怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
43、メカゴジラとは何か
タチバナ=リリセがヘルエル=ゼルブと面会していた頃、エミィ=アシモフ・タチバナは、その地下深くの檻の中にいた。
エミィが、この孫ノ手島に連れてこられてから三日経っていた。
「…………」
一日目は心細さのあまり、ちょっぴり泣いた。
二日目も泣いていたら、見回りにやってきた兵士に拳骨で殴りつけられた。
だから三日目からは静かに黙って、檻の外を睨みつけていた。
「…………」
エミィが今いる檻からは、隣や向かいの檻の様子がよく見えた。
そうやって他の檻の様子を観察しているうちに、エミィはふたつのルールに気がついた。
ルールひとつめ。
檻の収容者は、ほとんどが子供だ。
年恰好はエミィと同じくらいか、ちょっと下ぐらい。
教えられたルールを理解し、大人が力任せに怒鳴りつければ怯えて従う、それくらいの年齢だ。
子供の国といえば『ピーターパン』だけれど、ここがそんな楽しいところだとはエミィには到底思えなかった。
ルールふたつめ。
収容者はいつまでも檻にいるわけではない。
最初の三日間は服を脱がされ、徹底的かつ屈辱的な身体検査――身包みを剥がされ、ホースで洗われて、消毒剤をぶっかけられたときのことはもう思い出したくもない――を施される。
そして四日目になると、檻を出されてどこかに連れて行かれるのだ。
何処に行くのか、連れて行かれたあとどうなったのか、収容者自身は誰も知らされていないようだった。
そしてエミィにとっては今日が四日目。エミィ自身が檻から出される日だった。
この区画ではエミィが最後の一人であり、他の檻には誰も入っていなかった。
檻から出られる、といってもエミィは状況を楽観視していなかった。
……どうせろくなことなんかないだろうさ。
溜息を吐きながら、檻の中を見回してみる。
掃除の行き届いていない、汚らしい檻。
先日から出される食事はゲロみたいだったし、備え付けてある毛布は一体いつ洗濯したのやら、変な臭いがした。
トイレは、檻の隅っこにある小さな穴へするようにと指示をされた。
……こんなの、まるで刑務所じゃないか。
わたし、悪いことなんか何もしてないのに。
そう思いかけて、エミィは、リリセと一緒に観た映画を思い出した。
……そういえばあの映画も刑務所の話だった。
その映画は、無実の罪で刑務所に入れられた気の毒な男が決死の覚悟で脱獄を成し遂げる、というストーリーだ。
主人公の男は、牢屋の壁にハンマーで穴を掘って脱出。さらに刑務所で知った秘密の情報を使って、横暴な所長と看守に逆襲するのだ。
派手なアクションや爆発などない静かな映画だったが、この映画からとても大切なことを教えられたような気がして、印象に残っていた。
あの映画は、刑務所を仮出所した友達の囚人が海に行き、主人公の男と再会するところでエンディングを迎える。
……そうだ、もしこの檻を出られたら。
あの映画みたいに海へ行こう。
こんな汚い島なんかじゃない、どこまでも続く青い海を眺められるような、真っ白な砂浜だ。
それもリリセと一緒なら、きっと楽しい。
そういう風に自分を奮い立たせたエミィは、最後に悪足掻きをすることにした。
……あの映画の主人公が脱獄するまでに20年かかった。
そんな時間をかけていたら、自分もリリセもオバサンになってしまう。
だいいち、悪いことをしたわけでもないのにぴちぴちの青春時代をこんな牢屋で何十年も過ごすなんて、冗談じゃない。
なんでもいいからなんかないか、あの映画みたいに壁が土で出来てて掘れそうなところとか。
……しかし、そんな都合のいい抜け穴なんて、どこにもなかった。
目を皿にしてよく調べてみても、壁は土壁なんかじゃなくて鋼鉄製だったし、鉄格子はピカピカのステンレスだ。
一方こっちはハンマーどころか針金一本持っていないし、両手の手錠すら外せなかった。
仮出所を期待しようにもそもそも刑務所ではないのだから、仮出所どころか釈放だってありはしないだろう。
絶望的な状況を悟ったエミィがガックリとくずおれたとき、牢屋の鍵ががちゃがちゃと外され、金属の扉が開く音がした。
