怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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プロレスです。このBGMはゴジラじゃないけど名曲。


55、Wonder Woman's Wrath

 メガヌロンの追撃から辛くも逃れ、隠れ家を脱したエミィと子供たち。

 

 幸運なことに、メガヌロンの体液を纏っているとカマキラスも寄ってこなかった。

 どうやらカマキラスよりもメガヌロンの方が強いらしい。

 あるいはカマキラスも人間狩りをするのに夢中で、メガヌロンなんかにかかずらわってる余裕はないのかもしれない。

 

(……まあ、どっちでもいいけどありがたい。臭いの効果が効いているうちに突っ切ってしまおう。)

 

 そうしてエミィは子供たちを引き連れ、メガヌロンとカマキラスに見つからないように、そして戦闘に巻き込まれぬように細心の注意を払いながら幾重にも遠回りして先へと進んだ。

 

 

 

 

 建物の外に出ると、既に日が暮れていた。

 ()は既に沈み、眩しい青空は暗い夜空へと塗り替えられて月明かりが差し始めている。

 ……時間をかけ過ぎた。愚図愚図してると夜になってしまう。

 エミィは周囲を見回した。

 

 数キロ四方の広場。

 あちこちに建物が建っていて、そして見通したフェンスの先には海が見えた。

 この広場を抜ければ、最初にエミィが連れてこられた埠頭だ。

 そして埠頭ならボートの一艘や二艘くらいあるに違いない。

 海上にはエビラの姿が見えたが、ZILLAとの取っ組み合いに夢中なのか人間たちには目もくれないようだった。

 

 

 空を見上げれば、昆虫怪獣の大群が上空を覆い尽くしている。

 

 メガヌロンが羽化した巨大肉食古代トンボ:メガニューラ。

 幼虫のメガヌロン以上に鋭利なハサミと、鉄板だって貫きそうなほど尖った尻尾の針。

 アンギラスと闘うのを諦めて逃げ出し始めた新生地球連合軍の兵士たち――LSOなのか真七星奉身軍なのかもはや区別はつかなかった――を頭上から急襲し、ひょいひょいと空中へ攫ってゆく。

 

 そしてメガニューラが取りこぼした獲物を、残忍な巨大肉食カマキリ:カマキラスが旋風のように切り刻んだ。

 まるで童話のカマイタチだ。風に乗って島中を駆け回り、鋭利な鎌で人間をスパスパ斬り殺してゆく。

 

 

 空の高いところでは、メガニューラたちを牛耳る超翔竜の王者:メガギラスと、先ほどエミィたちにも聞こえた雄叫びの主である火の悪魔:ラドンが、空中で格闘していた。

 体格で上回り膂力(りょりょく)で優るラドンと、機敏さに長け手数の多いメガギラス。

 くんずほぐれつで組み合い、火の粉と体液を撒き散らしながら、どちらも負けず劣らずの壮絶な殺し合いを繰り広げていた。

 

 ……幸いにも、メガヌロンの体液のおかげかメガニューラたちはこちらに見向きもしない。

 カマキラスも人間を殺すのに夢中で、メガニューラおよびメガヌロンの臭いがするエミィたちのことは相手にする気がないらしい。

 この広場を突っ切り、埠頭に停めてあるボートまで辿り着ければなんとか逃げられるかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、この『広場を突っ切る』というのが実は至難の業なのだということを、エミィはまもなく思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 建物を出ようとしたエミィの襟を、浅黒肌の少年がぐいと引き留めた。

 その次の瞬間、エミィの鼻先で、クルマが縦向きの高速回転をしながらブッ飛んできて、有り得ない角度で建物の壁にめり込んだ。

 

 『普通のクルマが、縦斜め四十五度の角度で壁に突き刺さる』

 そんな理解不能な異常事態に腰を抜かしかけたエミィだったが、続けて高鳴った雄叫びのファンファーレで、すぐにその原因が分かった。

 

 広場の駐車スペースで、身長60メートルの大怪獣が暴れ狂っていた。

 主役は暴龍、アンギラスだ。

 足元の戦車や建物を踏み躙ったり蹴り飛ばしたりしながら、渾身の力で大暴れしている。

 

