怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 作:よよよーよ・だーだだ
翌朝、わたしはまだ暗いうちにフツアの村を出発した。
村の皆が眠っているうちに服を着替え、孫ノ手島からガメてきたクルマに荷物を積み、わたしはモスラの森を出た。
LSOのクルマはビルサルド製の自家発電システムを動力源としており、ガソリンなどの燃料を補充する必要もなかった。
……サエグサさんの話を聞いたとき、潮時だな、と思った。
フツアの村はたしかに居心地がよい。
ということは、そのままずるずると長居して、結局自分で危惧したとおりにナノメタルの害を広げてしまう可能性がある。
さらにサエグサさんは『村全体の総意』だと言っていた。つまり『村人総出で引き留めに来る』ってことだ。
自慢じゃないが、こう見えてもわたしは村ではかなりの人気者である。わたし自身の決意は固いつもりだけど、村人全員で寄って
こういうときは、決意が緩まないうちにとっとと行動してしまうに限る。
……黙って逃げちゃってごめんなさいね、サエグサさん。
それにサエグサさんにも言ったけれど、わたしはやはりこの暮らしには馴染めない気がする。
一年間フツアと共に過ごしてみた個人的な結論として、わたしはそう思うのだ。
別に、フツアの暮らしが悪いとは思わない。
むしろ素晴らしいとさえ思う。
自らの欲望を律し、自然と調和した健康で健全な暮らしを出来るだけ長く続けてゆく、エコでロハスなスローライフ。
それはとても正しいことなのだろうし、もっと早い段階で多くの人にそれが出来ていれば地球の未来だって全然違っていたのかもしれない。
だけど、そんな生活は
この森の生態系が成り立っているのは、モスラという人知を超えた怪獣の力があってこそだ。
人間の力だけで実現しようにも絶対上手くいかないだろうし、仮に上手くいったところで予想外のアクシデントひとつで簡単に破綻してしまうだろう。
それに、フツアの暮らしは楽しいけれど、反面とてもストイックなところがある。
人間が暮らすために必要なものがすべて揃えられている一方、その分『それ以上を求めすぎない』という強い自制心が求められた。
皆がそんな修行みたいな暮らしができるほど、心が強い人ばっかりじゃない。
ヒトは、この世界で生きてゆくために文明という武器を発明し進化させていった。
裏を返せば、文明を取り上げられてしまったヒトはとても弱い生き物なのだ。
かくいうわたしも、そんな弱い人間の一人。便利で楽しい文明生活を捨てられないわたしはきっとモスラに迷惑をかけてしまう。
“あの子”の言葉がよみがえる。
『弱い人や間違える人はいても、最初から世の中に災厄をもたらそうと思っている悪の大魔王なんてどこにもいない』
『自分が幸せになりたい、大切な誰かを幸せにしてあげたいと願ってる普通の人ばっかり』
そんな『普通の幸せ』を求めた先にナノメタルがあり、怪獣が生まれ、そしてゴジラが人類を滅ぼした。
ほら、
彼の言うとおり、わかっちゃいるけどやめられない。
それが人間だ。
……まっ。
そんなコムズカシー理屈をこねなくても、単純に『合わない』ってだけなんだけどね。
昆虫や野菜、キノコを使った料理は美味しかったけど、「モスラの加護が受けられる」と勧められた『赤いジュース』は酷い味だった。
放射線被爆を癒せるというのは凄い効能だと思うが、どうやって作られているのか気になるし、あんな不味いものを毎日飲まなきゃ暮らせないのはちょっと抵抗がある。
だいいち、フツアの村に定住しちゃったら旅行にも行けやしない。わたしは死ぬ前にもっといろんな場所を見に行きたいんだ。
そんなわけで、たまにフツアと付き合うのも悪くないが、こうしてクルマで環境汚染しながらあちこちをフラフラ走り回ってる方がわたしの性分には合っているのだ。
素晴らしき
嗚呼、素晴らしき環境破壊、万歳!
