怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
「……『あの人』はね、ものすごい毒を作ってしまったんだ。
ゴジラも殺せるような猛毒だ」
レックスの語る『あの人』の物語は、そんなところからスタートした。
「『あの人』は最初からそんなものを作ろうとしたわけじゃない。皆の役に立つ道具を作ろうとした失敗作がその毒だった。
『完成したらきっといろんな人を幸せに出来るはずだ』
そう信じた『あの人』は、数え切れないほど試行錯誤を重ねたけれど、その頃の科学力ではどうやっても毒にしかならなかった」
『ゴジラを殺せる兵器』。
似たような話はわたしもいくらか聞いたことがある。
強力なプラズマエネルギーで何もかもを消去してしまう〈ディメンション・タイド〉。
絶対零度の冷凍メーサー光線で氷漬けにして粉砕する〈アブソリュート・ゼロ〉。
〈タイムマシン〉で生まれる前から消し去ってしまおう、なんて計画もあったらしい。
……全部、なにもかも眉唾のオカルトだ。
そんな空想科学のファンタジーが実現していたならゴジラなんて存在していないし、世界もここまで終わっていない。
だけどレックスは、そんな代物があたかも実在したかのように話していた。
あるいはガルビトリウムを通じて見た、どこか違う世界の話なのかもしれない。
「そんなときにゴジラが街を襲い、大切な人たちから『どうか、あなたの発明でゴジラを殺してほしい』と頼まれた。
最初『あの人』は、その毒を使うことを嫌がった。
……その頃はまだ大きな戦争が終わったばかりで、大きな国同士が互いに核爆弾を突きつけ合い、誰も彼もがその威力に恐れ
その核爆弾でも死なないゴジラを殺せる毒なんて、核爆弾よりも恐ろしい兵器だ。
そんなものを世間に公表したら、悪い人に目をつけられて人殺しの道具に使われてしまう。
『あの人』は、それが怖かった。
せめて皆の役に立つものとして出せるようになるまで、自分の発明を隠しておきたかったんだ」
その人の危惧がわたしにもわかる気がした。
桁違いのパワーを与えてくれる核エネルギー。
どんなものでも造ってくれるナノメタル。
高次元存在と繋げてくれるガルビトリウム。
どれも凄いテクノロジーだけど、悪い使われ方をしたせいで色んな人に不幸をもたらした。
レックスが尊敬するその人は、自分の発明がそんな悲惨を引き起こすことを恐れたのだろう。
「『あの人』は悩んで苦しんだ末に、ゴジラを殺すためにその毒を使った。
人一倍優しかった『あの人』は、目の前で救いを求める人たちの祈りを見棄てることがどうしても出来なかった。
その人の毒はゴジラを殺すことに成功したけど、同時に『あの人』は毒の製法もろとも自分の命も捨て去ることに決めた。
ゴジラを殺せる毒。それが悪い人たちに悪用されないよう、二度と作られないようにしたかったんだ。
そうして、『あの人』は死んだ。大切な人たちの幸せを願いながら」
全人類の幸福VS自分の幸福。
その人は前者を勝たせるために、自ら死を選んだ。
レックスが語った『その人』の結末はとても悲しくて、とてもショッキングなものだった。
さらにもうひとつ、恐ろしいことをレックスは語った。
「……でも本当は、『あの人』が怖がったような『悪い人』なんていなかった。
権力者なんて実際は、ごく狭い範囲の僅かな権限を重すぎる責任と一緒に押し付けられているだけ。全知全能の神でもなんでもない。
軍隊も実際は『戦争なんかしないに越したことはない』、そんな平和を愛する人たちばっかりさ。戦いが起きたら真っ先に死ぬのは自分たちだからね。
誰だってそうだ。楽しく暮らしたい、大切な人を守りたい、幸せになりたい。誰だってそんな当たり前を願っているだけだ。
悪い人なんてどこにもいない」
たしかにそうなのかもしれない、とわたしは思う。
正義の味方と悪の黒幕、そんなのはマンガとヒーロー映画だけだ。
現実はもっとややこしく出来ている。
しかし、だとしたら、『あの人』が本当に恐れたものとは、一体……?
