怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
……まったくもって不謹慎な話なのだが。
わたしは、昔観たジェームズ=ボンドのスパイ映画でニンジャが出てくる作品があったのを思い出した。
その映画は日本が舞台なのだが、日本の描写がスゴいのだ。
横綱がボンドの協力者として登場するのを皮切りに、どうみても顔の濃いイギリス人にしか見えないボンドが日本人になりすまして漁村に潜入し、日本のお城が建っている公安の秘密基地で手裏剣やカラテなどのニンジャ修行をした挙句、ニンジャの恰好をして火山の内側に築かれた悪の組織スペクターの秘密基地に乗り込むという内容。
あれから国際化もかなり進んだし当時の日本文化なんてわたしは殆ど知らないけど、そのわたしから観てもわかるレベルで無茶苦茶なのである。
良く言えば意欲作、悪く言えばとんでもない内容の映画だった。
そして今、わたしの眼前で、そのレベルで荒唐無稽な事態が起こっている。
追い詰められたわたしたちの前に、真七星奉身軍のウェルーシファが現れた。
しかも何十人ものニンジャを引き連れて。
どこかの偉い脚本家が『もしあなたが脚本を書いていて、その場面に突然ニンジャを出して暴れさせた方が面白くなるのなら、その場面は面白さが足りないのだ』なんてことを言ったらしい。
いきなり現れて戦うニンジャ、もしもそれが映画の話なら確かに楽しいかもしれない。わたしも『ラス〇サムライ』とか好きだしね。監督いわく『間違ってるのはわかってる。だが、どうしてもニンジャを撮らざるを得なかった』んだって。賛否あるらしいけど実際面白いからイイじゃんとわたしは思っていた。
しかし、そういう場面に実際立ち会ってみると、当事者としては面白くもなんともないことに気づかされる。
唐突にニンジャが現れても戸惑うだけである。
「……まったく、茶番ですなあ」
「お、おい……」
ネルソンが呆れたように苦笑していた。
手下を皆殺しにされた上にニンジャ軍団に取り囲まれている、このどうみても危機的な状況。
モレクノヴァの方は動揺しているが、ネルソンは余裕の態度を崩さない。
「ドコのドチラサマかと思えば、聖女サマとその信者御一号のニンジャマスター:マン=ムウモ大先生じゃあございませんか」
嫌味ったらしく馬鹿丁寧にお辞儀するネルソンに、ウェルーシファの隣にいたマン=ムウモが唸った。
「勝ち目はないぞ、ビルサルドの
「走狗、ねえ」
走狗という語に、ネルソンは失笑した。
「それ言ったらあんたも同類でしょ、マン=ムウモさん。
あんたらこそエクシフの信者、そこのウェルーシファのポチ公でしょうが。
だいたいエクシフの宗教に嵌まるやつなんざ、頭かメンタルのどっちかが弱いって昔から相場が決まってるんですよ」
「なんだとっ?」
ネルソンの発言で、マン=ムウモはじめニンジャたちがいきり立った。
皆、エクシフの信者なのだろう。
そんな彼らを嘲笑いながら、ネルソンは続ける。
「献身献身って、つまり
そんなの、体よく使われてるだけじゃないですか。
他の宗教ならいざ知らず、この程度のくだらないペテンに引っ掛かるやつなんて、頭かメンタルのどっちかが弱いとしか言いようがないでしょ。
あ、それとも両方とか??」
「おのれ、言わせておけば……ッ!」
「ムウモッ」
堪え切れずに襲いかかろうとするムウモ筆頭のニンジャたちを、ウェルーシファが一喝した。
ニンジャたちが静まり返ったところで、ウェルーシファは柔和に微笑みながらネルソンに告げた。
「……御無沙汰しています、ネルソン、モレクノヴァ。
先にお会いした時と変わらず息災のようですね。なによりです」
丁寧に会釈するウェルーシファに、ネルソンもヘラヘラと肩をすくめた。
「ええ、おかげさまで。
奉身軍のニンジャ軍団御一同におかれましては、相変わらず血の気が多そうなことで」
皮肉と嫌味の応酬。
ウェルーシファもネルソンもお互い笑ってはいるが、かといって友好的な関係でもないのは明白だ。
……突然の急展開に、わたしの頭は正直ついていけていなかった。
いきなりニンジャが出てきた時点でだいぶ置いてけぼりだったが、今は完全に状況が整理できていない。
ウェルーシファたちの奉身軍と、ネルソンたちのLSO、どちらも新生地球連合軍を名乗っていたはずだ。
にもかかわらず、互いに銃を向け合っているこの状況。
ひょっとして、奉身軍とLSOは仲間ではないのだろうか?