……そんな風に開き直るわたしはやっぱりフツアに加わる資格なんてないんだろうなあ、なんて思ったのである。
そういうわけで、わたしはフツアの村からトンズラこいたのだった。
薄暗い中、がたがたと走るクルマに揺られながら朝御飯――モスラ印の卵の水煮だ――を飲み下したわたしは「ねえ」と運転席へ声をかけた。
「本当にこれでよかったの? 無理してついてくることないんだよ」
わたしがそう確認した先、クルマの運転席ではいつものとおりエミィ=アシモフ・タチバナがハンドルを握っていた。
……本当にそうなのだ。わたしと違ってエミィはナノメタルを体内に有しているわけではない。
フツアの暮らしにも抵抗がなさそうだったし、モスラの庇護下で暮らすことだって出来たはずだ。
怪獣に追っかけ回されながら死に物狂いでカーチェイス、そんな危険な暮らしなんかもうしなくていいのに。
わたしの言葉に、エミィが憮然と答えた。
「わたしがいなかったら誰がクルマを整備する。おまえじゃメンテなんて出来ないくせに」
「ゔっ」
痛いところを突かれてしまい、わたしは苦笑いを浮かべた。
たしかに、エミィと暮らすようになってからメカニック周りは全部任せきりだ。
仮にわたし一人になったとして、ちゃんと出来るかどうかは怪しいところだった。
「まあ、それくらいならなんとかなるよ」
「おまえに任せたらクルマが可哀想だ」
「そこまで言う? そんな酷いことばかり言ってると、新しいボーイフレンドにも嫌われちゃうぞ」
フツアたちとの暮らしの中で、浅黒肌の少年とエミィが村の隅っこで仲睦まじく話している様子を見たことがある。
それも一回二回じゃない。相当に気が合うのだろう。
秘密の
「あ、あいつとはそんなんじゃない!」
へー、とわたしは笑みを浮かべた。
「あれれー、当てずっぽうで言っただけなんだけどなー。『あいつ』ってどこの誰かしらー?」
「そ、それは……謀ったな、おまえっ!」
「さあ、なんのことかしらー?」
ホント面白いなあ、ムフフ。
顔を真っ赤にして慌てふためくエミィの様子を見ながら、わたしは口元がにやけるのを抑えられなかった。
エミィは普段から表情の起伏が薄いからか、動揺するととことん目立つ。
「ニ、ニヤニヤしてるとキモいぞっ」
「むっふっふ。今からでも引き返してもいいんだよ?」
にやにやしながら意地悪を言うわたしに対し、エミィは不機嫌そうにいつもの口癖を言う。
「わたしがいないとおまえはダメだ。それに……」
と、エミィは一端ここで言い
「……それに、おまえも独りで死ぬのは嫌だろ」
……はて、何のことかしらん?
眉を上げて小首をかしげたわたしに、エミィは目線も合わせず言った。
「トボケるな。身体のナノメタルのせいで病気になった。もう助からない。そうなんだろ?」
……その言葉に、わたしは視線を逸らし、ぽりぽりと頭を掻いた。
「あちゃー、バレてたのかー……」
身体の奥に重い
わたしの命を救ってくれたナノメタル。
そのナノメタルがメカゴジラという中枢を喪ったことで暴走状態に陥り、そして今は金属の癌細胞となってわたしの命を蝕み始めていた。
増殖速度は牛歩だったが、暴走状態となった今となっては進行を止めることも取り除くことも不可能になってしまった。
今思えば、島から脱出したわたしたちをゴジラが執拗につけ狙ったのも、わたしの体内にあるナノメタルが原因だったのだろう。
『何かの間違いで、怪獣と人間を取り違えて食い殺してしまうことだって充分起こり得るじゃないか』
……皮肉な話だ。ナノメタルについてそんな危惧を抱いた当のわたしが、その餌食になってしまったのだから。
なんとか助からないかとモスラに相談してみたけれど、ナノメタルに冒されてゆく寿命についてはどうしようも出来なかった。
モスラ曰く『入り込まれる前なら防ぐ術はあるが、ここまで侵食されてしまっては手の施しようがない』らしい。
この事実がはっきりした時点で、わたしの未来は決まった。
わたし、タチバナ=リリセは、フツアの村を去らなければならない。
それも早急に。
モスラの巫女:サエグサさんとの会話から数時間後。
村人たちが寝静まった夜更けを見計らい、わたしは行動を開始した。
わたしはこの村を去らねばならない、誰にも気づかれないうちに。
細心の注意を払いながら忍び足で寝所を抜け出し、音もなく荷造りを済ませる。
そして『さあ服を着替えて村を出よう』というところで、わたしは思わぬ問題にぶちあたってしまった。
洋服が着られないのである。
……胸がデカすぎる。
フツアの服を脱いだ途端にぶるんっと
替えの下着はフリーサイズのスポブラだし、インナーもキッツキツだがなんとかなったものの、シャツのボタンが留まらない。
この洋服もつい先日は何とか着られたのだが、エミィに見抜かれたとおり知らぬ内にまたバストアップしていたようである。
……チキショー、こないだミノムシたちに直してもらったばっかりなのにっ!
