怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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最終回じゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ。


92、それからの話

 孫ノ手島での脱出劇から一年後の春。

 わたし、タチバナ=リリセは立川へは戻らず、モスラの庇護下で暮らしていた。

 

 Legitimate Steeel Orderを率いていたビルサルドのヘルエル=ゼルブと、真七星奉身軍を操っていたエクシフのウェルーシファ。

 中核は壊滅したとはいえその残党が活動している可能性がある。

 新生地球連合軍壊滅、歴史的一大事件の生き証人であるわたしとエミィは、ほとぼりが冷めるまでしばらく世間から身を隠す必要があった。

 

 そんなお尋ね者同然のわたしたちを、モスラが匿ってくれたのだ。

 

 

 わたしにとって一番気掛かりだったのは、ヒロセ家のその後だ。

 ごちゃごちゃしているうちに、ろくに挨拶もしないまま飛び出してしまった。

 ……心配してるだろうなあ。

 せめて伝言くらい残して行けばよかった。

 

 そんなわたしを見かねたモスラが、ヒロセ家の近況について教えてくれた。

 モスラが送り込んだ眷族がこっそり様子を見に行ったところによると、ヒロセ一家は立川から拠点――世田谷の成城、(きぬた)というらしい――を移し、また新しい生活を始めたようだ。

 

 ゴウケンおじさん、ヒロセ=ゴウケンは、年齢のこともあって車椅子生活になってしまった。

 だけど矍鑠(かくしゃく)とした性格は相変わらずで、サヘイジさんや跡取りのゲンゴ君、そして今まで面倒を看てきた沢山の若衆たちの助けもあって、ヒロセ工業再建に向けて以前にも増して辣腕を振るっているらしい。

 

 ゲンゴ君ことヒロセ=ゲンゴは、また仲間と一緒にマンガを描き始めたらしい。

 ネルソンに腕を折られたせいで一時は絶望的だったらしいけれど、本人の血のにじむようなリハビリのおかげでまたペンが握れるようになったそうだ。

 ……いや、本当はわたしからモスラに頼んでちょっと手伝ってもらったんだけど、そのことについては墓まで持って行くつもり。

 それにモスラだって「飽くまで手伝うだけ、あとは本人の努力次第」と言っていた。

 だからこれはゲンゴ君自身の努力の成果なのだ。

 

 ゴウケンおじさんも、ゲンゴ君も、サヘイジさんも、会社の人たちも、行方不明になったわたしたちのことを心配してくれているらしいのは後ろめたかったけど、下手に連絡するとそこからまた(るい)が及ぶ可能性がある。

 それにこれまでだってしばらく音信がなかったことなんてザラにあったし、あのヒロセ家のことだ、きっと逞しく暮らしていけるだろう。

 ……わたしはそんな風に思うことにした。

 

 新生地球連合軍のその後についてだけれど、まったく知らない。ぶっちゃけどうでもいい。

 ヘルエル=ゼルブとウェルーシファ、ビルサルドとエクシフ、その二大巨頭を失った新生地球連合軍はどうなったのか。

 気にならないと言えば嘘にはなるが、もう関わり合いになりたくないという気持ちの方が強かった。

 あんな最低な連中のことなんてもう知ったことか、勝手にしやがれ、って感じである。

 一刻も早く忘れてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早めに朝食を済ませたわたしは、拾い集めた朽木を両手いっぱいに抱えながら森の中を歩いていた。

 今日は絶好の春日和。

 ぽかぽかと暖かい陽気につられて気分が乗れば、自然と足取りも軽くなる。

 ついつい鼻歌が零れ出た。

 

スイスイスーダララッター、スラスラスイスイスーイ♪ スイスイスーダララッター、スーダララッター……」

 

 むにっ。

 なにやら足に妙な感触を覚え、それと同時に足元から『ぴい』と声が聞こえた。

 

 足の下を見ると、〈掃除屋〉がいた。

 朽ち木を山盛りに抱えていたせいで、足下がお留守になっていたのだ。

 

「あ、ごめん!」

 

 しゃがみ込んだわたしに、掃除屋がぴいぴいと抗議の声を上げた。

 彼の言葉はよくわからなかったけれど、どうやら、痛い、と怒っているらしい。

 

「ごめんね、つい気づかなくて」

 

 足元の掃除屋にペコペコ謝ると、掃除屋は謝罪を受け入れたのか、黙々と掃除の作業に戻った。

 掃除屋が去ったあと、わたしは朽木を抱えなおし、農園へと急いだ。

 

 朝食後の朽木集めは、わたしの日課だ。

 食後の運動にもなるし、四季折々に変化し続ける森の中を毎朝散歩するのは飽きなかった。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに目的地、村の農園に到着した。

 この農園の目玉はキノコだ。

 わたしが先ほど抱えているこの朽木はキノコ栽培の素材にするためのもので、農夫に引き渡すとキノコの苗床に加工してくれる。

 朽木を農夫へ引き渡したあと、わたしは呼び止められた。

 

