怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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4、メカゴジラ出現 ~『ゴジラ対メカゴジラ』より~

 ……土煙も届かない離れた場所、『都庁北(トチョウ キタ)』という標識が立っている交差点。

 わたしたちはクルマを停め、様子を窺った。

 

 威容を誇った双子の廃ビル。

 つい先ほどまでは天にも昇る高さだったのに、いまや跡形もなかった。

 道路の方は地下の空洞が潰されて完全に陥没。本来なら大穴が空いているところだが、倒壊したビルから生じた大量の瓦礫で見事に埋め立てられている。

 ……うまくいった。

 わたしは軽く息を()き、ほくそ笑んだ。

 回収から遭遇、トラップポイントへの誘導。

 

 全部わたしの読みどおりだ。

 

 この作戦を立案したのは、『この辺り一帯をアンギラスが縄張りにしている』という目撃談を耳にしたからだ。

 わたしはまず現地の地図と、クルマに詰め込めるだけの大量の爆薬を用意した。

 そして現地で回収作業に入る前に適当なビルに目星をつけて、この一帯にある地下通路の跡地に爆薬を設置。

 いざアンギラスが出現したらトラップポイントへ誘導、落とし穴とビル倒しで、アンギラスをやっつけてしまうトラップ戦術を考えた。

 そしてわたしの作戦は上手く嵌まってくれた。

 大成功だ、いえーい!

 わたしはエミィに向かって掌をかざし、その手にエミィもハイタッチを返してくれた。

 そうやってわたしたちは、ひとときの勝利の美酒に酔いしれたのだった。

 

 依頼人が高額の報酬を出してきたのも、きっとアンギラスのせいだろう。

 アンギラスと真正面からやりあおうとすればそれこそ軍隊並の装備を用意する必要がある。

 ならば多少割高でも日雇いのアルバイトを送り込んでしまう方が安上がりだ。

 上手くいけばそれでよし、上手くいかなくてもここのアンギラスがどれだけのものか小手調べくらいにはなる。

 つまるところ、わたしたちは『捨て駒』だ。

 だけど、別に不満は感じない。

 こんなのは慣れっこだったし、そういう立場だからこそ危険報酬としてオカネにもなる。

 

 

 水筒の御茶をコップに注いで一服しながら、わたしは生き埋めにされてしまったアンギラスの方を見た。

 数十メートルもあるアンギラスの巨体は完全に地中へ埋まってしまっており、トゲトゲの生えた尻尾の先端がかろうじて見えているだけだ。

 人間で言えば、落とし穴に嵌まった上に雪崩に呑まれて生き埋めにされてしまったようなものだ。

 怪獣だったら死ぬことはないにしても、これではしばらく動けまい。

 ……ごめんね、アンギラス。

 あなたはただ自分の住処に余所者が来たのが気に入らなかっただけだよね。

 わたしたちだって別にあなたが嫌いなわけじゃないし、あなたに迷惑をかけたかったわけじゃないんだ。

 ただ、安全に通りたいからちょっとだけ寝ててほしい。

 ……自分で生き埋めにしておきながら謝るなんて、我ながら白々しいなあ。

 そんなことを考えていたら、ふと、クルマのカップホルダーに入れたコップの御茶がやけに波立っていることに気付いた。

 ダッシュボード上に飾ってあった首振り人形がカタカタカタ……と震えている。

 震えは次第に大きな揺れになり、やがて巨大な地鳴りとなって、一帯を揺るがし始めた。

 ……なんだろ、地震かな。

 怪訝に思っていた矢先、ひときわ大きな縦揺れで、わたしたちの乗ったクルマが飛び上がった。

 コップの御茶はぶちまけられ、首振り人形は吹っ飛んだ。

 

 ……いや、地震じゃない!

