怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
覚悟するがよい、今に神の
自分を破壊し去る者が誰であるかを知った時、初めて、自分を
――ジョン=ミルトン 『失楽園』より
真七星奉身軍艦隊、空中戦艦ヴァバルーダ。
その艦橋、その司令室から、真七星奉身軍司令:マン=ムウモは
両腕を組んで堂々と仁王立ち。見据える先には悪逆非道のLegitimate Steel Order、その本拠地となっている孫ノ手島がある。
『LSOの首領、ヘルエル=ゼルブは何処にいるのか?』
ポスト=ファイナルウォーズの世界で、急速に勢力を拡げたLSO。
その拠点は日本の各地に築かれており、またゼルブ自身のエクシフ嫌いもあって、各地に潜入させたエクシフ信者の情報網をもってしてもゼルブがどこにいるのか判然としなかった。
『小笠原諸島のどこか』というところまでは掴んでいたものの、どの島なのかまでは特定できずにいた。
だが今回、そのヘルエル=ゼルブが孫ノ手島にいることがはっきりした。
孫ノ手島は小笠原の孤島だ。咄嗟に援軍を呼ぶのも難しい。
包囲して叩くなら今しかない。
この決戦のため、マン=ムウモはLSOの支配に反抗的な諸勢力を束ね上げ、用意できる軍事力をありったけかき集めた。
空中戦艦ヴァバルーダに同型艦ザグレスとランデス、そして艦艇数百隻。
これだけでも島を根こそぎ焼き払える火力を有している。
まさに総力戦だ。
ムウモは指令を飛ばした。
「おい、音楽を掛けろ! あの社会のクズ共をビビらせてやれ!」
そしてヴァバルーダの船外スピーカーから、音楽を大音量で流し始めた。
その選曲を耳にしたウェルーシファが、ムウモの隣で笑みを漏らした。
「『ワルキューレ』ですか。豪勢ですねえ」
ウェルーシファの言うとおり、この曲の名は『ワルキューレの騎行』。
リヒャルト=ワーグナー作曲のオペラ、その第三幕の序曲として知られている。
微笑むウェルーシファにムウモは豪快に笑う。
「ゲン担ぎですよ、聖女様。それに『戦乙女の勇気が、我らの進むべき道を
……そう、ワルキューレ。
それもこれもかの
ザルツブルグ防衛戦線など対ゴジラ戦のビルサルド側指揮官として各地で指揮を執っていたヘルエル=ゼルブは、同じくゴジラを追って各地を飛び回っていたタチバナ准将と親交が深かった。
ならば、その娘であるタチバナ=リリセにもきっと興味を示すだろう。
『戦乙女の勇気が、我らの進むべき道を
……我らが聖女、ウェルーシファのガルビトリウムが暗示した予言のとおりだ。
作戦名:ワルキューレ。
奇しくもそれは、かつての世界大戦で世界最悪の独裁者と呼ばれた男を暗殺しようとした計画と同じ作戦名だった。
『真の栄光に至る道は、献身によってのみ拓かれる』
『人は誰もが自らの務めを果たすべくして生を受ける』
それが真七星奉身軍の聖戦士たち、そしてこのマン=ムウモ自身も信条としている、エクシフの教義である。
そして、タチバナ=リリセは見事務めを果たし、道を切り拓いてくれた。
彼女の
……献身を讃えよ。
献身こそが未来を拓く。
そしてガルビトリウムの導きが、我らに栄えある勝利をもたらさんことを。
そんな風に、タチバナ=リリセの献身へ感謝を捧げていた時のことだった。
奉身軍の観測手が叫び声をあげた。
「ハサミだ!」
ムウモもつられて眼下の海を観た。
……それはとてつもなく巨大なハサミだった。
十五メートルは下らない、まさに冗談みたいな大きさのハサミが、海面を斬り裂くようにぬらりと姿を現した。
孫ノ手島に上陸しようと迫っていた奉身軍の舟艇たちは、そのド真ん中から突如出現したハサミに不意を突かれ、動転のあまり内一隻が逃げ遅れた。
ハサミの方は、手近なところにいたその一隻を迷い箸をするように悠々と摘まみ上げ、空き缶を捻りつぶすよりもあっさりと真っ二つにぶった切ってしまった。
