことなのだろう。

 野晒しにされてから一年近く経っているなら錆のひとつくらい浮いてない方が不自然だろうに、まるで新品のようにピカピカだった。

 

 不自然と言えば、ツル植物が根を張っていないのも不自然だ。

 コンクリートやアスファルトも捻り潰してしまうパワフルなツル植物たちなのに、このトランクについては手で簡単に払い除けることが出来た。

 まるで、『触りたくない』とツル植物が思っているかのように。

 

 

 

 

 

 ……このときの判断如何(いかん)によっては、タチバナ=リリセの人生も、ひいてはこの星の運命さえも、大きく変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、そのときのわたしは気にしなかった。

 トランクの素材がツル植物と相性が悪いのかもしれないし、スペースチタニウムのような頑丈な材質なのかもしれない。

 旧地球連合軍に絡むエイリアン由来のテクノロジーであれば、一年くらい野晒しにされたところで平気な可能性もある。

 

(……ま、そんなこともあるでしょ。)

 

 そのときはそんな風にしか思わなかった。

 ……我ながらアンポンタンだなあ。

 

 纏わりついていたツル植物を引き剥がしてトランクを持ち上げようとしたところ、思わず腹の底から低い声が漏れた。

 

「重たっ」

 

 中身はなんなのかさっぱりわからないが、金属の塊を限界まで詰め込んだとしか思えない、とてつもない重さだった。

 こんなものを担いだらぎっくり腰になってしまうだろう。

 

 ……出来ればやりたくなかったんだけど、やむを得ない、わたしはトランクを引きずってゆくことにした。

 エンヤコラのよっこいせっと。

 腰を傷めないように、そして足元のツルで転ばないように気をつけながら、ずっしり重いトランクをヨイショヨイショと引っ張ってゆく。

 ……しっかし、重たいなぁ、コレ。ホントマジ何入ってんの?

 

 

 七転八倒の苦闘の末、凄まじい重さのトランクを機外へと引きずり出し、乗ってきたクルマのところへと運び出すことができた。

 ……さて、どうしたものか。

 これを後ろの荷台に載せたいのだけれど、重すぎて一人では持ち上がらない。

 

 そんなわたしの苦闘っぷりが目に余ったのか、クルマの運転席からもうひとり、小柄な少女が降りてきた。

 年齢は14歳。歳の割に体躯はとても華奢で、人種は白人。

 ブロンドの髪に括り付けた、桃色のリボンがトレードマークだった。

 

「……手伝うか?」

 

 そう尋ねたブロンド少女に、わたしは応えた。

 

「ありがと、エミィ。これ載せるからこっち持っててくれる?」

「りょーかい」

「指、挟まないようにね」

「あいよ」

 

 わたしの指示に、ブロンド少女ことエミィは一緒にトランクに手をかけた。

 せーのっ、と二人で担ぎ上げて、なんとかトランクをクルマの荷台に乗せる。

 そしてトランクを、ストラップで荷台にしっかり固定してしまえば作業完了だ。

 

 

 

 ……さて、用は済んだ、長居は無用だ。

 

 

 

 わたしたちはそそくさと撤収準備を始めた。

 わたしは全身についたツル植物の破片を払ってから、グローブとツナギを脱ぎ――安心してくださいちゃんと下には四分丈のカーゴパンツを履いてますよ――工具と一緒に後部荷台へと仕舞う。

 外したガンベルトを改めて腰に巻き直し、助手席に着いてシートベルトを締める。

 額の汗を拭い、わたしはエミィに笑いかけた。

 

「ラクショーだったねえ」

 

 その隣、運転席でシートベルトを締めたエミィは、クルマのエンジンをかけながら答えた。

 

「そうだな」

 

 今回の仕事は『墜落した飛行機の残骸から荷物を回収すること』だ。

 

 墜落地点は廃墟になった街の真ん中で、迷子になることもなく、下準備も込みで数日程度の工数で終わった。

 危険が皆無とは言えないし必要経費は多少かかったが、報酬は高いし、充分元が取れる。

 そしてこのまま何事もなければ、あとは帰るだけ。

 ……今回は美味しい仕事だった。帰ったら祝杯でも挙げよっか。

 わたしとエミィ、二人で顔を合わせてそんな風にアハハと笑い合っていたときである。

 

 どぉぉーん……

 

 遠くで轟いた、地響きと爆発音。

 わたしとエミィは、ほぼ同時に音の方角へと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園の樹々の向こう、廃墟の街の中心で、ビルが二本、土台を崩されたように根本から傾いていた。

