怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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61、追跡

 ゴジラとアンギラスが闘っているあいだ、エミィと子供たちは建物の中に逃げ込んでいた。

 ……戦争は起きるわ、ゴジラは出るわ。まったく、絵に描いたような最悪の事態である。

 おまけにフネをゴジラに焼かれてしまった、脱出作戦については仕切り直すしかない。

 

 それよりも喫緊の問題は、浅黒肌の少年が負った怪我だ。

 

 モレクノヴァにピストルで撃たれた肩の傷。

 子供たちに担がれた少年を見てみると、止血のために巻いたリボンと布切れがグッショリと濡れていた。

 少年はなんとか表情を取り繕おうとしているが、顔色が真っ青で息が荒い。きっと痛くて堪らないはずだ。

 ……なんとかしないといけない。

 

 運がいいことに、あの恐ろしいメガヌロンは一匹も見当たらなかった。

 全て羽化してメガニューラとなってしまったのだろう。

 カマキラスがいないのも、きっとさっきのゴジラの熱線で一掃されてしまったのかもしれない。

 しばらく歩いた先で、〈医務室〉と表札のかかった部屋を見つけたエミィたちは中に入った。

 

 

 

 

 医務室には誰もいなかった。

 薬品棚を漁ってみると、消毒薬や無菌ガーゼ、包帯、針と糸など、手当てに必要そうなものは一通り揃っていた。

 担いでいた少年をベッドに寝かせてから、エミィは思案した。

 『少年の怪我が手に負えるかどうか』

 ちょっとした傷ならどうにかなる。屋外でジャンクパーツを拾って弄るのが日課であるエミィにとって生傷は見慣れたもので、応急手当や傷の縫合についても多少の心得はある。

 だが、こんな大怪我を診るのは初めてだ。銃で撃たれた傷なんて処置できるだろうか。

 ……今ここにレックスがいてくれたらいいのに、とエミィは思った。

 多摩川河川敷でアンギラスと戦ったとき、レックスがリリセの重傷を治してくれたのを思い出す。

 あいつがいてくれたら、これくらいの怪我なんてチョチョイのチョイだろうに。

 

 だけど、無いものねだりをしても仕方ない。

 腹を括れ、エミィ=アシモフ・タチバナ。

 

 ビニール手袋を嵌めたエミィは深く息を吸い、ベッドに身を横たえた少年の肩の止血帯をほどいた。

 

 

 鮮血の赤。

 剥き出しの肉と骨。

 あまりに痛々しい傷。

 

 

 思わず気が遠くなりそうになったが、寸前で踏みとどまった。

 ……しっかりしろ。

 手当てしてるわたしがこんなところでブッ倒れてどーする。

 こいつはもっと(つら)いんだ。

 

 大丈夫だ、昔ガラクタ漁りしてて足を思いきりクギで貫通してしまったことがある、あれがちょっと大きくなっただけだ。

 自分自身へそう言い聞かせながら、エミィは少年に告げた。

 

「……大丈夫だ、大したことない。でも動くと危ないから体を縛らせてもらう。それでもいいか?」

 

 エミィの確認に、少年が青白い顔で頷く。

 少年の合意を取ったところでベッドについていたベルトで両手足を縛り、舌を噛まないようにタオルを噛ませると、エミィは手術を開始した。

 

 少年にとって幸運だったのは、弾が貫通していたこと。

 そして大事そうな神経や急所は外れていて、骨も折れていないことだ。

 撃たれたときに倒れたのは、着弾の衝撃で吹っ飛ばされただけだ。

 ……運が良かった。もし腕が動かせなくなったりしたら可哀想だもの。

 

 傷口を洗って消毒し、見様見真似で傷を縫い、抗生剤の軟膏を塗って、ガーゼを当てて包帯を巻く。

 その間、少年はタオルを噛み締めながら懸命にじっと堪えていた。

 

 少年の表情を、エミィは直視できなかった。

 ……麻酔無しの手術なんて、痛くて堪らないだろう。

 こんなガキのお医者さんごっこなんかじゃなくてプロによる本格的な手術でもしてあげられたらいいのかもしれないが、生憎そんな技術は持っていない。

 

 手当てが終わり痛み止めを飲ませようとしたとき、傷が疼いたのか少年が低く唸った。

 