ハサミの手中でぐしゃぐしゃに潰された舟艇から、乗組員たちが零れるように海面へと落下してゆく。
舟艇を沈めたところで、ハサミの持ち主が海中から姿を現す。
海へと投げ出された奉身軍の兵士たちのひとりが、そいつの顔を見て絶望の呟きを漏らした。
「レヴィアタン……!」
その正体は、大海老怪獣〈エビラ〉であった。
舟艇から海面へと投げ出された奉身軍の兵士たちは、海の支配者エビラからすれば格好の餌食でしかない。
必死に泳いでエビラから逃れようとする兵士たちだったが、エビラが馬鹿でかい右のハサミで海流を掻き回すせいで、離れるどころか蟻地獄にはまったようにエビラの手元へと手繰り寄せられてしまう。
そうして獲物が懐に流れ込んできたところで、エビラは銛よりも鋭く尖った左のハサミで一人ずつ突き殺してゆく。
エビラは左右で形状の異なるハサミと巨体を巧みに使いこなし、奉身軍の兵士たちを容赦なく狩り立てていった。
奉身軍の方も、そんなエビラによる一方的な殺戮を座視してなどいなかった。
揚陸艇や軍艦に備えられた機銃が照準を定め、エビラ目掛けて集中砲火を浴びせる。
空気が破裂するような轟音と共に銃砲の弾が飛び、エビラに降り注ぐ。
砲弾の雨霰はエビラの頭部で炸裂、エビラは甲高い悲鳴を挙げた。
鋼鉄よりも頑強な外殻には通らないようだったが、流石に怯んだのか、上半身を晒していたエビラは海中へと潜ってしまう。
「やったか!?」
その光景をヴァバルーダから眺めていたムウモは口元をほころばせた。
……エビラは元来さほど強い怪獣ではない。個体差もあるが充分な装備があれば歩兵部隊でも対処可能な怪獣である。
ましては艦砲射撃ならひとたまりもないだろう。
そう思ったのは、ぬか喜びであった。
エビラが潜ったと同時。
海中から、爆音が真っ直ぐ駆け上がってきた。
爆裂音と同時に白い水飛沫が直線に巻き上がり、その射線上にいた艦艇、揚陸艇、舟艇がドミノ倒しのように次々と吹き飛んだ。
土手っ腹に大穴を空けられて航行不能となった奉身軍の艦艇に、エビラの巨体が躍りかかり、真っ二つに叩き折ってしまった。
「なんだ今のは!?」
明かな異常事態に驚愕するムウモに、観測手は戸惑いながら答えた。
「プラズマ衝撃波を観測!
まさか、
愕然とするムウモ。
……テッポウエビ、という海老がいる。
英名でもpistol shrimp、つまり『鉄砲を持つエビ』と呼ばれるこの海老は、大きく発達した鋏を素早く開閉することでキャビテーション現象を起こし、衝撃波を飛ばすという能力を持っている。
テッポウエビたちはこのプラズマ衝撃波で敵を攻撃したり、獲物を気絶させて狩りを行なう。
先程エビラが繰り出した技も、原理は同じものだろう。
自慢の巨大鋏:クライシスシザースを思い切り打ち鳴らして衝撃波を飛ばし、真七星奉身軍の艦艇を沈めたというわけだ。
だが驚いている余裕はなかった。
ヴァバルーダの艦橋のすれすれを巨大な影が横切った。
両腕のハサミと、毒針を備えた長い尾。
その姿に、ムウモは見覚えがあった。
影の正体は超翔竜:メガギラスだ。
先日、立川でヒロセ家を襲撃したのと同一の個体だろう。
ムウモは号令した。
「撃ちおとせ!」
ヴァバルーダは艦砲をメガギラスに向け、砲弾と銃火の雨霰を真正面から浴びせた。
しかし超音速の高速機動を得手とする超翔竜には一発も当たらない。
メガギラスは目にも留まらぬ素早い動きで濃密な弾幕を掻い潜り、巧みな制空で艦体に取り付くと、メガギラスは自慢の鋏と尻尾でザグレスを解体しにかかった。
鋼よりも強力な鋏がザグレスの装甲を突き破り、その部品をバラバラに毟り取ってゆく度に、艦内の人間たちが悲鳴を挙げた。
メガギラスの空襲に、空中戦艦ザグレスも一方的にやられるばかりではなかった。