 続けざまに、地中からの爆音で大地が揺れ、瓦礫と土煙をもうもうと舞い上げながら、傾いていたビルは凄まじい音を立てて崩れ落ちていった。

 山が噴火したか、そうでなければ不発弾が爆発したかのようだ。

 だけどわたしたちはすぐに理解した。噴火ではないし、不発弾でもない。

 

 地面の下に潜っていたものが、目を醒まして起き上がったのだ。

 

 まず姿を現したのは、尻尾。

 尻尾の長さは数十メートル。鮮やかなエメラルドグリーンのトゲが無数に生え揃い、特に先端部は太く逞しい棍棒になっている。

 思いきり振り回したならば、ビルの一本や二本は楽々引き倒してしまうだろう。

 

 続いて地面が盛り上がり、丸い背中が現れた。

 遠目に見えるシルエット自体は丸みを帯びているが、これまたトゲと装甲板が体の各部をびっしりと覆っている。

 これほどしっかり守りを固めていれば、核爆弾にだって耐え抜くだろう。

 

 そして、上に積もった瓦礫と土砂を震い落としながら、角の生えた厳めしい頭がもたげる。

 

 身長60メートル、体重数万トン。

 背中の甲羅にびっしりと生え揃った、鋭いトゲの針山地獄と、装甲板の絶対防御。

 その針山地獄から連なるトゲだらけの、長い長い棍棒の尻尾。

 (たくま)しい四肢でしっかり大地に立つ、四足歩行。

 

 

 そいつの名前は〈アンギラス〉。

 『暴龍』の渾名(あだな)でも知られている、恐ろしい大怪獣だ。

 

 

 アンギラスの原種は、古代の鎧竜アンキロザウルスである。

 度重なる核実験や環境破壊。

 人間の愚かな数々の行為が地球環境に急激な変化をもたらし、喪われた時代(ロストワールド)の怪物を現代社会へと蘇らせたのだ。

 正体不明の特殊巨大生物。

 いわゆる『怪獣』として。

 

 ……というのが学者の通説だけど、わたしはそんなわけないと思う。

 だいたいアンキロザウルスは見た目は厳ついが食性は草食、草を食べるだけの大人しい動物のはずだ。

 それに引き換え、アンギラスときたらどうだ。

 ワニのようなギザギザの牙と鋭いカギ爪、獲物を見逃さないぎょろぎょろとした眼光。

 ……どうみたって獰猛な肉食獣じゃん。こんなのが大人しい草食性のアンキロザウルスなわけがない。っていうか、体長100メートル以上のアンキロザウルスなんか居てたまるか。

 

 これ言ったら色んな人に怒られそうな気がするけど、ぶっちゃけアンギラスはマイナーな怪獣だ。

 史実に基づくというふれこみの、旧地球連合謹製のプロパガンダ怪獣映画には古くから登場していたが、アンギラスが主役になったことはない。

 せいぜいが三下三枚目くらいの扱いである。

 ラドンやメガギラスみたいに空が飛べるわけでもないし、ZILLAやエビラみたいな派手な必殺技があるわけでもない。

 四足歩行の鎧竜、ただそれだけだと大した脅威でもないように見える。

 実際、過去の歴史上においても地球連合軍との戦いで幾度か討伐されたこともあったらしい。

 

 

 

 

 しかし、そんなことを言えるのは、テレビ画面越しに見ているときだけだ。

 そんな他人事みたいなことを言うのは、直接対決したことがないヤツだけである。

 

 

 

 

 時速100キロのクルマにも追いつく敏捷さ。

 60メートル級の体躯から繰り出される、城郭さえも突き崩してしまうほどの膂力。

 ひとたび食いついたらなかなか離さない強靭な顎。

 空軍の重爆撃にも耐え抜く、頑丈な装甲。

 一振りでビルをも叩っ斬る、棍棒みたいな尻尾。

 『地球連合軍が討伐した』とは云うものの、実際に戦った経験があるというヒロセのおじさんの話によれば、往年の連合軍も砲撃だのミサイルだのではどうにもならずトドメには核爆弾を使ったという。

 対するこちらは、女二人と小さなクルマ一台。

 ……勝てるわけないでしょ、こんなの。

 

発進()して!」

「りょーかい」

 

 わたしの合図でエミィはクルマを発進させた。

 そんなわたしたちに目敏(めざと)く気づいたアンギラスも、後を追って駆け出した。

 巨大怪獣アンギラスと、女子供を乗せただけの小さなクルマ一台。

 命懸けの追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルマで逃げるわたしたちと、それを追い駆ける巨大怪獣アンギラス。