 そんなアンギラスと戦っているのは、巨大なカマキラスとクモンガだった。

 ……ああ畜生、また怪獣が増えやがった。クモンガもきっとアンギラスやカマキラス同様にLSOに捕まっていたのだろう。

 そう思いながらエミィは、三大怪獣の暴れ狂う様を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カマキラスは俊敏に飛び回り、アンギラスの背中の上に取り憑くと、急所を掻っ切ろうと鎌を振り回した。

 だが、カマキラスの鎌は、アンギラスが纏っているクリスタルの鎧にはまるで刃が立たない。

 

 そんなカマキラスが鬱陶しいと言わんばかりに、アンギラスはカマキラスの鎌を口元へと手繰り寄せて食いつき、そして噛み砕いた。

 前肢を食い千切られた激痛でカマキラスは悲鳴を挙げ、アンギラスの背中から転げ落ちてしまった。

 

 

 カマキラスを振り落としたアンギラスに、顔面から巨大な投げ網が浴びせられた。

 毒グモ怪獣クモンガが発射した毒性の網、〈強縛デスクロス・ネット〉である。

 強力で粘着質な網で動きを封じ込め、浸透する麻痺毒でじわじわと蝕み、動けなくなったところで毒針でとどめを刺す。

 ……これで狩れなかった獲物はいない。

 クモンガは勝利を確信して笑うかのように牙を打ち鳴らした。

 

 

 だが、そんなクモンガの必勝戦術は、アンギラスには通用しなかった。

 アンギラスの体表で青白い火花が飛び散ったかと思うと、全身に浴びせたはずのデスクロス・ネットが一瞬にして炎上した。

 

 何が起こったのか理解出来ない様子のクモンガに、アンギラスの尻尾の一撃が直撃した。

 岩石よりも頑強な尾のハンマーが顔面へめり込み、クモンガは悲鳴と共に後退する。

 さらにアンギラスはそのまま尻尾を振り回し、クモンガの長い足を何本もまとめて叩き折ってしまった。

 

 こうしてクモンガとカマキラスをノックアウトしたアンギラスは、二体の怪獣を足蹴に踏み付けると、勝利の咆哮を上げた。

 

 そんな怪獣たちを御しようとLSOの兵士たちが銃を撃ちまくっているが、大した効果は得られないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな光景を眺めながら、エミィは思案した。

 眼前では、暴れるアンギラス、クモンガ、カマキラス。

 頭上では昆虫怪獣軍団の大群に、ラドンとメガギラスのデスマッチ。

 そして飛び交う無数の弾丸と砲弾。

 

 まさに怪獣大戦争だ。

 

 アンギラスたちが蹴っ飛ばしたクルマや建物の瓦礫は飛んでくるし、兵士たちが撃ちまくっている鉄砲の弾があちこちに飛び交っている。

 たしかにメガニューラやカマキラスたちはメガヌロンの臭いで誤魔化せるかもしれない。

 しかしこんな中を武器も持たない子供だけでふらふら歩いたりしたら、あっという間に叩き潰されるか、流れ弾で蜂の巣にされてしまうだろう。

 かといって機会を窺っている余裕もない。

 時間が経ってしまえば、なんとか海上に出られたとしても、エビラとZILLAのどっちかに捕まってしまう危険が高くなる。

 エビラとZILLAが戦いに夢中になっている今こそ、海へ脱出する最大のチャンスなのだ。

 

 広場の様子を改めて眺めてみる。

 数キロ四方の広場、地上で暴れ回っているアンギラスとクモンガ&カマキラス、空を飛び回るメガニューラ軍団。

 

 広場の真ん中に視線を移したとき、横転した戦車が目についた。

 おそらくアンギラスに蹴られたか、もしくは踏み潰されてしまったのだろう。

 戦車は引っ繰り返っていて完全なスクラップになっていたけれど、重たい車体が叩きつけられた拍子に、アスファルトで舗装された地面に大穴を空けていた。

 さらに周囲に目を向けてみるとアンギラスが尻尾か何かを叩きつけた跡だったり、弾き飛ばした砲弾が直撃した痕だったり、そんな塩梅で出来たと思われる穴があちこちに出来ていた。

 

 

 

 

 戦車、危険地帯、穴。

 エミィはひとつ、思いついたことがあった。

 

 

 

 

 ……ごちゃごちゃ悩んでいる時間が勿体ない。

 エミィは決断した。

 

(まずは自分からだッ!!)