脇腹のミサイルポッドからミサイルを発射、空に放たれたミサイルたちはひとたび高々と空に舞い上がると、艦上にとりついたメガギラスへ目掛けて降り注いだ。
肉を切らせて骨を断つ、捨て身の反撃だ。
だが、メガギラスには通用しなかった。
メガギラスは嘲笑うように翅を振るい、迫りくるミサイルたちに〈高周波〉をお見舞いした。
それはまるで高周波のシールド。
見えない攻性防壁に阻まれたミサイルはメガギラスに着弾する手前で信管が起爆、メガギラスには一発も命中しなかった。
さらにメガギラスの高周波で管制システムが狂わされ、戦艦ザグレスはいよいよ制御不能。
孫ノ手島に到達することもないまま、戦艦ザグレスは海面へと墜落。
水柱が立ち上がるとすかさずエビラの巨体が躍りかかった。
エビラが繰り出すクライサスシザースの一撃、ド級のメガトンチョップが戦艦ザグレスを真っ二つに叩き割り、海の藻屑へと沈めてしまう。
空を制するメガギラス、海を牛耳るエビラ。
二大怪獣の見事な連携攻撃だ。
海洋性の海老や蟹が掛け合わされて生まれた突然変異種:エビラ。
縄張り意識が強く、性質は極めて獰猛。特に外殻は非常に頑強で、重機関砲すら通さないと云われている。
古代昆虫メガネウラをベースとして突然変異を遂げたメガニューラとその最上位個体のアルファ:メガギラス。
こちらも縄張り意識が強く、群れで行動し、性質は残忍だ。その俊敏な動きと群れをなす習性には旧地球連合も手を焼いたという。
……『レヴィアタン』『アバドン』という暗号名を与えられた怪獣をLSOが使役していることは、ムウモも知らされていた。
泳ぐだけで渦を起こしてしまうほど強大な、水から生まれた海の支配者、レヴィアタン。
翼と蠍の尾を持ち、虫の大群を率いて人々を苦しめるイナゴの王、アバドン。
レヴィアタン、アバドン、深海の恐怖エビラと超翔竜メガギラスには、どちらもぴったりな暗号名だ。
そんな怪獣二体の共闘。
通常なら絶対に有り得ない不自然な光景。
その様子を見ながら、ムウモは確信した。
間違いない、〈LTFシステム〉だ。
怪獣を制御統制し、怪獣同士で戦わせるというアイデア。
そのアイデアを実現する一手段として考案されたのがLTFシステムである。
怪獣の脳髄に打ち込んだ受信機を介して自在に制御する。
LSOが運用しているのはその発展系だろう。
LTFシステムの開発者であったマフネ=ゲンイチロウ博士と、LSOの首魁であるヘルエル=ゼルブは盟友とも呼べる間柄にあった。
その研究をLSOの科学者が引き継ぎ、完成させたのだ。
そして一つの可能性に思い至ったムウモの背筋に、冷たいものが流れた。
エビラのキャビテーション攻撃、メガギラスの高周波シールド。
しかし過去確認されたエビラやメガギラスにこんな能力はなかった。
たしかにエビラが持つ左右非対称の
メガギラスもそうだ、高周波を起こす能力は過去に確認されていたが、それをシールドのように使うなんて例は初めてだ。
――まさかLSOの連中。
怪獣をコントロールするだけに飽き足らず。
(怪獣の品種改良まで手を出していたというのかっ!?)
地獄の黙示録の始まりだった。
エミィとその相棒、浅黒肌の少年は、床下や壁の隙間に設けられた抜け道を通って、基地の内部を巧みに進んでいった。
頭上や壁一枚の向こう側から、LSOの兵士たちが歩き回る足音が聞こえた。
声を聞くかぎりだと、牢屋で縛り上げられていたモレクノヴァが見つかったらしく、モレクノヴァ配下の兵士たちは脱走者のエミィと、その共犯である浅黒肌の少年を探し回っていた。
だが、当の本人たちが壁一枚隔てた隙間に潜んでいることに、LSOの兵士たちはまるで気づく気配がない。
エミィは考えを巡らした。
(……LSOの連中は、なんでこの床下や壁の隙間の通路を調べないんだ?)
