怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
『わたしに何をしてほしいんですか?』
奉身軍拠点からの出立前、わたしの質問に答えたのはマン=ムウモだった。
「君にはちょっとした“潜入”を頼みたい」
そう言って懐から小さなケースを取り出して、わたしに手渡した。
ケースを開けた中身は、コンタクトレンズと服のボタンだった。
「このコンタクトレンズはカメラ、ボタンは盗聴器になっている。これらを通じて君の見聞きしたものが我々に届く仕組みだ。
連中には『ある疑惑』がある。君にはヤツの懐へ入り込んで、その疑惑をこれで暴いてほしい」
ムウモの説明に、わたしは首を傾げた。
「なんでそんな回りくどいことを? 準備が整ってるならとっとと攻撃すればいいじゃないですか」
その疑問に、ムウモは答える。
「正当な武力行使だと、後から説明するために必要なのだ。
LSOをこのまま野放しにしておくことは危険なのは、君もわかっているだろう。
しかし我々には奴らを止める大義がない。武力において優位を持っているわけでもない我々には、周囲を味方につける大義が必要だ」
……そう言われてしまえば、そうなのかもしれない、とは思う。
だが、いくらなんでもそんな都合のいい展開になるわけがないとも思った。
第一、スネーク=プリスキンでもない一般人のわたしなんかが行ったところで、さっさと捕まって失敗しそうな気がする。
楽天家と言われがちなわたしも流石に渋ったのだが、傍らにいたウェルーシファが柔和に微笑みながら答えた。
「大丈夫ですよ。ゼルブは、あなたみたいな若者が好きですから。その気にさせればきっと色々見せてくれると思いますよ」
……どういう意味なんだろう、それ。
「というか、そのヘルエル=ゼルブって人のこと知っているみたいですけれど、お知り合いなんですか?」
わたしの疑問に、ウェルーシファは「ええ」と頷いた。
「彼、ヘルエル=ゼルブとは、かつて新生地球連合を共に建て直した同志でした。
彼の夢と求心力には希望の輝きがあった。
彼は、偽善者と蔑まれたわたくしを信じてくれた。そしてわたくしの方も、彼のことは腹心の友であるとさえ思っていた。
……それがこのような結果になったのは大変残念です」
そう語るウェルーシファの声音は相変わらず温和だったが、なんとなく寂しそうにも思えた。
……考えてみれば、哀しい話だ。
エクシフのウェルーシファと、ビルサルドのヘルエル=ゼルブ。
種族を超えた同志だったはずの二人の訣別。
『かつて仲間だった人物と抜き差しならぬ対立関係になってしまう』なんて、人と人の友情の終わりとしてこれほど哀しい結末はないだろう。
わたしが回想しているあいだも、ゼルブは喋り続けていた。
「……完成したアルゴリズムとそのシミュレーション結果を見せられたとき、『美しい』、と思った。
見せかけの話ではない。その完成度と、それを作り上げたマフネに、わたしは感動すら覚えた。
エクシフのウェルーシファから渡された純度
計算の度に生じる無数のルートをひとつずつ総当たりでデバッグし、一歩進めば再び計算で無数のルートを作ってまた総当たりで潰す。
行き着いた先でミスが見つかればすべて再検証してまたゼロから再計算。
そんな孤独な悪路を十年近く走り続けて、冗長箇所や論理破綻、バグを削ぎ落し、アルゴリズムを洗練させていった。
あれはまさしく鋼の意志の結晶だった……」
ここで一端長話を切ったゼルブは、その当時の感動を思い出しているのだろうか、うっとりと陶酔していた。
……なんか、こんな感じの人を見たことがあるな。
そんなゼルブを見ていたわたしは、昔小遣い稼ぎで手伝った酒場のアルバイトを思い出した。
ヘルエル=ゼルブの語り口は、飲み屋で新人相手に説教してる上司の姿を思わせる。