 

 わたしたちは同時にクルマの外を見た。

 窓越しに見える瓦礫の山が大爆裂。

 コンクリートの土砂を吹き飛ばして、巨大な頭が現れた。

 

 

 反り返った角に、鋭い牙と眼光の獰猛な顔。

 暴龍、アンギラスだ。

 完全にノックアウトされていたのかと思いきや、未だにぴんぴんしていた。

 

 

 ……あいつ、どんだけタフなの。

 あまりのことに口をあんぐり開けて眺めていたら、こちらに振り向いたアンギラスと目が合ってしまった。

 その目つきは血走っていて、そして鼻息が随分と荒い。

 剥き出しにした牙の隙間から、噴煙みたいな吐息が地鳴りのような唸り声と併せて噴射されている。

 

 あれはどう見たって、怒ってる。

 

 ……やばい、逃げよう。

 わたしがそう言う前に、エミィはクルマのエンジンを再始動していた。

 同時にアンギラスも、火山噴火の爆音みたいな雄叫びを挙げた。

 ……ところが、クルマは動かなかった。

 クルマのエンジンを吹かすエミィだったが、エンジンからおかしな音が鳴るだけで、クルマはまったく動いてくれない。

 エミィが怒鳴った。

 

「オーバーヒートだ! エンジン()て!」

「あーもーこんなときにっ!」

 

 わたしは助手席から降り、クルマの前方に回って、ボンネットを開けた。

 途端に、焦げた臭いがツンと鼻を突く。オーバーヒートでリザーブタンクの冷却水が干上がったのだ。

 クルマを再発進させるには、冷却水の補充が必要だ。間に合わせなら普通の水でもいいのだが、かといってすぐ交換するわけにもいかない。しばらく冷ましてから開封しないと、リザーブタンクから圧の掛かった蒸気が噴き出して、大火傷をする羽目になる。

 

 

 クルマの後方を振り返ると、アンギラスの方もてこずっていた。

 地下空洞に嵌まってしまった様子のアンギラスは、地上へ這い上がろうともがいているのだが、蟻地獄みたいに瓦礫が崩れてゆくせいか、なかなか上がってこられないようだ。

 とはいえ、そんなのは時間の問題だ。いずれ上がってくるだろう。

 アンギラスは、ちっぽけな人間風情に一杯喰わされたのがよほど業腹(ごうはら)だったのか、修羅の形相でわたしたちを睨みつけていた。

 『もしも這い上がれたら真っ先に叩き殺してくれよう』、そんな顔をしている。

 

 

 

 ……クルマのエンジンを冷ましている時間はない、いっそクルマを捨てるべきかも。

 そんな考えが頭をよぎった。

 

 

 

 こんなこともあろうかと、一帯の地下道は全部チェック済だ。

 しかもちょうどいいことにすぐ目の前には地下道への入り口がある。

 近くにはターミナル駅があるし、かつては地下鉄も走っていた。つまり地下鉄の線路があるはずだ。

 このまま地下に逃げ込んで身を隠し、立川(タチカワ)の拠点に逃げ帰る。

 そこまでやればアンギラスだって流石に諦めてくれるだろう。

 ……ただし、この作戦には重大な欠点がある。

 

 それは『依頼品を持ち帰れない』ことだ。

 

 そもそも最初からこの作戦を取らなかったのも、荷物の問題があるからだ。

 特に依頼品、飛行機の残骸から回収した銀のトランクは、クルマ抜きで運べる重さではない。

 さて、悩んでいる余裕はない。

 状況を天秤にかけ、わたしは即断した。

 

 

「エミィ、クルマから降りて!

 地下に逃げよう!」

 

 

 報酬も惜しいが、やっぱり命あっての物種(ものだね)だ。

 ここはまず逃げて、ほとぼりが冷めてからトランクを回収しに戻る、という手もなくはない。

 

「わかった!」

 

 エミィも(うなず)き、クルマの運転席から飛び出した。

 最低限の荷物を取り出そうとクルマの後部に回ったわたしがクルマの荷台を開けたとき、荷台の奥で物音がした。

 見ると、トランクを固定していたはずのストラップが一本、いつの間にか外れていた。

 ……カーチェイスの振動でストラップが壊れたのだろうか。

 

「いそげリリセ! アンギラスが出てくるぞ!」

「あ、ゴメンゴメン!」

 

 エミィの怒鳴り声で我に返り、わたしは非常用のアタックザックを手に取った。

 このアタックザックには、二日程度の野営が出来るだけの食料と水が詰めてある。これさえあれば二日、飲み水が確保できれば数日は隠れていられるはずだ。

 そしてそれだけ時間があれば、拠点へ逃げ帰るのには充分だろう。

 アタックザックを背負い、目の前の地下通路へ急いだ時だった。

 