 運転をエミィに任せ、わたしは後ろを窺った。

 アンギラスの巨大な肢が一歩踏み出すたびに地響きが鳴り、廃墟に積もった塵が土埃となって舞い散っている。

 ……『たまたま行く方向が同じであるだけ』、もちろんそんなはずはない。アンギラスはしっかりとわたしたちを視認していて、真っ直ぐに追いかけてきている。

 

 そんなアンギラスを観察していたわたしは、このアンギラスが普通の個体とはちょっと違うことに気がついた。

 

 まずはアンギラスの全身。無数の傷だらけだ。

 顔には深い皺が刻まれ、数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の大親分、というような風格と凄味(スゴミ)に溢れている。

 特に目を引くのは背中のトゲだ。

 エメラルドに似たグリーンの光沢と透度を持つトゲは、太陽光がキラキラと透けており、それ自体が光っているようにも見える。

 

 

 今回の仕事にかかる前に目を通しておいた、怪獣図鑑――オオトモ博士という人が書いたもので思春期に入った頃のわたしの愛読書(バイブル)だ――の内容を思い返してみる。アンギラスの資料写真も載っていたが、そのトゲがクリスタルで出来ているなんていう話は聞いたこともない。『長生きしたアンギラス』なんて記録は読んだことはないが、アンギラスも歳をとるとこうなるのだろうか。

 もしくはアンギラスの中でもこいつは特別なボス格、いわゆる『アルファ』なのかもしれない。

 メガニューラの親玉メガギラスみたいに、暴龍アンギラスも特定の条件が揃えばこういう形質になるのかも。

 怪獣という生き物はそもそもが突然変異種だ、多少のバリエーションくらいはあって然るべきなのだろう。

 

 ……まあ、そんな分析はオオトモ博士に任せておけばいい。目下わたしたちにとって重要なのは、『アンギラスから逃げ切れるかどうか』だ。

 

 アンギラスは、俊足が自慢のとても素早い怪獣である。

 猛追するアンギラスとクルマの距離はぐんぐんと詰められ、とうとうわたしたちのすぐ後ろにまで追いついてきた。

 アンギラスが大地を蹴るたびに地面が揺れ、わたしたちを乗せたクルマの車体が軽く跳ねた。

 

 

 クルマを運転しているのはわたしの相棒、エミィ=アシモフ・タチバナである。

 繰り出されるアンギラスの踏みつけ攻撃を右に左に回避しながら、猛スピードで走り続けるクルマ。

 そんな暴れ馬みたいなクルマを巧みに操るエミィのドライビングテクは、もはや人間離れしているとしか言いようがなかった。

 このまま行けばレーサーか、クルマのスタントマンにでもなれるかもしれない。

 

 ……この場を生き残れたら、の話だけどね。

 いくら巧みに回避できていても肝心のスピードが足りていなかった。

 

「もうちょっとっ、スピードがっ、出るとっ、有難いっ、んだけど……っ」

 

 右に左に振り回されながら訊ねてみたけど、エミィはばっさり切り捨てた。

 

「性能の限界だ」

 

 あらためて背後を振り返ってみると、アンギラスの鼻先がクルマのほんの数メートルにまで迫っていた。

 どうやらアンギラスは、自身の領土を侵害した人間たちのことを絶対に見逃すまいと決意したらしく、()()()()()()()()()()()()()一向に諦める気配がない。

 差し詰め暴走機関車だ。もはや決して止まらないだろう。

 

「……しつこいなあ、もう!」

 

 アンギラスの真の恐ろしさは、『暴龍』とも称されるその獰猛な気性だ。

 オオトモ博士の怪獣図鑑によれば、アンギラスは縄張り意識がとても強い怪獣であり、それを冒す外敵はムシケラ一匹だろうが容赦なく、息の根を止めようと追い立てるという。

 実際わたしたちを追いかけ回しているアンギラスも、そんな剣幕である。

 怪獣図鑑を読んでいると『んなオーゲサな』と思うこともあるけど、実際の怪獣と対面してみるとわかるとおり実はまったく誇張してなかったりするから困る。

 ちょっとばかり距離を稼いで()いたくらいでは逃げきれないだろうし、このまま人里へ逃げ帰ったりしたら大迷惑になる。

 

 とはいえ、わたしは慌てていなかった。

 絶望的な戦いかもしれないが、勝算がまったくないわけではない。

 そもそも勝てない勝負はしない主義だ。

 助手席で地図を開きながら、わたしはエミィに指示を飛ばした。

 

