怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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46、It is NOT Neverland

 ボコボコに叩きのめされたモレクノヴァはしばらく動けそうにない。

 

 

 ……が、()()()()、縛り上げておかなきゃ。

 

 

 エミィは、奪った手錠をモレクノヴァの両手両足にかけ、膝を折り畳んだ状態で手首と足首を連結した。

 いわゆる逆海老縛りだ。これなら手足も動かせない。

 続いて、さきほどエミィ自身がやられたように、開きっぱなしのモレクノヴァの口に猿轡を施し、とどめにモレクノヴァ自身が持ち込んだガムテープを使い切るまで巻き付けて、モレクノヴァの身体をベッドへがっちり固定した。

 

 徹底的に雁字搦めにされたモレクノヴァが、もごもごと何かを呻いた。

 きっと窮屈で仕方がないのだろう。

 あまりに厳重に縛り付けられているせいで、身を捩ることすら出来ないようだった。

 

 そんなモレクノヴァの救助要請を、エミィはもちろん無視した。

 ……ざまあみろ、変態のクソ女め。そこでゆっくり反省すればいいさ。

 

 

 

 

 そして身の安全を確保したところでエミィは、自分を救ってくれた恩人、マスク男の方を改めて見た。

 男と向かい合ったエミィは、男が思っていたよりもかなり小柄であることに気がついた。

 ……大きく見えたのはベッドに括りつけられていた体勢で見上げていたからだろうか。

 実際に並んで立ってみるとエミィと同じくらいか、ちょっと大きいくらいの身長しかない。大人の男というより男の子、少年と呼ぶべきなのかもしれない。

 

 背丈は低かったがしっかりと筋肉がついていて、そして日焼けしたように浅黒い肌をしている。

 煤や泥で身体中がひどく汚れていたけれど、おっとりとした温和な目つきが印象に残る顔だ。

 エミィは、マスク男あらため浅黒肌の少年に言うべきことを言うことにした。

 

「……ありがとな」

 

 エミィが礼を言うと、少年はにっこりと笑った。

 言葉は通じているようだが、少年は一言も喋ろうとしない。

 口が利けないのだろうか。それとも見回りの兵士を警戒して声を出さないのだろうか。

 

 

 挨拶もそそくさに少年はエミィの手を引いた。

 どこか連れて行きたいところがあるらしい。

 

 エミィは少年の導きに抵抗しなかった。

 マティアス=ベリア・ネルソンは「次の見回りは30分後」とかなんとか言っていたが、このまま愚図愚図残っていたら大変なことになる。

 それにせっかく檻が開いているのだ、逃げ出さないという法はない。

 

 

 

 

 ……おっと、その前に。

 

「おやすみ、モレクノヴァ少佐」

 

 エミィは、強烈な悪臭のする毛布をバサッと広げ、ベッドに縛りつけられているモレクノヴァの上からすっぽりと被せた。

 毛布の下でモレクノヴァが喚いたが、猿轡をされている上に分厚い毛布に遮られているためか、蚊が鳴く音にしか聞こえなかった。

 

 檻の外へ出てから、改めてベッドの方を振り返ってみた。

 鉄格子越しに見ると、毛布をかぶって眠っているようにしか見えない。

 毛布をめくったその下で大の大人が簀巻きにされているなんて、一体誰が気づくだろう。

 ……性格悪い、って? ふん、殺さないだけありがたいと思え。

 

「待たせたな、行こう」

 

 可能な限りの偽装工作を終えたエミィは牢屋の扉に錠をかけ、さらに鍵を奥まで挿したままへし折ってから(こうすれば代わりの鍵を持ってきてもすぐには開けられないのだ)、少年の後をついてゆくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がしばらく歩いたその先である。

 人目に付きにくい物影で少年がおもむろにしゃがみ込んだかと思うと、格子状になっている床板に指をかけて音もなく持ち上げた。

 床板は蝶番(ちょうつがい)のようにパタンと開き、その床下には梯子があった。

 そのスペースに入った少年が手招きしている。

 そんな少年を見ながら、エミィも考える。

 ……どこに案内する気なのかは知らないが、わざわざ助けてくれたことを考えると悪いことはないだろう。

 もしもなんかあってもそれまでだ、毒喰らわば皿までっていうし。

 ……そんな、ちょっと間違った用法を思い浮かべながら、エミィは少年に続いて地下のスペースへ滑り込み、入り口の蓋を静かに閉じた。

 