「大丈夫か?」

 

 エミィが訊ねると浅黒肌の少年は、大丈夫、と頷いた。

 少年の顔色は先程よりずっと良くなっていたが、それでも血の気は薄いように思える。

 ……少し休ませたほうがいいな。

 エミィは、痛み止めを飲ませた浅黒肌の少年をベッドに寝かせて、窓から外の様子を窺った。

 

 

 

 

 ゴジラとアンギラスの怪獣プロレスは、いつのまにか選手が交代していた。

 

 アンギラスはどうなったのやら、影も形も見当たらない。

 そういえば他の怪獣たちもの死体も消えている。

 ZILLAやエビラ、メガギラス、ラドン、クモンガ、あんなにうじゃうじゃいたカマキラスやメガニューラの死体すらない。

 まるで誰かが掃除でもしてくれたみたいに、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 怪獣プロレスのリングに立っているのは二体。

 片方は真っ黒なゴジラ、そしてもう片方は白銀のメカゴジラだ。

 ……メカゴジラ。

 かつてリリセと一緒に観たエガートン=オーバリーの映画に出てきた姿とそっくりだったが、エミィは別のことを思い浮かべた。

 クリスタル状の背鰭にカギ爪を備えた手足、長い尻尾、そして赤く光る眼。

 

 

 間違いない。

 あいつはメカゴジラⅡ=レックスだ。

 

 

 鬱陶(うっとう)しいくらい御節介で、だけど素直で正直者なレックス。

 ハイテクのくせにガキっぽくて、だけどどこか憎めないレックス。

 エミィとリリセを何回も救ってくれた、優しくて頼りになるレックス。

 そのレックスは今や、身長五十メートルのナノメタル大怪獣に成り果ててしまっていた。

 LSOのクソッタレどもが、気の良いあいつを改造してしまったのだ。

 ……可哀想なレックス。

 だけど、どうしてやることもできない。

 

 ゴジラ対メカゴジラに続いて、エミィは新生地球連合軍の様子を窺った。

 アンギラスと怪獣軍団の暴走にくわえ突然のゴジラ出現、さらにメカゴジラの起動で混乱しているのか、それとも最初からただの寄せ集め集団だったからなのか。

 どれが理由にせよ新生地球連合軍の指揮系統は完全に崩壊し、LSOも奉身軍も軍隊らしい統制のとれた動きなど完全にとれなくなっていた。

 そんなわけで、エミィと子供たちがこんな風に堂々と医務室を専有していてもバレる心配はなさそうだ。

 

 

 

 

 ……というようなことを考えていたとき、医務室の外の廊下から足音が聞こえていることにエミィは気づいた。

 

「みんな、隠れろっ……!」

 

 小声で子供たちに指示し、ベッドのカーテンを閉めて少年を隠すと、エミィ自身は廊下側の壁にぴったり身を寄せて様子を窺った。

 足音は数人分。たぶん大人だ。

 動くのに合わせてチャラチャラと金属音が混じっているのは、きっとライフルや防弾チョッキなどを装備しているからだろう。

 ……ここに隠れているのがバレたのか?

 いや、怪獣たちが暴れまくっているこの最中だ、子供が十人逃げたくらいでムキになって探しに来るとも思えない。

 といって、見つかったところで助けてくれるわけでもないだろう。武装しているのだとしたら危害を加えられるかもしれない。

 エミィと子供たちはじっと身を潜めた。

 幸運なことに、廊下の足音は医務室のことなど気にもかけず足早に通り過ぎて行った。

 ……ふう。

 エミィは軽く息を()きながら、ドアの窓から廊下の外を窺う。

 歩いていたのはやはり思ったとおり、LSOの兵士たちだった。

 その中に、見覚えのある顔があった。

 

 

 マティアス=ベリア・ネルソンだ。

 

 

 ネルソンが率いている一隊の動きに、エミィは違和感を覚えた。

 他がパニック状態でまったくめちゃくちゃな動きをしているのに、ネルソンが率いる部隊だけは明らかに落ち着いていて、動きに迷いがない。

 ……まるで行き先が決まっているみたいだ、逃げ場なんてどこにもないはずなのに。

 そのときエミィの中でひらめくものがあった。

 

 

 

 

 もしかして、どこかに逃げ道があるのかも!

