怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
「……で、迷ったわけだが」
エミィがぶすっと
アンギラスとのカーチェイスから数時間後、空はもう夕方を過ぎ、そろそろ暗くなる頃合いだ。
今晩中には立川に戻れると思ったのだが、当てが外れてしまった。
「おっかしーなー、この辺りに川があると思ったんだけど……」
先ほどからわたしが視線を滑らせている地図は、街で仕入れた古地図だった。
地図によれば、拠点のある立川に通じる線路があるはずなのだが、地図から読み取れる光景とはだいぶ印象が違う。
あるはずのビルが跡形もなくなっていたり、交差点の標識がツタに巻かれて見えなくなっていたり。
狭い路地などにいたってはツタが巧みに絡み合い、緑のアーチまで結んでしまっているほどだ。
「やっぱりさっき線路沿いに行った方が良かったんじゃないのか?」
「川沿いに花が綺麗な公園がある、って聞いてたからちょっと寄ってみたかったんだけどね」
余裕が出来たので、つい油断してしまった。
かつてはコンクリートジャングルとも呼ばれていたという灰色のビル群は、今や本物の緑のジャングルに変わりつつあった。あと十年もすれば完全な森に変わってしまうだろう。
ここまで様変わりしてしまっていては、この地域の元住人だとしても迷ってしまうに違いない。
「そもそもその地図あてになるのか? いつの地図だよそれ」
「高かったんだけどなーこの地図……」
地図を睨みながらわたしがうんうん唸っているうちに、ポツポツと車外から音が聞こえてきた。
「げっ、雨じゃん」
そういえば、先ほどから空の雲行きがだいぶ怪しくなっていた。
ぽつぽつと始まった雨は、すぐにざーっと裂くような激しい雨音へと変わっていった。
今晩は止みそうにない。
エミィが尋ねた。
「どうする? 今夜はクルマで寝るか?」
「うーん、ちょっと狭いけどしょーがないかなー……」
そう眉を顰めたわたしの鼻先に、冷たいものが
わたしは悲鳴を挙げた。
「ヤッバ、
「……
そうぼやきながら、エミィは後部荷台に座っているレックスをじろりと睨んだ。
起動直後のレックスは、勢いあまってクルマの天板を突き破ってしまった。
キャンバス・トップと呼ばれる布張りのタイプで、もともとそんなに頑丈じゃない。
取り急ぎビニールシートで応急処置をしていたのだが、やはり不充分だったのだろう、どこかからポタポタと水が垂れていた。
自分のことを言われているのに気づいたレックスは、叱られた子犬のように小さくなって言った。
「……ごめんなさい」
「別に」
レックスの謝罪にエミィは素っ気なく答え、そっぽを向いてしまう。
……今日のエミィはなんか妙に刺々しいなあ。
人見知りだからレックスのことを警戒しているんだろうか。
そんなことを考えつつ、わたしは車外の様子を見回した。
雨で気温が冷えたのか、だんだんと
これでは車中泊も無理だろうし、夜通しクルマを走らせるのも難しくなってしまった。
とはいえ野営しようにも、外の雨は既にザアザア降りの大雨になっている。
どこか屋根のあるところ、出来れば屋根付きの駐車場がある空き家でもあるといいんだけど、と一帯を見回してみても手頃な建物は見当たらない。
大抵はツル植物に厳重に絡めとられているか、でなければ引っぺがされたみたいに屋根が吹き飛んでいるか、そんなボロ屋ばっかりだ。
「うーん……」
腕を組みながらわたしは悩んだ。
……やっぱり野営か。
だけど、こんな大雨の中で濡れ鼠になってまでテント設置するのもやだよねえ。
そう考え始めたとき、レックスと目が合った。
レックスは、むやみやたらとキラキラとした目でわたしを見ていた。
「……あー、レックス?」