 誰も乗っていないはずのクルマが、ごとん、と大きく揺れた。

 

 地下道に向かうつもりだったわたしは足を止め、そっちの方へと振り返った。

 ……クルマの中で、重たい金属製の何かが動いたような気がする。

 不審に思っていると、クルマの荷台から、金属のぶつかり合う物音が聞こえてきた。

 やはり気のせいではない。荷台で何かが動いている。

 

「なにやってる、とっとと逃げるぞ!」

 

 地下道の入り口で手招きをするエミィに、わたしは「ちょっと待って!」と叫んだ。

 わたしはクルマへと駆け戻り、荷台を覗き込む。

 クルマの中で動いていたのは、やはり例のトランクだった。

 ストラップが完全に外れており、トランクが独りでにガタガタと蠢いていた。

 ……中に何か入っている? いや違う、トランク自体がもがいているような。

 そうこうする内に、不意にトランクが光を放った。

 

「ぐわっ!?」

 

 トランクからの赤い光に目が(くら)み、わたしは咄嗟に顔を両腕で庇った。

 赤い光は、数秒ほどわたしの顔を舐め回して走査していたが、やがて調べ終えたと言わんばかりに消えてしまった。

 

 変化はとつぜん始まった。

 

 トランクが真っ二つに開き、中から銀色の結晶をギゴガゴと生やしたかと思うと、鋼の塊となって変形を開始した。

 まるで見えない手が寄木細工を分解しているかのようだ。

 変形スピードはどんどん加速してゆき、わたしの目が追い付かないほどの速さと緻密さとなって、やがてひとつの完成形へと辿り着いた。

 

 そいつのシルエットは、恐竜に似ていた。

 

 大きさは子供サイズ。身長160センチのわたしより小柄なくらいだ。

 背中には鋭く尖ったクリスタル状の背鰭が生えており、尻からは長い尾が伸びている。

 そして両肩から伸びているのは、ガラス細工のように繊細で猛禽のように逞しく、日本刀のように美しい白銀の翼。

 そして荷台の暗がりで、左右の赤い眼光がギロリと光った。

 

 

 

 そのときわたしは理解した。

 依頼人が回収するように命じた荷物とは、トランクの中身ではなくトランクそのもの。

 トランクから変形したこの〈銀色の影〉だったのだ。

 

 

 

 トランクから完全変形を遂げた銀色の影は、赤い瞳でわたしを一瞥すると、広げた翼からマゼンタの炎を噴射し始めた。

 このマゼンタ炎はおそらくプラズマジェット、翼に搭載されているのはプラズマジェットブースターだろう……などと理解する間もなく、銀色の影はクルマの天板(ルーフ)を突き破って外へ飛び出した。

 空に舞い上がった銀色の影はプラズマジェットの尾を引きながら急上昇し、大気を裂く高音を伴いながらみるみるうちに空高く舞い上がって行ってしまった。

 銀色の姿は今や天空の彼方、地表からはゴマ粒ほどの大きさにしか見えない。

 

「なんだ、あれ……」

 

 そんな呟きが聞こえたので振り返ると、傍らにはエミィがいた。

 愚図愚図とクルマの傍に残っているわたしを連れ出すために、戻ってきていたようだ。

 エミィは目の前の光景に唖然とした様子で、口をぽかんと半開きにしたまま空を見上げていた。

 

「あいつ、なんなんだ……?」

 

 聞かれたわたしは正直に答えた。

 

「わかんない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を飛び回る、銀色の影。

 

 プラズマジェットの飛行機雲を引きながら、並び立つビルのジャングルの隙間を縫って、アンギラスの頭上でホバリングする。

 そして銀色の影は、地表にいるアンギラスを見下ろしながら両腕を真っ直ぐ伸ばした。

 構えた掌の部品が細かく組み替わって、一つのカタチへと変形してゆく。

 二本の細長いレールが並行に走る形状。

 わたしは、銀色の影が構えた大砲の形状に見覚えがあった。

 

