怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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63、おわりのはじまり

 

 

 ウェルーシファの義眼が一瞬、光ったような。

 それと同時に、ネルソンの背後で重たいものが倒れる音がした。

 

「……え?」

 

 振り返ると、背後にいた兵士のひとりが口から血を吐きながら地面に倒れ伏していた。

 ビリヤードを突いた連鎖反応のように、兵士たちが声もないままバタバタと倒れてゆく。

 その全員が、口と鼻から大量の血液を噴き出していた。

 広がってゆく血溜まり。

 その場に立っているのは、ネルソンとウェルーシファだけになった。

 

「お、おいっ、なにしやがった!?」

 

 たった一人きりにされて動転するネルソンに、ウェルーシファは飄々と答えた。

 

「お気に召しませんか?

 巷では魔女と呼ばれておりますので、ここはひとつ魔女らしく『魔法』を使ってみましたが」

「魔法、だと……!?」

「ええ」

 

 呆然とするネルソンに、にこやかに笑うウェルーシファ。

 ……魔法だと?

 現実と認知の齟齬が、ネルソンの足元をぐにゃりと歪ませる。

 

「この狭い世界の実存しか捉えようとしないあなたには、決して見えない魔法ですよ。

 ああ、それとも聖女らしく、『奇跡』とでも言いましょうか?」

 

 ……バカな。魔法だと。奇跡だと?? ふざけやがって。

 そう怒鳴り返してやろうとしたネルソンだったが、声にならなかった。

 

 ネルソン自身の鼻と口からも、大量の血液が溢れ出たからだ。

 

 ネルソンの全身を高熱が襲い、ぐにゃぐにゃになった手足から力が抜け、周囲の兵士たちと同じようにその場へ倒れ込む。

 

 地に伏したネルソンたちに対し、ただひとり、ウェルーシファだけが直立していた。

 あんた、一体、なにをした。

 そう口にしようとするネルソンだったが、気道から込み上げてくる血で窒息し呼吸すらままならない。

 

「……見縊られたものですねえ。

 我々エクシフが鍛えているのが、数学だけだとでも思っていたのですか?」

 

 地面に這い蹲ったネルソンの頭上から、ウェルーシファの穏やかな声が届いた。

 

「あなたがたは、我々エクシフが数学以上に『言葉』に長けた種族であることを見落としている。

 あなたの体内ナノマシンは、ハードはビルサルド由来でもソフトはエクシフ由来のゲマトロン言語で書かれている。

 たとえ姿形(すがたかたち)が違おうと、話す言葉が同じなら瞞着(まんちゃく)するのはそう難しいことではない」

 

 ネルソンたちの体内ナノマシンにクラッキングを仕掛けた、とでも言いたいのだろうか。

 たしかにゲマトロン演算結晶の端末を持ってはいたが、そもそもゲマトロン演算結晶にそのような通信機能はない。

 入口がないのに、いったいどうやって侵入したのだ。ありえない。

 

 混乱するネルソンの内心を見透かしたかのように、ウェルーシファは答えた。

 

「だから御説明申し上げたではありませんか。あなたには決して見えない『魔法』だと。

 あなたは大切なことをわかっていない……」

 

 魔法も奇跡もあるわけがない。すべては合理的な説明がつく。

 かつてビルサルドのヘルエル=ゼルブに師事したネルソンは、そう考えていた。

 しかし今、ネルソンの知る世界を超えた事象が起こっている。

 

 ウェルーシファは、呻くことすらできないネルソンの傍にかしづき、穏やかに告げた。

 

 

 

「わかっているつもりで何もわかってはいない、あなたもそんな小賢しい人間の一人にすぎないということですよ」

 

 

 

 

 「ナノマシンだけではない」とウェルーシファは言った。

 

「この世界は物語のようなもの。

 ゲマトロン演算はその物語へと干渉するテクノロジー、すなわち神の言葉。手にとって触れられなくとも神は実在するのです。

 ……まぁ、あなたごときに説明したところでおわかりいただけるとは思えませんが」

 