悪意はないんだろうが迷惑で鬱陶しいタイプである。
こういうタイプが何故ウザがられるかというと、自分が喋るのに夢中で周囲が見えていないからだ。
ということはわたしの『ミッション』もやりやすいかもしれない。
いいぞ、どんどん自慢話を続けろ。そしてスキを見せるんだ。
そんなわたしの思惑にまるで気づかない様子のゼルブは、懐から取り出した
「……マフネが組み上げた新しいアルゴリズムと、過去の地球連合軍のデータベースを基に、わたしは個人的に所有していたナノメタルで新型メカゴジラの建造に着手した。
完成したマフネ=アルゴリズムを使うにあたってマフネが出した条件は一つ。
『メカゴジラに心を持たせること』だった」
『メカゴジラに心』? なにそれ。
そんなわたしの、そして誰もが思うであろう疑問に、ヘルエル=ゼルブは答える。
「メカゴジラⅡの貪食システムを構築する傍らで、マフネは、ゲマトロン言語で仮想人格をエミュレートして表出する、いわば『ヒトの心を再現した人工知能』を開発していた。
マフネはその完成品を『メカゴジラのナノメタル制御システムのインターフェイスとして搭載したい』と求めてきた。
そしてそのハードウェアの外観は『自分の娘のDNA情報を基にした似姿にして欲しい』と。
マフネはその仮想人格インターフェイスのシステムを、〈レックス〉と呼んでいた」
唐突に明かされた真実。
マフネ博士が発明した『ヒトの心を持ったメカゴジラ』、それがレックスなのか。
メカゴジラを進化させるアルゴリズムを編み出したゲマトロン数学者、マフネ=ゲンイチロウ。
彼こそがレックスの『御父様』だったのだ。
ゼルブは続けた。
「マフネの娘は、ゴジラ東京襲撃の際に死亡していた。その代わりが欲しかったのかもしれん。
……だが基幹部品にヒト、それも未熟な子供の心を人格型インターフェイスとして組み込むなど脆弱性、バックドアにしかならん。
流石のわたしも反対したが、それについてマフネはこう言って譲らなかった。
『怪獣型のメカゴジラで勝ったところで、それは強い怪獣が弱い怪獣を殺しただけに過ぎない。ゴジラにはヒトとして打ち
ゴジラと世界に殺されたわたしの娘が、ゴジラを殺して世界を救う。
わたしの娘が
『死んだ娘をメカゴジラとして転生させる』
まさしく『狂気の沙汰』だ。
ゼルブが『鋼の意志』と賛美した、マフネ博士による研究完成への凄まじい執着。
その支えとなったのは大切な娘をゴジラに殺された怨念だった。
娘がゴジラに殺されたとき、マフネ博士はきっとこう思ったに違いない。
『……もしもゴジラが東京に来なければ』
『いいや、自分の発明したアルゴリズムを搭載したメカゴジラが完成していたら、ゴジラを東京になど来させなかった』
『メカゴジラが完成していたなら、娘は死ななくても済んだのだ!』
……そうやってマフネ博士はゴジラを、そして自分を切り捨てた人間の世界を心の底から憎んだことだろう。
娘を殺したゴジラへの復讐と、自分の研究を認めず娘を護らせてくれなかった世界への憎しみ。
煮え滾る怨念にも似た激情が、マフネ博士を突き動かし続けたのだ。
そしてゼルブの表情が曇った。
「……マフネ=アルゴリズムの完成と引き換えに、マフネの精神は完全に壊れてしまった。
ヒトの形を模していようがメカゴジラはテクノロジー、ヒトでもなければ娘でもない。
一度死んだ人間が蘇るはずがない、どれだけ似せた
あのときのマフネは、そんなことすらわからなくなっていた。そして、死ぬまでに彼が正気に還ることは二度となかった」
そのときわたしは、かつてレックスが『御父様』の話をしていたのを思い出した。
あるいは故郷の芦ノ湖にも行っただろう。
そのほんの僅かな触れ合いで、マッドサイエンティストに成り果てたマフネ博士は父親としての幸福を取り戻しただろうか。
