怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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45、パピヨン

 檻の外に出ようとモレクノヴァに近づいた途端、エミィは突き飛ばされて檻の中へと尻餅をついてしまった。

 何するんだ、とエミィが言う間もなく、モレクノヴァは檻の中へとずかずか入ってきた。

 

「なんだ、女か……まあ、かまわんがな」

 

 そう言いながら、モレクノヴァはエミィへと迫ってくる。

 ただならぬ雰囲気に、尻餅をついた姿勢のままあとずさるエミィ。

 モレクノヴァがおもむろに立ち止まり、言った。

 

「……人の楽しみを覗き見するとは、あまり良い趣味とは言えんな、マティアス=ベリア・ネルソン」

 

 通路の向こうから声が返ってきた。

 

「……やれやれ、趣味がどうのと言えたクチかね、スヴェトラーナ=エヴゲノヴナ・モレクノヴァ少佐」

 

 モレクノヴァの言葉を受けて通路の向こうから現れたのは、エミィをここに連れてきた張本人、マティアス=ベリア・ネルソンだった。

 ネルソンはひとりだった。たまたま通りすがったのか、それとも何か別の用件でもあったのだろうか。

 

()()やってるのか」

 

 そう訊いたネルソンに、モレクノヴァはにやにやと笑いながら答えた。

 

「ああ、ちょっと“しつけ”をな」

 

 にやけながらそう答えるモレクノヴァに、ネルソンは「おいおいおいおい」と言った。

 

「おいおい、貴重な人手だぞ。()()()()()()()()()()()をやらかしてみろ、ゼルブの大将にどやされるのはゴメンだぜ」

「あれは手違いだ。向こうが悪い。大人しくしていればWin-Winで済んだものを」

 

 不服そうに口を尖らせるモレクノヴァの答えに、ネルソンは心底呆れた様子で肩をすくめた。

 

「まったく、あと一時間で奉身軍と一戦おっぱじめようってときに何やってんだか。

 せめて手術が終わってからやったらどうだ。そいつのはどうせ数時間後だろ」

 

 手術。

 その単語で、エミィは第二のルール『四日目に消える収容者たち』のことを思いだした。

 四日目に檻から連れ出されていった収容者たちがその後どうなったのか、エミィはよく知らない。

 ここの収容者たちは、なにか手術でも受けるのだろうか。

 そんなエミィを抑えつけながら、モレクノヴァが答えた。

 

「馬鹿を言うな、ネルソン。木偶人形と遊んでも面白くもなんともない」

「まるでケダモノだな。いっそあんた自身もナノメタライズしたらどうだ? 性欲も抑えられるぜ」

「断る。おまえみたいに機械と融合したバケモノになりたくはない」

「人をバケモノ呼ばわりできる立場かよ。そうやって()()()()()()()、いまさら何を言ってやがる」

 

 その言葉に、エミィは戦慄した。

 ……死なせた? 死なせた、って何をしたんだこいつ!?

 

 同時にエミィはひとつの事実を理解した。

 ……こいつら、他人の生死をまるで冗談みたいに扱ってやがる。

 こいつらはわたしの命なんてゴミかなにかとしか思ってないんだ。

 

「なに、ただの()()()()()さ。

 抜け目なく隙を窺い、あわよくば脱走してやろう……などと考えるような不届きで()()()()()収容者への、な」

「教育的指導、ねえ……」

 

 ちらっとエミィの方を見たネルソンの目つきに、エミィは冷たいものを感じた。

 ……まさか、攫うときにエミィが唾を吐いたことを根に持っているのだろうか。

 ネルソンは踵を返しながら言った。

 

「……次の巡回は三十分後だ。一戦交える前に、せいぜい英気を養っとけ」

 

 そう言ってすたすたと歩き始めるネルソンを、モレクノヴァは笑顔で見送った。

 

「心遣い痛み入るよ、ネルソン……」

 