戸惑っているわたしを余所に、ウェルーシファはネルソンたちにこう切り出した。
「どうです、ネルソン、モレクノヴァ。ここは素直に投降していただけませんか?
わたくしとしても、あなたがたを傷つけたくはない。
ウェルーシファによる降伏勧告を、ネルソンは「オイオイオイオイ……」と鼻で笑い飛ばした。
「聖女サマ、今のやりとりを御覧になられてなかったんですか?
あんたがそのおつもりでも、周囲のアホ信者共が何を仕出かすかわかったもんじゃない。
そんなところで捕虜になるバカ、いるわけないでしょうが」
そしてネルソンは、叫んだ。
「アバドン!!!!」
その呼びかけと同時、わたしたちの頭上を、巨大な影が覆った。
長い尾と翼のシルエットは空を舞う竜、ドラゴンに似ていた。
だが、そいつが竜でないことは、両手のハサミと頑丈そうな甲殻、真っ赤な複眼、そしてハサミを含めた左右四対計8本の
全長50メートル、翼長は80メートル。
キバの生え揃った
〈超翔竜:メガギラス〉だ。
ネルソンが呼んでいたアバドンという名前。
……アバドンといえば、神話に出てくる怪物の名前だ。
サソリの尾を持ち、空を飛んでイナゴの群れを率いる奈落の王。
まさにメガギラスという怪獣にぴったりのニックネームだった。
そのメガギラスに、ネルソンは
「アバドン、こいつらを蹴散らせ!」
メガギラスはその命令に応えるように吼え、地上のニンジャ軍団に向けて羽ばたいた。
局所的な暴風が、奉身軍のニンジャたちを襲う。
「撃ち落とせ!」
ムウモが負けじと号令し、頭上のメガギラスに威嚇射撃を仕掛けるニンジャたち。
しかし、怪獣相手では話にならない。
あえなくニンジャたちは、メガギラスの羽ばたきに吹き飛ばされてしまった。
他の人たち、そしてわたしも、吹き飛ばされないように地面へしがみつくので精一杯だ。
ニンジャたちが地面にしがみついている隙に、ネルソンとモレクノヴァは降下してきたメガギラスの脚に掴まり、悠々と逃げてゆく。
「では、ご機嫌よう!」
捨て台詞を吐くネルソン。
ネルソンとモレクノヴァ、二人の小脇には首を締め落とされたエミィと、ステイシスモードに封印されたレックスが抱えられたままだ。
そしてメガギラスはゆっくり上昇してゆく。
――このままでは逃げられてしまう!
痺れた足に喝を叩き込み、わたしは気合いで立ち上がって走り出した。
足取りはふらついていたが、構うものか。
「リリセさん!!」
ウェルーシファが呼び止めたけれど、わたしは聞かなかった。
モゲラの残骸を踏み台に、わたしは勢いそのままにメガギラスに跳びついた。
……やった! メガギラスの尻尾の先に、右手の指がギリギリかかった!
