怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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8、前奏:展覧会の絵

 駐車場にクルマを停め、わたしとエミィは最低限の荷物だけ持ってクルマを降りた。

 「他の荷物は持っていかないの?」と訊ねたメカゴジラⅡ=レックスに、エミィがぶっきらぼうに答えた。

 

「荷物広げるより先に安全を確かめるべきだろ」

 

 エミィの言うとおりだ。

 いきなり大荷物を持ち込んだら、いざ逃げるときに足手まといになってしまう。

 そんなエミィの答えにレックスは「ああ、なるほど」と納得しつつ、わたしたち二人のあとに続いた。

 

 そうこうしているうちに病院の入口へと到着。

 まずはわたしが扉に手を掛ける。

 ……やけに重い。

 きっと蝶番が錆びているのだろう。

 わたしは、扉に掛けた手へ力を入れた。

 

「ふんぬっ!」

 

 わたしが渾身の力で思いきり引っ張ると、扉はギャリギャリッと耳障りな金属音を響かせながら開いた。

 

「うぷっ!?」

「くっさッ!?」

 

 途端吹き出した悪臭に、わたしたちは思わず顔を覆った。

 

「げほっげほっ」

「なにこれ、カビ臭っ!」

 

 まるで昔観たミイラ映画だ。

 『封印されたミイラの棺を開封すると同時に気味の悪い風が吹き抜ける』というシーンがあったが、まさにこんな感じだった。

 あの映画ではそこからミイラの呪いが始まる。復活したミイラは欲張りで愚かなアメリカ人たちを次々と生贄にし、セクシー美女(ちょうどわたしみたいな!)の考古学者を付け狙いながらついには全世界へとその災いを拡げてゆくのだ。

 

 ……まあ、この病院に呪われたミイラが封印されてる、なんてことはないだろうけど。

 それにいくらわたしたちが超絶銀河ウルトラセクシーキュートな美少女ヒロイン三人組でも、そんな恐ろしいミイラの恋人なんてお断りである。

 そんな益体もないことを考えていた時、エミィがわたしの服の袖を引いた。

 

「……やっぱりやめた方が良いんじゃないか。それになんだか見られているような……」

「そう? 気のせいじゃない?」

 

 ……相変わらず怖がりだなあ。確かに気味悪いけどさ。

 大丈夫だよ、とエミィの頭をぽんぽんと撫でてからわたしは屋内へと踏み込んだ。

 両手を広げて何もいないことを示しながら、エミィの方へと振り返る。

 

「……ほら、何もいないよ?」

 

 わたしが先を進んだので諦めたのか、眉をひそめながらエミィも続けて後に入る。

 わたしたちは埃を吸わないようにタオルを巻いて口と鼻を覆いつつ、屋内へと進んだ。

 

 

 

 扉をくぐった屋内は、電気が通っておらず真っ暗だった。

 濃厚な湿気と、換気のされていない(こも)った空気、しかも猛烈なカビ臭。

 人がいなくなってから相当に久しいのだろう。

 

 ……足元が悪い、ランタンをつけなきゃ。

 わたしがランタンを操作しているのに気付いたレックスは尻尾を伸ばし、先端を暖色に光らせた。

 レックスの尻尾の光は、わたしが持ち込んだ電池ランタンより遥かに明るい。

 しかもそれでいて目を突くほどのこともない、穏やかで優しい光だった。

 

「ありがと、レックス」

 

 文字通りのテールライトで暗闇を照らしてくれているレックスにわたしは礼を告げ、そして廊下を進んでホールへと出た。

 

 

 

 行き着いた先、ホールも真っ暗だった。

 

 ガラスのドアで外から光は入ってくるものの、そもそも外が悪天候なので月明りなどは差し込んでいない。

 また、広い分だけカビ臭は薄れているが、屋内のはずなのに泥地を歩いているような酷くぬかるんだ感触があった。

 

「ねえ、レックス」

 

 わたしはレックスにひとつ頼んだ。

 

「ホール全体を照らすことって出来ないかな? さっきのライトみたいにさ」

「まかせて!」

 

 そう言って背鰭を生やしたレックスは、先にも使用した小型偵察機〈ヤタガラス〉を背中から射出。

 高く舞い上がったヤタガラスは天井にとりつき、ホール全体を照らす照明器具へと変形した。

 ヤタガラスによる照明。

 昼間同然とはいかないが寝泊まり程度なら充分なくらいには明るい。

 

 

 ……うっわ。

 

 

