怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
自由ってやつは楽しいもんだぜ
僕も昔は縛られてた
だけどいまでは幸せいっぱい
バラ色の夢 輝いている
自由ってやつは楽しいもんだぜ
なんて素敵な 世の中だろう!
I've got no strings(邦題:もう糸はいらない) 『ピノキオ』より
「……やっぱりダメかな?」
わたしの質問に、クルマのボンネットに顔を突っ込んで作業していたエミィがひょいと顔を出して答えた。
「ダメだろうな。
元々かなりガタがきてたのを騙し騙し乗ってたからな。そんでもって無茶な曲芸走行。
水は足したから帰るくらいまでは持つだろうけど、エンジンもオーバーホールしないと」
「そっか……」
エミィの診断に、わたしは内心で肩を落とした。
今回は爆薬や情報収集など、事前準備にかなりのカネを使った。
さらにクルマのオーバーホールなんてすれば今回の報酬はパア、下手すれば赤字だ。
安くやってくれる
「……ごめんね、エミィ。
必要経費で落ちないか依頼人にネゴってみるけど、誕生日はちょっと先でいいかな?」
3月に誕生日を迎えたばかりのエミィに、わたしは誕生日を祝ってあげる約束をしていた。
だけど、その約束を守れそうにない。
「……別に。クルマの方が大事だ」
そう言ってくれるエミィだったけれど、その表情はやはり寂しげに思える。
いつも頭痛持ちのような表情をしているので他の人にはわかりにくいのだが、付き合いの長いわたしにはわかる。
エミィはとても楽しみにしていたはずだ。
日頃から我慢させることも多いので今回こそはと思っていたのだけれど、それも無理になってしまったようだ。
「…………。」
そんなわたしたちの様子を、ひとりの少女が眺めていた。
ファイバーに似た銀色の髪に、赤い光が爛々と輝く瞳。
先にアンギラスと戦った、銀色の少女だ。
クルマの傍に座り込んでいた銀色の少女は立ち上がり、エミィの方へと歩み寄ってきた。
そしてエミィの脇からずいと身を乗り出し、エンジンを覗き込みながら口を開く。
「……うん、これくらいだったらオーバーホールなんて要らないよ。直したげるね」
「……なんだって?」
と、エミィが聞き返すよりも先に、銀色の少女はエンジンに手を突っ込んで
「お、おい、勝手に触るなっ……」
そうやってエミィが止めるより先に、銀色の少女は「はい、終わった」と手を引っ込めた。
煤で汚れた手をぱんぱんと払いながら、銀色の少女は言う。
「ベルトが傷んでたのと、リザーブタンクが液漏れしてたから、ナノメタルで補修しておいたよ。
あと、今すぐじゃないけど点火プラグは新品に替えた方がいいかな」
銀色少女の説明を聞いたエミィは、すぐさまエンジン内部を覗き込んだ。
そしてその説明が正しいことを悟ると、ばつの悪そうに目線を逸らしながら、礼を言った。
「……ありがと」
「どういたしまして!」
……やっぱり。
銀色少女がクルマを修理する、その一連の動作を見ていたわたしは一つの確信を得た。
さきほど銀色少女が口にした〈ナノメタル〉という単語。
おそらくきっと、いや間違いない。
――
通称:ナノメタル。
それは宇宙由来のハイテク素材で、その名のとおり
とてつもなく小さいナノメートル単位のコンピュータを無数に集めた構造を持ち、それ自体が並列コンピュータとして思考し、発電機としてエネルギー源にもなり、さらには自由自在の流体として整形可能で、固体となれば鋼よりも頑丈だ。
自分で物を考えて、人類の為に役立つものをなんでも創ることができる。
科学文明の極致であり、まさに夢の
それがナノメタルなのであーる!!!!
……というのは、エガートン=オーバリーが撮った宣伝映画の受け売りである。
そんな小さなコンピュータをどうやって作ったのかとか、どうやって制御してるんだとか、詳しい理屈はよくわからない。
昔ナノメタルを使った兵器の『建造計画概論』とかいう資料を読んだことがあるが、わたしの学力では結局さっぱり理解できなかった。
そして、銀色少女はそのナノメタルを自由自在に操ることが出来る。
そんな存在なんてこの世にひとつしかない。
わたしたちの眼前で、銀色少女はドンと胸を叩いて言った。
「困り事があったら、何でも頼んでね!