指先に渾身の力を込め、片手だけでも何とかしがみつく。
そのまま這い上がって、エミィとレックスを取り返しに行って……
そうやって、わたしが左腕を伸ばしたときだった。
メガギラスが身を揺すった。
……いや、メガギラスからすれば、身を揺すった程度のこともなかっただろう。
尻尾の先にゴミがついていたのでほんのわずかに身じろぎした、きっとそんな無意識の仕草でしかなかったに違いない。
だけど、わたしにとってはそれで充分だった。
メガギラスにとってゴミ以下のちっぽけなわたしは、たったそれだけのことで呆気なく振り飛ばされてしまった。
そして背中から地面へと墜落。
わたしは仰向けのまま、頭上の空を見上げた。
……まだ麻痺が抜けてなかったんだとか、怪獣に掴まって宙吊りになるなんてそもそも無理だったんだとか。
言い訳ならいくらでも出来る。
だけど、どんな弁解を並べても決して許されないミスというのもある。
わたしにとって、今がその瞬間だった。
メガギラスは、わたしの手なんか届かないほど高く舞い上がり、目にも留まらぬスピードでどこかへと飛び去っていってしまった。
メガギラスが去ってから、わたしはただ呆然としていた。
ロボット怪獣同士のプロレスから始まり、ニンジャ、ウェルーシファ、そしてメガギラス。
どんなB級映画だってこんな出鱈目な超展開の連続は有り得ない。
そんな中、真っ先に浮かんだ疑問が口から洩れた。
「なぜここが……」
奉身軍やLSOに目をつけられたのだろう。
わたしの疑問に、ムウモが答えた。
「……『立川に向かうタチバナ・サルベージ』、そしておまえたちの風体人相。
これだけわかれば追跡するのは容易いことだ。
だいたい我々がメカゴジラを野放しにしておくとでも思ったのか」
……迂闊だった。
マタンゴの一件で真七星奉身軍に助けられた時点で、既にレックスの正体が知られていたのだ。
なにが『バレなきゃOK』だ、とっくのとうにバレてたんじゃないか。
そのことに思い至らなかったわたしはなんてバカだったのだろう。
ムウモは続けて言った。
「それに、ヒロセ=ゴウケンは以前から我々がマークしていた。
ゴウケンとLSOの統制官は、ザルツブルク防衛戦線以来の古い付き合いだ。
最近になってこの男がLSOと秘密裏に取引していた証拠も掴んでいる。
どんな内容かまでは知らんがな」
そう語っているムウモの傍らを、担架を担いだ奉身軍の衛生兵たちが通り過ぎようとした。
担架には、ぐったりとしたヒロセ=ゴウケンが載せられている。
「この男には我々としても色々聞きたいことが……おい!」
ムウモが何か言いかけたが、わたしは聞いていなかった。
わたしは担架で運ばれてゆくおじさんに縋りついた。
「おじさんっ!」
全身血塗れの状態で力なく担架に載せられている、ヒロセ=ゴウケン。
掌を折られたらしく、指がおかしな方向に捻じ曲がっていた。それに全身が打ち身と傷だらけだ。
ネルソンたちによほど手痛く傷めつけられたのだろう。
普段はあんなに
ゴウケンおじさんは、意識も朦朧とした状態で
「リリセ、すまん……エミィが……」
なんで謝るの。おじさんは全然悪くない。
悪いわけがない、こんな傷つけられて。
かすれた声で、ゴウケンおじさんは言った。
「あいつを……
その言葉で、わたしは何が起こったのかを悟った。
わたしのせいだ。
エミィの学校の話は元々わたし、タチバナ=リリセから言い出したことだ。
だけど、それはエミィを疎んじてのことじゃない。
エミィとの暮らしは楽しいし、あの子のおかげでどれだけ助かったかわからない。ずっと一緒にいられたらどんなに良いだろう。
しかし、それではエミィのためにはならない。
エミィが大きくなった時のことを考える。
エミィは今の延長線上でエンジニアやドライバーになれるかもしれない。女の子の夢の定番、芸能界を目指してもいい。歌手、俳優、声優、目指せアイ〇ルマスター!
