怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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82、絶望の果てに

 そして、わたしは決めた。

 

 

 

 

 

 『さあ星に願いを!』

 『そして行こう、素敵な未来の楽園へ!』

 そう言ったレックスの顔を見た時、ガルビトリウムが入った右目から銀色の雫が滴っていることに、わたしは気づいた。

 液状化したナノメタル。

 頬に流れた一筋のそれは、まるで涙みたいだった。

 わたしは答えた。

 

「……ごめんね。

 あなたの願いは叶えてあげられない」

 

 わたしは差し出しかけた手を上へ、レックスの(まぶた)から溢れるナノメタル溶液を指で(ぬぐ)った。

 

「どうして……?」

 

 怪訝に問いかけるレックスの頬を拭いながら、わたしは答える。

 

「だって、レックスの創ろうとしている楽園は、すべて夢物語だから。

 あなたの話には無理がある。

 『みんなが幸せになれるハッピーエンド』なんて、そんなおいしい話、あるわけないよ」

 

 そこでわたしは例え話をした。

 

「たとえば『人間と怪獣の平和的共存』なんて気軽に言うけど、たとえば、マフネ博士みたいにゴジラに家族を焼き殺された人がいたらどうなるの?

 焼き殺されたんじゃなくても、家を踏み潰されてしまったり、大切なものを壊されたりしてしまった人は?

 そういう人たちの『怪獣が憎い』っていう気持ちはどうするの?」

 

 わたしの話に、レックスが反駁した。

 

「怪獣たちが暴れるのは悪気があってのことじゃない。むしろ人間たちが原因のことだって多いじゃないか。

 怪獣たちにも良いところは沢山ある。それを皆にわかってもらえるようにすればいいんだよ。

 皆が怪獣を好きになってくれればいい。

 それに、憎いと言ってもどうせ人間は怪獣には敵わない。いずれ諦めて受け容れてくれるさ。

 何の問題もない」

 

「……そうかもね。

 もしも皆があなたみたいに素直で利口な人ばっかりだったら、そんな世界だってあるのかもしれない」

 

 だけどレックス、あなたは人の心がわかっていない。

 

「でも人間、そんなに素直じゃないし利口でもない。

 皆が皆そんな賢い足し算引き算だけで生きられたら誰も苦労しないよ。

 仕方ないとわかってても諦められない、受け容れられない、そのあいだで死ぬまで苦しむ人もいる。

 そういう人は我慢しなきゃいけないの?」

 

 さらにわたしは続けた。

 

「だいたい、『皆が怪獣のことを好きになればいい』だなんて無理がある。

 そんなのが規範(きまりごと)になってしまったら、合わせられない人たちが沢山出てしまう。

 怪獣と仲良くやっていける人もいれば、そうじゃない人もいる。

 この世の誰もがみんなゴジラのことを好きになってくれるわけじゃないんだよ」

 

 怪獣を好きになってくれる、あるいは受け容れてくれる人もいるだろう。

 しかしそうじゃない人だっている。人間が二人以上いて、互いに真っ向から食い違う価値観を持っていたら、両者を同時に満たすことはできない。

 皆の願いを同時に叶えることは出来ない。

 当たり前の話だ。

 ガルビトリウムやナノメタルの威力に誤魔化されそうになったけれど、結局のところこの『当たり前』が変わらないのだから、どんなに凄いテクノロジーがあってもどこかで割を食う人は必ず出てくる。

 高次元のパワーとやらが如何に凄かろうと、人間自身が変わらなければ何も解決しない。

 

「それにね、レックス。あなたの言ってる『平和的共存』は結局マフネ博士やヘルエル=ゼルブと同じなんだよ。

 『怪獣を人間に都合がよい存在に造り変えてしまおう』だなんて、まさにチタノザウルスやガイガンを不幸にしたLTFシステムそのものだ。

 兵器にするかペットにするかぐらいの違いしかない。

 むしろ恐ろしい兵器にされるより可愛いペットにされてしまう方が、そのむごたらしさがわかりづらい分もっと残酷かもしれないよ」

 