クルマの修理、炊事洗濯、怪獣退治!
この〈メカゴジラ
……その言葉で、わたしは確信した。
銀色少女の正体は、〈メカゴジラ〉だ。
わたしたちが運び出すはずだった依頼品の正体は、かつて『人類最後の希望』と呼ばれた対ゴジラ超重質量ナノメタル製決戦兵器、メカゴジラだったのだ。
『レックス』というのはきっと型番、あるいは暗号名かなにかだろう。
……しかし、疑問点は多い。
まず第一に、どうしてメカゴジラが現存しているのか。
富士の工場で建造中だったメカゴジラは、西暦2046年に日本を襲撃した『キングオブモンスター』によって破壊された。
それが西暦2046年以降の歴史的事実、今の地球人たちの常識だ。
その十七年前に破壊されたはずのメカゴジラが、なんで新宿のド真ん中で野晒しにされていたのだろうか。
『実はメカゴジラをもう一機こっそり造ってたんだよ!!』
ΩΩΩ< な、なんだってー!?
M〇Rもビックリだ。
……いや、あの人たちは毎回驚いてるな。
ともかく、メカゴジラの二号機があったなんて話は聞いたこともない。
一機しかないからこそメカゴジラは『人類最後の希望』なんて呼ばれていたし、それが喪われたからこそ人類はアラトラム号とオラティオ号で地球を脱出したんじゃないのか。
その虎の子のメカゴジラがもう一機あったというなら、あんな大々的に騒いで地球を脱出していった人たちがバカみたいじゃないか。
……それに、眼前にいるメカゴジラⅡ=レックスは、本当にわたしが知っているメカゴジラなのだろうか。
わたしの知っているメカゴジラは、身長50メートルで総重量3万トンの巨大ロボットだ。
全身が銀色のパーツで作ってあって、如何にも怪獣みたいな長い尻尾があって、ギザギザの背鰭が並んで生えていて、体からビームを発射する、そういうカッコいいロボット怪獣のはずだ。
実際、エガートン=オーバリーの映画に出てきたメカゴジラもそんなデザインをしていた。
聞くところによると映画劇中のメカゴジラは実物を忠実に再現していたらしいし、かつて造られていたメカゴジラだってきっと巨大ロボットだったはずである。
おそらく他の誰に聞いたって、メカゴジラと言えばあの映画に出てきたような怪獣然とした姿を想像するだろう。
確かに面影はある。
銀色のパーツ、長い尻尾、ギザギザの背鰭、細部の意匠だけを取り出してみればメカゴジラ
わたしの幼馴染がよく描いている漫画――轟天号などの超兵器をモデルした美少女ヒロインが怪獣と戦う漫画だ――にメカゴジラがモデルのキャラクターがいたらこんな感じになりそうだ。
とはいえ、この子が本当にメカゴジラかと言われれば首をひねらざるを得ない。
飽くまで
わたしには、眼前でニコニコ笑っている銀色の少女があのメカゴジラの同類だとは到底思えなかった。
というか何もかもが違いすぎて、この銀色少女をメカゴジラと呼んでいいのか悩んでしまう。
もし他の人に『これが新しいメカゴジラです』なんて言ってメカゴジラⅡ=レックスを見せたら、さぞ戸惑うことだろう。
それがメカゴジラ映画の熱心なファンだったら、
何もかもがおかしい。
一体どういうことなのだろう。
辻褄の合わないことだらけだ。
……そんなわたしの思惑など露知らず、メカゴジラⅡ=レックスはわたしとエミィの顔を交互に覗き込みながら、「ねえねえ」と訊ねた。
「ねえねえ、他に、何か役立てることはない?」
尽きない疑念を胸に留めつつ、わたしはメカゴジラⅡ=レックスに言った。
「大丈夫だよ、レックス。あなたは充分やってくれた。休んでおいで」
その言葉にメカゴジラⅡ=レックスは頬を膨らませた。
「えーっ? 休んでおいで、って言われても困るよ。なにかない?」
そう言って、メカゴジラⅡ=レックスはわたしの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねている。
……メカゴジラⅡ=レックスは、一事が万事、こんな調子だった。
アンギラスを追っ払って以降、最初に出会った人間であるわたしたちの様子を終始観察し、隙あらば手伝おうとしてくるのだ。
「御父様が言っていたんだ、『困っている人がいたら、迷わず力を貸してあげなさい』って。
ねえ、本当に何もないの?」