ちょっと身じろぎするだけでたゆんと揺れる、両掌に収まらぬデカメロン。
左右合わせて3キロは下らない、2リッターボトルを2本抱えたようなズッシリとした存在感。
大きさは胸囲だけに驚異の100センチ越え、我ながらとんでもないボリューム、
……いやいやいやいやまてまてまてまて。
いくらなんでもデカすぎるでしょ!?
こんなの絶対おかしいよ!
確かにウエストと一緒にアンダーも痩せたとはいえ、なんでHを飛ばしていきなりIなのさ。
選りにもよってこんな土壇場で、ホントのホントにマジのマジで冗談じゃねえのである。『出すとこ出してたわわになったら~』って誰かが歌っていたけれど、こんなの人前で出したら露出狂の痴女じゃん。
セクシー女優じゃあるまいし、なんとかして仕舞わなくては。
わたしはシャツの襟をつかんで引っ張った。
……おほん。
ま、まあ? たかが服のボタンですし?
本物のゴジラとやりあったわたしですから?
そんなわたしにかかればこんなもの……
「ふんっ」
こんなもの……
「あ、あれっ……このッ、フンッ!」
……意外と手強いな。
こんなに力を込めているのに届かない。
「ふんっ、ふんッ、ふんぬっ!」
くそう、アレかっ、洗濯して縮んだのかっ!?
「くっ、むっ、オラッ、このぉっ、ふんぬぬッ……んッ♥」
い、いかん!
胸を触ってたらヘンな気分になってきた。健康優良すぎるフツアの暮らしのせいだッ。
気を取り直して自分の胸に挑むわたし。
「むんっ、ぐっ、はぁッ、ふんぬッ、ぐぅッ、ぐぬゥッ、ひぁうっ♥、こんにゃろッ……!!」
……まさか、こんなことになるとは。
アンギラスやメカニコング、ゴジラとさえ戦ったわたしだけれど、最後に立ちはだかった強敵がよりにもよって『自分のおっぱい』だなんて。
そもそもこの文章、怪獣の話でしょ?? このままだと最後の対決が『タチバナ=リリセ対おっぱい』ってことになっちゃうけど、いいのこれで???
「ふンぬぬぬぬぬぬぬぅ~……ッ!!」
むぎゅうううぅぅ……っ
ゆっさゆっさと激しく抵抗する胸元の
苦心惨憺、悪戦苦闘の末にわたしはようやくシャツのボタンを閉じることが出来たのだが……
(くっ、ぐる゙じい゙っ゙……!)
ギチギチミチミチィィ……ッッ!
みっちり詰め込まれた大質量の肉で胸郭が押し潰され、浅い呼吸しか出来ない。
それに乳がもげてしまいそうなくらいに痛い。無理やり力任せにねじ込んだせいで身じろぎすら出来ない。
そしてパッツパツに張り詰めたシャツはまさに爆発寸前、ちょっと伸びをしただけでも間違いなくはち切れるだろう。
……ちょっと見えちゃうけどやむを得ない、ボタンを一つ開けよう。
さもないと息が詰まるか、胸が千切れて死ぬ。この若さでクーパー靭帯を傷めたくないしね。
やむなくわたしが再びボタンに手を伸ばした途端、悲劇は起こった。
――バツン、ビリッ、ぷるんっ!