 ウェルーシファの長話を、ネルソンは聞いていなかった。

 大量の血を吐きながら床を転がるネルソン。

 

「ごぼっ……がっ……!」

 

 灼熱の激痛で皮膚の感覚は既になく、目がかすみ、三半規管は踊り出し、いつしか聴覚までもが狂い始めている。

 今やウェルーシファの声が遠くから響いているようにも、耳元で囁かれているようにも聞こえている。

 そんなネルソンを、ウェルーシファが優しく抱き上げた。

 ウェルーシファの白装束を、ネルソンの全身から噴き出た鮮血の赤が汚してゆく。

 

「……かつて地球で流行したウィルス感染症、その症状を再現してみました。

 免疫系を狂わせ、高熱で全身を焼き、肉体を構成するタンパク質を溶かしながら速やかに死に至らしめる……

 惨たらしいものですよ、全身の穴という穴から体液すべてを零れさせながら迎える最期は」

 

 ウェルーシファが説明する中、ネルソンが何事かを呟いた。

 

「やく、そくが、ちが……」

「……『約束』?」

 

 胸倉を掴もうと力なく手を伸ばすネルソンに、その手をそっと握りながらウェルーシファはフフと笑った。

 

「先に銃を向けたのはそちらでしょう?

 それに、()()()()()()()()()()()()()()ものですよ」

 

 ところで、と血にまみれたウェルーシファが、ネルソンに囁きかける。

 

「ところで如何です。

 我らの『神』ならば、あなたを救って差し上げられますが」

 

 エクシフの神にお願いすれば助けてくれる、とでもいうのだろうか。

 祈って助かるなら苦労はない。

 そんなネルソンの思考に答えるように、ウェルーシファは首を横に振った。

 

「いいえ。しかし、魂は救われます。

 滅びに至る道程(みちのり)は安らかであるべきだ」

 

 祈れば魂は救われる。

 そんな提案、平時のネルソンなら鼻で笑うところだ。

 

 しかし、全身から血液を噴き出して痙攣し、高熱に脳を燻られ、無力に糞尿を垂れ流し続けながら苦痛に苛まれることしか出来ない今のネルソンに、そんな冷静な判断力など欠片もなかった。

 朦朧とした意識に溺れてゆく最中、救い上げるように差し伸べられた藁へネルソンはすがってしまう。

 抱かれて見上げたウェルーシファの表情は、聖母のような慈悲深い微笑を湛えていた。

 

「いいでしょう。

 我らの神を讃える、その名を乞うだけでいい。

 声に出せないなら、心の中で祈るだけでかまいません。

 いいですか……」

 

 ウェルーシファは、ネルソンの耳元に顔を寄せ何事かを告げた。

 ネルソンは何も考えず、言われたとおりに心の中で祈った。

 

 

 

 

「“……我らが大旆(たいはい)を掲げよ”」

 

 

 

 

 神への救済を求めるネルソン。

 そんな彼を見下ろしながら、ウェルーシファが朗々と詠唱する。

 

 

「“我らは明星、ひとつにして無数。

 

 高位の門を開き、堕天の虹を迎え入れん。

 

 堕天の虹よ、無尽の輝きよ。

 

 地獄を天国に変え、堕ちたる明星を熾天の階へと導きたまえ。

 

 そなたの秘めたる真名を告げよう――――”」

 

 

 呪文のようなものを唱え続けるウェルーシファの背中から、人ならざる影が伸びていることにネルソンは気がついた。

 体内のセンサーは相変わらず何ひとつ検知していない。

 ……だからこそおかしい。

 センサーの挙動とは裏腹に、ネルソン自身の視覚が、感覚が、その存在を認識していた。

 

 

 なんだ、こいつは。

 一体なんなんだ。

 ウェルーシファが背負うこの『虹』は。

 

 

「……出世は男の本懐、でしたか。

 ならば喜ぶといい。『高次元存在との合一』、これ以上の()()などこの現世(うつしよ)にはありますまい」

 

