怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
『みんなを楽園に連れてゆく』
そう語るメカゴジラⅡ=レックスに、わたし、タチバナ=リリセは戸惑った。
……レックスは何を言っているんだろう。
綺麗な夢? 楽園??
まったく意味が分からない。
「……『楽園』って、どういうこと?
みんなをどこに連れてゆくつもり?」
わたしの問いに、レックスはニコニコ笑いながらこう答えた。
「みんなを理想の楽園に連れて行くのさ。
まず、1999年から始まった怪獣出現以来、いや、エクシフが関わってきた遥か太古の昔からの、地球の歴史を書き換える。
それから皆の願いが満たされる、新しい楽園へと上書きするんだ。
そうやって皆を楽園に連れてゆく。こんな糞みたいな地獄から、皆が幸せな楽園に」
……わけがわからない。
第一、『歴史を書き換える』なんて出鱈目にもほどがある。
そんなこと出来るはずがない。
そう言おうとするわたしを先回りしたように、レックスは前髪をかき上げた。
「みんなを楽園に連れて行く、そんなのわけないことさ……」
そして隠されていたレックスの右目が
「……この第三のガルビトリウム、『テルティウス=オプタティオ』があればね」
レックスの右眼には、虹色に光る七芒星の神器〈ガルビトリウム〉が嵌め込まれていた。
わたしの顔を見ながら微笑むレックス。
「リリセ、これでキミとお揃いだね」
乾いた声で笑いながら、レックスはその
「ウェルーシファからもらったんだ。
あのエクシフの聖女サマは言ったよ、『これがあれば、あなたの願いは世界に届く』」
レックスの右目に収まっているガルビトリウム・テルティウス=オプタティオは、まるでそれ自体が生きているかのように蠢きながら、虹色の光を爛々と灯している。
……ウェルーシファの奴、なんて酷いことを。
レックスの顔の半分が時折ひきつっているのは、きっと規格が合っていないからだ。
なにしろ目の中に異物が捻じ込まれているのだ。そんな仕打ちを受けたら大人だって泣いて許しを請うだろう。
その苦痛を上手く誤魔化そうとするレックスの笑顔が、なんとも痛々しかった。
レックスは語り続ける。
「ガルビトリウムは『こことは違う宇宙』があることをボクに教えてくれた。
高次元のパワーを使えばこの世界の歴史も、今も、未来さえも自由自在に変えられる。
編集も上書きも、すべて思うがままだ」
レックスの説明を聞かされても、わたしにはこのガルビトリウムというアイテムが何なのかよくわからなかった。
こことは違う宇宙? 高次元のパワー?? さっぱりわからない。
『高度に進化した科学は魔法と区別がつかない』なんていうけれど、世界観が違いすぎる。ここまでくるともはやファンタジーだ。
だが、『現実を自由自在に変えられる』のは本当なのだろう、ということだけは理解できた。
ナノメタルを怪獣ハイドラに、ゴジラを花に変え、人間の脳に花畑の夢を見せてしまう力。
今のレックスにはそんなとてつもない力があるのだ。
その気になれば、この世界丸ごと作り替えることぐらい不可能ではないのだろう。
レックスは続けた。
「『こうして地球はゴジラの『
……そんなのあんまりだ。最低の結末だよ。そんなバッドエンド、ボクは認めない。
だから、ガルビトリウムが導いてくれる『楽園』をこの世界に
魔法みたいな凄い
だがそれは、チカラでこの世界を思うがままにしようとして怪獣そのものに変わってしまったヘルエル=ゼルブの狂気と同質のものだ。
このままだとレックスはゼルブやゴジラと同様に世界を破壊する脅威、すなわち本物の怪獣になってしまう。
それだけは、止めなければならなかった。
……レックスはそんな恐ろしい怪獣なんかじゃない。
わたしの知っているメカゴジラⅡ=レックスは凄いハイテクで出来ているけれど、スゴイ武器を沢山積んでいるけれど、だけどとってもイイ子なのだ。
そんなレックスを、ヘルエル=ゼルブみたいな怪物にさせるわけにはいかない。
わたしは言った。
「怪獣はどうするの? 人類の都合が良いように世界に変えちゃったら、怪獣たちの居所が無くなっちゃうよ」
わたしの念頭にあったのはかつてレックスが『怪獣なんて殺しちゃえばいい』と平然と言い放ったことだ。
人間と怪獣は絶対に相容れない。もし人間の都合がいいようにするには怪獣を消すしかない。
だけどレックスにそんな残酷なことをしてほしくなかった。
わたしの問いに、レックスは少し考えてからこう答えた。
「……だったら、皆が怪獣と一緒に暮らせる世界にしてあげればいい。
『憎しみと破壊の権化で在り続けたい』なんて、一体誰が望むと思う。
理不尽な暴力の化身にしかなれないなんて、怪獣たちが可哀想じゃないか」
ニコニコ笑いながら、レックスは言った。
「怪獣たちは、『地球を滅ぼす
地球の人たちと力を合わせて、高次元からの侵略者だって災害だってなんだって、みんなやっつけてもらえばいい。
怪獣たちは人間たちと縄張りを棲み分けて、怪獣だけが棲む怪獣島か、そうでなければ地下深くの洞窟とか、人間なんかじゃ絶対辿り着けない、遠いどこかで平和に暮らせばいい。
それなら誰も怪獣たちを傷つけたりしないし、怪獣たちだって人間には迷惑をかけない。
そんな世界ではきっとゴジラでさえ、みんなが憧れる素敵なヒーローだ」
Humans peacefully coexists with Titans.