「この世界だっておんなじさ。
弱い人や間違える人はいても、最初から世の中に災厄をもたらそうと思っている悪の大魔王なんてどこにもいない。
自分が幸せになりたい、大切な誰かを幸せにしてあげたいと願ってる普通の人ばっかり。
今回の怪獣大戦争だって、自分のことしか考えてない悪者なんかいなかった。
ヘルエル=ゼルブやウェルーシファは勿論、マン=ムウモ、マフネ博士、あのネルソンですら彼なりに世のため人のためを考えていた。
モレクノヴァやオニヤマ博士だって特別な極悪人ってわけじゃない、ただ愚かで弱かっただけ。
誰もがそうだ。どんなに賢いつもりでもヒトは必ず間違いを犯す。不幸になる誰かさんがいると分かっててもついつい悪いことをしてしまう。
それが普通の人だ。みんなそれくらいに、そしてどうしようもないくらいに弱いんだよ」
『世の中の悪いものをみんなやっつけて、みんなが幸せに笑える世界を創る』
『皆の笑顔がボクの幸せ!』
かつてそう語っていたレックス。
ウェルーシファによってガルビトリウムを取り付けられたときだってきっと『ガルビトリウムの力で悪いものを見つけてやろう、そして皆を幸せにしよう』と考えたに違いない。
そしてレックスは見てしまった。
『悪いもの』の正体を。
「そんな『普通の人』こそが、諸悪の根源だ。
普通の人が、普通に振舞い、普通に生活をして、普通の幸せを願う、皆がそうしようとすればするほど
この世界の在り様は、皆がそれぞれの都合、自分勝手な願い事を押し通そうとして自分より弱い人へ責任を
レックスの表情はニコニコしているが、声はノイズ混じりで狂っていた。
「たしかに、悪いことを実行するのは特別な人なのかもしれない。
だけど彼らをそこまで追い詰めてしまうのは、いつだってその他大勢の『普通の人たち』だ。
各個人は善い人だとしても、群れた途端にゴジラより恐ろしい怪物になる。
どんな権力者だって『普通の人たち』には敵わない。『普通の人たち』が力を合わせてお願いすれば、どこかの偉い大統領に大量殺戮のゴーサインを書かせるなんて容易いものだ。
それだけじゃない。大企業の社長を悪事へと走らせ、ウェルーシファやゼルブみたいな危険な人間を台頭させ、そして『あの人』みたいな人に自己犠牲を強いることだってできる。
『あの人』みたいな犠牲者を作っているのは、他ならぬ『普通の人たち』なんだよ」
『あの人』を死へと追いやった怪物の正体。
……なんて醜悪なのだろう。
レックスはガルビトリウムを使って、世にもおぞましい怪獣をまじまじと凝視してしまったに違いない。
これまで自分が一生懸命に笑顔にしようとしてきた人たちの正体を。
そうやってレックスは壊れてしまったんだ。
……ごめんね、レックス。
本当にごめん、レックス。
あなたを壊してしまったのは、そしてあなたを怪獣にしてしまったのは、わたしたち人間だ。
「……ヒトはそうやって、いつだってピカピカの素敵な未来を願うんだ。
大切な人たちの幸せ、世のため人のため、ああだったらいいな、こうだったらいいな。
それで素晴らしいものが産まれることもあれば、ゴジラみたいな怪獣を産み出すこともある。
世の中が上手くいかないのは悪の大魔王のせいなんかじゃない、『普通の人たち』、皆が願った結果だ。
だけど『皆』が責任を取ることはできない。だから責任を盥回しにする」
語るうちにレックスの語り口に力が籠ってゆく。
「その挙句の果てが『あの人』だ。
人一倍優しく、そして人一倍賢かった『あの人』は、そのことにうっすら気づいていた。
ゴジラをも殺せる毒、自分の発明を永遠に葬らなければ、いずれ誰かがそれを
だから『あの人』は死んだ、他の誰かを『恐ろしい悪者』にしないために」
そしてレックスは『あの人』のその後を語った。
「……『あの人』が死んでからも、その世界では沢山の過ちが繰り返された。
すぐに二頭目のゴジラが現れたし、アンギラス、ラドン、マタンゴ、エビラ、カマキラス、ZILLA、メガギラス、そしてメカゴジラ……人間が間違えたせいで沢山の怪獣が現れて、そして沢山の命が不幸になった。
『あの人』は結局無駄死だった。
歴史から学ぼうとしない『普通の人たち』が、『あの人』の犠牲を無駄にしてしまった。
……馬鹿みたいでしょう?
