怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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プロレスです。


52、おいでませ小笠原怪獣ランド

 ……どこだ、どこにいる。

 

 

 自由になったメガギラスが最初に行なったことは、囚われた兄弟たちの解放だった。

 メガギラスは孫ノ手島の上空を滞空しながら、メガギラス族でのみ通用する超感覚のソナーで仲間たちの居場所を探る。

 極めて鋭敏な知覚を備えた超翔竜メガギラスは、監獄に囚われた仲間たちをすぐに見つけることが出来た。

 

 メガギラスの兄弟たちはまるで家畜のように鎖で繋がれ、あまりに狭すぎる檻の中へと押し込められていた。

 そんな兄弟たちが、メガギラスは不憫でならなかった。

 そして、誇り高きメガギラス族とその兄弟をこんな惨めな境遇に陥れた人間たちを、メガギラスは根深く憎悪した。

 

 

 ……可哀想な兄弟たち、自由にしてやろう。

 

 

 メガギラスは監獄の屋根に着地し、刃物のように鋭い六枚翅を、ヒトの目には止められぬほど小刻みに震わせ始めた。

 メガギラス御得意の〈高周波攻撃〉。

 翅の羽ばたきによる高周波と、それに伴う衝撃波の重爆撃。

 監獄はあっけなく吹き飛ばされ、その内側に閉じ込められていた兄弟たちは一頭残らず自由となった。

 

 

 

 

 ――その数、数百頭。

 

 

 

 

 牢獄から這い出たメガギラスの兄弟、〈メガヌロン〉の大群は、突如現れた救世主であるメガギラスを見上げた。

 そんな兄弟たちを愛おしげに見下ろしながら、メガギラスは号令する。

 

 さあゆこう、兄弟たちよ!

 この星は我々メガギラス族のものだ!

 まず手始めに、この島の小癪な人間どもを一匹残らず始末してしまえ!

 

 そんなメガギラスをメガヌロンたちは群れのアルファ、すなわち自分たちのボスとして承認し、その命令のとおり孫ノ手島への侵攻を一斉に開始した。

 

 メガヌロン軍団による人間狩りの開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島のあちこちで耳障りな警報、そして怒号と悲鳴が飛び交い、LSO兵士たちが慌てた様子で駆けずり回っている。

 

(……作戦成功だな)

 

 そんな周囲の大人たちのパニックを窺いながら、エミィ=アシモフ・タチバナはほくそ笑んだ。

 LSOと奉身軍が大戦争やってる最中でアンギラスが大暴れ。

 これだけ騒ぎを起こせば地上はもはや大混乱だろう。

 これが証拠に、エミィと浅黒肌の少年が通路を堂々と歩いていても、それどころじゃないLSOの兵士たちは誰も気に留めない。

 ……それにしても『怪獣を逃がす』なんて、とんでもない無茶をやったものだ。

 追い詰められていたとはいえ、下手をすれば自分たちだけじゃなくて隠れ家にいる子供たちも巻き添えにするところだ。

 

(……まあ、上手くいったからいいけどな)

 

 結果がすべて、上手くいきゃ万事オーライさ。

 そんなことを考えながら歩いていたエミィは、十字路を横切ろうとしたところで不意に少年に壁へ押さえつけられた。

 なんだよ、と切り返そうとしたエミィに、少年が口元に指を当てて、静かに、とジェスチャーをする。

 壁際に身を寄せ息を潜めたエミィと少年は、十字路を曲がった右側にとんでもないものを見てしまった。

 

 

 ……そいつは、一言でいえばカマキリだった。

 体色は茶褐色、黄色い目に三角形の頭、そして両手に鋭い鎌、昆虫図鑑に載っている奴である。

 ただし普通のカマキリと違うのは、サイズが桁違いに巨大なことだ。

 『体長2メートルのカマキリ』なんてどう考えても普通のサイズじゃない。

 エミィはそいつの名前を知っていた。

 

 

 

 蟷螂(かまきり)怪獣、〈カマキラス〉。

 突然変異で生まれた、特大サイズの獰猛な肉食カマキリだ。

 

 

 

