怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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あのキャラが登場。


93、Her Last bow

 モスラに助けてもらった人間は、わたしとエミィだけではない。

 

 住み慣れた故郷を怪獣に追われ、外の社会での生きる術を失い、行き場を失くしてしまった人。

 モスラはそんな、今の世界から零れ落ちてしまった人々を救い上げては自らの庇護下におき、そしてモスラに助けられた人々はこの森で村を築いて静かに暮らしていた。

 

 森の中で狩りをして、湖や地下から水を汲み、キノコを筆頭とする作物を栽培し、家畜の虫たちの世話をして、仲間同士で互いに助け合う。

 このような極々こじんまりとした泥と汗にまみれた生活ではあるものの、困ったときはモスラが補助してくれるし、ここでは完全な自給自足が成り立っている。

 質素に暮らしているかぎりにおいては村を出る必要はないし、森の奥という立地もあって、外から人が入ってくることも皆無のようだった。

 

 そんな人々の暮らしを支えているのは虫たちで、その虫たちの生みの親はモスラだ。

 モスラは村を支配する女王であると同時に熱心な虫のコレクターであり、そして極めて優れた科学者でもあった。

 その翅を羽ばたかせてたまに出かけていったかと思えば、環境破壊で滅びかけていた虫たちを連れ帰ってきては育種改良し、自分の森の生態系に組み込んでゆく。

 かつての人類文明でも成し得なかった人間と自然の完璧な共生関係を、モスラは独自の生物工学で実現していた。

 人間と虫が築いてゆくユートピア。ただしその主導権は飽くまでも虫たちにある。

 モスラは〈慈愛の女王〉なんて呼ばれるとおり基本的には優しいし、困りごとがあったら親身になって付き合ってくれる。正直くだらない内輪揉めばっかりしてるヒト型種族なんかより、怪獣モスラの方がよっぽど理想的な支配者だと思う。

 

 だが、そんな彼女にも例外はある。

 モスラの逆鱗。

 それは『虫たちを傷つけること』だ。

 生まれた虫はたとえどんなに弱くても間引きは許さず、与えられた寿命を全うするまではきちんと育てさせた。

 ましてや邪魔だなんて理由で殴りつけようものなら、それはもう恐ろしい剣幕で烈火のごとく怒るのだ。

 虫たちをいたずらに傷つけようとする人間の横暴な振る舞いを、モスラは絶対に許さなかった。

 

 考えてみれば不思議なことではない。

 人間にとっては虫かもしれないがモスラにとっては同族であり、特に新種たちは自分の腹を痛めて生んだ子供も同然だ。

 そんな彼らを粗末に扱われたりしたら怒って当然だろう。

 

 

 それに、村人たちが虫たちを大切にするのはモスラが怒るからだけではない。

 実はこの森に生えている植物や野生動物は皆有毒で、また地下水も汚染されており、人間が直接口にすることは出来ない。

 人間たちが飲み食いするためには、まず虫たちを通して浄化してもらわなければならない。

 食糧と水だけではない。

 暗い夜を照らしてくれるのはヒカリコメツキとホタルだし、土木作業を手伝ってくれるのはアリとケラ。

 衣服を紡ぐ生糸を創るのはヤママユで、その生糸から服を縫うのはクモとミノムシ。村中のゴミを食べてくれる掃除屋たちはワラジムシだ。

 虫たちはまさにこの村における健康で文化的な暮らしを支える生命線なのだった。

 

 だから虫たちを粗末に扱ったりして怒らせてしまうと、結果は悲惨だ。

 兄弟が理不尽な目に遭ったと察知すると、虫たちは全員で一斉にストライキを起こしてしまう。

 そしてひとたび虫がストライキを起こせば、村の食料はなくなり、水も飲めず、ゴミは散らかり、灯りさえもとれなくなり、村人たちは暮らせなくなってしまう。

 こうなってしまうとあとはモスラに仲裁を頼み、村人一同そろって虫たちへ誠心誠意許しを乞うしかない。

 しかも人間は虫たちの恵みがないと生きられないが、虫たちの方は人間が世話をしなくても自活できるので、人間たちがどんなに苦しんでいようと虫たちは何処吹く風とばかりにのんびりしているのだった。

 これでは人間が虫を飼っているというよりも、人間が虫に養ってもらっているようなものだ。

 