ひとつ考えられるのは、この基地が元々は別の施設だった可能性だ。
基地のあちこちに新生地球連合のマークが貼ってあったが、その中には古い地球連合のマークが混ざっていた。
元々は地球連合の基地かなにかで、それを新生地球連合のLSOが勝手に使っているということではないだろうか。
だから、床下や壁の隙間にあるこのスペースのことはあまり詳しくないのかもしれない。
(……まあ、どうでもいいか、そんなことは)
とにかく見つからないなら、それでいい。
少年の道案内が優れているのか、それとも物凄くツイているのか、はたまた戦争の準備で忙しいのか、足元で動き回っているエミィと少年に兵士たちは一向に気付かなかった。
(だけどいつまでもコソコソ隠れてばっかりいられないな)
頭上に人がいないことを確かめたエミィは床板を外し、少年と共に床下から這いずり出た。
出た先は廊下で、エミィの視線の先にはドアがあった。
ドアには〈α試料保管庫〉と書かれている。
エミィは、ドアに耳を当ててみたが、物音は聞こえてこなかった。
中に人はいなさそうだ。
『α試料』というのがいったい何の試料なのかはわからないけれど、保管庫というからには、なくなっては困るものが置いてあるのだろう。
かといって、厳重に見張りを立てなければいけないほど重要なものでもないようだ。
浅黒肌の少年によると、「中に入ったことはなかったが、薬品の匂いがするのが気になっていた」らしい。
言われてみるとたしかに、アルコールの匂いがかすかに漂っていた。
……ここにしよう。
エミィはそう決め、傍らにいる浅黒肌の少年に目配せすると、少年も頷いた。
錠が掛かっていたが、浅黒肌の少年が針金でチョチョイのチョイと弄繰り回すと、いとも容易く開錠されてしまった。
その部屋には、ガラスケースが陳列されたスチールラックが並んで立っていた。
試料というのは、どうやらこのガラスケースの中身のことらしい。
エミィは少年に言った。
「アルコールとか、燃えそうなものを探すんだ」
騒動、トラブル、と考えたときに真っ先に思いついたのが『火事』を起こすことだ。
燃えるものと火種さえあればどこでもできる。
一番手軽で、一番迷惑が掛かるトラブルだ。
……火事といえば、昔クルマの整備中にボヤ騒ぎを起こし、『火遊びするとおねしょするよ』なんてリリセに言われた翌朝、本当におねしょをしてしまったのを思い出した。
あのときは確か12歳、そんな歳にもなっておねしょだなんて。
びしょびしょに濡らしてしまったシュラフを干しながら、火遊びなんて絶対にするもんか、と心に誓ったっけ。
そんな他愛ない思い出が頭を過ぎりつつ、エミィは、浅黒肌の少年と手分けして、並べられたスチールラックをひとつずつ調べてゆくことにした。
その最中、エミィはとんでもないものを見つけてしまった。
「ひっ」
思わず上げそうになった叫び声を咄嗟に押し込めたせいで、喉から変な声が漏れた。
どうしたの、と少年が駆けつけてくる。
エミィは、自分が見たものを伝えた。
「し、死体だ……!」
死体にビビったわけではない。
そもそも、サルベージ屋に死体はつきものだ。
たとえば『乗り物の荷物を回収して欲しい』という依頼なら当然その運転手の死体だってついてくるし、『遺骨を回収して欲しい』という依頼を受けたこともある。
リリセはなるべく見せたくなかったようだが、エミィは別段平気だった。クリスタルレイクの殺人鬼とか、人間の皮を剥ぐチェーンソー男の映画とかも観るしな。
しかしそんなエミィから見ても、目の前にあった死体は凄惨だった。
……まるでサムライの刀でぶった切られたみたいだ。
袈裟懸けに斬り裂かれた血染めの白衣、その胸元には『
白衣、ネームプレート、そして細身の体格。
おそらくは科学者だろう、とエミィが推理したところで真っ先に思い出したのは、先日ヒロセ家を襲撃した際のネルソンの言葉だった。
『……あーあ、やってくれちゃって、まあ。うちのドクター、怒るだろうなあ』
あるいはこの死体こそが、
……しかし、なんでこんなところで死んでるんだ?
確かに外は戦争状態かも知れないが、屋内まで戦闘は及んでないはずだ。
それに、死に方も不可解だ。仮に殺人事件が起こったのだとして、殺すだけならここまで切り刻まなくてもいい。ナイフで一突き、ピストルで一撃、それで充分だろう。
なんでこんな、滅多斬りみたいな惨い殺し方をしたんだろう?