 暗い床下の空間を、少年とエミィはそろりそろりと歩いてゆく。

 エミィと少年が入り込んだスペースには、大人はどうかわからないが、子供だったら頭を低くすれば立って歩けるくらいの広さががある。

 ……なんのための通路なのだろう。

 通風孔や排水溝にしては大きすぎるので、ライフラインの整備点検や物を収納するためのスペースのような気がする。

 

 通路の途中で少年が立ち止まった。

 岩肌が剥き出しの壁に配電盤が設置されているが、ここに何かあるのか。

 少年が配電盤を抱えると、ずず、と擦れる音とともに配電盤が引き戸のように外れた。

 

 配電盤が除けられた壁に穴が空いていた。

 抜け穴だ。

 少年は穴に体をねじ込んで、するすると入っていった。

 エミィはふと思った。

 

(……こんな狭い穴だとすると、リリセならつっかえて通れなさそうだな。あいつ巨乳だし、尻でかいし。)

 

 そして自身を見下ろす。

 ……ぺたーん。平坦で起伏の乏しい、痩せっぽちの貧相な体。

 

(……いやいや、わたしはまだ成長期、そう成長期だから! もう少ししたらグラマーになってだな……)

 

 そんな優越感だか敗北感だかよくわからない負け惜しみを心の中で吠えながら、エミィも続けて入り、もとあったように配電盤を引きずって出入口を塞ぐ。

 抜け穴は暗くて狭かったが、真っ直ぐ這って進む分にはまったく支障がない。

 そして長い長い抜け穴を通過した先で、再び光が入る空間に出た。

 天井から光が差し込んでいる、小会議室くらいのスペース。

 

 

 

 

 そこで待っていたのは子供たちだった。

 

 

 

 

 総勢、十名。

 年恰好は皆エミィより年下のように見えた。

 みんな薄汚れて痩せてはいるが、病気になっている様子はない。

 

「おまえの仲間か?」

 

 エミィの質問に、少年は元気よく頷いた。

 つまり脱走者の集まりだ。

 檻に捕まった子供たちを助け出しては仲間に加えているのだろう。

 

(だけど、一体どうやって暮らしてるんだ?)

 

 そんな疑問が浮かんだ時、子供たちの一人が、奥からコンテナとポリタンクを抱えて現れた。

 コンテナには軍用レーションがいくつか入っており、子供たちはそれをひとつずつ取り出し封を破って食べ始める。

 エミィは床にレーションやレトルト食品の包みが散乱し、洗った缶詰の空き缶が部屋の隅に積まれているのが視界に入った。

 

 ……なるほど、食糧はさっきみたいな抜け穴を使って備蓄庫からくすねているのか。

 水も、どこかの水道から汲んでいるのかもしれない。

 

 仲間にレーションを配り終えた食糧係の子供が、エミィにもレーションを勧めてきた。

 歓迎のつもりだろうか。

 子供たちがレーションを食べている様子を見ているうちに、エミィのお腹も『きゅう』と鳴った。

 ……そういえば、朝からなにも食べていない。

 朝食として配給されたスープは腐った臭いがして、口をつけていなかった。

 

 せっかく御馳走してくれるようだし、エミィもご相伴にあずかることにした。

 

 

 

 

 酷い味のレーション――とはいえ檻の中で出された臭いメシよりはよっぽどマシだ――を頬張り、回し飲みのコップの水で飲み下しながら、エミィは子供たちの様子を観察した。

 

 食糧に困っている様子はないが、食事中でも皆一様に口を利かないのがここの暮らしの過酷さを思わせた。

 床板一枚すれすれのところを通ることもあるのだ、迂闊に声を出せば見つかって捕まる可能性がある。

 そして、捕まればどうなるか。

 

 LSOの連中から身を潜めて床下を這いずり、時々食糧を盗んで仲間同士で分け合う。

 そんな暮らしを、子供だけで一体どれだけ続けていたのだろう。

 

(……ん、なんだこれ?)

 

 周りを見回していたエミィは、壁に大きな迷路のような紙が貼ってあることに気付いた。

 アリの巣を書き起こしたような複雑な模様で、最初はただの壁紙かとも思った。

 しかし、よく見てみるとこの島全体の地図になっていることがわかる。

 アリの巣のように見えるのは、後から描き加えられた無数の線だった。

 見ているうちにエミィは思い至った。

 

 ……これはただの地図じゃない。

 島の地図に抜け穴を書き加えたものだ。

 この子供たちはこの地図を使って島中の抜け穴を把握し、巧く利用して暮らしているのだ。

 

 子供たち全員がレーションを食べ終わった頃合いで、食料係の子供は次にデザートを配り始めた。

 黄色いオシャレなデザインで、漢字で『保存用』と書かれている。

 

 

 今日のデザートは、キャラメルだった。

 

 

 口に入れると甘さがいっぱいに広がって、なんだか暖かい気持ちが湧いてきた。

 そして、この甘味をエミィに最初に教えてくれた人物、すなわちタチバナ=リリセの顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 ……さて、と。

 

 

 

 ここを抜け出さないと。

 そして帰らなきゃ。

 ()()()はわたしがいないとダメなんだから。

 『お腹いっぱいとは言い難いが、空っぽよりはマシ』というくらいに食べたところで、エミィは立ち上がった。

 

「……助けてくれてありがとな。ごちそうさま」

 

 

 

 

 ――行っちゃダメだ!