 そのカマキラスがキイキイ鳴きながら、十字路を曲がった右側を歩いていた。

 数は三頭。

 ……危なかった。もしもこのままエミィが前に出ていたら、カマキラスたちの眼前に飛び出すことになっただろう。

 

(……こいつら、どっから湧いてきたんだ。)

 

 そう思ったとき、エミィは先ほどアンギラスが暴れたときの騒ぎを思いだした。

 LSOの奴らはきっと、アンギラス以外にも怪獣を捕まえていたのだろう。

 そしてアンギラスが破壊したものの中に、カマキラスの檻もあったのだ。

 ……『全部ぶち壊せ』って言ったけど前言撤回、暴れすぎだ。カマキラスまで放さなくても良かったのに。

 

 

 

 

 そのカマキラスの反対側、十字路の左側から、人の声がした。

 

「来るな、バケモノ!」

 

 左側をちらっと覗いてみると、数人の兵士たちが立っていた。

 そのうちの一人は、檻の中でエミィに乱暴をしようとしたあのLSOの女兵士、モレクノヴァだ。

 さきほどエミィにタコ殴りにされた怪我を手当てしたのか、額に包帯をグルグル巻いて、顔中がガーゼのパッチだらけになっている。

 兵士たちはモレクノヴァの指揮下で撤退戦を繰り広げているようだったが、モレクノヴァ自身を含めて兵士たちの表情はかなり憔悴していた。

 兵士たちは威嚇するように大声を挙げながら、カマキラスを撃ち殺そうと銃を構える。

 だが、カマキラスの方が素早かった。

 壁と天井を俊敏かつ縦横無尽に這い回りながら距離を詰め、サムライの刀よりも鋭い鎌で斬りかかる。

 カマキラスの必殺技:ハーケンクラッシュ。

 男たちの絶望の悲鳴、硬いものが曳き潰され、肉が引き千切られる音。

 そして断末魔が響き、床に大量の鮮血と臓物が飛び散った。

 

 ――走れえ!

 

 少年の合図で、エミィは十字路を駆け抜けた。

 ちらっと振り返ったときに垣間見た、兵士たちをぶち殺すカマキラスの姿。

 両手の鎌と口元からしたたる、赤と黒が混じった鮮血と臓物。

 返り血を浴びた鎌をぺろぺろと舐めているカマキラスの姿は、エミィに映画に出てくる殺人鬼の姿を思わせた。

 ……いいや、こいつはあんなちゃちな作り物じゃない、本物の殺人鬼だ。捕まったら最期、八つ裂きどころでは済まないだろう。

 

 兵士たちを切り刻んでいたカマキラス・トリオの内、一頭がエミィたちの方へ振り返り、動き出した。

 前肢の鎌と後足、計六本の足でカサカサ走り、エミィたちを追いかけ始める。

 その様子でエミィは、大昔に観た幼児向けプロパガンダの人形劇に出てきたカマキラスを思い出した。

 エミィが観た番組でのカマキラスは、集団で弱いものいじめをしたり仲間を裏切ったりする、とても意地の悪い怪獣として描かれていた。

 しかしそんな擬人化なんかしなくっても、眼前で舌舐りしているカマキラスが何を考えてるのか、エミィにはすぐにわかった。

 

 これは捕食者の目つきだ。

 

 どうやらこのカマキラスは、銃で反撃してくる人間たちではなく、もっと弱そうな獲物から狙うことにしたらしい。

 カマキラスに追われ、エミィは全力で走った。

 そんなエミィのすぐ後ろで、カマキラスは背中の翅を思いきり広げ、笑うように小刻みに震わせた。

 

 

 

 カマキラスが翔んだ。

 

 

 

 カマキリは短距離なら翔ぶことができる、というのをエミィが思い出したのは数秒後のことだ。

 

「……どわっ!?」

 

 突然ジャンプしたカマキラスに驚いてしまい、エミィは躓いて尻餅を着いた。

 すかさず2メートルに及ぶ巨大カマキリが、小柄なエミィを組み伏せる。

 

 ――エミィ!