顔を向けると檻の扉が開いていて、外に一人の兵士が立っていた。
性別は女、顔にクモのフェイスペイントを施している。
女がてらに鍛え上げられた筋肉ムキムキな体格をしており、そこら辺の男では太刀打ちできないくらいに屈強そうに思えた。
そうして見ている内にエミィは、この女兵士が先日ヒロセ家を襲撃したネルソンの副官だったことを思い出した。
名前はたしか……モレクノヴァといったか。
「出ろ」
そう手招きするモレクノヴァ。
とうとう第二のルール『檻を出されてどこかに連れて行かれる』、その順番が巡ってきたのだろうか。
いや、それにしては様子が違う。収容者を檻から連れ出すときは、2~3人がかりで押しかけてくるはずだ。にもかかわらず、モレクノヴァはたったひとりで現れた。
……何のつもりだろう。
いぶかしむエミィに、モレクノヴァはニヤッと笑いかけた。
「こっちに来い」
……何はともあれこの檻から出られるチャンスだ、とエミィは思った。
捕まってから四日目、ぎりぎりでやっと掴んだチャンスだ。
何のつもりか知らないけれど、隙を突いて逃げてやろうじゃないか。
エミィは誘われるままに檻を出た。
タチバナ=リリセ、『人類の新たなる希望』を見せてやろう。
そうわたしに語ったヘルエル=ゼルブは歩きながら話を始めた。
今から20年以上前、ゴジラとの
「……〈マフネ=ゲンイチロウ〉という男がいた。キミは知るまい。
地球暦2040年初頭に導入されたチタノザウルスのコントロールシステム、あの制御用
地球人にしては珍しく頭のいい男だった。
マフネは、ナノメタルを用いた対ゴジラ兵器を建造するという話を聞いて、わたしにアイデアを売り込んできた。それが事の発端だ」
マフネ。
その名前にわたしは引っ掛かりを覚えた。
以前聞いたような覚えがあるのだが、どこで聞いたのか思い出せない。どこだろう。
「マフネのアイデアは、ナノメタルが元々持っていた環境適応機能と自律思考性を徹底的に効率化し、貪食機能として昇華させるアルゴリズムと、それを実現する制御用人工知能の実装設計に関するものだった。
外敵となる異物を見つけ出し捕食吸収、それを糧に自らの領域を拡張してゆくことで敵を攻撃する機能を付与する実装だ。
オルガ、ビオランテ、ZILLA、ゴジラの近似種とされる怪獣の細胞、それらに共通してみられた
『ゴジラを模したナノメタルで怪獣を喰い、それらを糧に自らを増殖強化して、ついには本物のゴジラを喰い殺す』
……素晴らしい、最高のアイデアだと思った。
プロジェクトのメインメンバーだったわたしの推挙もあって、マフネも数少ない地球人メンバーとしてプロジェクトに参加。
製造されるナノメタル兵器の正式名称が〈メカゴジラ〉、ビルサルド製のハードにゲマトロン言語のソフトを搭載する仕様が決定された」
……なるほど。メカゴジラって、そういう意味だったのか。
わたしはメカゴジラという名前の真意を悟った。
機械仕掛けのゴジラ:メカゴジラと聞いたとき、どんな姿を想像するだろうか。
本物のゴジラと同じく頭と手足があって、長い尻尾があって、ギザギザの背鰭が並んで生えていて、体からビームを発射する。
……メカゴジラと言われたら、とりあえずそんな姿を想像するんじゃないだろうか。
胴体から必殺光線を撃つかもしれないし、両肩にミサイルや光線砲を積んでいるかもしれない。
しかし、全体の姿形はゴジラそのものを思い浮かべると思う。
仮にいきなり丸い金属の塊を見せられて『ハイ、これがメカゴジラです』と説明されても、まず納得しないだろう。
しかしビルサルドたちが考えたコンセプトは、少し違っていた。
ゴジラこそが地球最強の怪獣であるなら、そのゴジラを倒すためのマシーンはゴジラそっくりなのが一番だ。
……ただし見せかけではなく、機能や本質の面において。
その言い分はもっともだ。
いくら外見をゴジラそっくりに作ってあっても、ゴジラを倒せなかったら意味がない。
大事なのは見た目じゃない、
乗り物として使われるウマとクルマが似ていないのと理屈は同じだ。
要は同じ機能、同じ役割、同等以上の性能を果たせればいい。
むしろゴジラとしての役割を果たせるなら、ゴジラの姿を真似ている必要すらないのかもしれない。
