怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
いつだろう いつだろう
平和が来るのはいつだろう
君にも僕にもわからぬことさ
負けずにガンバレ 待っている
皆で楽しく 笑える日まで
俺ぁゴジラ 俺ぁゴジラ
ゴジラパ ドピラパ ゴジラパ ドピラパ
皆のトモダチだ
――石川進『ゆけ!ゆけ!ゴジラ』より
幾発も重なる、核爆弾の閃光。
それらが収まって数時間ほど過ぎた頃、かなり離れたところの海面から小さな潜望鏡がもたげ、辺りを見回した。
潜望鏡が引っ込んだ後、海中から小さな船体が海面へと浮かび上がった。
姿を現したのは、わたし、タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そして子供たちを乗せた潜水艇α号だ。
核爆発の爆熱は深い海の底でやり過ごし、即死級の放射線はビルサルド製の特殊なコーティングが防いでくれた。
新生地球連合が創った秘密基地は、孫ノ手島ごと跡形もなく消えていた。
潜望鏡越しに見えるのは、水平線の彼方まで広がっている大海原だけ。
……いきさつを知らない誰かがこの現状を見せられたとして、ついさっきまでここにひとつの島があったなんて果たして信じられるだろうか。
新生地球連合軍の過激派、〈総攻撃派〉による核攻撃。
海の底にいても衝撃が響いてくる凄まじい爆発だった。
物の本によればゴジラはかつてこんな爆発を百五十発分喰らっても平気だったらしいけど、そこまでゆくと破壊力がインフレしすぎてて想像もつかない。
……ひょっとして、ゴジラも死んでしまったんじゃないだろうか。
わたしはそんなことを思った。
たしかに百五十発喰らっても平気だった。色んな本にも書いてあることだし、それは歴史的事実なのだろう。
しかしそれは昔の話だ。
さっき島を去るときに垣間見たゴジラの姿は満身創痍でふらふらのように見えた。
全盛期のゴジラならまだしも、あれほどの深手を負ったうえでこれだけの核ミサイルを受ければ死んでしまうのではないだろうか。
他方、わたしたちが助かったのは単なる幸運にすぎない。
この潜水艇がなければこんなちっぽけな人間たちなど島もろとも塵一つ残さず消滅していた。
またセンサーの数値によると、周辺数キロ四方は核爆弾が撒き散らした濃密な放射性物質の霧で満たされている。
仮に奇跡的に爆発で死ななくても―この潜水艇α号で脱出できたことだって十二分に奇跡としか言い様がないが――この猛毒の大気を吸ったら最期、酷い放射線障害で苦しむことになる。
あの数発の核爆発のために、この一帯は何も棲めない海になってしまった。
そして今後ずっと死の海であり続けるだろう。
地球人類が造った核兵器。
なんて恐ろしいのだろう。
核兵器だけじゃない。
ロボトロニクス、バイオテクノロジー、人工知能、サイボーグ、ナノメタル、ゲマトロン演算。
どれもこれも元々は皆を幸せにするため、世の中を良くするために創られたものだったはずだ。
どんな大義名分があったか知らないが、そんな素晴らしいテクノロジーをこんなろくでもない人殺しの道具に造り替えてしまう人間たち。
……怪獣よりも怖いのは人間だ。
もちろんゴジラだって恐ろしい怪獣だ。
だけど、そんなゴジラを産み出しておきながら未だに核爆弾にホイホイ頼ろうとする人間の方がよっぽど怪獣じゃないか。
そんな人間のおぞましさに思いを馳せたときのことだった。
「……お、おい!」
計器類を覗き込んでいたエミィが、裏返った声でわたしを呼んだ。
「周囲の放射能レベルがどんどん下がっていく……!」