 そう語るウェルーシファの背中から『蛇のような細長い頭のシルエット』が鎌首をもたげ、シルエットは『三つの頭を持った虹』となった。

 

 

 

 

 ピロピロピロピロピロ

 ケタケタケタケタケタ

 イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……

 

 

 

 

 『虹』は、笑い声とも電子音ともつかない奇怪な咆哮を挙げながら舌なめずりをしている。

 ……ネルソン、とウェルーシファは愛おしげに名を呼んだ。

 

「あなたはわたくしを憎むでしょうが、わたくしはあなたがたLSOも、総攻撃派も憎んだことはなかった。

 ゼルブの描いた夢がたとえそれが物質文明の傲慢さ故の絵空事だとしても、わたくしにはとても眩しかった。

 核兵器にありもしない希望を抱き続けた総攻撃派の愚かしさも、わたくしにとっては等しく愛おしい。

 この世界に堕ちたわたくしが捨てざるを得なかったモノたち。

 ビルサルドの理想も、総攻撃派の執念も、それらを愚弄したあなたの卑しささえ、わたくしにはかけがえのないものでした……

 

 その『献身』は、決して無駄にしない」

 

 

 ネルソンを包み込むように抱きかかえながら、胸元で祈りの聖印を結ぶウェルーシファ。

 それはかつて西洋のルネサンス期に数多く創られた『死んだ息子を抱く聖女の彫刻』、いわゆる『ピエタ』によく似ていた。

 

 

「ですからどうか、最期だけでも、あなたがたのために祈らせてください。

 新生地球連合軍の終焉に、救済があらんことを――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてウェルーシファは、胸の中で抱きしめていたネルソンを『虹』へ差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『虹』はネルソンを咥えて食らいついた。

 三本の頭を持つ『虹』は、すぐさま頭同士で餌の奪い合いを始めた。

 三つの頭で我先に争ってがっついているうちに、『虹』は獲物ことネルソンを取り落としてしまった。

 冷たい金属の床へ投げ出されるネルソン。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 全身をずたずたに食いつかれても、ネルソンはナノメタルの生命維持機能のおかげで生きていた。

 床に這い蹲ったネルソンは辛うじて無事な片腕を伸ばして床の溝に指をかけ、体を引きずりながらその場から逃げようとする。

 

 

 そのネルソンの指を『虹』は毟り取った。

 

 

 絶叫するネルソン。

 その足首に『虹』が食らいつき、ネルソンを逆さまに吊し上げた。

 首の一本がネルソンを押さえつけ、残り二本がしゃぶりつく。

 手足の関節すべてを捩じ切りながら脇腹と肩を噛み砕き、目鼻耳舌を引っこ抜いて、喉を抉り取る。

 鳥の羽根を毟るようにネルソンの身体を少しずつ啄んでゆく『虹』。単に殺すのではない、面白半分で玩具にしているのだ。

 ……かつてネルソン自身が、多くの人間たちを愚弄してきたように。

 

「……ッ……っ!…………ッッ!!…………」

 

 『虹』に噛みつかれるたび、声の無いまま悲鳴を挙げるネルソン。

 八つ裂きの細切れにされ、それでもなお死ねない断末魔。

 『虹』に食い殺されながらネルソンは、ウェルーシファのいう『神』へ救いを求めた。

 

 

 

 

 だが、聞き入れてくれる神などいない。

 こうして、マティアス=ベリア・ネルソンは細胞の一粒まで丹念になぶられたあと、跡形もなく食われてしまった。

 

 

 

 

 ネルソンを喰い尽くし、飛び散った血飛沫も丹念に舐め取った『虹』は、まだまだ物足りないとばかりに首をするする伸ばし、ウェルーシファの眼前でのたうち回っている新生地球連合軍兵士たちへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一連の光景を、エミィ=アシモフ・タチバナは物陰から見ていた。

 

 ウェルーシファがなんだかよくわからない方法でネルソンたちを倒し、そしてなんだかよくわからない怪物を使って人間を喰い殺した。

 まるで砂場に描かれた絵が突風で吹き消されるみたいに、マティアス=ベリア・ネルソンたちの遺体は指一本、血痕ひとつ残さず消滅した。

 

