怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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チラ裏版のその先です。


79、花に溺れて

 

 暖かくて爽やかな、春の風。

 そんな優しい空気に頬を撫でられて、わたし、タチバナ=リリセは目を覚ました。

 

 

 

 気が付くと、わたしは花に埋もれていた。

 体を起こすと視界一面、どこまでも続く広大な花畑だった。

 赤、白、黄、青、紫、白、石竹。

 その他色とりどりの、数え切れないほどの花たち。

 

 

 まるで楽園みたいな光景だ。

 

 

 ……この雰囲気にはなんとなく覚えがあったけど、見覚えのある風景とはどこかが違う。

 それに、ここがどこなのか、どうやって来たのか、わたしにはよく思い出せなかった。

 

 起き上がって辺りを見回していると、花々の向こう側に人影が見えた。

 

「……おーい!!」

 

 レックスだった。傍らにはエミィもいる。

 こちらを見ているレックスの笑顔。

 片目が前髪で隠れていて見えないが、レックスの表情はこれまでにないほど晴れやかなものだ。

 

 ……これまでに?

 これまでのレックスってどんな顔だったっけ。

 

 二人は仲良く両手を繋いで、わたしの(もと)へと駆け寄ってきた。

 ……というか、この二人、こんなに仲良かったかな。

 

 怪訝に思うわたしの手をとりながら、レックスが言った。

 

 

「この花はみんなボクらのものだ。

 おいでよ、リリセ!」

 

 

 わたしの前で、楽しげにはしゃぎまわるレックスとエミィ。

 花畑の真ん中で舞い踊るその姿は、まるでおとぎ話の妖精のようだ。

 これもどこかで見たような光景だったが、どこで見たのか思い出せない。

 

 ……なんだろう。

 レックスがとても喜んでいるし、エミィも素敵な笑顔だ。

 わたしはずっとこんな二人をとても見たかったような気がする。

 

 

 

 

 どうして、こんなに目頭が熱くなるのかな。

 

 

 

 

 ……ま、どーでもいっか、そんなの。

 天真爛漫に舞うレックスを眺めているうちに、わたしは考えるのをやめた。

 

 ここがどこかとかどうしてとか、そんなのどーでもいい。

 目の前の笑顔より大切なものなんかない。細かい理屈なんて後回しでいいのだ。

 どうせ忘れてしまっているくらいだし、きっと大したことではないのだろう。

 レックスたちもなんだか楽しそうだし。

 

 飛び跳ねるように駆け回るレックスたちの後ろを、わたしも(ほが)らかな気分で追いかけた。

 

 

 

 

 レックスとエミィは、両手に抱えられるだけいっぱいに花を摘みながら、踊るように笑顔で花畑を駆けてゆく。

 二人の歩みは軽やかで、誰かが弾いているピアノの旋律が聞こえるような気さえする。

 

 レックスの両手から花弁(はなびら)が零れ落ち、風に吹かれて花吹雪となる。

 あとを追っていたわたしは、体いっぱいに花のシャワーを浴びた。

 ……もう、はしゃぎすぎだよ、二人とも。

 微笑ましさ半分呆れ半分で笑いながら、わたしは体にかかった花弁(はなびら)を払い落した。

 

 ……それにしても綺麗な花だ。何の花だろう。

 試しに花を一本摘み取ってみたけれど、やっぱり品種はよくわからなかった。

 野草の種類はいくらか知っていたし、たとえばチューリップの球根は毒だから食べちゃいけないとか、タンポポは煎じたらコーヒーの代わりに出来るとか、そんな話は知ってるけれど、流石に花の細かい品種までは詳しくない。

 

 

 ……あれ、そういえばなんでそんなアウトドア知識、知ってるんだっけ。

 まあいいや、なんかの本で読んだのかも。

 本、どこで読んだんだろう。

 

 

 ……そもそも『本』ってなんだっけ。

 

 

 夢にまどろむ、ハチミツレモンのアメだまが溶けてゆく、そんな心地いい気分だった。

 

 

 これいじょうのしあわせなどあるだろうか。

 

 

 花のかおりを かいでみた。

 なんて いいにおい なのだろう。ずっと かいでいたい。

 

 

 なんか、なにもかもどうでもよくなってきた。

 この しあわせな きぶんが えいえんに つづいてくれさえすればいい。

 

 

 そうやって てにとった花を みているうちに、わたしは ふと きづいた。

 みかけは 花そのものだし、かいだ かおりも、さわった やわらかさも、いきた花とかわらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、その花の つめたさは、(はがね)そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが『きれいだなあ』と眺めていた一面の花たち。

 それらすべてが、ナノメタルの造花だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その金属の質感でわたし、タチバナ=リリセは思い出す。

 