 

 エミィの先を走っていた浅黒肌の少年はすぐさま引き返し、カマキラスからエミィを助け出そうとしたが、カマキラスの鎌の間合いに入ることが出来ない。

 カマキラスの鎌は日本刀よりも鋭利だ。迂闊に近づけば、人間の子供なんて容易く真っ二つにされてしまうだろう。

 

「は、離せ、カマ野郎! このっ、このっ!」

 

 必死に抵抗するエミィだったが、カマキラスの巨体に頭上から伸し掛かられては振り払えそうにない。

 そうやって身をよじるエミィを見下ろしながら、カマキラスはキイキイと笑っていた。

 その気になれば一発で殺せるだろうに、敢えてそうしていない。

 エミィのことをいたぶって遊んでいるのだ。

 

(……クソッ、性悪のカマキリめ!)

 

 エミィは死に物狂いで抵抗した。

 足をばたつかせ、掌を固く握って力一杯に振り回す。

 

 

 

 そのとき不意に、カマキラスが悲鳴を挙げて動きを止めた。

 

 

 

 エミィからすれば、上手い機転を利かせたつもりなどなかった。

 咄嗟に手で掴んだものを振り回しただけだ。

 手で握っているものは硬くて細長いもので、そして腕全体は何だかぬるぬるとしたものに濡れたような感触がある。

 ……自分はいったい何を持ったのだろう。

 エミィが自分の手を見ると、先ほど鉄格子を開けるときに使おうとして役に立たなかった、工具のドライバーを持っていた。

 ドライバーを握った手には、カマキラスの体液がべっとりとついている。

 そしてカマキラスの柔らかそうな腹部から、どす黒い体液が吹き出ていた。

 

 その時になって、マイナスドライバーでカマキラスのお腹を突き刺したことをエミィはようやく理解した。

 

 

 ……そうか、腹の下側は柔らかいんだ!

 

 

 カマキラスの急所に気づいたエミィは、手中のドライバーを固く握りしめカマキラスの腹部を刺しまくった。

 一撃、二撃、三撃、さらにとどめとばかりに力一杯に突き刺して、ぐちゃぐちゃと奥まで突っ込んで掻き回してやった。

 どす黒い、そして生臭い、カマキラスの臓物と体液がエミィの身体に降り注ぐ。

 

 流石のカマキラスでも、内臓の詰まったお腹を滅多刺しにされてはたまらない。

 パニックを起こしたカマキラスは悲鳴を挙げ、エミィの身体の上から退くように後ずさった。

 

 

 エミィがなんとか身体を起こすと、お腹を刺されたカマキラスは激昂していた。

 ギイギイと唸りながら羽を鳴らし、鎌を振り上げるカマキラス。

 遊びはもう終わり、獲物を仕留めるつもりだ。

 怒り狂ったカマキラス、そのあまりの形相に、エミィは脚が竦んでしまって動けなかった。

 カマキラスが翔ぶ。

 浅黒肌の少年が助け起こそうと駆け寄ってくるが、間に合わない。

 エミィは、自分の首を刎ねられる光景を想像し、咄嗟に両手で顔を庇った。

 

 

 次の瞬間、床をぶち破って巨大ヤゴが現れた。

 

 

 巨大ヤゴはエミィの前で仁王立ちし、飛び掛かるカマキラスを迎え撃った。

 エミィにとっては幸運で、そしてカマキラスにとっては不運なことに、ちょうど飛んだタイミングと巨大ヤゴの登場が重なってしまい、カマキラスは巨大ヤゴに真正面から組み付く形になってしまった。

 巨大ヤゴとカマキラスの取っ組み合い。

 パワーでは巨大ヤゴの方が上だ、華奢なカマキラスは容易く抑えつけられてしまう。

 逃れようと反撃するカマキラスだが、巨大ヤゴの殻が頑丈なのか、鎌も牙も通らない。

 巨大ヤゴは暴れているカマキラスの(くび)に食らいつき、そのままフライドチキンを食べるように頭ごと喰いちぎった。

 頭のもげたカマキラスの屍はしばらくヒクヒクと蠢いていたが、やがて動かなくなった。

 

 

 エミィは、巨大ヤゴの姿を観察した。

 カマキラスをブッ殺した、巨大ヤゴ。

 普通のヤゴと違って肢が八本あり、前肢にはシャベルみたいにバカでかいハサミがついている。

 こいつもカマキラスと同じく、怪獣図鑑に載っている生き物だ。

 