……いや、そうであって欲しい。
だって、そうでなきゃ哀しすぎるじゃないか。
「我が盟友にして愛すべき天才、マフネ=ゲンイチロウを壊したのはウェルーシファだ」
そんなマフネ博士を悼むように目を伏せていたゼルブの表情が、憎悪に歪んだ。
「あのエクシフの魔女が『アルゴリズムを完成させ、娘の魂を蘇らせることこそが最大の献身』などという
あの魔女、ウェルーシファさえいなければ……ッ!」
ウェルーシファの名前を出す度に、ゼルブの口調からは力の籠った嫌悪が滲み出ていた。
……わたしは驚いた。鋼の理性を持つといわれるビルサルド。そんな理論理屈の権化がこれほどまで誰かを憎むなんて。
ゼルブは、加熱しすぎた激情を冷ますかのように「ふう」と一息ついた。
「……結果的にマフネ=アルゴリズムは完成したが、マフネのことを考えれば、あの女からは引き離すべきだった。
おまけにメカゴジラが完成した途端、あの魔女はわたしの手元から完成品を奪い取ろうとマフネを再び
ゲマトロン数学者だったマフネは、娘を喪ってからエクシフの信仰に
ウェルーシファが指示すれば、操るのは簡単だったろう」
……ゼルブのことを「同志だった」と言っていたウェルーシファ。
けれど、ゼルブの方はどうだったのだろうか。
ゼルブから見れば、ウェルーシファのせいで友人のマフネ博士は廃人同然になり、さらにその努力の結晶にして共同研究の成果であるメカゴジラを横取りされそうになった。
たとえ最初は腹心の友とでも呼べるような同志だったとしても、こんなことを繰り返されればゼルブが憎むのも当然だ。
……ゼルブの話をすべて鵜呑みにする気にはなれないが、今のわたしにはウェルーシファもなんだか疑わしく思えてきた。
ウェルーシファは命の恩人だ、あまり疑いたくはない。
しかしここまで話が食い違っているとなると、ウェルーシファにもわたしに話していない秘密があるのではと思えてならない。
険悪な雰囲気を払おうとゼルブは話を変えた。
「まあ、過去のことはいい。済んだことだ。
問題は『これから、どうするか』だよ、タチバナ君。
ウェルーシファとその信者どもはわたしが『地球征服』を企んでる、などとほざいているようだが、わたしはこんな小さな星の支配権など興味はない。
わたしはこの星をひとつにしたいだけだ」
星をひとつに?
下手なポップソングの歌詞にでも使われてそうな気障なフレーズが、理論理屈の権化であるはずのビルサルドから出てくるとはどういうわけなんだろう。
……さっきの「美しい」もそうだけどこのヘルエル=ゼルブという人、ビルサルドのくせに意外と詩人だな。
ロマンチストのきらいもあるような気がする。
というか、ナルシストすぎて流石にヒくわ。
内心ゲンナリ気味のわたしを尻目に、ヘルエル=ゼルブは次の話題である『己の野望』を語り始めた。
「キミは生まれてなかったかもしれないが、今から二十年以上前、地球暦2039年に地球史上初の惑星統一政権が成立したことを覚えているかね。
キミたち地球人類と、我々ビルサルド、そしてエクシフ。三種族が結集して築き上げた地球連合政府だ。
あの頃は我々異星人も含めて、この星の人々はたしかにひとつだった」
わたしもその史実のことは知っている。
歴史の本に載っていた話だ。
「そこで、地球人類の歴史を紐解いてみたまえ。
キミたちの歴史は、血を血で洗う闘争の繰り返しだったはずだ。
宗教対立、世界大戦、民族紛争、テロリズム、軍拡競争、核開発、際限ない闘争の果てに核爆弾でゴジラを生み出し、自らの文明を滅ぼした。
惑星統一はおろか各勢力間の意思調整すらままならなかった地球人類が、ましてやエクシフや我らビルサルドを加えた状態で、いったいどうやって連合政府など築けたと思う。
イデオロギーも、テクノロジーも、生まれた星さえ違う三種族が、どうやって」