 ……ひょんなことから銀色の少女、『メカゴジラⅡ=レックス』を拾ったこと。

 

 そのレックスをめぐる新生地球連合軍の内部抗争に巻き込まれてしまったこと。

 

 新生地球連合軍に攫われたエミィとレックスを助けようと、連中に殴り込みをかけたこと。

 

 そこへゴジラが現れたことで怪獣同士の大戦争に発展していったこと。

 

 そして、わたし自身も、ナノメタルに取り込まれてしまったこと。

 

 

 

 ……どうして忘れていたんだろう。

 

 

 

 すべてを思い出したわたしは、無邪気に遊び続けているレックスに言った。

 

「……帰ろうよ、レックス。

 いつまでもこんなところにいちゃダメだ」

 

 呼ばれたレックスは花を両手いっぱいに抱えながら「……どうして?」と小首をかしげた。

 

「どうして帰らなきゃいけない?

 ここには嫌な人も恐ろしい怪獣もいない。

 あるのは綺麗なものばかり、まさに楽園だ。

 ずっとここにいた方が楽しいよ」

 

 ……たしかにレックスの言うとおり、ここにいるのは楽しいだろう。

 かつてレックスに見せてあげた『とっておきの場所』と同じくらい、いやずっとずっと綺麗で美しい光景だ。

 

 

 

 だけど、ここはナノメタルの内部だ。

 本物の楽園であるはずがない。

 

 

 

 この花畑の風景だって、きっとナノメタルがわたしたちの五感に作用して幻を見せているに違いないのだ。

 わたしが『忘れていた』のも、あるいはナノメタルが脳に作用していたのかもしれない。

 今は気を張っているからどうにか正気を保っているけれど、ちょっとでも気を抜いたら再びあの夢気分に嵌まり込んでしまいそうだ。

 

 あのときはただひたすらに幸せだった。

 もしもあのまま、あの恍惚に溺れていたら。

 ……その恐ろしさに、背筋が凍った。

 

 これ以上ここにいるのは危険だ。頭がおかしくなってしまう。

 わたしはレックスの手を取った。

 

「こんなの作り物の幻、ニセモノだよ。本当の現実に帰らなきゃ。だから帰ろう?」

 

 こんなものは本物ではない。

 本当の花畑はこんなに冷たくないし、こんなにおぞましくないよ、レックス。

 

 そんなわたしに、レックスは遠い目で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キミなら喜んでくれると思ったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの手を、レックスは振り払う。

 わたしとレックスの手が離れる。

 それと同時に世界が一変した。

 暖かな春の陽気は、一瞬で金属質な肌寒さへ変化した。

 レックスの隣で笑っていたエミィの姿は、風に吹かれてかき消えてしまった。

 

 花畑の風景はぐにゃぐにゃと崩れて、重力も上下もない宗教曼荼羅を思わせる鋼鉄の万華鏡、似たような模様が永遠に繰り返す白銀のフラクタルへと変わってゆく。

 目映い万華鏡が踊っている闇のところどころで、緑色の宝石の星々がメラメラと(またた)いている。

 

 

 

 

 レックスとわたしの二人だけが、どこでもないその異空間で相対していた。

 

 

 

 

「……そう、キミの言うとおりこれは作り物、幻だ。本当の現実じゃない。

 このボク、メカゴジラⅡ=レックスが、マフネ博士の娘と、ゴジラと、そしてメカゴジラの『ニセモノ』だったように」

 

 そう語るレックスは遠くを見つめていた。

 

「ニセモノというなら、それはボクのことだ。

 この顔も、手足も、胸もお尻も、ナノメタルで人間そっくりに見せかけてるだけの作り物。

 心も、ボク自身の本物の心があるわけじゃない。死んだマフネ博士の娘のデータを基に、ゲマトロン言語のAIで喜怒哀楽をエミュレートして見せかけてるだけの幻だ。

 この笑顔だってマフネ=ユウキさんのものだ、本来はボクのものじゃない」

 

 何もかもが作り物。

 そんな自分の在り様をレックスは喋り続けた。

 

「そもそもメカゴジラ自体がゴジラのコピー、言ってみればニセゴジラじゃないか。

 そのニセゴジラにマフネ=アルゴリズムだのヒトの心だの余計なアレコレを付け加えた、コピーのそのまたコピー品。

 何もかもが模造品(イミテーション)のニセゴジラ。

 ……それがボク、メカゴジラⅡ=レックスだ」

 

 レックスの様子から、わたしは、自分が迂闊な言葉遣いをしてしまったことに気がついた。

 ――『作り物』『幻』『ニセモノ』

 そんな無神経な言葉が、レックスをどれだけ傷つけてきたのだろう。

 差し込んだ悲しみを振り払い、レックスは笑顔で言った。

 

「……でも、キミと一緒に楽しい夢を見たかったのは本当だ。

 作り物の幻(フィクション)しか見せてあげられないけれど、どうかそれだけは信じてほしい」

 

 こんなレックスの想いを、軽々しい言葉で踏みにじってしまった。

 ……いったい何様のつもりだったんだろう。

 わたしは、最低だ。

 

「ごめんね、レックス」

 

 詫びるわたしに、レックスは首を横に振った。

 

「いいんだよ。本物、偽物、それは見た人が決めることだ。模造品、偽物と言われたところで、込めた気持ちは変わらない。

 それに、()()()()()()()()

 

 ……本物になる?