 明るくなったホールを見て、わたしとエミィは嫌悪感に顔をしかめた。

 オレンジ、ブルー、グリーン。床から壁まで、全体を毒々しい色のカビが覆い尽くしていた。

 屋根があるのは有り難いが、このまま寝泊まりするわけにいかない。こんなところで寝たら病気になりそうだ。

 わたしとエミィは、顔を見合わせた。

 

「……どうする?」

「……ちょっと掃除が必要かもね」

 

 カビだらけの床にシートを敷いて荷物を置くと、わたしは持参したバケツを手に取った。

 

「水が汲めないか、ちょっとトイレ探してくる。留守番よろしくっ」

「わ、わたしも!」

 

 バケツを片手にぶらさげ、もう片方の手でハンドライトで暗がりを照らしながらカビだらけの廊下を進んで行くわたし、タチバナ=リリセ。

 そんなわたしに続くように、エミィがトコトコとついてゆく。

 

 

 

 

 スタスタ歩くわたしたちの足音と、ザーザー降りの雨音が響く。

 

 わたしが向かったのは、トイレだった。

 目的は水だ。

 

 電灯も点かない有様では考えにくいことかもしれないが、怪獣が出現するようになってからは電気が止まっても最低限の水は使えるように電気系統と水道を独立させた設計の施設は多かった。

 たとえば、電動ポンプで水を汲み上げているタイプだと無理だが、そうでなければタンクに溜まっている分だけ水を使えることがある。

 それに雨も降っているから、タンクの種類によっては雨水が溜まっているかもしれない。

 ……ものはためしだ。調べてみる価値はある。

 

 そうしているうちに、わたしたち二人はトイレに到着した。

 個室が並び、手洗い場がある。

 ひどく汚れていることを除けばごく普通のトイレだが、なんだか変だ。

 違和感の正体に気付いたのはエミィだった。

 

「……鏡がないな」

「え?」

 

 エミィの指摘で視線を向けると、たしかに言うとおり自分の顔が映るはずの鏡がなかった。

 トイレの手洗い場、ましてや病院のトイレなら鏡が据え付けてあるはずだ。

 だが、その鏡がない。

 どうしたのだろう、落ちて割れてしまったのだろうか。

 しかし足元に破片は見当たらない。だとすると、誰かがわざわざ外して持ち去ったことになる。

 

 下手人を考えるとしたら真っ先にわたしたちの同業者、つまり〈サルベージ屋〉が思い浮かんだ。

 

 サルベージ屋は、怪獣の棲んでいる危険地帯に赴いて依頼された貴重品を回収したり、あるいは有用なガラクタを収集して別の業者に転売する、そういう仕事だ。

 『怪獣黙示録』を経て地球連合政府および経済体系が崩壊し、エイリアン由来のハイテクが野晒しで放置されていることが多いこの御時世、サルベージ屋はそれなりに需要があった。

 わたし、タチバナ=リリセの営んでいる〈タチバナ サルベージ〉も、そういうサルベージ屋の一種である。

 閑話休題。

 

 

 ……さて、話は戻る。鏡についてだ。

 鏡はガラスで出来ているし、ステンレスなど金属で出来たものもある。トイレの鏡、目の付け所がだいぶニッチな気もするが売れないこともないだろう。

 そして同業者がいるということは、街からそれほど離れていない可能性が高い。

 森の真ん中のように見えて、実のところは人里からそう遠くないのかもしれない。

 

 

 ……というようなことを考えながら、わたしは水道のバルブをひねった。

 錆びついた蛇口はゴボゴボと濁った音と共に茶色い水を吐き出し、そして数秒流し続けると茶色い水は透明な水に変わった。

 

 ……よっしゃ!

 

 わたしは静かにガッツポーズを決めた。

 タンクに水が溜まっていたのだろう。飲み水としては使いたくないが、掃除に使う水ならこれで充分だ。

 水を汲み終えたわたしがトイレを出ようとしたとき、エミィが服の裾をクイクイと引っ張った。

 

「どうしたの?」

 

 わたしが訊ねると、エミィは消え入りそうな声で答えた。

 

「……トイレ

 

 エミィの足元に視線を移すと、エミィは内股をもじもじと擦り合わせていた。

 

 ……そういえば、エミィは昼間からずっとクルマを運転しっぱなしだった。雨で気温も冷えてきたし、さっきから我慢していたのかもしれない。

 そして、意地っ張りでシャイなエミィがそれをわざわざ口に出すということは、きっと『一人で用を足すのが怖い』のだろう。

 エミィはこうみえて結構怖がりなのである。

 

「べ、別に()()()()()()()んだからな、ただ外で見張っててほしいだけなんだからなっ」

 