 

 

 

 

 誰も叫んでいないのにそんな声が聞こえた気がしたかと思うと、エミィは不意に手首を掴まれた。

 エミィが振り返ると、浅黒肌の少年がエミィの手を掴んでいた。

 

「……離してくれよ」

 

 エミィは腕を振るったが、少年は、エミィの手首を固く握って離そうとしなかった。

 少年の腕の力は強かったが、一方でかすかに震えていた。

 

 ――ここにいようよ。

 ――外に行ったら殺されてしまうよ。

 

 そんな少年に、エミィは答えた。

 

「牢屋から出られてもこの島から出られないんじゃ、牢屋の中に入ってるのと変わらない。

 わたしはこんなクソみたいな島に長居なんてしたくない」

 

 エミィの言葉に、浅黒肌の少年は目を丸くした。

 手首を掴む力が緩まったところで、エミィは少年の手を振り払った。

 

「それともまさか、ここでずっと暮らせって言うつもりか?

 大人たちにびくびく怯えて? 冗談じゃない」

 

 核心を突かれ、浅黒肌の少年は、今にも泣き出しそうな顔をした。

 ……命の恩人に対してずいぶんと酷い言い方をしてしまったな、とエミィは思った。

 きっと少年は、そうやって仲間がいなくなって戻ってこなかったのを見送ってきたのだろう。

 だからこそこんなに必死になって止めようとしてくれているのだ。

 エミィの命を守るために。

 

「……ごめんな、酷い言い方して」

 

 エミィは少年に詫びた。

 ……レックスの時といい、どうして自分はこういう言い方しか出来ないんだろう。

 少年が本気で心配してくれているんだろうな、ということはわかってたはずなのに。

 エミィは少年に言った。

 

「おまえは良いヤツだ。

 ここで笑顔で応援して送り出すようなヤツは、それこそ無責任な最低野郎だ。

 だけどな、」

 

 だけど、()()は言わないわけにはいかない。

 誰かが絶対に言わなきゃいけないことなのだ。

 エミィは、周りの子供たちにも顔を向けた。

 

「おまえらにも言わせてもらうが、こんな生活いつまでも続かない、いつかバレるぞ。

 それにバレなくっても、大人たちが皆いなくなったらどうするんだ?

 たとえばゴジラがやってきたら?

 それで大人たちが皆逃げ出して、おまえらだけ置き去りにされたら?

 そうなったら、この島から逃げることだって出来なくなるぞ」

 

 エミィの言葉に、全員静かに動揺していた。

 現実はピーター・パンと違う。

 ここはNeverland(ネヴァーランド)なんかじゃない。

 こんな生活、いつまでも続くわけがない。

 何かあったら逃げられなくなってしまう。

 みんなわかっていたことだ。

 

 だけど子供たちは、恐いあまりに問題を先送りにしていた。

 相談するように互いの顔を見合っているが誰一人、エミィに対する反論は出ないようだった。

 

「待ってるだけじゃ誰も助けに来てくれない、自分の足で出て行かなくっちゃ」

 

 ……これは、半ば自分に向かって言っているようなものだ。

 愚かな父親、父親を騙したエクシフ、そして自分たち家族にタカってきたズルい大人たち。

 そんな意地悪な世界にびくびく怯えて、優しいリリセの後ろに隠れていたのは自分の方だ。

 

 だけどそんなの、いつまでも続かない。

 死ぬまでリリセに守ってもらう? そんなわけにはいかないのだ。

 そんなこともわからなかったバカでクソガキな自分だけれど、リリセと引き離されてみて、ようやくそれがわかった。

 ……自分は、おとぎ話の馬鹿なカカシよりも考えなしで、腰抜けライオンより勇気がなかった。

 

 

 だけど、それも今日ここまでだ。

 

 

 レックスはいつだって恐ろしい怪獣たちから守ってくれた。

 リリセだってアンギラスやメカニコングに立ち向かった。

 だから今度は自分、エミィ=アシモフ・タチバナが立ち上がるときなのだ。

 そんな思いを胸に、エミィは喋り続けた。

 