「え、なに、味見?」

 

 顔馴染みの農夫からキノコの味見を勧められた。

 普通のキノコは加熱調理が必須、生食なんて厳禁だ。なのだけれど、このキノコは特殊な品種で、生でも食べることが出来る。

 

「うーん、でも、悪いよ」

 

 わたしは手を振って遠慮したけれど、農夫はわたしのことを気に入ってくれているらしく、ぐいぐいと勧めてくる。

 半ば圧し負ける形で、キノコを一口いただくことにした。

 

「いただきまーす」

 

 ……う~ん、美味し~い♪

 キノコなのだがほんのりと甘くて、まるで砂糖をまぶした餅のお菓子みたいだ。

 バターか何かと併せて加熱調理してもよさそうだが、生食しても充分に美味しかった。おやつにちょうどいい。

 このおやつみたいなキノコ以外にも、赤かったり黄色かったり、さまざまな種類のキノコがさまざまな用途に応じて栽培されていた。

 

 ……今年もいいキノコが出来そうだなあ。

 

 農園に植えられた色とりどりのキノコたちを眺めながら、そんなことを思った。

 モスラの森に来た最初の頃は、マタンゴ中毒のこともあったから、得体の知れないキノコを口にするのにものすごく抵抗を感じた。

 だがそれも昔のこと。今はここのキノコ料理が好物のひとつだったりする。

 

「ありがと、農夫さん」

 

 農夫に頭を下げ、わたしはウシ小屋に向かった。

 

 

 

 

 ウシ小屋に到着すると、期待したとおりわたしの見知った顔があった。

 

「おはよう、エミィ」

 

 わたしに声を掛けられ、エミィが「ん」と、こちらに振り向いた。

 ウシたちの毎朝の面倒を看るのは、エミィに割り振られた仕事だ。

 ウシの世話係の朝は早い。

 おかげでここ一年くらい、わたしもエミィもずっと早寝早起きだった。

 

 「おはよ」と、エミィの傍らにいた男の子にも挨拶すると、彼は満面の笑顔で手を振り返してくれた。

 孫ノ手島から一緒に脱出した、浅黒肌の少年。

 島の一件以来、エミィと彼はすっかり仲良しになったらしい。

 

「なあに、デート?」

「ちがわい」

「恋を語るには相応しい()ですな、はっはっは」

「だから違うって言ってんだろ」

 

 わたしがからかうと、エミィは頬っぺたを膨らまして怒った。

 ……ああ、相変わらず可愛いなあ。

 頬が自然と緩んでしまう。

 

「にやけてるとキモいぞ」

 

 ぷんすかと怒りつつも餌やりを終えたエミィは、ウシの頭をとんとん、と叩いた。

 怒ってはいたが、ウシを叩く仕草は綿を撫でるよりも繊細だ。

 殴ってはいけない。力加減にコツがある。

 刺激を受けたウシは()()()()()()()()()()()()

 その蜜をエミィは素焼きの器に溜めてゆく。

 

 ……もうお気づきかも知れないが掃除屋も農夫も、ウシさえも普通の生き物ではない。

 モスラの森にいる家畜は皆、モスラの眷属。

 

 

 つまりモスラと同じ、虫の怪獣だ。

 

 

 外見や性質から見るにウシはおそらくアリマキ、朽木を引き渡したキノコ農園の農夫はハキリアリ、先ほど踏みつけてしまった掃除屋はワラジムシが原種だろう。

 大きさは数センチ程度のものから数メートルに至るものまで、実に大小さまざまだ。

 

 ……虫の怪獣と人間が共存した社会なんて!

 

 わたしだって最初こそ驚きはしたし、曲がりなりにも虫なので生理的な嫌悪感もそれなりにあったが、慣れというのは恐ろしいもので、一年ものあいだを共に暮らした今となっては虫たちのことが可愛いとさえ思うようになっていた。

 虫たちは特撮映画にでも出てきそうな(いか)つい風貌をしていたが性質はみんな大人しくて賢く、人間を獲って喰おうなどというような()は一頭もいない。

 外見も慣れてしまえばどうということもない。動物図鑑やテレビで見慣れた家畜たちより足の数が二本か四本多いだけだ。

 

「なあ、リリセ」

 

 蜜搾りの作業を終え、着替えたエミィに声をかけられた。

 

「虫たちに頼んで、村の古着を直してもらったんだ」

 

 そう言いながらエミィは、新しい服を見せつけるように、くるりと一回転した。

 外界のどこにも存在しない、独特のデザイン。

 機能性重視で余計な装飾がない素朴なものだったが、かといって味気ないということもない。

 色合いもブロンドヘアと調和が取れていて、桃色の髪飾りが良いアクセントになっている。

 

 今のエミィは可愛らしい女の子というよりも小さな美人さん。

 まさに『小美人』とでもいうべきだろう。

 

「……どう、かな」

 