『人間と怪獣が平和に共存する世界』
そんな、子供が夢見るようなおとぎ話で、誰もが欲しがる素敵なユートピア。
虹色に輝く理想の世界を夢見ながら、にこにこ笑っているレックス。
そんなレックスに、わたしは心底ぞっとした。
レックスの提案は『怪獣の在り方を造り変えてしまおう』と言っているのと同じだ。
もし同じ笑顔で『人間を造り変えてしまおう』と言い出したら?
今のレックスなら、いとも容易く実現できてしまうだろう。
その時どうやって止めたらいい? きっと誰にも止められない。
そしてそんな恐ろしい力を、レックスは無邪気に行使しようとしている。
わたしは反論した。
「『今の世界が気に入らないから好き放題作り変えてしまおう』なんて、そんなのワガママだ。
みんながみんな、そんな楽園に行きたい人ばかりじゃないよ。
中には幸せに暮らしている人だって……」
「ウソだね、そんなの」
わたしの主張をレックスは笑顔で斬り捨てた。
「『与えられたものに満足してなさい』だなんて、そんなの動物と一緒だ。人間のやることじゃない。
だいたい『幸せに暮らしている人』なんて言うけど、そんな人、どこにいるの?
そう言ってる人だって本当は『自分にそう言い聞かせて誤魔化してるだけ』でしょう?」
「……っ」
わたしは何も言い返せなかった。
そのとき、ハイドラの咆哮が響き渡った。
ピロピロピロ
ケタケタケタ
イヒヒヒヒ……
「……うん、わかったよ。
すべてあなたの意のままに、『ルシファー』」
ルシファーと呼ばれたハイドラは、レックスの言葉に対して満足げに首をくねらせながらケタケタと笑った。
そんなハイドラとレックスを見て、わたしは理解した。
……レックスはハイドラに操られている。
わたしにはおかしな電子音にしか聞こえないけれど、レックスにはハイドラの言っていることがわかるのだ。
レックスは言った。
「……何もかもルシファーの言うとおりだ。
みんな不満ばかり。幸せに暮らしている人なんて一人もいない。
だから創らなきゃ。みんなが仲良く笑える楽園をね」
そうやってルシファー=ハイドラと一緒に笑い合うレックスにわたしは言った。
「ルシファーって、みんなって、どこの誰?
そんな、どこの誰かもわからないヤツの言うことなんて聞いちゃダメだよ!」
必死に訴えかけるわたしだけれど、レックスはニコニコ笑っているだけだった。
「ボクがルシファーに騙されてるとでも思ってるなら、それは違うよ。
こんなの、高次元存在に聞くまでもない」
そして満面の笑みを浮かべたまま、レックスは言った。
「キミたち人間はいつだってそうだ。
発展と進歩を求め続けるのは人間のサガ、つまりキミたち人間は欲深だ。
そしてキミたち人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。
そのために森を焼き、海を汚し、空に毒をばらまいて、沢山の生き物の命を弄び、時には同じ人間同士で傷つけ合って、殺し合いすらしている。
その血みどろの積み重ねの中でキミたち人間の文明は発展してきたんだ。
そうでしょう?」
……レックスは、人間のことが好きだった。
街のパレードで無邪気にはしゃぎ、人を助けることに喜びを覚え、罪のない人たちを傷つける悪党を憎む。
そういう子だったはずだ。
なのに今の皮肉っぽい口ぶりは、まるで人間を心底軽蔑しているかのようだ。
機械仕掛けの天使、メカゴジラⅡ=レックス。そんなレックスをここまで変えてしまったものは、一体何なのだろう。
「……もしかしてお父さん、マフネ博士の復讐なの?