 〈レールガン〉だ。

 

 『超電磁砲』というのはアニメマンガの名前で、正式には『電磁加速投射砲』と呼ばれる、電磁力で加速した弾丸を発射する兵器である。

 その弾速は超音速、並大抵の装甲なら容易く貫通してしまう強力な武器だ。

 銀色の影の腕から伸びた大砲は、エガートン=オーバリーの映画に出てきたあのハイテク兵器にそっくりだった。

 長い砲口をアンギラスの方へと向け、銀色の影は、鋭い金属音と共にレールガンを発砲した。

 超音速の弾丸はアンギラスの甲羅に命中、アンギラスの体表で金属が打ち鳴らされるような甲高い音が響き渡る。

 アンギラスには大したダメージを与えられていない。

 発射速度が超音速でも、弾が小さすぎるのだ。

 

 しかし、アンギラスの気を引くにはそれで充分だった。

 いきなり超高速の鉄砲玉を撃ち込まれたアンギラスは怒号を挙げ、標的を頭上を飛んでいる銀色の影へと変更。

 怒った勢いのまま力任せに生き埋めから這い上がった。

 

 アンギラスの挑発に成功した銀色の影は、まるでアンギラスをわたしたちから引き離すかのように反対方向へ移動を開始。

 地上のアンギラスも乗せられて、銀色の影を追って四足で駆け出し、わたしたちから遠ざかってゆく。

 わたしの視界から二体の姿が見えなくなり、遠くの方からレールガンの発砲音と、アンギラスが暴れ回る地響きが聞こえてくる。

 

 ……向こうはどうなってるんだろう。

 わたしはクルマのダッシュボードから双眼鏡を二つ取り出した。

 一つをエミィへ手渡すと、自分もその隣で遠くの空を覗き込んだ。

 

 

 

 わたしたちが見上げる空は、鮮やかなブルー。

 どこまで行けそうな果てしない蒼穹(そうきゅう)を、銀色の影が軽やかに舞う。

 その眼下ではアンギラスが、銀色の影を叩き落そうと周囲の建物を滅茶苦茶に叩き崩しながら飛び跳ね続けている。

 

 

 

 コンクリートジャングルの狭間で繰り広げられた銀色の影とアンギラスの戦いは、膠着状態に陥りつつあった。

 銀色の影はレールガンという飛び道具で牽制射撃を繰り返しているものの、アンギラスの頑強な鎧には通用しない。

 一方、アンギラスは頭上を飛ぶ銀色の影に吠え立てているが、飛び道具を持たないアンギラスでは、頭上の遥か高い位置を飛び回っている銀色の影へ攻撃することが出来ない。

 片や決め手がなく、もう片や攻撃が届かない。

 

 そんな膠着状態(デッドロック)を脱するために、銀色の影は次の手を繰り出すことにしたようだ。

 両腕のレールガンのパーツが細かく分割されて組み替わり、鋭利なブレードへと変形した。

 刀身に電光が灯り、さらにマゼンタの火花が滑り始める。

 ……まさかアンギラス相手にチャンバラでもするのかな。

 そう思いながら眺めていると、銀色の影はブレードを思い切り振りかぶり、同時にブレードの刀身がさらに伸びた。

 いや、刀身が伸びたというのは正しくない。

 より正確に言えば、ブレードの刀身が細かく分割された上で長いワイヤーで繋がっていた。

 その形状は金属チェーンで出来た鞭のようにも見える。

 

 わたしは悟った。

 アレは『蛇腹剣(じゃばらけん)』だ。

 

 刀剣の一種で、刀身の部分がワイヤーで繋がった蛇腹状になっており、鞭のように振り回して相手を切り裂くとてもカッコいい武器だ。

 とはいえ蛇腹剣はフィクションの産物である。

 まず強度の問題があるし、分割したところへゴミが挟まったらそれだけで壊れてしまう。

 そもそも鞭みたいに縦横無尽にしなる剣なんて、危なっかしくてとても使えたものではない。

 そんなアニメマンガさながらの蛇腹剣を、銀色の影は思い切り振るった。

 振りかぶる動きに連動して蛇腹剣は数十メートルも伸び、ビル群の谷間を跨いで射線上の高層ビルへと突き刺さる。

 ブレードの先端部分がビルにしっかり突き刺さったのを確認したところで、銀色の影はビルの周りをぐるぐると旋回。

 ビルの外周に、腕から伸ばした蛇腹剣の刀身を巻きつけた。

 ……まさか、あんなオモチャみたいな蛇腹剣で高層ビルを輪切りにするつもりとでもいうのだろうか。

 いや、出来るわけがない。

 そう考えたわたしの予測は見事に裏切られた。

 