動転したエミィだったが、やがて深く息を吸った。
……落ち着け、エミィ=アシモフ・タチバナ。ここでどんなヤツがどう死んでようが、わたしには関係がない。
やるべきことを見失うな。
わたしが今やるべきことは『子供たちと一緒に脱出すること』、そしてそのための準備をする事だ。
死体なんかにビビってる場合じゃない。
やるべきことをやらなくちゃ。
自分にそう言い聞かせて気持ちを鎮めたエミィは、死体に向き直った。
……壮絶な死相だ、きっと痛かったろうな。
エミィは、現場で死体を見つけたときにリリセがいつもやっているように、死体に向かって軽く目を伏せ、手を合わせた。
少年もそんなエミィを真似て一緒に祈った。
数十秒の黙祷、エミィは顔を上げて言った。
「……よし、やるぞ」
最低限の弔いを済ませたエミィたちは、保管庫の探索を再開した。
最初に調べたスチールラックには『Ⅲ』と書かれていた。
右隣のラックには『Ⅱ』、左隣には『Ⅳ』と番号が書かれている。
スチールラックは
そしてスチールラックそれぞれに沢山のガラスケースが安置されており、それぞれ『Ⅲ-11954』『Ⅲ-11955』と、通し番号が振られていた。
『Ⅲ』というのは、このガラスケースの管理番号の一部のようだ。
奇妙なことに、ローマ数字は順番とおり振られているのに、それに続くアラビア数字は歯抜けだった。
11958まで連番で続いたかと思えば、少し飛んで11961、11962と続き、また飛んで11965から連番で続いていたりする。
……どういう規則性なのだろう。
興味をそそられたエミィは、ガラスケースを一個ずつ覗き込んでいった。
Ⅲの棚、左から5個目までは、綺麗な雪の結晶みたいだった。
雪の結晶と違うのは、融けることなく形状を保っているのと、材質が金属であること、そして非対称形の歪んだ形をしていることだ。
雪の結晶をベースにして何か別のものを作ろうとして途中でやめた、みたいな形だった。
6個目。材質は同じく金属だったが、もっと大きく、結晶状ではなかった。細長い胴体に顔のようなものがあり、まるで動物みたいだった。
7個目。足と尾、鰓の生えた首、そして曖昧だが手のようなものがあった。脚の生えた魚、またはカエルの子供。
8個目。明確な手足、そして長い尾が見てとれる、恐竜みたいな姿だった。魚みたいなぎょろっとした目つきが、なんとも薄気味悪い。
そして9個目。エミィはそこで、このガラスケースの中身が何なのか、ようやく察した。
ここにおいてあるのはすべて、〈メカゴジラⅡ=レックス〉の失敗作だ。
前半のローマ数字がリビジョンなら、後半のアラビア数字はビルド番号、実際に
ビルド11952ならば、11,952回目に創られた試作品、という具合に。
ビルド番号が飛び飛びなのは、『実際作ってみたけど上手くいかなかった例があった』からだ。
そうやって無数に造った試作品の中でも、ある程度カタチになったものを『試料』として保管してあるだけで、そうでなかったものを含めたら一体どれだけの“彼女”が作られ、そして潰されたのだろうか。
そんな、おぞましい試行錯誤を延々と繰り返した結果の産物が、この部屋だ。
メカゴジラⅡという完成形になれず、途中で成長を止められた“彼女”たち。
そして出来上がったたったひとつの完成形が
すなわち〈レックス〉。
メカゴジラ、『試料』、レックスの笑顔と、それを作った新生地球連合軍の大人たち。
それらすべてが結びついたとき、エミィはさっき食べたレーションをすべて床へ吐いた。
エミィの異常を察した浅黒肌の少年が駆け寄ってきて、そして同じものを見た。
エミィが見た“ソレ”がどれほどおぞましい代物なのか、少年にも伝わったようだった。
……酷い、酷すぎる、こんなの。
涙ぐむエミィの背中を、少年は優しくさすってくれた。
エミィがひとしきり吐いたところで、少年が腰から下げた水筒の水を飲ませてくれた。
体の震えと動悸は止まらなかったし、湧き上がってくる嫌悪感は止めようもなかったが、そうやって少年が気を遣ってくれたおかげで、エミィもほんのちょっとだけ元気が出た。
「……ありがとな」
エミィが礼を言うと、少年はスチールラックから目線を逸らさせるように、あっちにいいものがあったよ、とエミィの手を取って立ちあがらせた。
少年に手を引かれたエミィは、ガラスケースたちを見ないようにしながら部屋の奥へと進んでゆく。
少年が引っ張っていった先には薬品棚があり、ガラス戸を開けた中には、薬品のボトルが山ほど置かれていた。
ボトルのラベルに書かれた名前は、エミィにとっても見慣れたものだった。
……これはクルマやメカの整備にも使われる有機溶剤の一種で、とても揮発性が高く、そして可燃性だ。
込み上げてくる嫌悪感は、身勝手な大人たちへの怒りに変わっていた。
両手いっぱいにそのボトルを抱え込みながら、エミィは少年に力強く言った。
「マッチかライター持ってないか?
三分間で灰にしてやる」