怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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90、怪獣失楽園

 放射熱線が撃ち抜く発射音と、打ち上げ花火が耳元で爆ぜたかのような激しい炸裂音。

 ほぼ同時に響き渡った爆音で、思わずわたしたちの背筋が竦み上がる。

 しばらくの間があって、恐る恐る瞼を開いたわたし:タチバナ=リリセはぽつりと呟く。

 

 

「来ない……」

 

 

 来ない。

 飛んでくるはずの放射熱線は、いつまでたっても飛んでこなかった。

 放射熱線は炸裂したはずだ。

 だが、先ほどまでの狂騒が嘘のように、センサー類は沈黙している。

 ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやって来る! と喚き続けていたソナーも今は大人しくなってしまっていた。

 

「まさか、電磁パルスで壊れた……?」

 

 放射熱線を発射しようとした際に生じたゴジラの電磁パルスで、潜水艇の計器がとうとう壊れてしまったのだろうか。

 動揺するわたしに、計器類を調べていたエミィが首を横に振った。

 

「計器は正常だ。

 ゴジラから逃げるための船なのに、離れたところの電磁パルスでイカれるなんてチョロい設計してるわけがない」

 

 ……そもそも放射熱線は発射されたのだろうか。

 あの状況でゴジラが放射熱線を外すわけがない。発射されたとすれば潜水艇に命中していない、つまりわたしたちがまだ生きているなんておかしいじゃないか。

 とにかく外がどうなっているのか確かめなくては。

 放射性物質の霧については先ほどゴジラが吸い取ったようだし、この熾烈な追いかけっこの果てに爆心地からは程よく離れている。

 ほんのちょっと顔を出す程度なら死ぬことはないはずだ。

 わたしとエミィは潜水艇のハッチを昇り、恐る恐る外へと顔を出す。

 

「これは、一体……?」

 

 潜水艇α号の外は、ちょうど夜明け前だった。

 朝焼けが差しつつある薄暗い空を、キラキラ光る何かが降り注いでいる。

 光り輝くそれを手に乗せ、触って確かめてみると、それは黄金の粒子だった。

 それも埃や塵などではなく、きめの細かいさらさらとした肌触りの粉だ。

 ……一体どこから降っているのだろう。

 わたしたちは空を見上げ、そして仰天した。

 

「こ、これは……!」

 

 

 

 ――――極彩色の怪獣。

 

 

 

 わたしたちの頭上にいたものはとてつもなく大きな鱗翅目(りんしょうもく)、つまり巨大な『蛾』だった。

 

 華やかな模様が彩る翅はゴジラさえも包み込んでしまえるほどの大きさで、その端から端まで、ゴジラと見比べた目算でも150メートル以上はある。

 先程から降り注いでいる黄金の粉は、この蛾が羽ばたくたびに舞い散る鱗粉だったのだ。

 

 よく『翅を立てて停まるのは蝶で、翅を広げて停まるのは蛾だ』とか、『昼に飛ぶのが蝶で、夜に飛ぶのは蛾だ』とか、『翅が美しいのが蝶で、そうでもないのは蛾だ』なんて言われたりする。

 だけど実際のところは翅を立てて停まる蛾もいるし、昼行性の蛾もいる。翅の美醜に至っては完全な主観だ。

 蝶と蛾は種の系統として別れてはいるけれど形質で厳密に区別する方法はない、などとも言われている。

 頭上で浮遊している、雲よりも巨大なこの昆虫怪獣は果たして一体どちらなのだろう。

 ……あまりの急展開に追い付かない脳が、そんなくだらない、どうでもいいことを考えてしまう。

 そのとき、計器が甲高いビープ音を立てた。

 α号が自己修復機能でやっと復旧した。

 

「逃げるぞ!」

 

 コックピットに戻ろうとするエミィを、わたしは「待った!」と遮った。

 

「なんでだよ!?」

「ちょっと、ちょっとだけだから!」

 

 ……どうもこの巨大蛾は、ほかの怪獣たちと違うらしい。

 確信なんかはないけれど、雰囲気でなんとなくわかってきた。

 もしこの蛾の怪獣がゴジラへ戦いを挑みに来たのなら先手必勝、こんな見合いなんてせずにすぐさま飛び掛かってゆくはずだ。

 ましてや今のゴジラは傷ついている。倒すなら絶好のチャンスだろう。

 にもかかわらず巨大蛾は、鱗粉をゆっくりと撒きながら潜水艇の頭上から動こうとしない。

 巨大蛾は肢の鋭いカギ爪と尾の毒針、それら両方を構えながら、ゴジラの方をじっと睨みつけている。

 希望的観測に過ぎるとも思うけど、わたしにはこんな風に思えてならなかった。

 

「ひょっとして、足元のわたしたちを守ってくれてるのかも」

「んなバカな」

 

 ……うん、エミィの言うとおりだ。

 自分でもバカげていると思う。

 思うけれど、蛾の怪獣がこちらを守ってくれているのだったら助かるのもまた事実だ。

 そうでなかったら、こんな取るに足らない潜水艇なんかこれから始まる怪獣プロレスに巻き込まれて消し飛ぶだけなのだから。

 