「あのガードくぐったら街道沿いにまっすぐ、左手にモニュメントが見えたらそこを左に曲がって!」

「りょーかい」

 

 大通りを突っ走るクルマは、巨大な広告用液晶モニタが掛かったビルの横を通って、ツル植物でグルグル巻きにされた大ガードをくぐり抜けた。

 その後を追って大通りへと躍り出たアンギラスは、大ガードを走り幅跳びで軽々と飛び越える。

 アンギラスによる大跳躍と着地。その反動と衝撃で、道路脇のビル廃墟の壁面についている広告用液晶モニタが粉砕され、わたしたちのクルマは一瞬宙に跳ねた。

 

 

 わたしたちのクルマは大ガードに続いて街道の歩道橋をくぐり、そしてわたしが指示した通りの交差点で左折、ビル同士の狭間にある細道へと入り込んだ。

 アンギラスは歩道橋を蹴っ飛ばし、獲物のクルマが横の細道に逃げ込んだとみるや、その巨駆で進むには狭すぎる隙間へ体を捻じ込んで、両脇のビルを肩で突き崩しながら、なおもわたしたちに(せま)ってくる。

 ……なんてしつこいんだ。

 凄まじい執念、なんというしぶとさなのだろう。腹を空かせたオオカミだってここまではやらないでしょうに。

 高層ビル群の真っ只中を駆け回るアンギラス、そしてその目鼻の先をちょこまかと逃げ回るわたしたちのクルマ。

 なんだか、ジャングルでオオカミに追いかけ回されるウサギみたいだな、なんてことを思ったりして。

 

 

 

 

 ……だが、ウサギと違うのは、『こっちには知恵と武器がある』ってことだ。

 

 

 

 

 いくつか角を曲がった先、クルマの前方に高層ビルの廃墟が見えてきた。

 二本に枝分かれした上部をぶった切られたように崩れていたが、それでも天を突くほどに高い。

 ビルの廃墟から道路をまたぐ形で、橋みたいな連絡通路が架かっている。

 

 その連絡通路の手前にクルマが差し掛かり、わたしは叫んだ。

 

「今だっ!」

「りょーかいっ」

 

 その合図と同時に、エミィはハンドルとシフトレバーを巧みに捌き、猛スピードそのままにクルマが急旋回した。

 

 車体が独楽(こま)みたいにぐるぐるスピンし、遠心力に(へそ)の下をぐいと引っ張られて三半規管が振り回される。

 タイヤとブレーキがこすれる悲鳴のような音と、摩擦熱でゴムの焦げる悪臭が、わたしたちの五感を刺激した。

 曲芸めいたスピンターン、そして逆走。

 もし交通安全の取り締まりがあったら間違いなく一発免停だ。

 だが、その危険運転のおかげで、わたしたちを乗せたクルマは、車線を変えることも停まることもなく車体の向きを変えることに成功した。

 クルマは、後ろから迫るアンギラスの方へと逆走し、四本足の足元を(くぐ)り抜けてゆく。

 

 追いかけていた獲物が突然ターンしたのに合わせ、アンギラスもその場で踏ん張った。

 しかしクルマが急に止まれないのと同じく、暴走する怪獣も急には止まれない。

 アンギラスの巨体は、道路をまたいでいるビルの連絡通路を突き破り、双子のビルのちょうど真ん前で止まった。

 

 

 

 

 そのタイミングを見計らって、わたしはリモコンで『起爆』した。

 

 

 

 

 

 アンギラスが立ち止まった、まさにその真下の地面が爆発した。

 

 

 

 

 

 地下からの大衝撃により周辺一帯が大いに揺れ、アンギラスの足元は落盤を起こした。

 突如足場を崩されたアンギラスは、目の前にある双子の廃ビルへ掴まろうとした。

 

 アンギラスにとっての不運は、とっさに掴んだその廃ビルがアンギラスの巨体を支えてくれるほど頑丈じゃなかったことだ。

 

 まるでグラスタワーの下に敷いたテーブルクロスを引き抜く曲芸に失敗したかのように、廃ビルは根元から崩れ、アンギラスの頭上から覆いかぶさるように倒れてきた。

 大気の揺れる轟音とともに、崩れ落ちるビルの残骸が壮絶な土煙を巻き上げ、アンギラスの巨体がビルもろとも地中へと沈む。

 アンギラスは崩れ落ちてくるビルを仰ぎ見ながら、大量の瓦礫の下敷きになってしまった。

 

 

 

 そして、巻き上がる粉塵で一帯が茶色とグレーに染まっていった。

 




読み辛かったので序盤をまとめて整理しました。
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