 それは一体どういうことだろう。

 違和感を覚えたわたしに、レックスはうっとりと夢を見るような表情で言った。

 

「地球は綺麗な夢で満たされる。

 悪いものは全部ニセモノとして消し去られ、みんなの願いこそが現実(ホンモノ)になるんだ。

 きっとみんな喜んでくれるよ」

 

 ねえそれどういう意味、と訊ねようとしたとき、わたしは気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきからずっと、あの『ハイドラ』の嗤い声が響いていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピロピロ ケタケタ

 イヒヒヒヒヒヒ……

 

 嗤うハイドラを背に、レックスは宣言した。

 

 

 

 

「ボクはみんなを楽園に連れてゆく。

 みんなが幸せになれる楽園に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がん、がん、がん、がん……

 

 廃墟と化したセントラルタワーの上階で、金属を殴り続ける音が響いている。

 

 

 殴り続けているのは、エミィ=アシモフ・タチバナだ。

 エミィの眼前でリリセを呑み込んでしまったハイドラの触手は、その場で金属の繭を形成した。

 怪獣たちを食い殺し、ゴジラさえも飲み込むことができるナノメタル怪獣。

 そんな大怪獣にとって、ちっぽけな人間のリリセなどほんの一口、一嘗(ひとな)めにも満たないだろう。

 

 ……だから一刻も早く、この繭を壊して助け出さないと!

 エミィは繭を壊そうと、さっきからナノメタルを延々と殴り続けていた。

 

「……ちっきしょう!」

 

 さっきまであんなにどろどろだったのにどうして今はこんなに硬いんだ。

 エミィは悪態を吐いた。

 

 液化しているときはあんなに縦横無尽で軟らかそうに見えたナノメタルだったが、一度硬化してしまえば鋼鉄と同じだった。

 エミィのひょろひょろの手足で殴ろうが蹴ろうが、びくともしない。

 

 素手でやってても埒が明かない。

 エミィは、使えるものがないかと周囲を見回し、先ほどリリセを助け出すために使った鉄棒を拾い上げた。

 両手で構えた棒をバットのように思い切り振りかぶって叩き込む。

 渾身の力で打ち付けるたびに鋭い金属音がエミィの鼓膜を突く。

 

 

 2回3回と叩きつけたが、鉄棒の方がひん曲がってしまった。

 

 

 ……棒じゃダメだ。

 もっと頑丈な塊じゃないと。

 エミィは落ちていた瓦礫を手に取り、原始人が使ったという石の手斧(ハンドアックス)のように振り下ろす。

 

 人知を凌駕したハイテクの権化ナノメタルに、人類史上もっとも原始的な手斧で挑む。

 

 あまりに無謀な戦いだが、それでもエミィは躊躇しなかった。

 打ちつけている手斧が手の中で砕けても、それでもエミィは打ち続けるのを諦めようとはしない。

 今持っている塊が砕けようが、次の塊を拾って使えばいい。

 幸いにもアンギラスがタワーをぶち壊してくれたおかげで、手斧に出来る瓦礫ならいくらでもあった。

 

 

 

 時間はまだある。

 エミィ=アシモフ・タチバナは、それらすべてが砕け散るまで戦うつもりだった。

 

 

 

 これまで数え切れないほどのメカを直してきたエミィの繊細な手から、血が噴き出していた。

 打ちつけすぎたせいで爪が割れ、手に力が入るあまり(てのひら)の肉が裂け始めている。

 

 

 ……もうガラクタなんか弄れなくてもいい。

 工具が持てなくなったってかまわない。

 メカニックとしての腕なんて、あいつがいなかったら何の意味もない。

 わたしがいないとダメなんじゃない。

 あいつがいないとわたしがダメなんだ。

 

 ……こんなことならもっと抱きしめてもらえばよかったし、もっと撫でてもらいたかった。

 もし二人で助かったら、もうつまらない意地なんて張らない。

 

 

 

 だからお願いだ。

 わたしの大切な家族をかえしてよ。

 

 

 

 がん、がん、がん、がん。

 かえせ、かえせ、かえせよう!!

 ……エミィが泣きながら殴り続けても、ナノメタルはわずかに傷つくことすらなかった。

 

 

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