あるいは読書家だからその気になれば学者にだってなれる、はたまたド〇ター
『国家公務員が良い』って? 「将来国家公務員だなんて言うな、夢がない」なんて唄った歌姫もいたけど、まあ安定は大事よね。
仕事だけじゃない、素敵なボーイフレンド(
人生ではなんだって起こり得る。とにかくエミィには、ともすれば誰も想像しないような、とてつもない未来が待っているかもしれないのだ。
……しかし、いつまでもタチバナ=サルベージにいたらその未来が摘まれてしまう。
もしもわたしが『一緒にいたい』と求めたら、エミィはきっと『わかった』と素直に従ってくれるだろう。
そして文句も言わずに一緒にいてくれるはずだ。
……たとえ、自分の将来を棒に振ってでも。
エミィ=アシモフ・タチバナは、そういう子なのだ。
もちろん、ヒロセ家で働きたいと望むならそれもアリだろう。
でもそれを決めるのはまだ早い。もっといろんなことを勉強して、自分なりの考えを持ってからでもいいはずだ。
エミィはこんな、サルベージ屋の助手なんかで終わっちゃいけない。
世の中は信用ならない敵ばっかりじゃないし、エミィ自身だってもっといろんな可能性がある。
そういうことを知ってほしかったし、自分一人で生きる術も身につけていかなくては。
『おまえさんの考えはわかった』
そんなわたしの考えに、ゴウケンおじさんも賛同してくれた。
『……たしかにエミィはインテリだ。おれやリリセみたいなのとはちょっと違う。
おれもあの子については考えてやらなければと思ってたんだ。
まあ、任せておけ』
そう言って、ゴウケンおじさんは昔の
……なんていい話なんだろう、とわたしは感謝した。
軍の士官学校、そこで学んだ実戦的な知識は身になることだし、友達や仲間だって出来る。
たとえ軍に入らなかったとしても、そこで得た学びや人脈は決して無駄にならない。
エミィにとってはこれが一番良い。
わたしは、そう思ったのだ。
……それが、こんなことになるなんて。
ムウモの言う取引、それはきっと『エミィの学校』の話と関係があったに違いない。
考えるまでもなく、あんな好待遇を用意するには並大抵の苦労じゃなかったろう。
そこをLSOに付け込まれたのだ。
……わたしが、学校の話なんてしなければ。
いや、もし学校へ行かせるにしても、わたしがヒロセ家に頼らず自力でなんとかしていればこんなことにはならなかった。
わたしが甘ったれていたせいだ。
エミィの自立がどうのと言いながら、実際に独り立ちしてなかったのはわたしの方じゃないか。
わたしは口だけ立派なことを言って、そのくせ自分では何もしなかった。
わたしが望んだ未来のツケを誰が払うことになるか、わたしは真剣に考えてなかった。
その結果が、この有様だ。
眼帯をしていないわたしの左目から、涙が溢れた。
「……ごめんなさい」
担架で運ばれてゆくゴウケンおじさんを見送りながら、わたしは謝ることしか出来ない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……!!」
しかし、どんなに泣いて謝ったって、起こってしまったことは元に戻らない。
おじさんが運ばれていったあと、わたしは改めて周囲の惨状を見渡した。
メカニコングとメガギラスの襲来で、ヒロセ家の屋敷はメチャクチャになってしまった。
建屋は全壊。電柱は倒れ、クルマや重機はひっくり返り、秘蔵っ子のモゲラはスクラップ。アスファルトの舗装ですら粉々に引き剥がされている。
まるでここだけ台風が来たみたいだ。
元に戻すのに一体どれだけの時間とお金が掛かるのか、想像もつかない。
建物だけじゃない。
折られた腕を抑えて苦悶するゲンゴ君と、同じく血まみれでぐったりしているサヘイジさん。
自分たちも傷ついているのに、先に周囲の人たちを助けようとしている奉身軍の人たち。
足下を、スッポンが這っていた。
エミィが可愛がっていたスッポンだ。
吹き飛ばされた拍子に背中の甲羅が割れ、内臓がはみ出していた。
そんな状態で、それでもなおスッポンは生きようと懸命にもがいている。
だけど、もう長くはない。
レックスは連れていかれてしまった。
おまけにエミィまで。
わたしのせいだ、なにもかも。
「……リリセさん、リリセさん」
わたしは、自分が呼びかけられていたことに気づくまで少し時間が掛かった。
茫然自失のわたしに声をかけていたのは、奉身軍のウェルーシファだ。
わたしが振り返ると、ウェルーシファは穏やかに、だけど真剣な口調で告げた。
「あなたに、大切なお話があります」
いきなりニンジャ出てますけど正気です。
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