 

 鋭い金属の擦過音とともに、コンクリートジャングルの大木の幹を斬撃が駆け抜けた。

 切り口からコンクリートの粉塵が噴き出し、地鳴りと共に高層ビルの上部がぐらりと揺らいだ。

 

 

 銀色の影が蛇腹剣を巻きつけた高層ビルは、ノコギリで挽き切ったかのように真っ二つに斬れてしまった。

 そして切り落とされたビルの上部分は、空を見上げていたアンギラスの顔面へと落下した。

 

 巨大なコンクリートの塊が鼻先へ直撃し、悲鳴を挙げて怯むアンギラス。

 その隙を、銀色の影は見逃さない。

 銀色の影はビル一本に留まらずさらに続けざまに両隣のビルもあっという間に切り刻み、レールガンの砲撃で叩き倒して、アンギラスへ大量の瓦礫のシャワーを浴びせた。

 次々と降り注ぐコンクリートの土砂降りに、さしもの大怪獣アンギラスでさえも為す術もない。

 

 空を縦横無尽に飛び回り、大怪獣アンギラスと互角以上に渡り合う銀の影。

 

 昼間の強い白光を煌びやかに写す、金属結晶状のシルエット。

 両手に携えているのは、岩を貫き鉄をも斬り裂く、雷光の剣。

 背中に負うのはクリスタルの背鰭と、マゼンタの噴射炎を帯びた鋼の翼。

 そして脊椎から連なって伸びる長い尾が、運動の慣性に引かれてしなやかにうねっている。

 銀色の影はまるで重力や空気抵抗なんて無いかのように、広い蒼穹(そうきゅう)を縦横無尽に飛び回っている。

 時に、目にも止まらぬスピードまで急加速して、あるいは時を止めたように急停止、急旋回から急降下、V字回復の急上昇。

 何物にも縛られず誰にも停めることはできない。

 天空を制するその動きはまさに自由自在で、時には視線が追いつかずマゼンタとシルバーの残像にしか見えない瞬間さえある。

 

 ……スゴイ。スゴすぎる。

 わたしが数日がかりで仕込んだアンギラス撃退作戦を、銀色の影はほんの数分で再現し、そしてそれ以上の成果を上げていた。

 軍隊だって手を焼くような大怪獣アンギラス相手に、銀色の影はたった一体で挑み、しかもまったく遅れを取っていない。

 四十三式艇(ホバーバイク) 百機分、いやそれ以上の戦力に違いない。

 

 

 

 そんな銀色の影の大活躍を双眼鏡越しに見つめながら、わたしはひとつの名前を思い浮かべた。

 

 

 

 銀色の影の大活躍は、かつて観たエガートン=オーバリーの特撮映画、その劇中に登場した『兵器』のイメージとだぶって見えた。

 二十年以上も前、旧地球連合の偉い人たちは『最終決戦兵器』を建造してゴジラをやっつけようとしたのだという。

 

 ――――体高50m、重量3万トン。

 分厚く撒き散らしたナノマシンの濃霧で、相手のエネルギー攻撃を弾いてしまう、鉄壁の熱エネルギー緩衝層:ディフェンスネオバリヤー。

 射出した鋭い刃を無線誘導で縦横無尽に操って、相手の全身を細切れに裂いてしまう鋼鉄の矢:ブレードランチャー。

 ダイヤモンドよりも固く、串刺しにした相手の体内へナノマシンを流し込んで体の構造そのものを作り替えてしまう毒槍:ハイパーランス。

 中性子透過力を利用して、相手の身体を撃ち抜いてしまう超強力な荷電粒子砲:収束中性子砲。

 