 尤もそんな一大事になりかけたのはわたしたちが来てから数日のことで、それも些細な行き違いが原因だったので誤解はすぐに解けた。

 他の村人たちもモスラの人選がいいのか、虫を可愛がりこそすれ粗末にする人はいないようだ。

 

 人間たちは虫に仕え、虫たちはそんな人間を生かし続ける。

 そんな平穏な共同生活がずっと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが(やしろ)に着いたとき、〈モスラの巫女〉は正装で待っていた。

 華はあるけどかといって煌びやか過ぎでもない、自然の蝶を思わせる美麗な衣装。耳にはモスラの紋章入りイヤリングがキラリと光っている。

 年齢はエミィと同じくらい。よく日焼けした浅黒肌と絹のような銀色の髪、利発そうな凛とした顔つきが印象的だ。

 見かけは人間の少女だが、彼女こそが女王モスラの代弁者であり、そして村の事実上のリーダーなのだった。

 

 わたしは真っ先に頭を下げた。

 

「彼のこと、踏んじゃって、申し訳ありませんでした!」

 

 自己採点では百点くらいの土下座である。

 いきなり呼び出されたことについて思い当たる節といえば、今朝に思い切り踏んづけてしまった掃除屋のことしか思い浮かばなかったからだ。

 

「不注意でした! 今後は気をつけますんで、ここはどうか、どうか穏便に……!」

『顔を上げてください、リリセさん』

 

 わたしが顔を上げると、巫女は(たお)やかな微笑みを浮かべていた。

 

『彼のことはいいのです。

 当人も、ぼんやりしていた、こちらこそ悪かった、と言っていましたから』

 

 そう語る彼女の唇はまったく動いていない。声すら発していなかった。

 ……何を隠そう、モスラの巫女は言葉を使わずに会話が出来る、いわゆるテレパシストなのだ。

 彼女の血筋はかつてモスラが南米を棲家としていた頃からの古参であり、そのテレパシー能力も先祖代々受け継いできたものだという。

 そのわりに顔立ちが日系っぽいのは、ちょっと日本人の血が混じっているからだそうな。

 閑話休題。

 

「え、そうなの? ホントに怒ってない??」

『いくらなんでも、踏んだ踏まれた程度のことで怒ったりはしませんよ。悪気がないのはわかってますし』

 

 漫画や映画、フィクションでしか見たことのない超能力:テレパシー。

 そのテレパシーではじめて話しかけられたときは流石のわたしも腰を抜かした。

 しかし今となっては慣れたもので、わたしは口語で、巫女はテレパシーで、不自由なく意思疎通をとることが出来た。

 

「そうなんだ、よかったあ……」

『だけど気をつけてくださいね。お互いに怪我をしてしまうこともありますから』

 

 わたしの懸念が空振りに終わったところで、巫女は本題に入った。

 

『……リリセさん。あなたがたがここにいらっしゃってからそろそろ一年経ちますね』

 

 ええ、そういえばそうですね。

 わたしが頷くと、巫女は続けた。

 

『ここで暮らしてみた感想はどうでしたか。

 もし気になることがあれば気兼ねなく仰って下さいね』

 

 ……変なことを聞くなあ。

 そう思いつつ、わたしは率直に答えた。

 

「気になること……特にないですねえ。こんだけ楽しく暮らしてて、不満なんか言ったらバチが当たりますよ」

 

 これは嘘偽りのない心の底からの本音だった。

 不満どころか外の生活よりもよほど快適だ。

 

 虫たちを怒らせさえしなければ飲み食いに困ることはないし、使い放題とはいかないまでも豊富な水を使えるので、毎日お風呂に入ることも出来る。

 モスラが守ってくれるおかげで、夜は安心してぐっすり眠れる。

 ここで暮らすためには虫たちの世話をしなければならなかったが、とてもやりがいのある仕事だし、毎日一生懸命に面倒を見ているとやはり愛着が湧く。

 毎日毎日仕事ばっかりというわけじゃないし、たまに開かれる村総出のお祭りや(うたげ)も楽しい。

 何より、新生地球連合軍の連中から匿ってくれたことについては感謝してもしきれない。

 

『お体の具合はいかがです』

 

 続けてそうたずねた巫女に、わたしは大口を開けて笑った。

 

「わたし? 元気すぎて困っちゃうくらいです。

 健康体も困りもんですね、あっはっは」

『…………』

 

 ゆさゆさと胸を揺らして笑うわたしに巫女は何か言いたげだったけど、すぐに真面目な顔を取り繕って本題を切り出した。

 

『タチバナ=リリセさん。

 以前もお伝えしましたが、あなたがたがしてくださったことにはとても感謝しています。

 新生地球連合軍にさらわれた子供たちを取り返すことができたのも、あなたがたのおかげです』

 

 ……ん? 『ヘルエル=ゼルブの話と食い違ってるじゃん』って?