そんな観点からビルサルドたちが創り上げたのは、ゴジラ細胞と同じ機能を有したナノマシンだった。
ゴジラと同じ役割を果たすことが出来る『機械仕掛けのゴジラ』。
建造されたメカゴジラがゴジラの形をしていたのは『デモンストレーション』に過ぎなくて、ビルサルドにとってデザインなんてどうでもよかったのだろうと思う。
たとえそれがシャーレに入ったカビの塊、あるいは少女型ロボットにしか見えなくても、ゴジラとしての機能を有していればそれはビルサルドにとって立派なメカゴジラなのだ。
そんなことに思い至ったわたしに、ゼルブは続けた。
「……将来的にこの惑星をナノメタルで改修する構想は、ハルエル=ドルドとわたしをはじめ、ビルサルド幹部のあいだでは当然のものとして共有されていた。
この惑星の環境には不安定な乱数が多すぎる。たとえここでゴジラを駆逐できても、また第二第三のゴジラが現れかねない。
地球暦2037年、ザルツブルグ陽動作戦においてわたしが指揮したナノメタライズ検証の結果は良好だった。この星の
そしてマフネのアイデアを聞かされたときに、わたしは確信したよ。
マフネのアイデア、〈マフネ=アルゴリズム〉は、我々ビルサルドの目的を達成するために必要不可欠だと」
……聞くふりをしながら考え事をしていたら、今さらっととんでもないことを聞いてしまったような気がする。
ゼルブのやつ、今、『この惑星をナノメタルで改修する』って言った?
そもそもナノメタルとはどういうテクノロジーなのか、わたしはここまで聞いていてもよく理解できていない。
メカゴジラⅡ=レックスには何度も助けてもらったけれど、ナノメタル自体についてはエガートン=オーバリーの映画に出てきた程度のことしか知らない。
何でもできる超凄いハイテク金属ナノマシン、せいぜいそれくらいだ。
そのよくわからない、ゴジラも食べてしまうハイテク素材で地球を丸ごと改修するって?
それってつまり地球を丸ごとメカゴジラに改造するってこと?
そんなわたしの戸惑いを余所に、ヘルエル=ゼルブは一方的に語り続けた。
「だが、そのマフネ=アルゴリズムに、地球連合上層部が難色を示した。
『怪獣の細胞は未解析な部分が多い、その細胞選別のアルゴリズムが暴走して制御不能になる危険がある』
……というのがマフネ=アルゴリズム否定派の論拠だった。
実際、マフネ=アルゴリズムを搭載されたプロトタイプは試験中に暴走し、人間を食い殺す事故を起こした。
この事故のせいで、ビルサルドの一部も反対派に同調した。『地球人にナノメタルはまだ早い』とな」
人喰い事故を起こしたというナノメタル。
そんな恐ろしい話をさらりと語るゼルブ。
「……だがそれは、デバッグも検証も充分に済んでいない、データも練度も不足した、完成度の低いプロトタイプだったからだ。
充分な実戦データと検証時間さえ与えてもらえれば完璧になれるはずだ。わたしはそう抗弁した。
推進派と反対派。メカゴジラをメカゴジラたらしめるマフネ=アルゴリズムのために、メカゴジラ開発計画は始まる前から危うく分断されるところだった」
暴走して人を喰ってしまうメカゴジラ。
想像するだけで身の毛がよだつ、恐ろしい光景だった。
マタンゴ中毒を治療した際、レックスのナノメタルはマタンゴを殲滅してしまった。
異星のテクノロジーであるナノメタルから見たとして、地球怪獣と地球人にどれだけ有意な違いがあるだろうか。
身体の作りで区別するにしても、『人間と猿だって遺伝子的な違いは殆どない』とわたしは本で読んだことがある。
何かの間違いで、怪獣と人間を取り違えて食い殺してしまうことだって充分起こり得るじゃないか。
「実用的なシステムとアルゴリズムを構築するための演算、その計算時間を試算した結果が出たとき、運命は決まった。
スーパーコンピュータクラスのゲマトロン演算結晶を五年以上稼動しないと結果が出ない。
機体建造の期間も含めるとそれでは時間がかかりすぎる、とな。
マフネのアイデアは、地球人にとって進み過ぎていたのだ。
わたしは私情で地球人を招き入れてプロジェクトに混乱をもたらした責任を追及され、プロジェクトの主幹はムルエル=ガルグ中佐に引き継がれた。