 ……の、ゴマすり野郎。

 最後に小さな声で罵倒を付け加えたモレクノヴァは、軍服の胸元を緩めながらエミィに向かって言った。

 

「さて、とんだ邪魔が入りかけたが、これで私とおまえの二人っきりだ。たっぷり、可愛がってやろう……」

 

 モレクノヴァの舌なめずりを見て、エミィは、全身が粟立つ感覚を覚えた。

 手錠で拘束された小柄な少女エミィと、服を脱ぎ始めた屈強な女兵士モレクノヴァ。

 この状況を見れば、モレクノヴァが何をしようとしているのか明白だ。

 

 

 

 

 こいつ、わたしに乱暴する気なんだ。

 

 

 

 

 エミィは大声を挙げようとした。

 だが開いた口に布の塊を押し込まれ、さらにガムテープで塞がれてしまい、小さな声でむーむー唸ることしか出来なくなってしまった。

 さらにモレクノヴァはエミィの手錠を掴むとすばやくベッドの脚へ繋ぎ直し、エミィは両手を頭上に掲げた仰向けの姿勢で固定されてしまう。

 ばたつかせる足も、大人の体格に押さえつけられてしまってはろくに抵抗も出来ない。

 モレクノヴァは歪んだ薄笑いで見下ろしながら半裸になると、獲物を捕えた蜘蛛のように、エミィの小さな身体へと覆いかぶさった。

 

「楽にしていろ、痛いのは最初だけだ……」

 

 色欲に爛れた生暖かい息が、エミィの肌を撫で回す。

 モレクノヴァの指がエミィのズボンにかかったところで、エミィは両目をぎゅっとつぶった。

 

 

 

 

 そのときだった。

 エミィの頭上で、ごすっ、という硬いものがぶつかるような音が響いた。

 

 

 

 

 モレクノヴァが「うっ」と唸ったかと思うと、エミィを押さえつける力が弱まり、さらにエミィにのしかかっていたモレクノヴァの体が引き剥がされた。

 ……なにが起こったんだ?

 エミィが目を開くと、角材を両手で構えた男が、眼前に立っていた。

 

 服装は半袖のTシャツと迷彩柄のミリタリーズボン。

 両手には手甲みたいにサラシを巻いていて、顔は溶接用マスクみたいなお面で隠していた。

 ……どっから来たんだ、どこの誰だ。

 エミィがそう思う間もなく、マスク男は猿轡に気付き、エミィの口から引っこ抜いてくれた。

 

「……ぷはっ、うしろだ!」

 

 エミィの警告にマスク男は即座に反応し、身を翻した。

 鋭い銀色の一閃が、マスク男の胸元を紙一重で掻く。

 立ち上がったモレクノヴァが、片手にアーミーナイフを構えていた。

 

「オスガキめ! (バラ)してやる!」

 

 先ほどまでの気取った態度はどこへやら、モレクノヴァは獰猛な毒グモみたいな本性を剥き出しに、マスク男へ襲い掛かった。

 

 

 迫り来るモレクノヴァに対し、マスク男は両手で構えなおした角材で応戦した。

 リーチで言えば角材の方が有利だが、殺傷力で言えばアーミーナイフの方が上だろうし、しかも使っているのは軍人のモレクノヴァだ。

 ……素人が戦って勝てる相手じゃない。

 エミィは最初そう思った。

 フェイント、フェイントと見せかけた攻撃、またそう見せかけたフェイント、そして攻撃。

 モレクノヴァの動きが軍人として洗練されているのは、素人のエミィから見ても明らかだ。

 

 

 しかし、少年の方が上手(うわて)だった。

 

 

 モレクノヴァの繰り出すナイフの一撃を掻い潜り、マスク男はモレクノヴァの頬を角材でポカッと叩いた。

 もう一度ナイフを突き出すモレクノヴァだが、モレクノヴァの攻撃はまたしても空振り、マスク男は角材の先端でモレクノヴァの腹をはたいた。

 マスク男の繰り出す攻撃は決して重くはない。

 むしろポカポカと軽すぎる攻撃だった。

 