「そ、それは……」

 

「怪獣云々だけの話じゃない。

 みんな、それこそわたしとエミィとレックスだって好きなものは違うし、嫌いなものだって違う。

 嫌だという人に独りよがりな幸せを押し付けようっていうなら、それはあなたのいう『悪の大魔王』と変わらない」

 

「ううっ……」

 

 惑うレックスを見ながらわたしは想像する。

 ……もし仮に、皆の願いがすべて満たせる素晴らしい世界を用意できたとしよう。

 だけど、人間の欲望はどうせ底無しだ。

 立って歩きたいからと直立二足歩行を覚え、歩かないで移動したいと乗り物を発明して、乗り心地を良くしたいとクーラーやソファを据え付けて、それでもなお文句を言う。

 これ以上ないくらいの『最高』を見つけたとしても、いずれ満足できなくなるだろう。

 きりがない。

 

「それでもレックスは優しいから、誰もが満足できそうな素敵な楽園を探そうとしてくれる。

 みんなが飽きたら、また次の楽園を探してくれるんだろうね。

 ……でも、そんなこと、いつまで続けるの?

 人間は考えがコロコロ変わる。今日大好きだったものだって明日には大嫌いになっているかもしれない。

 そんなことを延々繰り返したところで、いつか行き詰まるだけだ。そもそも皆が満足するハッピーエンドなんてきっと不可能なんだよ」

 

「いいや、違う!」

 

 わたしの批判をレックスは跳ね返そうとした。

 

「きっとあるはずだ、みんなが幸せになれる永遠の楽園が。

 ルシファーはなんでも見せてくれた。ナノメタルならなんでも創れる。

 絶対に探し出してみせるよ。だから……」

 

「そんなの、ウソだ」

 

 レックスの言葉を、わたしは(さえぎ)った。

 

「そんなのあるわけない、みんなバカだもの。

 どんなに素晴らしい新天地を見つけてきても、すぐに飽きてもっと酷いワガママを言い出すよ。

 それに、人間がそれくらい欲深だってことぐらい、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その指摘にレックスは心底驚いたようだった。

 目を丸くするレックスに、わたしは言った。

 

 

 

「レックスの楽園の正体は『夢の世界』だ。

 そうでしょう、レックス?」

 

 

 

 人間を突き動かしつづける、底無しの欲望。

 『悪いとこ探し』をすればそれこそ際限がないのが人間だ。

 それに対する唯一の解決策があるとするなら、それは人間の欲望、すなわち心そのものにメスを入れてしまうことだろう。

 欲望の蛇口が壊れているなら、それを受け容れてくれる大きな器を探すよりもまずは蛇口を直した方がいい。

 『本物、偽物、それは見た人が決めること』だとレックスは言った。何を見せても不満だというなら、いっそ不満を垂れ流す脳味噌の方を弄ってしまえばよいのだ。

 『地球は綺麗な夢で満たされる』

 そう言ったのはレックス自身だ。

 

「レックスは素敵な夢を、さっきの花畑みたいな優しい夢をみんなに見せてくれる。二度と覚めない夢をね」

 

 レックスはナノメタルを世界中にばらまき、全人類、いや全ての生物の脳に埋め込むだろう。

 それからガルビトリウムの超パワーで皆の欲望を統制するのだ。

 そこで迎える新世界はさぞや綺麗な夢だろう。

 主観的には欲しいものがすべて満たされた、『理想の楽園』のように見えるはずだ。

 

 

「あなたは()()()()()()()()()()()んだ。

 あなたみたいな善い子が、そんな恐ろしいことしちゃいけないよ」

 

 