 

 

 メガネウラという古代トンボの変異種。

 巷では〈メガヌロン〉と呼ばれる怪虫である。

 

 

 

 呆気に取られていたエミィは、廊下の向こうから聞こえてきたキイキイ声に振り返る。

 

 さっきモレクノヴァたちと戦っていた、他のカマキラスたちだ。

 仲間を殺されたことを察知した二頭のカマキラスたちは、獲物を解体する作業を中断して一斉にメガヌロンへ襲い掛かった。

 

 

 

 

 メガヌロンVS二匹のカマキラス。

 昆虫怪獣同士の戦いだ。

 人間を真っ二つにするカマキラスのハーケンクラッシュが、メガヌロンを叩き切ろうとする。

 しかし、メガヌロンにはまるで通用しない。

 殻の表面を引っ掻き、火花が散るだけだ。

 ……メガヌロンの殻は重機関砲も通さない、とエミィは本で読んだことがある。

 カマキラスの鎌でもメガヌロンの殻を斬ることは出来ないらしい。

 

 自分たちの武器が通用しないことを悟ったカマキラスたちは、今度はメガヌロンの体の節を狙おうとする。

 いくら頑丈な殻で守っていても関節部分はどうしても弱い。

 メガヌロンの節々が斬られ、傷口から噴き出た紫の体液が一帯に撒き散らされた。

 

 カマキラスからの思わぬ攻撃で、メガヌロンは本気で怒ったようだった。

 目の前を飛び回っていたカマキラスの一頭をハサミで鷲掴みにし、メガヌロンは牙をカチカチ打ち鳴らす。

 そして次の瞬間、メガヌロンの顎が飛び出してカマキラスの顔面に直撃した。

 散弾銃を至近距離で浴びるより強烈な一撃が、カマキラスの頭を粉砕した。

 

 

 その光景を見ていたエミィは『そういえば、ヤゴの顎というのは折り畳み式になっていてバネ仕掛けみたいに飛び出して獲物に噛みつくのだ』という蘊蓄を思い出した。

 ましてや怪獣のメガヌロンだ、まともに喰らえばひとたまりもないだろう。

 

 

 仲間二頭をあっさり殺され、残り一頭になってしまったカマキラスは逃げ出そうとした。

 しかしメガヌロンは逃さない。

 顎を思い切り伸ばしてカマキラスの脚に食らいつき、手元へと引きずり込んで裂けるチーズのように縦に引き裂いてしまった。

 

 こうしてカマキラスを皆殺しにしたメガヌロンは、すぐ足下でエミィが引っ繰り返っているのに気づいたようだった。

 ギザギザの牙が生え揃ったメガヌロンの顎が、ガチガチと音を立てて開閉している。

 エミィはふと気づいた。

 

 

 

 あ、そっか。

 こいつ、味方じゃないんだ。

 

 

 

 カマキラスを殺したのはたまたま邪魔だっただけだ。エミィを助けてくれたわけじゃない。

 そしてカマキラスを殺したら、次は人間を狙うに決まっている。

 ……なんてバカだったんだろう。

 そんな当たり前のことに今更気づくなんて。

 

 エミィは慌てて逃げようとしたが、全身に浴びたカマキラスやメガヌロンの体液のせいで床がぬるぬる滑ってしまい、上手く動けない。

 メガヌロンはピヨピヨ鳴きながらハサミを振りかざし、エミィを叩き切ろうとする。

 

 

 そこへ、浅黒肌の少年が飛び込んできた。

 少年は、メガヌロンの背後に組み付いた。

 

 

 馬乗りにされたメガヌロンは、ピヨピヨと喚きながら両手のハサミを打ち鳴らして滅茶滅茶に暴れた。

 しかし少年がしがみついているのはメガヌロンの背後、完全な死角だ。

 鋭いハサミも牙も、背後には届かない。

 

 もがくメガヌロンにしがみついた浅黒肌の少年は、エミィのように工具のドライバーをナイフ代わりに構えた。

 そして、きっとさっきのカマキラスの戦いを真似したのだろう、手に持ったドライバーをメガヌロンの首の関節へ突っ込んで、そのままメガヌロンの喉を掻き切った。

 