答えないわたしに対し、ゼルブは大げさな身振りで答えた。
その仕草は、かつて地球史上もっとも雄弁だったという独裁者の演説を連想させた。
「答えを教えてやろう、『希望』だよ。
ビルサルドとエクシフは新たな故郷、地球人は怪獣のいない星、三者の希望が一致したからこそ、三種族はひとつに結びついていたのだ。
目標が一つなら、向かう先が同じなら、団結するのはそう難しいことではない。
……人類がゴジラに敗れる前、まだ『ひとつになれば勝てる』という希望があった。我らビルサルドがもたらした技術があった。わたしは認めないが、エクシフの連中の信仰もあった。
それらすべてを束ねれば、どんな敵にも負けることはない……結局は、何の根拠もない幻に過ぎなかったが。
その絶望の象徴が『ゴジラ』であり、我々の『メカゴジラ』こそが統合された最後の希望だった。
そんなメカゴジラを、たかが怪獣どもを殺すだけの道具で終わらせていいと思うかね。ただの兵器風情で終わらせていいとでも。
わたしは断固として答える、『ノー』だ」
だからこそ地球暦2046年、富士山麓で
メカゴジラの敗北はまさにその象徴。
諦めた末に今の地球がある。
ゼルブに導かれた先には上階へ向かうエレベータが設置されていた。
促されたわたしがゼルブと共にエレベータへ乗り込むと、エレベータは山岳を登るように上へと昇り始める。
「今、地球は地球人類、エクシフ、ビルサルドの三者に分裂し、断裂の苦しみに喘いでいる。
だが、絶望の中で輝く希望の光、メカゴジラがあの忌々しいゴジラを始末して勝利の凱歌を挙げたなら、どうなる。
四散したすべてのヒト型種族の意志は、再びメカゴジラの下でひとつに結ばれる。
メカゴジラこそがその希望の
……しかし、くさいな。
いや、ゼルブの誇大妄想ポエムの話ではない。
エレベータの内部で、妙な異臭が匂い始めているのにわたしは気がついた。
血肉の腐ったような、死臭にも似た、なんともいえない悪臭だ。
しかもエレベータが岩山の内部へと入り込んでゆくにつれて、臭いは濃くなってゆく。
上がりきったエレベータが停止し、随伴していたLSOの兵士が扉を開けた。
ゼルブは再び歩き出し、わたしも後に続いた。
「組織体制の再編に十年。
ナノメタル粒子に『マフネ=アルゴリズム』を組み込み、メカゴジラを再建するのに五年。
時間はかかったが、欲しいものは手に入れた」
エレベータから降りた先は展望台のような監督所になっており、窓から岩山の内部を一望することができた。
手摺の外から下には、岩山を刳り貫いて造られた巨大なホールが広がっている。
「見てみるかね。
わたしが創った、『人類の新たなる希望』を」
ゼルブに促され、わたしは眼下のホールを覗き込んだ。
ホールは巨大な檻のようになっていた。
鉄格子で囲まれ、中に人はいない。
鋼の軋む音と共に鉄格子の扉が開き、その奥から一頭の怪獣が姿を現した。
怪獣としてはずいぶんと小柄で、直立に近い姿勢でも身長は10mにも届かない。
全身にはふわふわとした黄色い羽毛が生えていて、なんだかヒヨコに似ていた。
おそらく幼獣、つまりは子供なのだろう。
幼獣はパワードスーツの作業員にホールの中へと追い立てられ、そして鉄格子の扉は封鎖。
幼獣だけが締め出された。
内部に取り残された幼獣が出口を捜し求めて歩き回る中、ホールの中央から銀色の液体が湧き出てきた。
突然現れた怪しい存在の様子を窺う幼獣の眼前で、銀色の液体は小さな立像を形作った。
銀色の液体が創り上げた立像は、人間の少女に似ていた。
そして少女の像の周辺では、銀色の液体がぶくぶくと泡立ち続けている。
幼獣が、その危険性を本能で察知して逃げようとした、まさにその時だった。
幼獣の足元から銀色の
幼獣はいったい何が起こったのか理解できかねた様子だったが、続けて襲ってきた激痛によって自分が片足を失ったのだと思い知らされた。