「なんだって!?」
わたしも計器に飛びついた。
モニタに表示された放射能レベルはみるみる低下してゆき、あっという間に核爆発の直後とは思えない濃度にまで落ち込んでいた。
窓を覗けば、あの濃厚だった放射性物質の霧がいつのまにか晴れている。
今なら外の空気で深呼吸さえできるだろう。
続いてソナーが巨大な黒い影を検出し、わたしたちは一斉に息を呑んだ。
核ミサイルが炸裂した爆心地から現れ。
超高濃度の放射性物質の塵を吸い尽くし。
そして体長100mを凌ぐ巨体で泳ぐ黒い影。
そんな人理を踏み外してしまった
そしてその影は、わたしたちの潜水艇α号へと着実に接近してきていた。
「ゴジラ……!」
ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやってくる。
潜水艇の操縦席で、エミィが叫んだ。
「全速前進、とにかく逃げるぞ!」
エミィが、エンジンが焼きつく勢いで潜水艇α号を加速させ始めた。
慣性の法則で臍の辺りをぐいと引っ張られる感覚に、足を踏ん張るわたしたち。
ビルサルドからパクってきただけのこんな潜水艇、最終的にぶっ壊れたって一向にかまわない。
とりあえずこの場を乗り切るのが先決だ。
今回の敵はキングオブモンスター:ゴジラだ。
実在する
狙いは間違いない、わたしたちだ。あの孫ノ手島から一人たりとも生かして逃さないつもりなのだ。
ゴジラVSわたしたちのα号。
……絶望的な戦いかもしれないが、勝算がまったくないわけでもない。
わたしはエミィに告げた。
「エミィ、潜って! 出来るだけ深く!」
島でアンギラスが暴れた際、ビルサルド統制官ヘルエル=ゼルブが発した言葉を思い出す。
――バカな、地下牢はゴジラの荷電粒子ビームにも耐える設計だぞ、なぜアンギラス風情が脱走する!?
ゼルブの言葉を借りれば、ゴジラの放射熱線の正体は『荷電粒子ビーム』らしい。
昔マンガで読んだことがあるが、荷電粒子ビームというのは電気の力で金属粒子を加速して発射するものだ。
つまり発射原理や破壊力が違うだけで、発射されてしまえばピストルやライフルの銃弾と実態はさほど変わらない。
もし本当にゴジラの放射熱線が荷電粒子ビームであれば、その特性からして
ライフル弾だって水中では威力が半減されてしまうのと理屈は同じだ。
とすれば、水中に潜ってさえいれば放射熱線で狙撃されることはないだろう。
あとはゴジラに捕まらなければいいわけだが、単純な追いかけっこなら案外勝ち目はあるかもしれない。
ゴジラの泳ぐ速度は決して遅くないとはいえ、スピードに関してはα号の方がずっと速いのだ。
……あれだけの戦いを繰り広げたあとだ、ゴジラの方だって手負いのはず。
こんな取るに足らない小さな潜水艇なんて、一度見失ってしまえば躍起になって追ってきたりはしないだろう。
ゴジラの勝利条件はこちらを殺すことかもしれないが、わたしたちの勝利条件はゴジラを打ち倒すことじゃない、とにかく逃げ切ることだ。
無事に生き延びさえすればこちらの勝ちだ。
「わかった、つかまってろ!」
エミィの操縦で潜水艇α号が深度を深くとり、暗い海へとその機体を沈めていった。
ソナーを確認してみると、背後のゴジラはあっという間に引き離され、ゴジラとの距離はぐんぐんと広がってゆくようだった。
そしてゴジラの方は加速する気配がない。
……よかった。このまま逃げ切れれば、なんとかなるかもしれない。
そんな希望が見えた矢先、潜水艇が大きく上下に揺れた。
体が宙に浮き、天井に頭をぶつけた子供たちがキャーキャーと悲鳴を挙げる。
目に見えないなにかが、α号の下を凄まじいスピードでかすめていったらしい。