 

 

 

 

 ……ネルソンのやつ、どうやったか知らないけどこういう事態になることをあらかじめ予測していたのだろう。あのズル賢いネルソンのことだ、ならばきっと逃げ道だって。

 エミィはその僅かな希望に賭けることにした。

 エミィは壁掛け時計を指差しながら、ベッドに横たわる浅黒肌の少年と子供たちに告げる。

 

「わたしが様子を見てくるから、おまえらはここで休んでろ。

 二十分経って戻ってこなかったら、わたしにかまわず先に逃げてくれ」

 

 言うことだけ言って、医務室を出てゆこうとしたときだった。

 

 

 ――行かないで!

 

 

 そう呼び止められたような気がして振り返ると、ベッドに横たわった少年が懇願するような弱々しい目つきでエミィを見つめていた。

 

 ――行ったら殺されてしまうよ! お願いだからここにいて!

 

 少年は泣きそうな顔をしていた。

 そんな少年を見ていたエミィは、ふと先日までの自分の行動を思い出した。

 ……リリセがアンギラスやメカニコングに挑んでいったとき、エミィは必死に止めようとした。

 当たり前だ、死ぬかもしれないのだから。

 その判断が間違っていたとは今でも思わない、死ななかったのはたまたま運が良かっただけだ。

 なんでリリセはそんなときまでヘラヘラ笑っていられるのか、エミィには不思議でならなかった。

 だけど今、そのときのリリセの気持ちがわかったような気がした。

 ……あのとき、あいつもきっとこんな気分だったんだろうな。

 だからエミィは、リリセから言われたのと同じ言葉を少年にかけてやることにした。

 

 

「……大丈夫、大丈夫だから」

 

 

 そう言いながらエミィはベッドに腰を掛け、少年の頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

「さっき、モレクノヴァをブッ飛ばしてやったところを見てただろ。

 そんなわたしが、ネルソンみたいなチンピラなんぞに殺されると思うか?」

 

 ……わたしは、上手く笑えているだろうか。

 リリセと違って愛想笑いが苦手だから、あまり自信がない。

 

 そんなエミィの懸念は他所に、少年は()()()()と瞼を閉じていった。

 ……痛み止めが効いてきたのかもしれない。

 でなければ体力の限界だったのだろう。

 あれだけ走り回って、大暴れして、銃で撃たれて、素人手術までされて。

 これまで意識を保っていたのがおかしいのだ。

 

「……おやすみ、相棒」

 

 浅黒肌の少年が眠り込んだところで、エミィは少年の看護を他の子供たちに任せて医務室を後にした。

 次のエミィのミッションは『マティアス=ベリア・ネルソンの尾行』だ。

 

 

 

 

 

 

 ネルソンの後を()けながら、エミィ=アシモフ・タチバナは考える。

 ……これだけの騒ぎだ、おそらく今のネルソンたちは脱出路に向かっているのだろう。

 上手くいけば、わたしたちだってフネのひとつやふたつ手に入れられるかもしれない。

 これはバクチ、賭けだ。

 当てが外れるかもしれないし、バレて殺されるかもしれない。

 運良く海に出られたところで、別の怪獣に襲われたりするかも。

 だが、逃げ場のない島にぐずぐず居残り続けるよりはマシだろう。

 

 それに今日のわたしはとってもツイてるんだ。

 アンギラスを脱走させる作戦も上手くいったし、メガヌロンやカマキラス、モレクノヴァの襲撃からも生き延びたじゃあないか。

 だからもう一回、バクチに勝つくらいの運もあるだろうさ。

 ……そう自分に言い聞かせ、エミィはこっそりネルソンのあとを尾けてゆく。

 

 ネルソンたちはセントラルタワーの根元に辿り着き、いくつか隠し扉のようなものを抜けて地下へ地下へと進んで、やがて最下層へと辿り着いた。

 

 そこは潜水艇のドックだった。

 潜水艇がいくつか泊めてあったが、地上の兵士たちはここの存在自体を知らないのかネルソンたちのほかには誰もいない。

 エミィはそのうちの一艇――船体に『α(アルファー)』と描いてあった――を調べてみた。

 放射線を防ぐ特殊コーティングの施された高速潜水艇。

 おそらくゴジラ襲撃に備えて、幹部たちだけでも逃げ出せるように用意されていたのだろう。

 