 さっきの綺麗な花畑も、わたしにその甘美な選択肢を刷り込むために見せたのだろう。

 今の状態でわたしがレックスの手を取れば、全人類そろって夢の世界へ直行だ。

 そうして人間たちは居心地の良い夢へ閉じ籠り、現実で生きることを辞めてしまうだろう。

 ……あるいはその方が良いのかもしれない。どうせ何をやっても文句を言わずにいられないのが人間だ。不満だらけの現実よりも楽しい夢から醒めない方が幸せ、それが必ずしも間違っているとわたしは断言できない。

 けれど……

 

「その綺麗な夢にはきっと、本当のあなたもエミィもいない。

 いたとしても、全部わたしの頭のなかで考えた、わたしにとって都合がいい二人しかいない。

 ……そんなの作り物の幻、偽物だよ。マタンゴでラリっちゃうのと変わらない。

 そんなインチキな楽園、わたしはイヤだな」

 

 さっきの花畑の夢の中で、ずっと朗らかにニコニコしていたエミィの虚像を思い出す。

 ……あんなの、本物のエミィじゃない。

 本物のエミィはもっと偏屈で、意地っ張りで、捻くれてて、そして最高に素敵な子なのだ。

 そうじゃない紛い物なんてわたしは要らない。そんな楽園、いくら平和でも欲しくないよ。

 図星を突かれたレックスは、上擦(うわず)った声でまくし立てた。

 

「だ、だったら、キミだけは、タチバナ=リリセだけは特別に、『本当のボク』と話が出来るようにしてあげる。

 それだけじゃない、女王様、億万長者、大スター、勇者様、何にでもしてあげる。

 それでも足りないなら、エミィ=アシモフ・タチバナだって一緒にしてあげるよ。

 それなら……」

「もうやめて」

 

 並べたてられたレックスの甘言に、わたしは首を振った。

 

「わたしをあまり見縊(みくび)らないでほしいな。

 このわたしがそんな安っぽい、見え透いた手に乗ると思う?

 どうせそれ、作り物の夢なんでしょう?」

 

「うっ……」

 

 おとぎ話のピノキオはウソをついたら鼻が伸びてしまった。

 しかし鼻なんか伸びなくたって、レックスの言葉が欺瞞に溢れているのはすぐわかった。

 ……レックス、あなたは正直者の善人だ。

 そんなあなたが、人を(たぶら)かそうとなんてやっちゃいけない。

 

「それにムリだよ、『自分だけ神様から特別扱い』だなんて。

 わたしなんかの凡人の(うつわ)じゃあ正気でいられると思えない。

 そんな溢れ返るほどの幸せを用意してもらったって、どうせ持て余して不幸になるだけだ」

「なら、そうならないように()()()()()調()()()()……」

「だから、それがダメなんだってば」

 

 わたしは深々と息を吐き、レックスに言って聞かせた。

 

「わたしの心はわたしのものだ。

 そんな風に弄繰り回されたら、わたしがわたしではなくなってしまうよ。

 誰だってそう、自分の心を他人なんかに好き放題いじられたくなんかない。

 たとえ、幸せな夢の世界で生きられるように神様が施してくれてるんだとしてもね」

 

 そんなわたしにレックスは泣きそうな顔で問いかけた。

 

「じゃあ、どうすればいいの。

 どうすればキミは満足してくれるの?」

 

 ……ごめんね、レックス。

 わたしは意を決し、軽く息を吸って気合を込めてからその『願い』を口にした。

 

「……みんな不幸になればいい。

 レックスや『あの人』みたいな犠牲者を出すのが普通の人たちだっていうなら、そんなクズどもは生きるに値しない。

 皆ゴジラに踏み潰されてしまえばいい」

「嘘だッ!!」

 

 わたしの醜悪な『願い事』にかぶせるように、レックスは大声を張り上げた。

 そして戦慄(わなな)きながら、縋るように言った。

 

「……ねえ、今のは嘘でしょう?