名前を呼んだだけなのに、レックスは即答した。
「わかった、『偵察』だね! 五分だけ時間をちょうだい! 安全な寝床を探してきてあげる!」
わたしの返事を待つまでもなく、レックスは行動を開始した。
レックスの背中からクリスタルの背鰭が
分離した銀色の塊は小さな鳥へと変形し、ふわふわと浮遊している。
レックスは銀色の鳥に言った。
「さあ、〈ヤタガラス〉! 安全な場所を探してくるんだ!」
レックスの命令を受けた小型偵察機〈ヤタガラス〉は、レックスが開けたドアからするりと外へ出て、森の奥へと飛んでいった。
そして五分後、目を閉じていたレックスが明るく笑いながら言った。
「見つかったよ! ナビしてあげる!」
……随分とあっさり見つかったなあ。
嬉しげにはしゃいでいるレックスの様子に、わたしとエミィは顔を見合わせた。
(……大丈夫なのかコイツ。)
そう言いたげに、エミィが視線を投げかける。
そんなエミィの目配せに、わたしは頷いた。
(ここはレックスに任せてみよう。)
エミィがエンジンを始動し、レックスの誘導に従ってクルマを進めてゆく。
そして森と廃墟の中を五分ほど走ったところで、レックスがクルマを停めさせた。
「アレなんてどうかな?」
レックスが指差したのは、大きな建物だった。
奇跡的にもツル植物に巻かれてはおらず、経年劣化で寂れてはいたが屋根も塀も綺麗に原形をとどめている。
だが、建物の看板に気付いたエミィが露骨に嫌そうな口調でぼやいた。
「病院かよ」
看板には『……医学センター』と書かれているようだが、かすれていてよく読めなかった。
豪雨の夜に廃病院で一泊、いかにもホラー映画にありそうなシチュエーションだ。
たしかに進んで一晩の宿にはしたくはない。
病院の廃墟を見ていたわたしは、あることに気が付いた。
「あ、でも駐車場あるみたいよ、ホラ」
病院には、クルマを停めておける屋根つきの駐車場が備わっていた。
この病院は他の建物と比べてみても綺麗に形が残っているし、駐車場からなら濡れずに屋内へ入れるはずだ。
……さて、ここの選択肢は二択である。
大雨に打たれる中で設営し、テントの中でぎゅうぎゅう詰めになりながら寝るか。
それとも、曲がりなりにも屋根のあるところで寝るか。
わたしは決めた。
「まあ、一晩だけだし。泊めさせてもらっちゃおうよ」
「おい、ちょっと待てよ」
その判断に、エミィが異議を唱えた。
「なにか出たらどうすんだよ」
「なにか、ってなにが?」
そう問うわたしに、エミィは口を尖らせて答えた。
「……オバケとか」
ぶふっ。
思わずわたしは噴き出した。
だって、日頃強がっているエミィが大真面目な顔をしてこんなことを言い出すんだもの。
笑われたことでムッとした面持ちのエミィに、わたしはこう言った。
「怪獣が暴れてるこのご時勢だよ? オバケなんてきっと、怪獣が怖くて出てこないよ」
宥めるわたしを、「そうだよ、エミィ」とレックスが継いだ。
「ヤタガラスで調べたけど、
「ほら、レックスもこう言ってるし」
イラついた様子でエミィが答えた。
「そうやって油断したときに、決まってオバケが出てくるんだよ。
怪獣はまだ怖くない。手にとって触れる。カメラにも映る。理屈は通ってる。
オバケは違う。触れないし、カメラにも映ったり映らなかったりする。理屈が通らない。
だからオバケは怖いんだ」
……これまた随分と独特なオバケ論をぶちあげるなあ。
怖いなら怖いって言えばいいのに。
そんなエミィに、わたしは笑いながら言った。
「もう、ホラー映画の観すぎだよ」
その後しばらく悪あがきを続けたエミィだったが、雨漏りが激しくなってきたところで観念したのか、結局レックスの提案を
……のちにわたしは、このときの判断を死ぬまで後悔することになる。