 

 タイミングを見計らってエミィが駆け出し、まずは広場の真ん中で転がっている戦車のところまで走り抜けた。

 頭上のメガニューラとカマキラス、巨大なアンギラスの動き、そして吹っ飛んでくる瓦礫を全神経で警戒しながらの移動。

 真っ直ぐ走れば数十秒の距離、しかし今はとてつもなく遠く感じてしまう。

 

 そして戦車のところまでなんとか辿り着いたエミィは、その傍らの地面に空けられた大穴へその身体を滑り込ませた。

 それと同時に砲弾が風を切る音が頭上をかすめ、穴の中でエミィは耳を手で押さえ、目を固く瞑って身を縮こませた。

 飛んできた砲弾は頭上のすぐ傍で炸裂、穴の中にいたエミィは、殴られるような地鳴りと、雪崩のような泥と砂礫をたっぷり浴びせられる。

 エミィは、自分が爆死したかと思った。

 

 だが、エミィは無事だった。

 目を開けると、頭から足先まで泥と砂だらけになってしまっていたが、砲撃による負傷はまったく負っていない。

 

 やっぱりそうだ、とエミィは思った。

 この穴は、『塹壕』として使える。

 

 昔、リリセと一緒に観た映画――アマゾン族のスーパーヒロインが大昔の戦争で大活躍するという、リリセがお気に入りの映画だ――によく出てきた、『塹壕』というやつにそっくりだった。

 塹壕は、敵の攻撃から身を守るために兵隊たちが掘る穴だ。

 昔の戦争では、兵隊たちはこの塹壕を少しずつ掘り進み、敵の陣地へ攻め込んでいったらしい。

 

 それと同じ要領でやればいいのだ。

 この広場には、塹壕としてお誂え向きの穴ぼこがあちこちに開いている。

 しかも、穴の方を狙って攻撃してくる敵なんてものはいないし、既に開いている穴を使えばいいのだから、自分たちで穴を掘り進んでゆく必要すらない。

 穴から穴を伝って、少しずつ進んでゆけばいいだけだ。

 

 

 

 ……なんだ、ラクショーじゃないか!

 

 

 

 自分にそう言い聞かせながら、エミィは、穴から半身を乗り出して、子供たちの方へ手招きした。

 エミィの意図を汲んだ浅黒肌の少年は、エミィに合図を返し、子供たちを一人ずつ送り出し始める。

 全員を一斉に送り出したら危険だ。慎重に、だが迅速に。

 エミィと少年は互いに合図を飛ばし合い、巧みな連携で子供たちを一人ずつ塹壕まで導いてゆく。

 

 そうやって子供たち十人全員を無事、戦車の塹壕まで移動させることが出来た。

 あとは、殿(しんがり)を務める浅黒肌の少年を呼べばいいだけ。

 

「おうい、こっちだ! 急げ!!」

 

 エミィは塹壕から身を乗り出し、浅黒肌の少年を呼ぶ。

 浅黒肌の少年も建物から飛び出し、エミィの方へと駆け寄ってくる。

 

 

 

 

 

 まさにそのときだった。

 

 

 

 

 

 ぱぁん。

 銃声と共に、浅黒肌の少年が射抜かれたように足を止め、その場に倒れてしまった。

 

「どうした!?」

 

 塹壕から飛び出そうとしたエミィは、浅黒肌の少年の背後から現れた人物に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嬉しいねぇ、おまえらとまた会えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 LSOの少佐にしてエミィの宿敵。

 スヴェトラーナ=エヴゲノヴナ・モレクノヴァだ。

 

 全身ぼろぼろだったがしっかりとした足取りで立ち、右手のピストルからは硝煙が(くゆ)っている。

 ……あいつ、さっきカマキラスに殺されたんじゃなかったのか。

 信じがたい光景に愕然とするエミィは、モレクノヴァの左手になにかぶらさがっているのに気がついた。

 さっき大ダコが捻り潰したメガヌロンと、そのメガヌロンが食い千切ったカマキラスの頭だ。

 きっと、エミィがメガヌロンに襲われたときの様子を、モレクノヴァも見ていたのだろう。

 そしてモレクノヴァも気づいたのだ。

 こうやってメガヌロンやカマキラスの体液を纏っておけば襲われることはないと。

 