……うわァーオ。
腕を動かした拍子にとうとうシャツが限界突破、ボタンが爆裂してしまった。
砕け飛ぶボタン、そしてボインと解き放たれるわたしの豊満たわわな大怪獣。
『胸襟を開く』という言葉があるけど、これはいくらなんでも豪快に開きすぎである。
タチバナ=リリセ、自らのおっぱいに完全敗北した瞬間であった。
(……はあ、やれやれ。)
勝ち誇るようにどたぷんと鎮座する己の大爆乳を見下ろしながら、わたしは深めの溜息をついた。
なんとも情けない話だ。そしてフツアの服がどれだけ優れているか、身をもって思い知らされる。
あの快適なフツアの服、アレさえ着られればこんな苦労などしないで済むのだが。
(かといって、フツアの服を外で着るわけにはいかないもんなァ……)
フツアの服は、外の世界に存在しないものだ。
素材となる生糸や染料はもちろん、この縫製法だってこの森にしかない独自技術である。
もしもわたしがその格好で街を歩いたりしたら、周囲からその
そしてこの村の存在が知られてしまう。
外界が善人ばっかりだったらいいけれど、残念ながらそうじゃないのは散々身に染みている。
服だけじゃない、この村のものは何一つ外に持ち出せない。
フツアとモスラが苦労してやっと築き上げた平和な暮らしを、欲深な悪党どもに食い潰させるわけにはいかないのだ。
……ま、いっか。
シャツのボタン、閉じなくてもいいや。
そうと決まれば、とわたしは次の手を打つことにした。
ボタンが千切れたシャツの裾を、乳房の下で結んでキュッと締める。
いわゆるアメスクスタイルである。
……アメスク、アメリカンスクールの略らしいが、アメリカの女学生って本当にこんなカッコしてんのかしらね?
胸元を見下ろしてみれば、左右の双丘がむぎゅっと寄せ合って地獄のように深いI字の谷間が出来上がっている。特大肌色北半球、辛うじて局部は隠れているが公然猥褻ギリギリのところだ。
胸が大きすぎてよく見えないがお腹もスースーする。インナーがずり上がってヘソが出ているのかも。
そんな自分の姿について『ゲンゴ君が隠し持ってたエロ本にこんなハレンチな格好のヒロインがいた気がするな』という感想が頭をよぎったが、そこから先はあまり考えないことにした。そもそもこんな格好で学校通うなんて、アメリカの女学生はエロすぎるのでは? というか歳甲斐なさすぎる、わたし今年で24なんだけども。
……やめよう、やめやめ。これ以上考えてると挫けてしまいそうだ。
……べっ、別にいいもんねっ。
考えてみればたかが服だ。
インナーを着ている以上は見えちゃいけないものが見えてるわけではないし、見えたところで減るもんでもない。
わたし一人が恥をかけばいいだけのことで、他の誰にも迷惑はかからない。
直している時間もないし当座はこのまま、街ですぐに新しい服を用意すればいい。
もういい、『とてつもなく斬新でセクシーなファッション』ということにしてしまおう……
という具合に開き直りを決め込んだときのことである。
どこからか『歌声』が響いてきた。
……厳密にはテレパスだから『歌』というのもおかしい気はするんだけどね。
そのメロディが聞こえてくる方へ視線を向けると、未明の闇夜を『光る蝶』が舞っていた。
数は三頭。
もちろんこの森の虫だ、普通の蝶ではない。
モスラの眷族、〈フェアリー・モスラ〉だ。
三頭のフェアリー・モスラ。
この三頭は姉妹で、青、橙、黒、それぞれのパーソナルカラーを持っており、ちゃんと名前もある。
優しくて天真爛漫な三女ロラ、知恵者でしっかりしている二女モル、そしてちょっとひねくれているが勇気のある長女ベルベラ。
三者三様に個性的、喧嘩することもあるようだが基本的にはとても仲の良い三姉妹である。
わたしが手を伸ばすと、フェアリーたちはわたしの腕に留まって人懐っこい鳴き声を挙げた。
フェアリー三姉妹は、ヒロセ家の様子を見に行ってもらって以来の友達だ。
この森の虫たちの中で、一番の仲良しと言ってもいい。
「……来てくれたんだね、ありがとう」
そんなわたしにフェアリーは首を振った。
フェアリーたちはどうやら、単にわたしの見送りに来てくれたわけではないようだ。
ならば何の用だろう。わたしが訝っていると、フェアリーたちは光を纏いながら飛び立ち、テレパスを重ねて一つのハーモニーを奏で上げた。
……いや、うっすら気づいてたけどね。
フェアリーの本分は
フェアリーたちを介して『彼女』がわたしに語りかけた。
『――――タチバナ=リリセ』
〈モスラ〉だ。
フツアの森の女王、モスラ。
日頃は巫女を介してでなければコミュニケーションを取らない彼女が、わざわざフェアリーを送り込んできて何の用なのか。
わたしはすぐに勘づいた。
『貴女をこのまま行かせるわけにはいかない』
モスラはわたしを説得する気だ。
村を去ろうとするわたしを引き留める為に。
タチバナ=リリセに立ちはだかった最後の敵は、自分の胸なんかじゃなかった。
ゴジラにも比肩する
彼女との対決が始まった。