 タチバナ=リリセがそんな酷いことを願うはずがない。()()()()()()()()()()……」

「それは違うよ、レックス」

 

 レックスの言葉をわたしは遮る。

 死に物狂いのレックスを、わたしは敢えて突き放すことにした。

 

「『タチバナ=リリセなら』?

 なにそれ。勝手なこと言わないで。あなたがわたしの何を知ってるというの?」

 

「えっ……」

 

 途端、レックスは愕然としていた。

 わたしからこんなことを言われるなんて夢にも思っていなかったのだろう。

 怯んだレックスにわたしは続ける。

 

「わたしはあなたみたいな救世主じゃないし、人類最後の希望でもない。

 考えられることなんて自分自身と身の回りの大事な人たちのこと、ついでに世間のことをちょっとだけが精一杯。

 それがタチバナ=リリセという人間だよ」

 

 心を開いていたタチバナ=リリセから投げつけられた、冷たい言葉。

 明るい笑顔が似合うはずのレックスの顔が、深い幻滅と失望に染まってゆく。

 ……本当にごめんね、レックス。

 胸を刺すかすかな痛みに()えながら、わたしは()()()()を言うことにした。

 

「だから、そんな風に何でもかんでも甘えられちゃこっちだって困る。

 重すぎて背負えないよ、世界なんて。

 『何でも決めてくれる御主人様が欲しい』というのならわたしは御免だ、他を当たってよ。

 『責任を盥回し』って言ってたけど、あなたこそ責任をわたしに擦り付けようとしてる。

 それとも『あの人』をリスペクトしてるってのは口先だけなのかな?」

 

「そ、そんな……」

 

 わたしもこんなこと言いたくない。出来れば、あなたの心の中にいただろう『素敵なタチバナ=リリセ』のままでいたかった。

 ……だけどこれは言わずにいられない。

 

「わたしは、あなたの考えているような人間じゃない。

 平気で嘘をつくし、好き嫌いも山ほどある。今みたいに酷いことを言って傷つけたりもする、今まで散々助けてくれた相手(あなた)をね。

 そういう身勝手でサイテーの、あなたが軽蔑してやまない()()()()だよ」

 

 そう、わたしは『普通の人』だ。

 だからレックスの楽園とやらには値しない。

 ゴジラが、怪獣が人間を断罪するというのなら、わたしだってそれは例外じゃない。

 『わたしだけ特別扱い』なんて許されるはずがないのだ。

 

「……そんな、ひどいよ」

 

 タチバナ=リリセに拒絶されたのがよほどショックだったのだろう。

 レックスは「ひどい、ひどいよう」と顔をくしゃくしゃに歪め、救いを求めて天を仰いだ。

 

「ね、ねぇルシファー、ボク、どうしたら……」

 

 ピロピロケタケタ……

 

 窮したレックスの耳元に、どこからか首を伸ばしてきたハイドラが囁きかけている。

 ……ルシファー=ハイドラ。

 コイツはこうやってレックスが弱ったところに付け込み、余計な言葉を吹き込んで操り人形にしてきたのだろう。

 

 

 ゆるせない。

 

 

 わたしはキレた。

 

 

 

 

「いい加減にしろ屑野郎!!

 レックスを弄びやがって!!」

 

 

 

 ……自分で驚くくらいの大声が出てしまった。

 

 突然怒鳴りつけられたハイドラは一瞬たじろいでいたが、すぐに気を取り直し、脅しつけるかのように雷のような声で吠えた。

 激昂したハイドラが虹色の首をスルスル伸ばし、わたしへ襲い掛かる。

 

「ダメだ、ルシファー!!」

 

 慌ててレックスが制止したけれど、すんでのところで間に合わない。

 ……怖くなんかない。

 こんな下劣なド畜生にビビって、命がけのサルベージ稼業が務まるかってんだい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凶悪な毒牙をみっしり生やしたルシファー=ハイドラの顎が、わたしの顔面を覆った。

 

 

 

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