 他方、ゴジラも突如現れた巨大蛾を見つめながら低い声で唸っている。

 先ほどまで執拗に追い詰めていた人間(わたしたち)のことはどうでもよくなったのか、今やα号には目もくれようとしない。

 ……ゴジラの様子が少しおかしい。

 他の怪獣たちには容赦なく戦いを仕掛けていたのに、眼前にいる蛾の怪獣については睨みつけているだけだ。

 この蛾の怪獣は、ゴジラさえも一目置くほどの実力者なのだろうか。

 激戦と核ミサイルによるダメージが思いのほか重くて、大怪獣頂上決戦の最終ラウンドへと洒落込むのにはゴジラ自身のコンディションが最悪なのか。

 人間ごときには理解できない、怪獣同士だけで通じる深い理由があるのか。

 あるいはそれらすべてなのか。

 

 

 

 

 たった数分程度の、しかし永遠に続くかのように思われた時間。

 一触即発の睨み合いは、やがてあっけない幕切れを迎えた。

 

 

 

 

 突然、ゴジラが蛾の怪獣に向かって思い切り吠えた。

 

 

 

 

 ゴジラの突然の動きで海面が激しく波立ち、小さな潜水艇は水飛沫を散らしながら引っ繰り返りそうになる。

 ……襲ってくる!

 放射熱線の直撃でも喰らえば無意味なのだとわかっていても、とっさに身構えてしまうわたしたち。

 

 

 

 

 だが、ゴジラは襲ってこなかった。

 ゴジラはこちらを横目で見ながら、蛾の怪獣に背を向けて海中へと身を沈めてゆく。

 

 

 

 

 ……まったく、信じられない光景だった。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラが、去ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 そんなゴジラを、蛾の怪獣も追撃しようとはしない。

 挑んでくれば受けて立つが、去ってゆく相手とは戦わない。それがこの巨大蛾のスタンスのようだった。

 怪獣といえば獰猛で攻撃的なものだとばかり思っていたわたしだけれど、どうやら認識を改めないといけないらしい。

 ……笑っちゃうくらいにおかしいと思うが、怪獣にもこんな平和主義者がいたなんて。

 人間を守ってみたり平和主義者だったり、かと思えばゴジラ相手にも臆することなくガンつけてみたり。

 この蛾の怪獣なりに思想信条みたいなものがあるのだろうか。

 

 思想信条といえばゴジラもそうだ。

 孫ノ手島に突如現れたゴジラ。

 ……しかし今思うと、ちょっとタイミングが良すぎるんじゃないか。

 これまで何年も音沙汰なかったくせに、メカゴジラが復活した途端に現れるなんて。

 

 そういえば、ゴジラがメカゴジラへ戦う理由はない。

 動物としての縄張り意識?

 だとしてもわざわざこんな命がけの戦いを挑みに来る必要なんかない、攻め込まれたときに自分の身だけ守っていればいい。

 怪獣軍団がどれだけ操られようが、ナノメタルがどれだけ暴走しようが、ゴジラの知ったことじゃない。

 今までみたいに誰にも見つからないところでひっそり隠居していたっていいじゃないか。

 どうしてそこまでしてメカゴジラを滅ぼしたかったのだろう。

 

 ヘルエル=ゼルブやウェルーシファ。

 ナノメタルを前にした人間たちの狂態。

 そのときわたしは、こんなことを思った。

 ……ひょっとして。

 ひょっとしてなのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラは、地球を守ってくれたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ……いや、まさかね。

 いくらなんでも馬鹿げている。

 だって、ゴジラだよ?

 あいつがそんな殊勝なことを考えているはずがない。

 

 とはいえ、ゴジラも生き物だ。

 なにか考えがあって動いているのは間違いないだろうし、心だって持っているだろう。

 あいつなりに何か思うところがあるのかもしれない。

 ゴジラは、何を考えているんだろう?

 

 ……数十年前、地球人類が地球を見捨てるよりもはるか昔、『怪獣黙示録』の時代。

 ゴジラのことを『森の老哲人』と評した地球人がいたそうな。

 ――ゴジラはただ闇雲に暴れているのではない。ゴジラにしかわからない、ゴジラの哲学によって地球文明を破壊しているのだ――

 その人はそんなことを言ったらしい。

 聞いた当時は『んなアホな』としか思ってなかったけど、今はなんとなくわかる気がする。

 ゴジラをはじめ怪獣たちの行動には、動物どころか人間のスケールにも収まらないような巨大な哲学があるのかもしれない。

 

「……怪獣って、大きいなあ」

 

 そんなわたしのつぶやきに、エミィが胡乱な目つきで反応した。

 

「いまさら何言ってる。

 身長50メートルだぞ。デカいに決まってる」

 

 ゴジラの背鰭の先端が海中へ完全に沈むと、荒ぶっていた海は平穏な水面(みなも)を取り戻した。

 船内にいた子供たちの何人かが、様子を窺いにハッチの方へ登ってきていた。

 そのうちの一人、エミィと共に島を脱出した浅黒肌の少年が、蛾の怪獣を見上げながら(ほが)らかに言った。

 

 

 

 

 

 

 

「……モスラ!」

 

 

 

 

 

 

 

 〈モスラ〉というのがこの巨大蛾の名前だとわたしたちが知ったのは、そのあとのことである。

 

 

 

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