 地球史上最強の戦闘マシーン。

 硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツ。

 この世の絶望:ゴジラを倒し、人類に明るい未来を取り戻してくれるはずだったあの兵器のことを、地球の人々は〈人類最後の希望〉と呼んでいた。

 

 そうやって造られる()()()()()最終決戦兵器、その名前は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが呆然と眺めているうちに、アンギラスをほぼ完全に埋め立ててしまった銀色の影は、わたしたちの方へと戻ってきた。

 銀色の影はふわりと舞いながら、たしかな重量を感じる金属質な着地音とともに、わたしたちの前へと降り立った。

 

 ……改めて見てみると、その銀色の影の姿は明らかに人間離れしていた。

 両腕の蛇腹剣を縮めたブレード。

 その刀身は摩擦で真っ赤に焼けて、溢れた熱が大気を歪めて蜃気楼をくゆらせている。

 脚は趾行性、つまり鳥や獣と似た爪先立ちになっていて、尻からは同じく長い恐竜の尻尾が伸びている。

 その背に負うのは脊椎に沿って三列で並ぶクリスタルの背鰭と、先ほどまでマゼンタのプラズマジェットを噴き出していた白銀の翼。

 人肌の質感を帯びた皮膚と、そのところどころを護る金属結晶の鎧。

 そして、赤い光が零れる瞳。

 その姿は無機と有機の融合体。

 まさに生体機械(バイオメカノイド)だ。

 鋭い爪と翼、長い尻尾、そして強大な力。

 その異形は古い物語の悪魔を思わせる。

 本能的な恐怖でわたしは咄嗟にエミィを庇い、エミィも思わずわたしの服をぎゅっと掴んだ。

 

 

 

 ちょうどそのとき、アンギラスは再び生き埋めから脱した。

 

 

 

 顔つきは口元を引きつらせて牙を剥き目を剥いた、すさまじい憤怒に歪んだ表情だった。

 ……怒って当然だろう、二度も生き埋めにされたのだから。

 だけど、アンギラスは襲ってこなかった。

 アンギラスが忌々しげに唸りながら睨みつけているのはわたしたちの方ではなく、そのあいだで仁王立ちしている銀色の影だ。

 銀色の影は、腕のブレードをアンギラスへ向けている。

 

 

 『次は生き埋めどころでは済まさない』

 銀色の影がアンギラスに突きつけているのは、そういう意志表示だった。

 

 

 そんな無言の警告を、アンギラスは素直に受け取ったようだった。

 『……今回だけは見逃してやる』

 そう言わんばかりにアンギラスは(きびす)を返し、わたしたちと銀色の影へ背中を向けて駆けだした。

 アンギラスの巨体が、地鳴りのような足音と共にコンクリートジャングルの狭間へと遠ざかってゆく。

 ……もともと命を奪うことに興味がなかったのか。

 それともこれ以上戦ってもエネルギーの無駄だとでも思ったのか。

 逃げていったアンギラスを、銀色の影は追撃しなかった。

 

「……ふう」

 

 アンギラスの姿が見えなくなったところで銀色の影は溜息を洩らしながら、両腕の武器と翼、尻尾を体内へ格納し、そしてわたしたちの方へと振り返った。

 思わずたじろいだわたしは、銀色の影の顔を真正面から見た。

 ……綺麗な顔だ。

 ファイバーよりも精美な銀髪をかき上げたその表情は、人間の少女にしか見えない。

 呆けているわたしたちを銀色の影はじっくり見つめていたが、やがて微笑みこう言った。

 

 

 

 

「……よかった。怪我はしてなかったんだね」

 

 

 

 

 そんな〈彼女〉を見て、わたしはこう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……このコは悪魔なんかじゃない。

 もしもこの子が悪魔だというなら、悪魔がこんな優しい笑顔で気遣ってくれたりするものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この子は天使だ。

 鋼の後光を背負った、機械仕掛けの天使様。

 

 それが彼女――〈メカゴジラⅡ=レックス〉に対して、わたしが(いだ)いた印象だった。




新宿、青梅街道架道橋(通称:新宿大ガード。文中でアンギラスが飛び越えたガード)

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