 少年はモレクノヴァのことをおちょくっているのだ。

 

「ちょこまかと!」

 

 捉えられそうでかすりもしない動きと、揶揄(からか)うかのような角材の軽い打撃。

 マスク男の巧みな挑発で、苛立ったモレクノヴァの攻撃はますます苛烈になってゆく。

 しかし冷静さを欠いた攻撃では精度が下がり、ますます空振るだけ。余計に苛立つばかりだ。

 

 ……まるで蝶々(パピヨン)だ、とエミィは思った。

 

 マスク男とモレクノヴァの戦いは、まるで目の前でひらひら舞う蝶と、それを捕まえようと躍起になるのろまな猫のようだ。

 いくらモレクノヴァが訓練された兵士でも、根本的に反応速度が違うのでは勝負にならない。

 

 マスク男の繰り出した角材の突きが、モレクノヴァの顎下に当たった。

 顎を強打したモレクノヴァは仰向けに引っ繰り返りそうになったが、すんでのところで踏ん張り、のけぞった顔を正面に向けた。

 

 

 

 その顔面に、マスク男の角材によるフルスイングが直撃した。

 

 

 

「ぐぉぺげっ」

 

 

 

 ……ホームランだ。

 モレクノヴァのまぬけな呻き声と、鼻か顎の骨が折れるような、痛そうな音が響く。

 そしてモレクノヴァは、そのまま大の字にぶっ倒れた。

 今のは強烈だ。しばらくは動けないだろう。

 

 モレクノヴァをノックアウトしたマスク男は、ベッドの脚に括りつけられたままのエミィへと振り返った。

 エミィの両手に嵌められた手錠に気付いたマスク男は、腰につけたポーチから取り出した工具で弄繰り回し、エミィの手錠をあっさり外してしまった。

 

「…………。」

 

 立ち上がったエミィが見たとき、床に倒れたモレクノヴァはまだ生きていた。

 だが、脳震盪でも起こしたのか、今のモレクノヴァは起き上がるどころか指一本まともに動かせず、白目を剥いて泡を吹いている。

 

 

 

 そんなモレクノヴァを見ているうちに、エミィの心でドス黒い怒りが一気に沸騰した。

 

 

 

「よこせっ!」

 

 エミィはマスク男から角材をひったくると、床に倒れたままのモレクノヴァに向けて思い切り振り上げた。

 

「ふざけんな、この変態クソアマがッ!」

 

 エミィは、硬い角材で力一杯、モレクノヴァを滅多打ちにする。

 モレクノヴァの悲鳴と共に血が飛び散り、バキッ、ガスッ、ゴスッと硬いものが叩きつけられる痛々しい音が重なった。

 

「死ね! 死ねッ!!

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ、死んじまえッ!!!!」

 

 ――殺してやる!

 ぐちゃぐちゃのミンチにしてやる!!

 目も鼻も潰して、全身の骨をバキバキにへし折って、歯も全部叩き折って――!

 

 怒り狂うエミィを見ていたマスク男は、慌てた様子で制止に入った。

 

「離せッ離せッ邪魔すんなッ!」

 

 暴れるエミィの角材がマスク男にぶつかり、マスクが外れて素顔が露になった。

 それでも男は、半狂乱でモレクノヴァを殴り続けようとするエミィを力づくで取り押さえた。

 

「この変態クソアマッ、ブッ殺してやる!!」

 

 止め処ない憎しみに身心を委ねて暴れ続けていたエミィだったが、男の力強い腕に両肩をがっしりと掴まれ、そしてその素顔を正面から見た。

 真正面に向き合った、男の悲しげな眼つき。

 その眼は、こんなことを言っているような気がした。

 

 

 

 