 エミィは、自分は何かとんでもないものを見てしまったのだと悟った。

 今見つかったら、自分も間違いなく殺される。

 

 そう思った途端、おもむろにウェルーシファがこちらの方へ顔を向けようとしたので、エミィはすぐさま顔を引っ込めた。

 そしてウェルーシファの足音がエミィの方へと近づいてくる。

 ……エミィの存在を察知したのか、それとも単にこっちに用があるだけなのか。

 コンテナ一個を隔てた向こう側に、ウェルーシファが立ち止まった。

 

(……何をしてるんだ?)

 

 エミィが覗き込もうとしたコンテナの隙間から、先ほどネルソンを食い殺した『虹』がするすると顔を覗かせてきた。

 危うく顔が触れるところで慌てて引っ込め、エミィは喉を引きつらせそうになりながらより一層身を縮こませる。

 

 このときエミィにとって幸いだったのは、『虹』は自身で物が視えるわけではないらしいことだった。

 ウェルーシファ本人の視覚に頼っているのか、単にウェルーシファの操り人形でしかないのか。

 どちらなのかはわからないが、こうして顔が向きあっていても周囲を嗅ぎまわっているだけで、エミィには噛みつこうともしてこない。

 

 

 しかし、この『虹』に見つからなかったとしても、それを操るウェルーシファ本人に気づかれたらおしまいだ。

 コンテナの向こうにいるウェルーシファに気づかれぬよう、エミィは呼吸の音さえ漏らさぬように口元を抑え、顎がガチガチと音を立てそうなので指を噛んで堪える。

 ……恐ろしい。どれだけ身を縮こませようとも、全身の震えが止まらない。

 

 やがて『虹』が動き出した。

 気のせいだろう、とでも結論づけたのだろうか。

 『虹』はその細長い頭をするりと引っ込め、ウェルーシファの足音がコンテナを脇に通り過ぎて行く。

 エミィも静かに立ち位置を変え、ウェルーシファから死角になるように移動する。

 一瞬垣間見えたウェルーシファの背に、『三つの頭を持った蛇のシルエット』が見えたような気がしたが、再び確認する勇気は出てこない。

 

 

 

「……エミィ=アシモフ・タチバナ」

 

 

 

 あやうく心臓が止まりそうになった。

 

 

 

「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。あなたに危害を加えるつもりはありませんから」

 

 がたがた震えながら覗き込むと、コンテナの傍でウェルーシファが立ち止まっていた。

 

 ウェルーシファの顔には既に仮面がかかっており、口元にはいつもどおり柔らかな微笑みを湛えている。

 先ほど見えた背中の怪物は気のせいだったのだろうか、今はウェルーシファの姿しか見えなかった。

 ウェルーシファが言った。

 

「〈堕天の虹〉はあなたのことが嫌いのようだ。

 あなたの身体からは、冒涜者の匂いがする」

 

 その言葉の意味をよく理解できないエミィを尻目に、ウェルーシファはすたすたと歩き出した。

 

「お行きなさい。あなたとはもうお会いすることもないでしょう。

 あなたは自らの魂の赴くまま、為すべきことを成すといい。

 それがあなたに課せられた『献身』の道です」

 

 そのままウェルーシファはエミィの方へ振り返ることもなく、ネルソンたちとエミィがやって来た順路、すなわち階上に出て行った。

 

 

 

 

 ウェルーシファがその場を立ち去ってから、エミィは噛んでいた指から血が滲んでいることに気づいた。あまりに一生懸命に噛んでいたので、指先を切ってしまったのだ。

 それからもエミィはしばらくコンテナの影から動くことが出来なかった。

 ……エクシフはウソツキだ、ウェルーシファもどうせ同類のペテン師だろう。

 エミィはそう思っていたが、真実は違った。

 

 エクシフの聖女、ウェルーシファ。

 あいつはただのペテン師なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本物の怪獣(バケモノ)だ。

 

 

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