 そうなのである。ゼルブは『子供を雇って働かせていた』と語っていたが、この村でわたしが聞いた話と併せると実態はどうも違うようなのだ。

 

 これはわたしの推測なのだが、LSOも連中なりに人を集めていたもののそれでは人手が足りず、実際には各地から子供を拐っていたらしい。

 奉身軍のマン=ムウモが言っていたLSOの『疑惑』というのは、おそらく人身売買や誘拐にまつわる疑惑だったのだろう。

 この村でも何人か被害者が出ており、巫女の弟である浅黒肌の少年はそれを助けるために孫ノ手島に乗り込んでいたのだという。

 

 この事実をヘルエル=ゼルブが関知していたかどうかはわからない。わたしと話していた時の様子だと知らなかったんじゃないかと思うが、もしそうならクソ間抜けな裸の王様だし、知っててわたしを勧誘していたのなら恥知らずも良いところだ。

 まぁ『上が立派な理想を持ってても下っ端はそうでもない』なんてのはよくある話、これに関してはネルソンが独断で動いてたんじゃないかって気もする。

 この事実一つ取っても、ヘルエル=ゼルブ御自慢のパクス=ビルサルディーナとやらが如何に絵空事だったかわかるというものである。

 またまた閑話休題。巫女は話を続けた。

 

『リリセさんとエミィさんのおかげで、わたしも大切な弟を死なせずに済みました。

 くどいかもしれませんが、改めてお礼を言わせて下さい』

 

 そう言って巫女が頭を床につけようとするので、わたしは慌てて止めた。

 そんな、頭下げられるようなことなんてしてないよ。

 

「エミィはともかく、わたしは大したことはしてないですし……ホントに、何も出来なかった」

 

 潜水艇に乗って脱出できたのはせいぜい十人程度だったが、あの島にはもっと沢山の子供たちが働かされていたはずだ。

 ……出来ればみんな助けてあげたかった。

 あの件に関してはそれだけが心残りだ。

 そのことを思うと、どうやっても気分が暗くなってしまう。

 

『……お礼、ということではないのですが、ここでわたしたちからひとつ提案があるのです』

 

 そんなわたしの憂鬱を拭い取るように、巫女は明るい調子で告げた。

 

『村に着てからの一年間も、あなたはとてもよく働いて下さいました。

 子供も虫も懐いているし、村としてもあなたの働きにぜひとも報いたい。

 

 

 

 もしよかったら、あなたも我々〈フツア〉に加わっていただけないでしょうか』

 

 

 

 目を見開くわたしに、巫女は続けた。

 

『……これは村の総意。

 ひいては女王モスラの意志でもあります。

 モスラもあなたの働きを認めています。

 あなたのような人を外の世界で散らせてしまうのはあまりにも惜しい、と』

 

 ……なんて善い人たちなのだろう。

 村におけるわたしの立場は単なる客分、余所者に過ぎない。

 『よく働いた』と言ってくれているが、わたしからすれば世話になる分だけ働いているだけだ。子供たちを助けたのだって成り行きでそうなったに過ぎない。

 エミィはともかく、ウェルーシファに良いように利用されただけで何の役にも立てなかったわたしなんか感謝される謂れはないと思っていたのに。

 そんな縁もゆかりも義理もないわたしのような赤の他人、タチバナ=リリセを、フツアたちは新しい仲間として受け入れてくれるというのだ。

 

 

 

 ……そうした方が良い、のかもしれない。

 わたしの脳裏にそんな考えがよぎった。

 

 

 