「なに今の!?」
わたしの問いに、エミィが怒鳴った。
「超振動波だ!」
アンギラスも使った咆哮による〈超振動波〉。
撃ったのはゴジラだ。
まさかアンギラスが使ったのを見て、真似してみようとでも思ったのだろうか。
……わたしの背筋に、冷たい汗が流れた。
水中において音波の届くスピードは空気中よりもずっと速い。
こんな、子供たちを腹いっぱいに抱え込んだ潜水艇なんか目じゃないくらいに。
雄叫びで練り上げられた
ゴジラの巻き起こす超振動波に海中が思いきりかき混ぜられ、小さな潜水艇はぐるぐると引っ繰り返りそうになる。
今のは狙いが若干逸れていたため助かったが、直撃を受ければ木端微塵に粉砕されるのは避けられない。
おそらく試し撃ちだった一発目よりも、二発目の狙いは正確だった。三発目は間違いなく直撃するだろう。
エミィが、額に汗を浮かべながら叫んだ。
「このままだと沈められる、浮上するしかない!」
超振動波が水中に特化した技だとするなら、水面すれすれは狙いづらいはず。
その程度のことでどれだけ差が出るかはわからないが、せめてもの悪足掻きだ。
……しかし、それは根本的な解決とは程遠い判断だった。
浮上すれば今度はゴジラの放射熱線で焼かれることになる。
そして、それこそがゴジラの狙いなのだろう。
わたしたちの潜水艇α号はもはや、檻の入口へと追い立てられた逃げ場のない小さなネズミだった。
破滅するとわかっていても、少しでも長生きするためにはそこへ逃げるしかない。
わたしは叫んだ。
「なんでもいいから、ゴジラから一歩でも遠くへ!」
エミィの操縦で潜水艇α号は水上へと飛び出してエンジン全開、フルスピードでゴジラから距離をとろうとする。
逃げるんだ、とにかく遠くへ。
ゴジラの爪も牙も放射熱線も届かない遠くへ。
……わかりきっている。
ゴジラの猛威が及ばない場所なんてこの地球上のどこにもない。
だけど、たとえ負け戦と決まっていても、一分一秒でも生き延びるこの勝負からは逃げたくなかった。
必死に水上を走り続ける潜水艇α号の横脇を、青白い奔流が真っ直ぐ駆け抜けた。
ゴジラの荷電粒子ビームだ。
……なーんだ。水の中でも撃てるんじゃん。
そう心の中でぼやいたと同時に、わたしの身体は天地が引っ繰り返る衝撃で放り出された。
荷電粒子ビームが巻き起こした衝撃波で海が叩き割られ、浅いところにいた小さな潜水艇はあっさりと弾き飛ばされた。
潜水艇α号は河原で水切りをする小石のように水面を跳ねまわり、缶詰みたいな艇内でわたしたちは悲鳴を挙げながらシェイクされてしまう。
放射熱線の余波で吹っ飛ばされた潜水艇α号は、海面を散々転がりまわった末に岩礁へ接触して減速、それでも海上を滑りに滑ってようやく止まった。
「あいたたた……」
散々転がってようやく停まった潜水艇α号の中で、計器類がビービービーと耳障りな音で喚き散らしている。
ぐらつく頭を振るったわたしはなんとか身体を起こし、子供たちの様子を見た。
エミィも子供たちもみんな一様に目を回していたが、意識の方ははっきりしている。
タンコブくらいは出来ているかもしれないけれど、血を流したり意識を失ったりしている子はひとりもいない。
……よかった、みんな無事だ。
とりあえずわたしは安堵した。
しかしα号は完全にダメだ。
少しでも射線から外れようと蛇行していたので放射熱線の直撃は免れたものの、ほんの僅かにかすっただけのこの一撃が致命傷だった。
操縦席にしがみついたエミィが必死に潜水艇を再始動させようとしているが、潜水艇α号は完全に動けなくなってしまった。