 ……ほらこのとおり、必死に取り繕おうとしてるけど、全然誤魔化せちゃいない。

 とはいえ、それを馬鹿にしようとは思わない。

 雨音が響いている真っ暗な廃病院のトイレで、一人ぼっち。

 大の大人のわたしだって出来れば勘弁願いたいシチュエーションだ。

 エミィを(なだ)めるように、わたしは笑いかけた。

 

「わかったわかった。じゃあ、外で見張ってるから個室でしといで」

「……どっか行ったりするなよ」

「はいはい」

「絶対どっか行くなよ、独りにしたら死ぬまで恨むからな」

「わかったってば」

 

 

 エミィが用足しをしているあいだ、わたしはトイレの用具入れを開けた。

 

ふんふんふーん、ふふふん、ふふふんふん、ふんふんふーん♪……」

 

 個室のエミィが不安にならないように鼻歌を唄いながら、用具入れを物色してみる。

 中からはカビだらけのモップ、ボロボロに朽ちたゴムホース、そして封を開けていない粉の消毒剤が見つかった。

 

 ……あ、これ結構良いかも。

 

 思わぬ収穫に、わたしはタオルで覆った口元をニヤリと歪めた。

 モップとホースは流石に使い物にならなそうだが、消毒剤についてはまだ使えそうだ。

 消毒剤であれなんであれ、薬品は貴重だ。売ってもいいし、自分で使ってもいい。

 なかなか良い拾い物をしたものだ。鏡泥棒もそうだが、トイレは意外と穴場なのかもしれない。

 

「……リリセ」

 

 そんな頭の中での皮算用は、個室の中にいるエミィから声をかけられたことで打ち切られた。

 

「なあに? 紙?」

「ちがう。レックスのことだ」

 

 そしてエミィはわたしに言った。

 

「あいつどうすんだ?

 開けるな、って依頼だったのに開けるどころか動いちまってるぞ」

 

 エミィの懸念は(もっと)もだ。

 元々タチバナ サルベージが請けた依頼は『トランクの中身は見ない』という条件だった。依頼人はきっと依頼品の正体を知られたくなかったのだろう。

 当然だ、だってメカゴジラだもの。

 そしてわたしの方も、依頼品の正体がメカゴジラだと知ってしまった以上は黙って引き渡すわけにもいかなくなった。

 

「最初のとおり『依頼人に引き渡す』、それでいいんだよな? まさかずっと連れ歩くつもりじゃ……」

 

 エミィの危惧にわたしは「まっさかー」と答えた。

 

「ちゃんと依頼人に引き渡すよ。起動しちゃったのは事故みたいなものだし。

 そういえばレックス、『お父さんがいる』って言ってたんだよね。もしかしたら、今回の依頼人はその人かもしれない」

 

 ――御父様が言っていたんだ、『困っている人がいたら、迷わず力を貸してあげなさい』って。

 

 レックスが言っていた『御父様』なる人物。

 もちろんメカゴジラに血の繋がった父親なんてものがいるとは思えないから、おそらくは開発者のことだろう。

 こんなに凄いメカゴジラⅡ=レックスを造ったような人物だ、さぞや凄い科学者に違いない。

 わたしは思うところを述べた。

 

「レックスについてはよくわからないところも多いけど、とにかく物凄いテクノロジーだ。

 わたしの手には余る。きちんとした人のところにちゃんと届けてあげるのが一番良いんだよ」

 

 プラズマジェットで空を飛び、アンギラスを追っ払い、クルマを直し、頭の中の百科事典のおかげで何をやらせても完璧で、分離変形させた偵察機で道案内までしてくれるスーパーロボット。

 メカゴジラⅡ=レックスは色々凄い力を披露してくれたけど、それらでさえきっと能力のごくごく一部、片鱗でしかないに違いない。

 こんなに凄いメカゴジラⅡ=レックスなのだから、ここはやはり納まるべきところに納まるのが一番良いと思う。

 

「……まぁ、依頼人がどんな人か、まずはそれを見極めてからだけどね」

 

 レックスが悪い子だとは思わない。

 むしろ善い子だと思う。

 

 ……だが、その子供らしい純真無垢な性格とは裏腹に、持っている力が大きすぎる。

 もし引き渡した相手がとんでもない悪人だったりしたら恐ろしいことになってしまうし、レックスにとっても不幸だろう。

 こんなに凄いレックスを欲しがるくせに、自分の素性を隠している依頼人。

 そんな怪しい人物をはなから信用してやるほどわたしは御人好しではないし、またカネのためと割り切れるほど倫理を捨てたつもりもない。

 そんな相談事の最中のことだった。

 

 

 

 トイレの外で、笑い声がした。

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