 外の世界の状況はどんどん悪くなるばかりで、良くなる兆しなんて一向に見えなかった。

 ナノメタルを巡って繰り広げられた新生地球連合軍の醜態、そして孫ノ手島を消滅させた核ミサイルの破壊力は、わたしに決定的な諦念を刻み込むには充分だった。

 これまでも『どうせこんなもん』とは思っていたけれど、今回の一件で『もうどうしようもないんだな』と思ってしまった。

 そして、それを否定できる要素が何も見当たらない。新生地球連合軍が滅んだところで、また別の人間が同じことをするだけだ。

 外の世界は滅んでしまうだろう。それも遠くない未来、おそらくは人類自身の手によって。

 

 ひるがえって、フツアの村はどうだろうか。

 今の様子を見ている限りでは、少なくともわたしが死ぬまでだったらずっと楽しく暮らせそうな気がする。

 なにしろゴジラにも匹敵する怪獣の女王(クイーンオブモンスター)、モスラが後ろ盾になってくれているのだ。

 不安要素が皆無というわけでもないけれど、よほどのことでもないかぎりフツアの生活は末永く続きそうだ。

 

 

 思いつきついでに、フツアの一員になった自分を空想してみた。

 

 

 そうだ、ヒロセ家の人たち、お世話になってる会社の人たちも皆呼ぼう。

 ゴウケンおじさんもそろそろ歳だし、いつまでもあんな任侠まがいのことをやらせておくわけにもいかない。

 余生をのんびり過ごしてもらうのに、フツアの健康的な暮らしはぴったりだ。

 

 エミィの結婚式、泣いちゃうんだろうな。

 エミィの子供、もし生まれたらどんな子だろう。

 まあ、たとえどんな子だろうときっとその子はエミィそっくりで、そして自分は猫可愛がりしてウザがられてしまうんだろうな。

 

 わたし自身はどうしようか。

 ハキリアリたちに弟子入りしてキノコの育て方を勉強してみる、なんてのもいいかもしれない。

 顔なじみの農夫がいるし、キノコは大好きだ!

 ……また太っちゃうか。キノコの食べ過ぎで。

 

 

 ゲンゴ君とのことはどうしよう。

 

 

 ……ゲンゴ君、ごめんね。

 本当はあなたの気持ちに気づいてた。

 だけどどうしても確信が持てなかった。

 ……いいや、違う。

 本当は意気地がなかっただけ。

 ついつい「いつかあなたの方からプロポーズしてくれるかな」なんて思っちゃったんだ。

 わたしはなんて卑怯だったんだろう。

 

 さらに虫の良いことを言うけれど、これを機にわたしからアプローチしてみようと思う。

 あなたは許してくれるかな。

 見た目は猛犬みたいだけど根は優しいあなたは、いったいどんな反応をするだろう。

 

 そしてわたしの子供、わたしの家庭。

 今まで生きるのに一生懸命でそんなものは想像したこともなかったけれど、もし手に入れたらきっと愛おしくてたまらないだろう。

 

 そんな、色んなことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、わたしは頭を下げた。

 顔を合わせなくても、テレパシーなんかなくったって、巫女が動揺したのがわかった。

 

「お話はすごく有難いんですが、〈ナノメタル〉のことがあるので……」

 

 そう言いながらわたしは自身に手を当てた。

 

 わたしの体には、マタンゴ中毒と怪我の治療のために注入されたナノメタルが残ったままだ。

 怪獣の細胞を即座に侵して食らい尽くす、マフネ=アルゴリズムのナノメタル。

 モスラはもちろん、彼女の加護を受けたフツアにとってもそんなものは毒以外の何物でもない。

 『よほどのことでもないかぎり』と思ったけれど、もしこのまま村で暮らしていたら、この体内に宿ったナノメタルはいずれ必ず災いをもたらすだろう。

 そんな確信があった。

 

「それに、やっぱりわたしにはここの暮らしは合わないかなーって」

 

 そう言った途端、巫女が詰め寄ってきた。

 

『やっぱり、もし不満があるなら……』

「いやいや、そうじゃない、そうじゃない。この森が悪いんじゃないんです」

 

 思いつめた巫女にわたしは首を振った。

 

「ただ、この森はわたしにはちと()()()()()

 わたしみたいな堕落した欲張りには合わないんですよ」

 