 ……バケモノかよコイツ。

 

 戦慄するエミィにモレクノヴァも気づき、銃を向けて(いびつ)に笑いかけた。

 あちこちの銃声と爆発音で耳が炸裂しそうだったが、遠くのモレクノヴァが何を言っているのか、不思議とわかった。

 

「おまえは後だ。長生きしたいだろ?」

 

 喉にナイフを突きつけられたかのような抜き身の殺意に、エミィは足が竦み上がってしまった。

 モレクノヴァは冷たくクスクス笑うと最優先の標的、つまり地面に倒れた浅黒肌の少年に向かって行った。

 

()ずはおまえからだ、汚いオスガキ。

 おまえだけは許さん」

 

 片手の生首を放り捨て、痛み止め、あるいはもっとヤバいクスリのたぐいだろうか、モレクノヴァは自身の首筋に使い捨ての注射器を打ち込んだ。

 モレクノヴァの瞳には、血に飢えたケダモノの眼光が喜々と輝いていた。

 

「逃がさないぞ、小僧……!」

 

 悪鬼そのものの形相を浮かべたモレクノヴァは、地面を這って逃げようとする浅黒肌の少年の顔面を蹴り上げた。

 さらに、起き上がろうとする浅黒肌の少年の腹部を蹴りつけて引っ繰り返し、血で染まった少年の銃創を踏みにじった。

 ……なんて汚い奴なんだ。後ろから撃った上に、その傷をいたぶるなんて。

 その様子を見ながらエミィは、知らず知らずの内に拳を固く握っていた。

 モレクノヴァは少年に言った。

 

「どうした。痛いか、オスガキめ。

 オトナをナメるとこういう目に遭うんだ。

 勉強になったじゃあないか、え?」

 

 苦悶に唸る少年の顔面を見下ろしながら、モレクノヴァはへらへらと嘲笑う。

 

「……わたしは、おまえみたいな生意気なオスが嫌いなんだ。死ね」

 

 そしてモレクノヴァが、少年の鼻先にピストルを突きつけたのを見た時だった。

 

 

 

 

 エミィの足が勝手に動いていた。

 

 

 

 

 飛んでくる流れ弾や瓦礫、作戦、モレクノヴァのピストル、そんなの知るもんか。

 塹壕からひとり飛び出したエミィは全力で駆け、そしてモレクノヴァに突進した。

 

 浅黒肌の少年を嬲り殺すのに熱中していたモレクノヴァは、エミィの突撃に気づくのが遅れた。

 エミィ渾身の捨て身タックルを受けたモレクノヴァは思い切り突き飛ばされ、エミィと一緒に地面に転がった。

 

「このっ、こんにゃろっ、このっ!!」

 

 エミィはマウントポジションで馬乗りになり、モレクノヴァをめちゃくちゃに殴りつけた。

 

「がっ、ぶっ、ごぶっ!?」

 

 モレクノヴァが呻いた。鼻面にエミィの拳が直撃し、鼻の骨を叩き折ったのだ。

 噴き出た鼻血を浴びながら、エミィは力一杯に殴り続けた。

 

「この、ナメるなよ、ガキが!!」

 

 モレクノヴァも一方的に殴りつけられてるだけではなかった。

 当然だ、体格も格闘術も上回るモレクノヴァの方が強いに決まっている。

 組み付いていたエミィの華奢な身体を振り落とし、モレクノヴァは立ち上がった。

 

 振り飛ばされたエミィは、モレクノヴァが落としたピストルを拾おうと手を伸ばしたが、寸でのところで先にモレクノヴァに拾われてしまった。

 先手を取られたエミィは浅黒肌の少年のところへ縋りつき、少年を庇うように覆い被さった。

 ピストルを拾い上げたモレクノヴァは鼻血を滴らせながら、エミィと少年を忌々しげに見下ろしている。

 

「……仲良しカップルってわけか。

 いいだろう、望みどおり一緒に殺してやる」

 

 そして鼻血を拭いながら、モレクノヴァはピストルを構えた。

 エミィもそんなモレクノヴァを睨み返した。

 

 ……目を逸らしたら負けだ、と思った。

 おまえなんかに負けてたまるか。

 おまえにだけは絶対に負けない。

 おまえみたいな、弱い者いじめをやめられない弱虫なんかには、絶対に!