でも誰も悪くない。『あの人』はもちろん、『普通の人たち』だって悪くない。歴史なんか細かいことまでいちいち覚えていられるものか。悪いことをしようと思っていたわけでもない。誰だってみんな自分の幸せ、そういう当たり前のものを求めただけだ。
つまり誰も悪くない」
『あの人』の身に起こった最大の悲劇。
それを語りながら、レックスは眼前で拳を固く握った。
まるで目の前にあるなにかを、目に見える
「悪者がいるとすればこの世界のせいさ。
誰も悪くなくても、ハッピーエンドなんか来なくっても、悪いことが起きてしまったら誰かが必ず責任をとらないといけない。
大昔、魚が沢山獲れますようにって生贄を差し出してお祈りした時代から、この世界はそういう風になってる。
悪者がいるとすれば、
レックスの赤い瞳、その奥では『そういう風になってるこの世界』へ向けた、底無しの怒りが燃えていた。
まるでゴジラそっくりだ。
「ボクは違う。
リスペクトって言葉の意味も知らない、他の馬鹿なヤツらみたいな
あんなに素晴らしい『あの人』の犠牲をボクは無駄にしたりはしない」
そして固く、固く決意するかのように、レックスは宣言した。
「『あの人』みたいに、皆のために誰かが死ぬ。
尊い犠牲とか人類の救世主とか、どんなにカッコいい言葉で飾ったって、本当はそんなのあってはならないことだ。
『あの人』みたいな可哀想な誰かを生贄にして、それでも足らずに新しい生贄を欲しがる。
そんな世界、ボクは許さない。
誰かを不幸にしないと誰も幸せになれない、そんな優しくない世界なんてボクがブッ潰してやる。
そして皆が仲良く笑って暮らせる、優しい世界を創るんだ!」
レックスの中で燃えさかる、憎悪と憤怒の
それは、とても禍々しくて、そしてどんなものよりも優しい毒だった。
『皆が仲良く笑って暮らせる、優しい世界』
そんな素敵な未来を求めるのが人間の文明の在り様で、それが進んだ先に環境汚染や核兵器があり、そしてその最果てでゴジラたち怪獣が生まれる。
――『皆が幸せになれますように』
レックスのそんな願いは、普通に考えれば叶うはずのない夢物語だ。
しかし、この世界の常識では無理だとしても、レックスの言う『高次元のパワー』なら、有り得ないハッピーエンドを作ることもできるのではないか。
今の世界の法則や時間の流れ、因果、それらすべてが思い通り変えられて、破綻なく作り替えることができるとしたら。
……そんな考えに至ったわたしに、レックスは手を差し伸べた。
「だからお願い、リリセ。どうか、願って」
そしてレックスは、わたしに願った。
「……ボクは、ボク自身の願いを叶えることができない。
メカゴジラだって結局はマシーンだからね。誰かに操縦桿を握ってもらわなくちゃ。
そして、それに相応しいのはキミ、タチバナ=リリセだ」
「えっ、わたし?」
戸惑うわたしだったけれど、レックスの表情は真剣そのものだ。
レックスは言った。
「キミは、ボクを『代わりの
『怪獣だってわたしたちと同じ、心と命を持ったいきものだ』と言った。
そんなキミが願う世界なら、きっと怪獣もヒトも幸せになれるだろう」
その言葉に、わたしは迷った。
レックスの言う通り、あらゆる次元を超えた宇宙のどこかに誰も泣かなくていい、そんな素晴らしい世界があるのかもしれない。
誰も犠牲になることなく、誰もが幸せに楽しく笑って暮らせる。
そんな、誰もが夢みる素敵な楽園。
たとえ幼稚なおとぎ話だとしても、それが本当に手に入ったらどんなにいいだろう。
「リリセ、キミが願う未来なら、なんでもいい。
キミは願ってくれさえすればいい」
そうやって誘いかけるレックスを見る。
晴れ渡ったお日様のような笑顔。
悪いことなんてこれっぽっちも考えていない、そんな風に思わせる澄み切った表情だった。
きっと『人の役に立ちたい』という気持ちで頭がいっぱいなのだろう。
……迷う必要なんかないのかもしれない。
差し出されたレックスの掌へ、わたしも、おずおずと手を伸ばそうとする。
「さあ、星に願いを!
そして行こう、素敵な未来の楽園へ!」
「…………」
そして、わたしは決めた。