 ……足るを知る、という言葉もあるけれど。

 だけど、やっぱりたまには(あぶら)っこいステーキや不健康なお菓子をドカ喰いしたいし、しこたまお酒を飲んで酔い潰れてしまいたいときだってある。

 音楽を聴いたり、映画を観たり、本を読んだり、空想の世界に耽って無為に一日を過ごすのも楽しい。

 夏の暑い日にはクーラーや扇風機で涼みたいし、冬の寒い日はストーブで暖まりたい。

 オシャレな服やお化粧で着飾って自己表現したいと思うし、休みの日には仕事を忘れて街へ遊びに行きたい。

 クルマがなければ遠出も出来ない。

 わたしが心から楽しいと思えるような暮らしを送るにはやっぱり機械と電気と燃料、つまりは旧人類の文明が必要だ。

 そしてフツアの世界には、それらのいずれも存在しない。

 

「それにここにはキャラメルも映画もないしね。

 わたし定期的に映画観ないと死ぬ人だから」

『えっ、死んじゃうんですか!?』

 

 またしても詰め寄ってきそうな巫女に、わたしは「ウソウソ、冗談!」と慌てて答えた。

 

「冗談ですって。つまり、それくらい好きだからやめられない、ってことです」

『そう、ですか……』

 

 ……ホント、マジメな人だなぁ。

 悪いとは思うんだけど、ついついからかってみたくなる。

 悪戯心と申し訳なさで頬を掻くわたしに、巫女はぽつりと告げた。

 

『……やはり、行ってしまわれるんですね』

 

 目に見えて落ち込んでしまったモスラの巫女。

 けれど、すぐに顎に手を当て熟考を始めた。

 きっと、どうしたらいいか一生懸命考えてくれているのだろう。

 こんなチャランポランでイーカゲンなわたしなんかのために。

 

 ……彼女はいつもそうだ。

 テレパスという特別な力を授けられ、巫女という重い責任と立場を背負い、どうしたら皆が幸せに暮らせるか、そのために自分に何ができるか、そんなことばかり考えている。

 

 そんな巫女を見ているうちに、わたしは申し訳なさで胸がいっぱいになってきた。

 

 モスラの巫女はまだ幼いけれど、わたしなんかじゃ足元にも及ばないくらい立派な人だ。

 テレパスが使えるし、村中の尊敬を集めているし、モスラからは腹心として重用されるほど優秀で、そして何よりその才覚を皆のために使おうとする。

 今だってこうしてわたしのことまで心配して、長としての役目を懸命に果たそうとしている。

 

 

 ……だけど、それだけのことだ。

 

 

 こんなに真面目でしっかり者な彼女だけれど、本当はとても子供っぽいところがあるのをわたしは知っている。

 こう見えて甘いものには目がないし、弟君とおやつを取り合って喧嘩したのをわたしが仲裁してあげたこともあるし、子供たちと遊んでいるときや宴会で見せる笑顔は歳相応のものだ。

 

 それに優秀なテレパスだからって、完全無欠というわけでもない。

 彼女はまだ若い。

 自分の力について悩むこともあるだろうし、それを乗り越えて素敵な大人の女性になって、素敵な人と出会って、素敵な恋に落ちちゃったりするかもしれない。

 これからの人生、色んなことがあるはずだ。

 

 つまるところ、彼女も『普通の人』なのだ。

 

 真面目で、優しくて、気遣い屋の、ちょっとおませで頑張り屋な女の子。

 どこかのナノメタルで出来たスゴいヤツとは方向性が違うけれど、根は同じくらいに善人だ。

 そんな彼女が『行かないで』と言わんばかりにわたしの顔を見つめている。

 ……こんな善い子を困らせるなんて、わたしは大人失格だな。

 明るい口調でわたしは言った。

 

「まあ、今生の別れってわけでもないですし。

 ()()()もあるし、たまには寄りますよ。

 そのときは土産話を沢山持ってきますから。

 ね、()()()()さん」

 

 わたしの言葉に巫女――〈サエグサ=ミキ〉は沈鬱な表情を振り払った。

 

『……わかりました。

 皆にはわたしから伝えておきましょう』

 

 わたしの手をとってサエグサさんは言った。

 

『だけどいつでも戻ってきていいですからね。

 ずっと、待ってますから』

 

 わたしの両手を固く握るサエグサさんの手は、陽だまりみたいに暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝、わたしはフツアの村から逃げ出した。

 

 




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