 

 ピストルを向けているモレクノヴァに、エミィは一歩も引かなかった。

 

「……ふん」

 

 そんなエミィを、モレクノヴァは血みどろの鼻で笑った。

 そしてモレクノヴァがカチリ、とピストルの撃鉄を引き起こしたとき、

 

 

 

 

 べちゃっ。

 モレクノヴァの肩に、黒い塊が直撃した。

 

 

 

 

「なんだ……?」

 

 モレクノヴァが自分の肩にべっとりついた黒いものを手にとっていると、間髪入れず二発目が飛んできた。

 今度は石ころだ。

 石はモレクノヴァの側頭部に命中、額に巻いていた包帯が外れ、傷口から血が噴き出した。

 

「痛っ……!?」

 

 飛んできた方向へ振り向いたモレクノヴァに、無数の石つぶてや泥んこ玉の大群が襲い掛かった。

 

 

 他方エミィは、一体なにが起こったのかよくわからなかった。

 ……なんだ、今の。

 石ころの飛んできた方角に振り返ると、そこには子供たちの姿があった。

 塹壕から身を乗り出した子供たちは地面の石ころや泥塊を手に取り、モレクノヴァに向かって次々と投げつけていた。

 

「くっ、このっ、やめろっ、クソガキッ……!」

 

 雨霰(あめあられ)と飛んでくる石や泥に、モレクノヴァは腕で身を庇うことしか出来ない。

 このときエミィは一つの事実を理解した。

 ……かつては大人たちに怯え、逃げることすら尻込みしていた子供たち。

 そんな彼らが今や少年とエミィを護るために自ら立ち上がり、恐ろしい大人のモレクノヴァと戦おうとしてくれている。

 エミィと少年の勇気が、子供たちの心にも火をつけたのだ。

 ……わたしが立ち上がったのは無駄じゃなかったんだ。

 エミィはそう感じた。

 

 

「この、ガキがァアアアアアアアア!!」

 

 

 顔中を血だらけにしたモレクノヴァが大声で吠え、ピストルを塹壕に向けて撃った。

 乾いた発砲音と共に塹壕の泥が弾け飛び、怯んだ子供たちは塹壕の奥へと引っ込んでしまった。

 この隙を突いて、怒り狂ったモレクノヴァが塹壕の方へと向かってゆく。

 

「生意気なガキどもめ、まずはおまえらから殺してやるッ!!」

 

 ……マズい!

 エミィがモレクノヴァを阻止しようと飛び出した、まさにその時であった。

 

 

 

 

 

 

 モレクノヴァの体を、鋭い何かが刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 バキバキと肋骨が砕ける音が響き、尖った鈎針(カギバリ)と共に、突き破られた胴体から血が噴き出した。

 

「なっ……!?」

 

 モレクノヴァの体を刺し貫いたのは、メガニューラの尻尾の針だった。

 エミィもモレクノヴァも、互いの戦いに夢中だったせいで、すぐ頭上にメガニューラが迫っていたことに気付かなかったのだ。

 

 そしてメガニューラの方も、モレクノヴァのことは人間だと見抜いたようだ。

 こんな往来の真ん中に突っ立っていて、しかも顔面流血状態で血の匂いをぷんぷん漂わせている人間など、メガニューラにとっては絶好の標的でしかない。

 

「この、離せっ、バケモノが!」

 

 クスリの影響によるものか、痛みに喘ぐこともなくモレクノヴァは暴れていたが、巨大な肉食トンボのメガニューラにとって人間の女一人なんて荷物でもなんでもないようだった。

 メガニューラは、モレクノヴァをハサミで掴まえると、そのまま上昇を始めた。

 ブーツを履いたモレクノヴァの足が地面を離れ、じたばたもがくモレクノヴァの身体は宙へと浮き上がる。

 

「よせ、やめろ! はなせ! はなせ!」

 

 振り解こうと身を捩るモレクノヴァに、他のメガニューラたちも気づいたようだった。

 二頭目、三頭目、四頭目、メガニューラたちが次々と集まってきて、死に物狂いで暴れるモレクノヴァを集団で羽交い締めにして空中へと持ち上げた。

 モレクノヴァが絶叫する。

 