もしそうだったら、そんなことしちゃダメだよ。お父さんだってきっと望まないよ」
「……マフネ博士?」
マフネ博士の名前が出た途端、レックスの面持ちに剣呑な色が灯った。
「……ふふ、バッカみたい。
あんな
クズ。
わたしの知っているレックスには似合わない、暗闇の眼差し。
レックスは言った。
「ボクは、あの男がカワイソーだなんてちっとも思わない。
せいぜい地獄に堕ちればいい。
自業自得、当然の報いさ。あのクズこそ沢山の命を不幸にしたんだから」
……一体どうしちゃったんだろう。
『御父様』と敬愛していたマフネ博士のことを、クズ呼ばわりするなんて。
唖然とするわたしを見ながら、レックスは吐き捨てた。
「ガルビトリウムとルシファーが、あのクズの正体を教えてくれた。
『ゴジラにはヒトの心で打ち
……バカじゃないの。そんなの、心を部品扱いしてるだけじゃないか」
そしてレックスは、こんなことを言い出した。
「……ねえリリセ。キミは、チタノザウルスっていう怪獣を知ってる?」
チタノザウルス。古代恐龍の生き残りで、日本近海の防衛に使われたというので有名な怪獣だ。
だけど、それ以外のことはわたしもよく知らない。
そんなわたしに、レックスは教えてくれた。
「チタノザウルス、マフネ博士のLTFシステムでコントロールされた最初の怪獣だ。
小笠原沖で巣穴が発見され、見つかった彼らのうち二頭のつがいがLTFシステムで本能を再プログラムされて、潜水艦の代わりに日本近海の見張りに立たされた。
彼らはそのあとどうなったと思う?」
チタノザウルスは、LTFシステムが一番最初に使われた怪獣。
そういえばヘルエル=ゼルブもそのようなことを言っていた。
わたしが首を横に振ると、レックスは恐ろしい真実を明かした。
「……LTFシステムの自動迎撃コマンドでゴジラに立ち向かって殺されたんだ。
しかもゴジラは東京を焼いたあと、同じようにLTFシステムで調整中だったチタノザウルスの子供たちまで探し出して、皆殺しにした。
人間とゴジラの争いに巻き込まれたせいで、平和に暮らしていたチタノザウルスたちは絶滅してしまったんだ」
……なんてひどいことを。
息を呑み、言葉を失ったわたしを、レックスは冷たく笑った。
「……ふふっ、『Let Them Fight:やつらを闘わせろ』だってさ。
可哀想なチタノザウルス。
戦いに利用される兵器なんかじゃなくて、海でひっそり暮らしてるだけの恐龍だったなら、ゴジラだって見逃してやっただろうに。
全部、マフネ博士のあのくだらない発明のせいだ。
あの下劣なクズがLTFシステムなんて創らなかったらこんなことにはならなかった。
あんな腐ったクズ、もっと惨たらしく苦しんで、これ以上ないくらいみじめに死ねばよかったんだ」
ふふ、ははは、と虚ろな声で笑うレックス。
その笑いは、レックスがルシファーと呼び、そしてゴジラを花に変えたあのハイドラの嗤い声とよく似ていた。
「メカゴジラのことだってそうさ。
いくら姿形を似せようが、いくらマフネ=ユウキさんの記憶と性格のデータを打ち込んでそっくりに動かそうがボクはボクだ、メカゴジラⅡ=レックスでしかない。
『死んだ人間は生き返らない』、娘そっくりなメカゴジラを作ったって、娘が生き返るわけじゃない。
ましてやナノメタルの力なんか付け加えたりしたら、もはや別物じゃないか。
……あの男は、そんな当たり前のことすらわかっていなかった。
そしてあの男にとってボクは結局マフネ=ユウキさんに成り損なった、出来損ないのバケモノでしかなかった。
あの男はボクのことなんかどうでもよかった、ボクに重ねた娘の幻を追い駆けていただけだ」
『ガルビトリウムとルシファーが教えてくれた』という、マフネ=ゲンイチロウ博士の真実。
それを知ったとき、マフネ博士を父親として慕っていたレックスにとってはさぞショックだったろう。
それこそ、人格が豹変してしまうくらいに。
レックスは言った。
「……リリセ、キミは言ったよね。