痛みのあまりに、幼獣は喉を絞るような甲高い悲鳴と共にその場へ転がった。
幼獣は泣き喚きながら親や同族に助けを求めたが、誰も駆けつけてなどくれなかった。
幼獣が激痛にのたうちまわるあいだも、銀色の沼はじわじわと版図を広げ、幼獣との距離を詰めてゆく。
幼獣は自分の足を食い千切った脅威の接近を察知し、檻の中を這いずって鉄格子の扉へ縋りついた。
嘴と、残った脚と、何なら翼までも使って、ありとあらゆる手段を用いて死に物狂いで檻を破ろうとしたが、スペースチタニウム製の鉄格子は幼獣の力ではびくともしない。
そんな幼い怪獣の背に、銀色のそいつは遂に追いついた。
銀色のそいつは大津波となって立ち上がり、幼い怪獣へ覆い被さって一呑みにした。
銀色の液体を頭から浴びた幼獣は、狂乱状態でもがいた。
幼獣が身を捩るたびに銀色の液体が飛び散り、撒き散らされた銀色のそいつは磁石で吸い付くようにまた幼獣の全身へと纏わり着いた。
見る見るうちにふわふわの羽毛は毟られて禿げ上がり、肉も冒されて骨がむき出しに、ついには骨までも侵食されていった。
生きながら食い殺されてゆく壮絶な苦痛。
幼獣が挙げた断末魔に、檻全体が震えた。
散々もがき苦しんだ末に幼獣はついに力尽き、銀色の液体の真ん中に倒れ伏した。
獲物が大人しくなったこの好機を、銀色のそいつは見逃さない。
底無し沼へ沈んでゆくかのように、幼獣の体がずぶずぶと銀色の中へ引きずり込まれてゆく。
沈んでいるのではない。
爪先から分解されているのだ。
幼獣の輪郭が見えなくなった頃、銀色の波が引いてゆき、元あったように地面へ染み込んで消え失せた。
銀色の津波が引いた後には肉片はもちろん、骨の欠片すら残っていなかった。
幼獣の処刑を観せられたあと、わたしはセントラルタワー上階の司令室へと案内された。
展望台に開けた窓からは、孫ノ手島の全景とそこで働く人間たち、そしてどこまでも広がる海を眺めることができた。
テーブルを挟んで対座する、ゼルブとわたし。
ソファにゆるりとかけたゼルブは言った。
「我々ヒト型種族はまだゴジラに負けていない。
負けたという者もいるが、それは違う。
そういう馬鹿どもは『本当の敗北』を知らん。
もしも、ゴジラに完全に負けたなら、我々ヒト型種族はどうなると思うね?」
答えないわたしに構わず、ゼルブは続けた。
「簡単だ。我々は滅ぶのだ。
余すとこなく我々の生存圏は消滅し、我々は一人残らず根絶やしにされるだろう。
自然は、敗者には容赦しない。適者生存、勝者こそ正義、それが自然の摂理だ。
これが本物の『敗北』というものだ」
ゼルブの主張は無根拠な妄想ではない。
昔、ものの本で読んだビルサルドの歴史を思い出す。
ビルサルドの故郷である〈ビルサルディア〉の太陽にあたる『はくちょう座V1357』は連星、いわゆる双子星だったが、その片割れはブラックホールだったという。
ブラックホールと隣り合った過酷な環境で暮らしてきたビルサルドたちにとって、自然とは自分たちの脅威であり、捻じ伏せて支配すべき宿敵であった。
そしてビルサルドたちは
「この星は敗者である我々ではなく、あの忌々しいゴジラをこそ霊長だと認めるだろう。
つまりこの星はゴジラの星、いわば『怪獣惑星』とでも呼ぶべき世界になる。
すべての生物、環境、気象、世界のすべてがゴジラに隷属してゆく。
かつて君たち地球人類がこの星の自然を征服し、勝者として環境を支配してきたようにな」
ヘルエル=ゼルブが語る『本当の敗北』。
かつて故郷を追われたときの苦渋を、ビルサルドたちは決して忘れていなかった。
『次こそ、次さえあれば、もっと良い世界を創れるはずだ。そして今度こそ大自然の力を征服し、支配してみせる!』