 上目遣いでおずおずと訊ねるエミィに、わたしは素直な感想を告げた。

 

 

「とっても綺麗だよ。よく似合ってる」

 

 

 森の衣装に身を包んでいるのはエミィだけじゃない、わたしもそうだ。

 

 虫たちと村人が一緒に開発したというこの服は、シンプルに見えて実際はとても機能的だ。

 濡れてもすぐ乾くし、頑丈でシンプルな構造だから直すのも簡単。ちょっとした改修だけで何年も着続けている人だっている。

 着心地もとてもよい。夏は涼しく、重ね着すれば冬でも対応でき、肌に優しい質感で出来ている。

 数日でもこの服に袖を通してしまえば、もう元の洋服を着ようとは思えなかった。

 

「……む」

 

 不意にエミィがいぶかしむように目を凝らした。

 どうしたの、と聞くと、エミィは眉をしかめて唸りながらこう言った。

 

「……またムネがでかくなってないか?」

 

 わたしは頬を掻いた。よく見てるなあ。

 

「お腹が痩せたからね。見てよ、ウエストなんかこんなに細くなっちゃった」

 

 そう言いながら腰にぽんぽんと手を当てて、笑ってみせる。

 

 先日、久しぶりに洋服のズボンを履いてみたわたしは、ベルトの穴の位置が変わってしまっていることに気付いた。

 ヒップと太股も締まったのか、以前はぴっちりしていたはずのズボンも今ではかなり余裕があって、前の位置でベルトを留めたらズボンが脱げてしまいそうなくらいにぶかぶかだ。

 そんなわけで、図らずも念願のダイエットに成功してしまった。ヤッタネ☆

 

 ……まぁ、実のところ、エミィの言うとおりバストアップしたのも事実だったりするんだけどね。

 この衣装だとサイズをあまり気にしないから気づかなかったんだけど、ズボンと併せて洋服のシャツを着たら胸のボタンがブッ飛んでしまった、なんてことがあったのである。

 まあ、言わないけど。

 追及されたくなかったので、わたしは話題を変えた。

 

「エミィこそお肌が綺麗になってない? そういえば背丈もちょっと伸びたよね」

 

 以前はがさがさに荒れていて痛々しかったエミィの手先が、今はつやつやのすべすべになっていた。

 身長もそうだ。そもそも服を譲ってもらったのだって、エミィ自身の身長が伸びたからだ。

 エミィはもう十五歳、女の子の成長期にしてはちょっと遅い。十四歳の頃からずっとちんちくりんだったので当人も気にしていたくらいだったのが、この村に来てからしばらくして背がぐんぐん伸び始めた。

 体格だって変わってきた。エミィ自身が言うところの『筋トレ』の成果だろうか、以前は痩せぎすのホネカワスジエモンだった体型も、今は筋肉が増えてちょっと逞しく、さらにほどよく脂肪もついて女の子らしい丸みを帯びた体つきに変わりつつある。

 わたしに指摘されたエミィは、自分の手を頭上にかざしながら答えた。

 

「しばらくエンジンオイル触ってないしな、油臭いと虫たちが嫌がるし」

 

 なるほど、エンジンオイルを触らなければ肌荒れは起きない。

 ……待てよ。

 ということはつまり、ここしばらくはクルマをいじってないということなのだろうか。

 たしか一年前、孫ノ手島からパクってきたビルサルドのクルマがあったはずだけど。

 そう聞くと、エミィは首を横に振った。

 

「一応、いつでも動かせるようにはしてある。たまには弄らないと手が(なま)る」

「エミィってなんだかんだメカ好きだねえ」

「ずっと弄ってたからな。そう簡単にやめられるもんか」

 

 エンジンオイルも理由かもしれないが、あるいは生活環境が変わったからかもしれない、とわたしは思った。

 このモスラの森に来てからというもの、わたしたちは二人ともすこぶる体調がよかった。

 充分な衣食住に綺麗な空気、適度な運動、そして早寝早起き。

 毎日よく食べ、よく働き、よく眠る。

 下手な食事制限ダイエットなんかよりよっぽど健康的だ。これで体の調子が良くならない方がおかしいのかもしれない。

 そして体調が良いから、メンタルもいい。

 この森に来てからというもの、わたしもエミィも健やかな気分で毎日を過ごせている。

 

 

 あ、そういえば、とエミィは言った。

 

「〈巫女〉が呼んでたらしいぞ。なんかやったんじゃないだろうな」

 

 エミィの言葉に、わたしは鼻息を荒げて言い返した。

 

「失敬な、そんな覚えは……」

 

 と言いかけて、先ほど踏みつけてしまったワラジムシの掃除屋のことを思い出した。

 彼がクレームを入れたのかもしれない。

 もし虫たちを怒らせてしまったのだとすれば大変だ。

 

「……なくもないからちょっと行ってくるね」

「いってら」

 

 エミィと少年を置いて、わたしは巫女のいる(やしろ)へと足早に向かった。

 

 

 

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