「そう言われてもねえ……」
困っている人がいたらと言われても、そもそも困っていないのだから仕様がない。
むしろ、困り事がないことに困っている感すらある。
「……無いって言ってんだろ。くどいぞ」
わたしとメカゴジラⅡ=レックスの会話を横目で見ていたエミィが、広げていた工具を片付けながら言った。
辛辣なエミィの言葉に、メカゴジラⅡ=レックスが振り返って訊ねる。
「本当に? 本当にないの? あ、工具片付けるの手伝おうか?」
「うっさい、触んな、
休めって言ってんだから、あっちで休んでろ」
「うーん、わかった……」
ここまで言われてからようやく諦めたのか、レックスは指された方へとトボトボ歩いていって、隅っこにちょこんと座り込んだ。
そんなレックスをイライラしたような目つきで睨みながら、エミィは工具の片付けを続けた。
……わたしが見る限り、今のメカゴジラⅡ=レックスは驚くほど人間に似ていた。
身長はエミィと同じか、少し高いくらい。
ナノメタル製だから重量はあるものの、遠目に見たら人間の子供と区別なんかつかないだろう。
両手足も今は人間のそれで、細くて柔らかそうな指が見て取れる。
アンギラスと戦うときに使った〈レールカノン〉と〈メーサーブレード〉、クリスタルの背鰭、長い尻尾、そして鋼で出来た大きな翼は今は名残も見えない。
考えるまでもない。
あんなゴテゴテした武器だの翼だのをつけっぱなしでいたら邪魔になる。
さっきのバイオメカノイドな姿は飽くまで戦闘時のもので、非戦闘時は全て体内に格納しているのだろう。
強いて常人と変わっているところと言えば、髪が銀色なことと瞳が赤いこと、そして各部から金属パーツが覗いているところぐらいだろうか。
しかしそれらだって髪については『染めている』と言えば誤魔化せないこともないし、生まれつき赤い瞳をしている人もいる。
ところどころから見え隠れしている銀色のパーツだって、上から服を着てしまえばわからないかもしれない。
人間らしいのは外見だけでない。
表情や仕草、情緒だって、たぶん人間とそう変わらない。
出会った直後こそ天使様かなにかと思ったが、まさか実際の天使様がこんなに人懐っこいもんだとは思わなかった。
レックスの振る舞いはまるで子供だ。外観は中学生くらいに見えるが、心は小学生くらいなんじゃないだろうか。
『人類の役に立つために生まれた』ことにこだわるところは一風変わっているけれど、褒めてもらいたがりで構ってほしい子供として見ればこんなもののような気もする。
そんなことを考えながら、わたしはメカゴジラⅡ=レックスが淹れてくれたコーヒーを啜った。
あったかいコーヒーが、春先の肌寒い気温に曝された身体へと染み渡る。
……なんでこんなに美味しいのだろう。
いつもわたしが淹れている代用のタンポポコーヒーと同じはずなんだけど。
一体どのような淹れ方をしたのか、メカゴジラⅡ=レックスが淹れると別次元の奥深い味わいと風味があり、本物のコーヒーと比べても遜色がないように思える。
コーヒーの淹れ方だけじゃない、メカゴジラⅡ=レックスは何から何まで完璧だった。
炊事からクルマの修理、果ては未使用だった爆薬の始末まで、わたしたちが手掛けるよりもずっと完璧かつ効率よく終わらせてしまった。
本当はすぐさま立川に逃げ帰るつもりだったが、メカゴジラⅡ=レックスがアンギラスを追っ払ってくれたおかげで、こうして爆薬を回収してクルマのメンテをする余裕まで手に入った。
上手くいけば今夜にでも立川に帰れるかもしれない。
これらすべてメカゴジラの機能の一部なのだ、とメカゴジラⅡ=レックスは豪語していた。
当人曰く、彼女の電子頭脳には人類史を網羅した膨大なデータベースが搭載されているらしい。
きっとわたしとエミィがまとめて掛かっても及ばないような物凄い量の知識が入っていて、それを実行するスキルも身につけているのだろう。
隅っこに座り込んだメカゴジラⅡ=レックスは、目ぼしい鉄骨の破片を拾い上げると、
アンギラス戦後もこうして金属片を食べていたので何をしているのか訊ねてみたところ『ナノメタルを使った分、金属を補充している』らしい。
……言われてみれば理屈は通っている。