「う、うわああああああああああ…………!!」

 

 そしてメガニューラたちは、捕まえたモレクノヴァをそのまま空高くへ(さら)っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなモレクノヴァの破滅をエミィが茫然と見上げていると、つむじ風と共にメガニューラが一頭舞い降りてきた。

 

 メガニューラは浅黒肌の少年に覆いかぶさっていたエミィを突き飛ばすと、身動きできない少年を両手の鋏で捕まえた。

 少年は抵抗していたが、怪我を負った今の状態で振り解けるはずもなく、あっという間に鋏と六本肢で抱え込まれてしまった。

 そのときエミィは理解した。

 ……さっきのメガヌロンと同じだ。たまたま目の前に獲物がいたから捕まえただけ、メガニューラはわたしたちを助けてくれたわけじゃない。

 そしてそんなメガニューラが、弱った()()を見逃すはずがない。

 

 

 メガニューラは少年を攫うつもりなのだ。

 

 

「させるかよっ!!」

 

 エミィは咄嗟にメガニューラの尾を掴んだ。

 

 少年を攫おうとしたメガニューラは土壇場でバランスを崩し、上手く飛び立てなかった。

 エミィはメガニューラの尾針に刺されないよう注意しつつ、尻尾を掴んだまま両足で地面へ力いっぱい踏ん張った。

 ……浅黒肌の少年(こいつ)はわたしのことを何度も助けてくれた。命の恩人をこんな肉食トンボなんぞに喰われてたまるか。

 他方、人間の子供が自分の尻尾を捕まえていることに気づいたメガニューラが、より激しく翅をばたつかせる。

 途端、エミィの足がずるずると地面を滑り、やがて宙へと浮き上がり始める。

 

「わ、わわっ!?」

 

 エミィは腕に力を込め、全体重を掛けてメガニューラにぶら下がったが、無情にも少しずつ身体が浮き上がってゆくだけだった。

 このままだと一緒に餌にされるか、振り落とされてしまう。

 

 

 

 その時、塹壕から子供たちが飛び出してきた。

 

 

 

 子供たちは一斉にメガニューラの尻尾へと飛び掛かって、地面へと引きずり降ろした。

 突然百キロ以上の加重が掛かったことでバランスを崩し、ピギィと間の抜けた悲鳴を挙げながら思いきり地面に叩きつけられてしまうメガニューラ。

 地面に伏せたメガニューラを、子供たちは全員で羽交い締めにした。

 浅黒肌の少年を助けるため、エミィに倣ってメガニューラを飛び立たせないよう押し競饅頭のスクラムを組んでいた。

 ……そういえば日本のミツバチはこうやって、敵のスズメバチに寄ってたかって蒸し焼きにしてやっつけるんだよな。

 そんな蘊蓄がエミィの脳裏をよぎった。

 

 一方メガニューラの方は、苛立たしげに唸り声を挙げながら翅をばたつかせ、懸命に飛び立とうとしていた。

 しかし流石のメガニューラも、子供十人がかりに捕まってしまっては飛ぶことなど出来ない。

 

「絶対に離すな!」

 

 エミィの号令に子供たちは一致団結し、渾身の力でメガニューラにしがみついた。

 全身を締め上げられたメガニューラが悲鳴を挙げ、より一層激しくのたうち回った。

 ……こうなりゃ根比べだ。メガニューラが離すのが先か、こっちが振り落とされるのが先か。

 そんなことを考えながらしがみついていたエミィは、外の方から聞こえてくる別の羽音に気づいた。

 

 視線を向けると、別のメガニューラがこちらに向かってくるのが見えた。

 仲間がいるのはメガニューラも同じだ。兄弟のメガニューラが追い詰められているのを見かねて、助けに来たのだ。

 

 助太刀に現れたメガニューラは、子供たちのスクラムを引っぺがしに掛かった。

 しがみついていた子供たちを一人ずつ鋏で掴むと、力ずくで引き剥がしてゆく。

 子供たちは必死にしがみついていたが怪獣の腕力には到底かなわない。

 ……マズイ、このままだと少年を攫われてしまう。

 モモが一層腕に力を込めた、まさにその時。

 

 

 

 

 

 

 空が爆発した。

 

 

 

 

 

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