そう信じながら宇宙を彷徨い続け、ようやく地球に辿り着いたかと思えばそこにはゴジラがいた。
「ゴジラを霊長と認める『怪獣惑星』にヒト型種族の生存圏は存在しない。
君たちが環境を変えた結果次々と生物が淘汰されたように、ゴジラが創る世界に我々の居場所はない。
これは単に害獣を駆除するだけの戦いではない。
滅びるのはヒトか、ゴジラか。
ゴジラを倒さない限り、我々ヒト型種族に未来などないのだ」
ビルサルドたちがゴジラ討伐に協力していた真の理由。
それはもちろん『新しい故郷が欲しかったから』という理由もあったのだろうが、それ以上に『かつて喪った故郷の雪辱戦』という意味合いがあったのだろう。
ビルサルドたちは、自分たちが自然に敗れた屈辱をゴジラを倒すことで晴らそうとしていたのだ。
「……とまあ、長々と講義してきたが」とヘルエル=ゼルブは話を切り替えた。
「長話でキミも退屈だったろう。
昔話はここまで。これからは楽しい話、『未来の話』をしようじゃないか」
ゼルブの語調が急に変わり、わたしに親しげに笑いかけながら言った。
「キミたち地球人は我々ビルサルドを冷血と思いがちかもしれないが、それは誤解だ。
我々は同胞への貢献を重んじる。仲間の為なら命を捨てることも、ヒトの形を捨て去ることさえ惜しみはしない」
……たしかに、
ビルサルドだったら、仲間の為なら迷わず自分の身を捨てる、そういうヒトたちなのだろう。
だからこそ地球人と一緒にゴジラと戦ってくれたんだろう、とはわたしも思う。
そこでヘルエル=ゼルブはわたしに向けて言った。
「そう、タチバナ=リリセ君、キミと同じだ。
キミは仲間を助けに来たそうだが、キミのように仲間のために命を張れる覚悟ができる地球人はそうそういない。
最初こそ誤解があったようだし、そこをエクシフのカルトどもに付け込まれたようだが、キミはまだ若い。
まだまだ学べることも多いだろう」
そしてヘルエル=ゼルブは
「……どうだね。これも奇縁と思って、わたしと共にこの星の未来を築いてみないか?
聞けば、ネルソンが捕虜にしたキミの仲間も優秀なエンジニアだそうじゃないか。
キミが望むなら、彼女にも相応のポストと将来を用意しよう。
もちろん、ネルソンがヒロセ家に暴力をふるった件は心からお詫びする。
充分な補償はさせてもらうよ」
要するに、勧誘だ。
黙っているわたしに、ゼルブは続けた。
「わたしが言うのも難だが、そんなに悪い条件ではないと思うぞ。
取るに足らないガラクタのために危険地帯へ赴き、決して安全とは言えない居住区へ閉じ籠り、いつ現れるかもわからない怪獣の脅威に怯えざるを得ない毎日……それがキミたちの今の生活だ。
そんな生活に輝かしい未来があるとは、キミとて思ってはいまい?」
……たしかにゼルブの言うとおりだ。
新宿から立川までトランクひとつ運び出すのに、何度死にかけたかわからない。
立川の自治区だって、アンギラスとラドンが同時に襲撃してくるようなことがあれば呆気なく潰されてしまうだろう。
『新生地球連合軍に加わり、人間の世界を怪獣どもから取り戻すために戦う』
……そんなマンガみたいにカッコいい未来も、アリといえばアリなのかもしれない。
「あのタチバナ准将の娘が力を貸してくれるというなら、わたしとしてはこの上なく心強い。
それに、わたしはキミのような勇敢な若者が好きでねえ」
そうやって猫なで声で語りかけるヘルエル=ゼルブに、わたしは答えた。
「……おことわりします」
……ほう、とヘルエル=ゼルブは片眉を釣り上げた。
よもや好かれるとは思っていなかっただろうが、ここまで嫌悪を剥き出しにされるのも予想外だったらしい。
しかし、わたしの答えなんてとっくのとうに決まっていたのだ。
「子供を食い物にするような人の仲間になんてなりたくありません」
そう告げるわたしの表情は、きっと怒りで燃えていただろう。