「……別について来いなんて言わない。

 おまえらの言うとおり、ここに(こも)ってた方が安全だろう。

 運がよければ脱出できるチャンスだって巡って来るかもしれないよな」

 

 エミィも、自分が無謀な行動をしようとしていることぐらいわかっている。

 自分が正しいなんて思わないし、ついてきてくれる仲間を求めようとも思わない。

 とにかく息を潜めてじっと耐え、状況が変わるのを待つ。それもひとつの選択肢だ。

 

「だけど、わたしは嫌だ。

 自分の人生、そんな運任せにしたくない。

 ここにずっといたら、このまま悪いヤツから逃げっぱなしのまま、人生が終わっちゃうかもしれない。

 そんな負け犬人生、まっぴら御免だ」

 

 上手いこと言ってカッコつけるつもりはない。

 ただ心が思いつくままに喋ってるだけだ。

 誰かを扇動したり焚きつけたり、そういうカッコよくってありがたーい霊験あらかたな御言葉なら、エクシフの専売特許だ。

 あのクソ神官どもなら頼まなくったってペラペラ喋るだろうさ。

 エミィは宣言した。

 

「わたしには帰りを待ってる人がいるし、帰る場所だってある。

 そこにわたしは帰る。絶対に帰る」

 

 帰る場所。

 その言葉に浅黒肌の少年ははっとした顔をしたが、エミィはそれに気づかないまま話を続けた。

 

「わたしには、外に伝手(つて)がある。

 もし上手く逃げられたら、そいつらに頼んでおまえらのことも掛け合ってみる。

 だからおまえらはここで待っててくれ。必ず助けを呼んでくるから」

 

 エミィが思い浮かべた『伝手(つて)』というのは、真七星奉身軍とヒロセ家のことだ。

 真七星奉身軍のクソ信者共、特にあのカルト教祖のウェルーシファに借りを作るのは気に喰わないが、子供の命が懸かってる。背に腹は替えられない。

 それにヒロセ=ゴウケンだって、レックスを売ろうとしたとはいえ、あのときの様子を見る限りではこんな結果は不本意だったはずだ。

 両者とも、エミィが頼めばきっと何かしらの力になってくれるだろう。

 

「……助けてくれたことは感謝する。

 だけどわたしは行く。だから止めてくれるな」

 

 

 

 ――待って!

 

 

 

 立ち去ろうとするエミィの腕を、少年が掴んで引き留めた。

 なんだよ、まだ止めるのか。

 掴んできた手を再び振り払おうとしたとき、エミィは少年の顔を見た。

 

 ――どうしても行くなら、ぼくも連れてって。

 

 少年は、そんな顔をしていた。

 一言も喋らないのにどういうわけか、この少年の言いたいことがエミィには伝わった。

 

「……いいのか? 見つかったら殺されるぞ」

 

 うなずいている少年の表情は、エミィに『君、ここの抜け穴を全然知らないだろ? 道案内が必要じゃないか?』と言っているように見えた。

 

「いや、そこの地図を見せてもらえればいいんだけど……」

 

 と、言いかけたところでエミィは思い至った。

 ……まさか。

 

「おまえ、抜け穴全部暗記してるのか?」

 

 エミィの質問に、少年は力強く頷いた。

 ……マジかよ。

 エミィは気が遠くなりそうになった。

 

 この島中の抜け穴が描かれた壁の地図。

 たしかにこんな地図を持ち歩いてたら万一捕まった時にルートが全部割れてしまうことになる。

 だけど抜け穴は、地図が真っ黒に見えるくらいの緻密さで細かく描き込まれていた。並大抵の頭ではとても覚えきれっこない。

 だからごく限られたルートしか使っていないのだとエミィは思っていた。

 

 だがこの浅黒肌の少年はこれらすべてを暗記しているというのだ。

 もし本当だとすれば常人離れした記憶力と言わざるを得なかった。

 

(モレクノヴァを倒したカンフーといい地図といい、ぼーっとした顔をしてるけど実はとんでもない奴なんじゃないか、こいつ?)

 

 そんな少年とエミィのやりとりを見ていた子供たちは次々と立ち上がった。

 リーダー格だった少年が決断に踏み切ったことで他の子供たちも同じ結論に至ったようだった。

 彼らの視線はエミィへと向けられている。

 

 

 

 全員脱出。

 そしてその中心人物は言い出しっぺのエミィ=アシモフ・タチバナだ。

 

 

 

 ……こりゃ参ったな。エミィは首の後ろを掻きながらぼやいた。

 

「リーダーなんてガラじゃあないぞ、わたし」

 

 

 

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