 ――これ以上やったら本当に殺してしまうよ。

 

 

 

 

 ……その一瞬で、エミィは、頭に逆上(のぼ)っていた血が急速に冷えてゆくのを感じた。

 

 水を浴びせられたような頭で、モレクノヴァを改めて見直してみた。

 鼻と歯がへし折れ、血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃのぼこぼこになった、モレクノヴァの情けない顔。

 マスク男の一撃か、あるいはエミィの殴打か、どっちが原因かわからないが顎が外れたらしく、あうあうと言葉にならない呻き声で命乞いのようなことを喋っている。

 そんなモレクノヴァと視線が重なったとき、エミィは気がついた。

 

 

 

 これは、深く傷つけられて世の中を恨んでいる人間の目だ。

 

 

 

 モレクノヴァが許しを乞うているのは、殴られている今のことだけじゃない。

 『もうこれ以上わたしをいじめないで』という、この世界すべてに向けた悲鳴だ。

 ……モレクノヴァにどんな過去があるのかは知らないし、興味もない。あるいはただの勘違いかもしれない。

 だけどエミィにはわかった。

 

 ……こいつはわたしの同類だ。

 

 こいつは世の中を恨んでいて、そして怖がっている。

 世界中のあらゆるものが怖くて怖くてたまらなくて、自分より弱い奴を探していじめて、『自分は強いんだ』って自分に言い聞かせないと生きていられない。

 いくら筋トレしようが、出世しようが、卑屈な性根は変わらない。

 このモレクノヴァという人間は、そういう可哀想でしょうもないヤツなのだ。

 

 続いてエミィは自分の手を見た。

 両手に構えている角材は、ずっしりと重くて硬い。

 そんな頑丈な角材なのに、エミィが渾身の力で叩きつけたせいで真ん中の辺りで折れ曲がってしまっており、そしてその先端は血みどろになっている。

 こんなもので力一杯殴られたりしたら、痛くてたまらないだろう。

 

 

 ……もしも、これで殴り続けていたら、本当に、わたしは。

 

 

 そのことにようやく思い至ったエミィは、慌てて角材を放り捨てた。

 心臓がバクバクと早鐘を打ち、手足がガクガクと震え、全身から冷たい汗が滲み出る。

 

 

 

 

 

 

 ……危ないところだった。

 本当に人殺しになってしまうところだった。

 

 

 

 

 

 

 仮にここでモレクノヴァを殺しても、誰も咎めはしない。

 正当防衛だ、きっとタチバナ=リリセでさえ許してくれるだろう。

 そして外野は口々に言うだろう。

 

 エミィ=アシモフ・タチバナ、キミは正しい!

 こんなクズは死んで当然だ、こんな汚らわしいヤツは人間じゃない!

 当然の報いだ、正義の鉄槌を下せ、いいからさっさとやっちまえ!!……

 

 ……とかなんとか、(はや)し立てるだろう。

 無責任に大声で、そしてどこか楽しそうに。

 

 

 

 

 だけど、エミィ=アシモフ・タチバナは、そういうのが心の底から大嫌いなのだった。

 

 

 

 

 モレクノヴァは『教育的指導』と言っていた。

 ここで正義気取りでモレクノヴァをブッ殺したら、それこそ一緒じゃないか。

 ……わたしは、こんなクズとは違う。

 エミィは結局、モレクノヴァにトドメを刺さないことに決めた。

 これは正しさだの道徳だのの問題じゃない、自分の気持ちの問題だ。

 殺()ないではない、殺()ないでやるのだ。

 エミィはそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ気持ちが収まらないので、エミィはモレクノヴァに唾を吐きかけてやることにした。

 それでもムカついてたまらなかったので、踏みつけるようなケンカキックで股間を思いきり蹴りつけてやった。

 

 モレクノヴァが情けない声で悲鳴を上げたのを眺めながら、エミィはようやく溜飲が下がった。

 

 

 

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