 喉を抉られたメガヌロンは、そこら中に体液を撒き散らしながらのたうち回った。

 スコップよりも鋭利なハサミや、ライフル弾よりも強烈な顎を出鱈目に振り回すので、金属製の床や壁に無数の亀裂が増えてゆく。

 まるでロデオだ。暴れ牛にしがみつき、どれだけ暴れさせることが出来るかを競うゲーム。

 跨っているのは浅黒肌の少年だった。

 

 

 勝ったのはメガヌロンの方だった。

 死に物狂いで暴れ続けたメガヌロンから、少年はとうとう投げ飛ばされてしまった。

 エミィと並んで床に転がった少年に、怒り狂ったメガヌロンがハサミを振り上げる。

 

 

 

 そのメガヌロンに、巨大な触手が巻き付いた。

 カマキラスを奇襲したメガヌロンだったが、今度はメガヌロンの方が奇襲される番だった。

 

 

 

 メガヌロンを奇襲した触手。

 その長さは目測で数メートル以上もある。

 ヌメヌメの粘液、吸盤がズラリと並んだ形、まるでタコの足そっくりだ。

 エミィはこの怪獣について、巷の噂で聞いたことがあった。

 

(……こいつ、まさか、〈大ダコ〉か!?)

 

 怪獣サイズの頭足類。人呼んで〈大ダコ〉。

 体長は30メートル、触手も含めれば100メートル以上にも及ぶ。陸上生活や淡水にも適応した変異種で、陸上や地中を移動して獲物を探すこともある狂暴な海魔(クラーケン)である。

 聞いた当時はただの冗談だとしか思わなかったが、やはり実在していたのか。

 こいつはその大ダコそのものか、もしくはその従兄弟かなにかだ。

 頭がわからないのであるいはイカかもしれないが、この赤身を帯びた体色は多分タコだろう。

 

 

 アンギラス、カマキラス、メガヌロン、そして大ダコ。

 まるで怪獣のサファリパークだ。

 ここはたしか小笠原の孤島だから、名前をつけるなら『小笠原怪獣ランド』ってところか。

 ……まったく笑えないけど。

 こんな奴まで捕まえて、LSOの連中は一体何をするつもりだったのだろう。

 

 

 そんなことを考えているエミィの眼前で、メガヌロンは大ダコの触手と格闘していた。

 絡みついてくる海魔の触手を前にメガヌロンはハサミを振り回して抵抗していたが、サイズが違いすぎる。またたく間に絡めとられ、幾重にも巻きつかれてしまった。

 雑巾を絞るように全身を締め上げられ、節々から夥しい量の体液が噴き出す。

 

 それでもしばらくもがいていたメガヌロンだったが、全身をメキメキと砕かれると、頭がグッタリ落ちてついに動かなくなった。

 

 メガヌロンを捻り潰した大ダコの触手は、まだ獲物を探してくねくねとのたうっている。

 その様子を見ていたエミィはひとつ思いつく。

 ……今の大ダコからすれば、中身のわからない箱を手探りでまさぐっているようなものだ。

 頼りになるのは触覚だけ、獲物の姿が見えているわけでも音が聞こえているわけでもない。匂いだってわかるものか。

 

 

 ということは、上手くやれば逃げ切れるかもしれない。

 

 

 エミィと少年は、大ダコの触手に触れないよう懸命に身をよじった。

 うっかり触れたら終わりだ、メガヌロンの二の舞になる。

 大縄跳びのように、だけどなるだけ静かに。

 慎重かつ素早く、エミィと少年は大ダコの触手から距離をおいた。

 

 大ダコはその後もしばらく触手をくねらせていたが、やがて諦めたのかスルスルと身を引き、最初に現れた通気口の隙間へと引き返していった。

 

 大ダコがいなくなった後、残ったのはエミィと少年、そしてバラバラにされたカマキラスとメガヌロンの死骸だけだった。

 ……ホントに死んでるのか?