『怪獣だってわたしたちと同じ、心と命を持ったいきものだ』って。
だけどそれをわかってないのは人間の方だ。
人間なんて皆、勝手だ。
目の前でむごたらしく殺されたガイガンのことは『おれたちのガイガン』だなんて呼んでたけど、同じように捻り潰されたチタノザウルスたちのことは気にもかけないし知ろうともしない。
ガイガンだってそうだ。可哀想なガイガン。殺されてから悲劇のヒーローサイボーグとして悲しんでもらうより、普通の生き物としてのんびり暮らす方が幸せだったに決まってる。
人間はいつだって身勝手だ。何から何まで人間たちの都合じゃないか。
……チタノザウルスもガイガンも、人間なんかに見つからなければよかったのに」
チタノザウルスとガイガンを憐れむ言葉は、まるでレックス自身の在り様そのものだった。
ゴジラに殺され、マフネ博士に娘の代替品として造られ、ゴジラを殺す兵器へ改造され、勝手に
……どれだけ逃げたかっただろう。そんなのイヤだと泣き叫びたかったはずだ。
それでもレックスは、ただ受け容れるしかなかったのだ。
人間の身勝手な都合を押し付けられながら。
「キミたち人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。
そんな自分たちが引き起こした悲惨を目の前に突きつけられたとき、キミたち人間は悲しみ、悔やんでくれる。
だけど、それだって結局その場かぎりだ。
『関わらなきゃいい』『目を向けなきゃいい』
そんな一番ラクチンなおためごかしで誤魔化して、あっさり忘れる」
そしてレックスは呆れたように鼻で笑った。
「そんな体たらくだから、同じ失敗を何度も何度も性懲りもなく繰り返すのさ。
どんなありがたい教訓話をしたって、子供たちが平和への祈りを一生懸命に唄ったって無駄さ。世界がゴジラに踏み潰されるのを目の当たりにしたって理解できないんだもの。
『反省』なんて、みんな口先だけの嘘ばっかり。誰も本当の反省なんてしちゃいない」
そうやって人間を悪し様に罵り続けるレックスが、わたしはとても悲しかった。
……あんなに人懐っこくて、悪意なんか欠片も持ってなかったのに。
そんな怨嗟に満ちた冷たい笑顔、あなたには似合わないはずなのに。
マフネ博士、ヘルエル=ゼルブ、ウェルーシファ、そしてわたしタチバナ=リリセ。
周囲の人間たちと関わり続けた結果、
「……人間が憎いの、レックス」
「ううん」
わたしの問いに、レックスは首を横に振る。
「違うよ、ボクは憎んでいない。
そもそも『誰かを憎む』なんていうのは、その『誰かに期待しているから』だ。
『人間なんてそんなもの』、それさえわかっていれば期待することもない。
人間なんかに期待する方が悪いのさ」
それにね、とレックスは付け加えた。
「それに、キミたち人間はそんなに強くない。
周りへの気遣いにだって限界がある。
その日その日を生きるのに精一杯で、真実なんていちいちじっくり吟味している余裕もない。
過去の失敗をいつまでもくよくよ反省したり、縁もゆかりもない他人のことまで真剣に気遣っていたら、自分の心が壊れてしまう。
みんな自分が可愛い。誰だって傷つくのは怖いし、余計な責任なんか負って
……仕方なかったんだ。他にどうしようもなかった。
起こってしまったことを今更ほじくり返してもしょうがない」
金属質な冷笑は、いつのまにか穏やかな微笑みに戻っていた。
そして遠くを見つめながら、にっこり笑った。
「……だからボクは誰も恨まない。
マフネ博士だってヘルエル=ゼルブだって、ガイガンやチタノザウルスを不幸にした人たちだって、みんな報いは受けた。
ゴジラもたっぷり暴れてくれた、もう充分だ。
『あの人』だって、誰も恨まなかった」
あの人。
レックスの話で唐突に登場した謎の人物。
いったい誰だろう。
「……ああ、そうか。
戸惑うわたしに、レックスは言った。
「いいよ、話してあげる。
ボクが一番尊敬する『あの人』の話を」