メカゴジラの名は『機械でゴジラを再現したもの』ではなく『ゴジラを超え、その座を取って代わるもの』という意味合いに変わり、マフネ=アルゴリズムがオミットされたことで、メカゴジラ建造はビルサルド総力によるマンパワーでの製造に切り替わった。
オペレーション・ロングマーチで実戦投入されたガイガンの
……あれこそ愚挙だった。
せめてマフネにコーディングさせておけば、ゴジラごときに遅れをとることなどなかった。
それに、メカゴジラ建造のために前線から我々ビルサルドが引き上げたことについて、前線では不満が多かったと聞いている。
もしもあのときマフネ=アルゴリズムの自己増殖機能を使えたら、もっと前線に人員を割くことが出来たはずだ。
それで覆せた戦局も多かったろうに」
廊下を歩きながら悔しそうに語っているヘルエル=ゼルブ。
……だけどわたしは、本当に実践投入なんてされなくてよかった、と心から思う。
もしもそんな中途半端な状態で使われていたら、人類どころか地球という星そのものがナノメタルに喰い尽くされていたかもしれないのだ。
その危険性をゼルブは気にも留めていない。
だが、ゼルブがそのことを気にしないのも、それはそれで当然かもしれない。
さっきのゼルブの話が本当なら、そもそもビルサルドは最終的には地球をナノメタルで改造するつもりだったのだ。
たとえナノメタルに地球が覆い尽くされたところでビルサルドからすれば屁でもない。
単に予定が早まっただけ、としか思わないのかもしれない。
「それでもなおマフネ=アルゴリズムにこだわったマフネは、わたしという後ろ盾がなくなったことでプロジェクトから去ることになった。
あのときマフネは、『もう疲れた。最後の日は娘と一緒に故郷の芦ノ湖で静かに暮らしたい』と言っていた。
さぞ無念だったろう。
……まあ、それでオペレーション=ルネッサンスで命を散らさずに済んだことを思えば、不幸中の幸いだったのかもしれんがな」
……このヘルエル=ゼルブという人は、マフネ博士のことが単なる共同研究者としてではなく、それ以上に友人として好きだったんだろうな。
マフネ博士について熱弁を振るうゼルブを見ながら、そんなことをわたしは思った。
その熱い口ぶりからすると、マフネ=アルゴリズムへのこだわりも、単なる戦略的意義というよりかは大切な友人と作った共同研究だからという思い入れが強いように思える。
ネルソンがゲス野郎なのと同様、そのボスであるヘルエル=ゼルブも当然悪人だろうとばっかり思っていた。
だけど、今は少し印象が変わりつつある。
ゼルブだけかもしれないが、実際に話したビルサルドは、巷で聞かされていたよりも遥かに情緒豊かな人種だった。
ヘルエル=ゼルブという人はビルサルドの理屈に則って考えてるだけで、実際はウェルーシファたちが言うような悪人じゃないのかもしれない。
たまたま地球人と違う考え方をしているだけ、話せば案外わかりあえるのではないか……そんな風にさえ思えるようになっていた。
ゼルブは相変わらず雄弁に喋り続けている。
「そんなマフネと再び連絡がついたのは、今から五年前だった。
あのときは驚いたものだ。
ゴジラの富士工場狙撃と東京上陸。あのとき我々ビルサルドの同胞にも多数の死者が出た。
マフネも東京陥落と同時に死んだとばかり思っていたからな。
わたしとの通話でマフネは言った。
『美しい花が咲いた。わたしの〈娘〉をぜひ見に来て欲しい』とな。
美しい花、それはマフネ=アルゴリズムの完成に他ならない。
ウェルーシファとともに地球連合軍再興を進めていたわたしは、飛んで会いに行った」
そんなゼルブの話を聞きながら、わたしは周囲を注意深く見回していた。
あまりキョロキョロ見ていると却って怪しまれるのではとも思ったが、ゼルブの方は話すことに夢中になっているのか気付く気配がない。
おおかたわたしのことは、『ビルサルドのテクノロジーが珍しい田舎娘』だとでも思っているのだろう。
だけど、わたしには心の中に秘めた『ミッション』があった。
わたしは単に長話を聞かされに来たわけでも、社会科見学に来たわけでもない。
わたし、タチバナリリセには“すべきこと”があるのだ。