ゴジラ対α号、α号の完敗だ。
潜望鏡を覗き込んでみる。
潜水艇α号の後ろで海面が盛り上がりやがて決壊、大量の飛沫を雨のように撒き散らしながらゴジラの上半身が姿を現した。
目の前の獲物を一撃で仕留め損ねたゴジラの表情は、眼輪がヒクヒクと引き攣っていて、なんだか不満そうに見えた。
……ちきしょう、ゴジラのやつ。
こんな小さな潜水艇、それも軍人が乗ってるわけじゃない。
『こっちはあんたと戦おうなんて全然思ってないんだ、ちょっとぐらい見逃してよ!』
『あんた、キングオブモンスターなんでしょ? たまには
『自分より弱い相手にそんな暴力を振るうとか、オトナゲないと思わないワケ??』
そんなしょうもない悪態が思い浮かんだ。
だけど、どうしようもないことに文句を垂れたってしょうがない。
そんな愚痴よりもわたしは言わなければならないことを言うことにした。
今しか伝えられるタイミングはない。
「……ごめんね、エミィ」
わたしの言葉で、エミィが振り返る。
わたしは、思いの丈を吐露した。
「わたしがあなたたちのことをちゃんと守ってあげられたら、こんな死に方しなくてよかったかもしれないのに」
……わたしのことはいい。
だけどエミィと子供たちが可哀想だ。
わたしがもっと賢くてもっと上手く立ち回れたら、そしてちゃんと守ってあげられたなら。
……助けに来たつもりで逆に助けられてしまうような、こんな馬鹿な自分なんかいくら恨まれたって仕方ないけれど、せめて謝るくらいはさせて欲しい。
そんなわたし、タチバナ=リリセの懺悔に対し、エミィは
「……うぬぼれるな。なんでもかんでも、おまえのせいになると思ったら大間違いだ。
みんな最善を尽くした結果だ。おまえだけが悪い、そんなわけあるもんか」
そして、一瞬迷うように目を逸らしたあと改めて向き直って、こう付け加えた。
「……それに、わたしは後悔してないぞ。
ママもパパも死んだ。わたしもどっかで死ぬ。
それがおまえと一緒なら、ゴジラに殺されるのだって悪くない」
海上に立ち上がったゴジラの背鰭が、青白く光り輝いていた。
計器類が空間電位の急上昇を告げ、一斉に警報を発し始める。
まもなく必中必殺の放射熱線が放たれて、こんなちっぽけな潜水艇など一瞬で焼き尽くしてしまうだろう。
……最期くらい手を繋いでみようか。
わたしとエミィは黙って互いの手を取った。
そんなわたしとエミィを見ていた子供たちも、一緒に手を繋いだ。
わたしは、生まれて初めて、神に祈った。
……ねえ、神様。正直に言います。
ゴジラとの戦いで地球人をあっさり見捨てたあなたのことなんて、ほとんど信じてませんでした。
ぶっちゃけ今でも大嫌いです。
あなたは底無しに意地悪だ。
……でも、今さら虫のいいことお願いするようで申し訳ないんですけど。
本当に今更なんですけど、奇跡でもなんでもいいから助けてください。
わたしはどうなってもいいけど、せめてエミィと子供たちだけでも助けてあげてくださいよ。
今までゴジラに好き放題やらせてたんだから、それくらいしてくれてもいいじゃないですか、神様。
……ダメですよね。わかってます、あなたは意地悪だもの。
だったらせめて、あるかどうか知らないけれど、せめて天国に連れて行ってよ。
それもエミィと二人で、いやレックスやこの子たちも一緒に、みんなで行けますように。
わたしたちは、ほぼ同時に目をつむった。
……気のせいだったろうか。
そのとき、『歌』が脳裏を流れたのは。
………ヤ、………ァー
ドゥンガンカサクヤン インドゥムウ
ルストウィラードア ハンバハンバムヤン
ランダバンウンラダン トゥンジュカンラー
カサクヤーンム……