 ……しめた、とエミィは思った。

 ビルサルドの技術でアップグレードされてはいるが、ベースは地球の潜水艇だ。

 このタイプなら自分でもなんとか操縦できるかもしれない。

 もし制御スクリプトがビルサルド十六進コードなら、エミィでもセットアップぐらいはできる。

 サルベージ用の潜水艇やボートならリリセと一緒に動かしたことがあるし、ビルサルドの技術で改造してあるにしても設定し直せば普通の潜水艇と変わらない。

 連れてきた子供たちを全員載せると少し過剰積載なきらいもあるが、背に腹は代えられない。

 あとは手動操縦(マニュアル)でなんとかするさ。

 

 ……エミィにビルサルド十六進コードを教えてくれたのは他ならぬ父、レオニード=アシモフだった。

 エクシフに誑かされて家族を蔑ろにし、母を泣かせ、献身の信仰とかいうくだらない妄言のために娘を一人置き去りにして逝ってしまった父。

 そんな愚かで身勝手な父がエミィは大嫌いだったし、今も好きにはなれないと思う。

 

 しかし、こうして独りで頑張ってみると、父を一方的に責めてやろうという気持ちにもなれなかった。

 ……こんな弱っちいわたしが生きていられるのは、単に運がいいだけだ。

 大人たちだってそうだ。ズルいわけじゃない、ただ弱いだけなんだ。

 わたしのパパもそうだ。

 パパはとても弱くて、とてもツイてなかった。

 もうちょっと強くて、もうちょっとツイてたら、今だってきっと生きていただろう。

 パパは悪くない。本物の悪党ってのは、弱いヒトを食い物にしたり弄んだりするクズのことだ。

 そう思えるようになっていた。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、着々と歩き続けていたネルソンたちの足音が止まった。

 ……どうしたのだろう。

 積まれたコンテナの影に素早く身を隠したエミィは、その隙間からそっと覗き込む。

 

 ネルソンたちはある人物と対面していた。

 その人物の姿を見たエミィは危うく声を上げそうになり、口元を両手で押さえた。

 暗闇でも浮き上がる白装束。

 垣間見える長い金髪。

 微笑みを貼り付けたような仮面。

 一度見たら忘れられないインパクト。

 

「……ここで待っていればお会いできると思っていましたよ、ネルソン」

 

 ネルソンにそう会釈する白い怪人。

 その正体は真七星奉身軍の教祖にして聖女、エクシフのウェルーシファだ。

 ……しかしどうしてこいつがこんなところにいるんだ?

 エミィは混乱した。

 

「これはこれは。わざわざ御出迎えにいらっしゃるとは恐悦至極です、ウェルーシファ()

 

 そんなウェルーシファに対し、ネルソンはやけに恭しく、そしてやけに慇懃に頭を下げた。

 

「聖女サマのやんごとなき御考えは、おれみたいな下々の者風情にはわかりかねますがね。

 ()()()()()()、マフネ=アルゴリズムのサンプルはちゃんと持ち出して参りましたよ。

 なにはともあれ、これでおれは、あなたがた真七星奉身軍の一員だ」

 

 ……一体どういうことだろう。

 エミィにはわけがわからなかった。

 

 LSOと真七星奉身軍は敵同士じゃなかったのか。

 なのに、なんでネルソンが真七星奉身軍のウェルーシファにへりくだってるんだ?

 そしてウェルーシファも、ネルソンが目の前にいるのになんで平然としていられるんだ??

 

「ええ。これであなたの運命も、このわたくしと共にある」

 

 そう答えるウェルーシファの様子を見ているうちに、エミィはひとつの真相に辿り着いた。

 ――タチバナ=サルベージにメカゴジラ回収を依頼してきた、正体不明の人物。

 ――まるでリリセたちの到着を見計らったかのようにヒロセ家を襲撃してきたLSO。

 ――そこへタイミングよく現れた奉身軍。

 

 そして、真七星奉身軍襲撃とゴジラ出現を予測していたかのような、ネルソンの冷静な動き。

 そもそもネルソンはこの事態をどうやって予知したのだろうか。

 その答えは簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 ウェルーシファとネルソンは、最初からグルだったのだ。

 

 

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