使った分をきちんと補充しなければ、そのうちなくなってしまう。当然のことだ。
その体は万能のナノメタルで出来ていて、クルマだって修理できるし、大怪獣アンギラスだって追っ払う。
あるいはあの『キングオブモンスター』とだって戦えるのかもしれない。
メカゴジラはスゴイなあ、と驚くことばかりだ。
……だけど、一方でこうも思う。
『このメカゴジラⅡ=レックスのことを、安易に信じて良いものなのだろうか?』と。
普通の人間は、脳に百科事典を搭載していたりはしない。
プラズマジェットで空も飛ばなければ、金属片を拾ってムシャムシャ食べたりもしない。
アンギラスみたいな大怪獣が襲ってきたら、
心も人間と同じなのか、とても疑わしい。
子供っぽい仕草は本当に心があってのことなのか、それとも
チューリング・テストくらいは楽勝でこなせそうだが、そういう話は哲学の分野だろう。
ロボット怪獣らしい性能と、あまりに子供っぽすぎる振る舞いのミスマッチさが、わたしの中で強烈な不協和音を響かせていた。
……気味が悪い。
そんな気持ちが全くないかといえば、それは嘘になる。
どこの誰が、何のためにこんなロボットを作ったのか。
しかも、それがどういうわけで廃墟のド真ん中に放置されていたのか。
そして、こんなトンデモない代物を回収させようとしている依頼人は一体何者なのか。
不可解なことばかりだった。
無邪気に感心している場合ではなくて、本当はもっと警戒するべきなのかもしれない。
「……どうしてそんなに役に立ちたいの?」
ふと訊ねたわたしの言葉に、メカゴジラⅡ=レックスは、フッフーンと胸を張って言った。
「それはもちろん、ボクがメカゴジラだからさ!
皆の笑顔がボクの幸せ! 世の中の悪いものをみんなやっつけて、みんなが幸せに笑える世界を創る、それがメカゴジラとして生まれたボクの仕事だ」
……答えになっていない。
出来の悪いコマーシャルみたいだ。
そう思いつつ、わたしはメカゴジラⅡ=レックスの顔を見た。
晴れ渡ったお日様のような笑顔。
悪いことなんてこれっぽっちも考えていない、そんな風に思わせる澄み切った表情だった。
きっと『人の役に立ちたい』という気持ちで頭がいっぱいなのだろう。
そんな無邪気に笑うメカゴジラⅡ=レックスを見ているうちに、わたしは自分の中で渦巻いていた薄暗い迷いが晴れてゆくのを感じた。
……まあ、いいや。ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。性分じゃないし。
不可解なことが多いとはいえ、レックス自身に非があるわけではない。
それでレックスを疑ったり、ぞんざいに扱ったりするのはオカドチガイというものだ。
……さてと、そうと決まれば、まずは人間として扱ってあげなきゃ。
そう思い至ったわたしは荷物を開け、リュックの中を漁り始めた。
たしか、
「なにを探しているの?」
レックスに訊ねられ、わたしは答える。
「いつまでも
そう言いながらわたしが引っ張り出したのは、『わたしの着替え』だった。
シャツとズボン。荷物に揉まれてシワが寄っていたが、間に合わせに着るくらいならこれで充分だろう。
きょとんとした顔でレックスは言った。
「……ボクは裸じゃないよ?」
たしかにレックスの言うとおり、メカゴジラに裸も何もない。
しかしわたしには、今のレックスの姿が『裸の子供』にしか見えなかった。
「まあ、そうなんだろうけど、やっぱりその恰好はちょっとね。
ちょっと着てみてくれるかな?」
レックスは、渡された服をしげしげと眺めていたが、「わかった!」と明るく返事して、シャツを
……やっぱりちょっと大きかったかな。
脱げてしまうほどではないが、やはり成人女性用の服では、子供くらいの体格でしかないレックスには大きすぎたのかもしれない。
丈はともかく、胸元とヒップがぶかぶかだ。
「ごめんね。エミィのだと小さすぎると思って。
街に着いたらちゃんと用意してあげるから、それで我慢してね」
詫びるわたしに、レックスは元気よく答えた。
「ううん、ありがとう、リリセ!」
……よかった、喜んでくれて。
わたしは素朴にそう思った。
……その様子を横目で見つめるエミィのむっつりとした険しい目つきに、このときのわたしは気づかなかった。