 エミィは、首のもげたカマキラスと、ミンチになったメガヌロンを爪先でつついてみた。

 ……反応はない。完全に死んでいる。

 そうやってメガヌロンが死んだことに安堵したのも束の間、ピヨピヨという鳴き声にエミィと少年は振り返った。

 

 

 

 二頭目のメガヌロンだ。

 最初のメガヌロンが突き破った床の穴から這い出てきた二頭目のメガヌロンは、エミィと少年へと飛び掛かった。

 

 

 

 後ずさって逃げようとするエミィと少年だったが、間に合わず、二人まとめてメガヌロンに押し倒されてしまった。

 ……万事休すだ。

 今度ばかりは大ダコも助けてはくれない。

 顎で頭を木っ端微塵にされるか、もしくは鋏で真っ二つにされるか。

 どちらかの末路を想像しながらエミィは目をつぶり、息を呑んだ。

 

 

 

 

 ……あれ、と思った。

 

 

 

 

 エミィは自分がまだ生きていることに驚いた。

 振り下ろされるはずの鋏の一撃も、まだ飛んできてはいない。

 殺される! そう思っていたのに。

 

 固く瞑っていた目をうっすら開けてみると、目と鼻の先でメガヌロンが、牙をカチカチ鳴らしながらエミィを見つめていた。

 殺すべきか否か、判断に迷っているように見える。

 

 ……いったいどうしたのだろう。

 そのときエミィは変な臭いが漂っていることに気がついた。

 臭いの元は自分自身、さっき腹を滅多刺しにしたカマキラスと少年が喉を抉ってやったときに浴びたメガヌロンの返り血だ。

 考えた末にエミィは辿り着く。

 

 

 ……まさかこのメガヌロン、わたしのことを仲間だと思っているんじゃないか?

 

 

 そういえば昔読んだ昆虫図鑑で、蟻や蜂のような群れる昆虫はフェロモンの臭いで仲間を区別している、と読んだことがある。

 群れる昆虫怪獣であるメガヌロンも、同じ臭いがするエミィのことを仲間だと思っているのかもしれない。

 悩んでいるのはきっと、人間の体臭もするからだろう。

 メガヌロンの体液に塗れた人間なのか、獲物の臭いがこびりついた仲間のメガヌロンなのか、区別がつきかねているのだ。

 おまけに兵士たちの血やカマキラスの体液、生臭い大ダコの粘液など、様々な匂いがごちゃ混ぜになっているのでますますわかりづらいのかもしれない。

 

 そこまで考えたエミィは、すぐに両手で自分の口と鼻を塞いだ。

 この至近距離だと自分の吐息、その臭いでバレるかもしれない。

 そう思ったからだ。

 そんなエミィに(なら)って、少年も自分の鼻と口を抑えた。

 

 ……人間というのは、どれくらい息を止めていられるだろうか。

 すぐに息苦しくなり、頭に血が上ってボーッとしてきた。

 ……苦しい、苦しい、両手の力を緩めて思い切り深呼吸したい!

 

 だけど、ここは我慢のしどころだ。

 エミィは顔を真っ赤にしながら、鼻と唇を力いっぱい掴んで、自らの呼吸を(こら)えた。

 

 

 

 数十秒か、一分か、それくらいの時間が経った頃だろうか。

 

 

 

 最終的に動いたのは、メガヌロンの方だった。

 

 

 

 ピヨピヨ鳴きながら、押し倒していたエミィと少年の身体から退くと、角を曲がってどこかへ去って行った。

 エミィと少年はメガヌロンとの我慢比べに勝ったのだ。

 

「……ふう」

 

 メガヌロンの姿が見えなくなり、八本足の足音が聞こえなくなってから、エミィはようやく息を深く()くことが出来た。

 

 

 ……だけど、のんびりしてもいられない。

 エミィは、隠れ家に置いてきた子供たちのことに思い至り、戦慄する。

 

 メガヌロンは床下から現れた。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 カマキラスはどうかわからないが、あいつらもバカではないし、遅かれ早かれ見つけるだろう。

 その地下の隠し通路を辿っていったその先には、子供たちの隠れ家がある。

 ボンクラ兵士にはバレない安全な隠れ家でも、メガヌロンやカマキラスに見つからない保証なんてどこにもない。

 そして奴らにとって、武器も持ってない子供たちなんて格好のエサだ。

 

 

 

 

 

 

 ――このままだと子供たちが危ない!

 

 

 

 

 

 

 エミィと少年は、隠れ家へと急いだ。

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