力仕事と料理番   作:むっきりむきむき

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 農業を主眼に置いているからか、農大の敷地はかなり広い。

 それこそ、やろうと思えばこの敷地だけで衣食住のうち食住は賄えるほどに様々な試みが行われている。

 

「ッ、踏み込んどいてあれだが気が進まねぇなァ…………」

「菌が見えるって、沢木にはこの林がどう見えてるんだ?」

「林全体って言うか、こう今進もうとしてる方向に菌の大群で前が見えにくいというか…………」

「僕らには、普通の林にしか見えないけどね」

「だな。でもよ、それだけ菌が居るって事は何かしらあるってことだよな?病原体?」

「いや、病気の菌じゃねぇーんだ。どっちかというと…………発酵か」

「納豆でも埋めてるのかよ」

 

 実習林を行く三人。だが、その中で沢木の足の進みは遅々としていた。

 常人の与り知るとことではないのだが、彼には進む先が菌の壁のように見えていたのだ。仮に誰にでも見えていたならば、自然とその足は遅くなることだろう。

 慣れている結城や、アッサリと受け入れた加賀地はそんな彼を急かしたりはしない。

 そうして進んだ先、そこで完全に沢木の足が止まってしまった。

 

「な、何だ、ありゃあ…………」

「え?」

「どしたよ、沢木」

「いや、さっきから言ってる菌がびっしりその辺に居やがるんだよ。つーか、その地面?から出てるのか?」

「何の変哲もない地面だけど…………」

「だな。変なニオイも、特にしない……か?」

「って事は、埋まってるって事かな?」

「だろうな。なあ、沢木。その埋まってる大きさとか分かるのか?」

「菌の出方からして、1.5メーターか2.0メーター位、だと思うけど…………」

「土、だよね?ん?」

 

 沢木の示した地面を確認していた、結城はそこである物に気が付く。

 地面に突き立っていたのは小さな細めの木の板。

 その板には、カタカナで“ハセガワ”の文字が手書きで書かれていたのだ。

 人間というのは、予備知識が多ければ多いほどに想像がはかどるというもの。それも、この入学式という晴れ舞台で得た情報は自然と脳内に刻まれている。

 三人は同時に思ったのだ。先程沢木が言った程度の大きさの物体が地面の下に埋まっている。そして、今朝貰ったばかりのビラ。

 

「「「……人間?」」」

 

 全く同じ結論に、三人はそろって互いの顔を見合わせた。

 

「お、俺ら樹先生に会いに来ただけだしな」

「い、いやいやいやいや、一応人間って言っちゃった訳だし」

「でもよ、俺は嫌だぜ?発酵とかが進んでるなら、その……割とヤバいことになってるんだろ?んなの、見たくないぞ」

「確か、一ヶ月って言ってたよね…………もしも、僕らが考えてる状況通りなら、洒落にならないかな」

「うげっ……リアルなこと言うなよ、結城。ちょっと、想像しちまったぞ」

 

 三者三様。明らかに死体(仮)が埋まってるかもしれない場でする会話ではないのだが、心のどこかで自分たちの考え過ぎである事を信じているからかもしれない。

 日本人は平和ボケしていると言われているが、それは自国の治安を妄信している事も理由の一端であるのだろう。

 とはいえ、結局通報することになる。それが取り越し苦労であったとしても、もしもの可能性を捨てるわけにはいかなかったのだ。

 ついさっきまで静かだった実習林に人垣と規制線が敷かれる。

 

「何か、大事になっちまったな」

「そりゃそうだよ。万が一があったら、ね?」

 

 菌の事で突っ込まれそうになった沢木を、結城が機転で何とか逃がしたところで加賀地は遠い目をして呟く。

 入学したばかりというのにこの騒ぎ。正直なところ、幸先が悪いと考えてしまっても仕方がないだろう。

 

「あ、樹先生だ」

 

 何度目かの溜め息を加賀地が吐きそうになった頃、人垣の一部が割れた。そして聞こえた名前に三人はその方向へと顔を向ける。

 そこに居たのは、スコップ片手に規制線の中へと入ってくる眼鏡をかけた老教師。

 警察の静止も聞くことなく、徐にスコップを振り上げてその先端を菌が噴き出ている場所へと突き立てていた。

 

「「「「―――――臭ッ!?」」」」

 

 咄嗟に顔を背けるもの、鼻を覆うもの実に様々だが、共通するのはこの場にあふれた激臭から逃れたいという発想だった。

 そんな中、加賀地は口元を袖で抑えながら首を傾げる。

 

「肉のニオイ?」

「君たちは、これが何か分かるかな?」

 

 問うてきたのは、老教師。

 彼の前、掘り返された土の下にあったのは、かなり強烈な臭いを発しているアザラシだった。

 鼻に指突っ込んで栓をしていた沢木が、応える。

 

「死体です、アザラシの」

「残念、不正解だ。君はわかるかな?」

「えっと、食い物じゃないっすかね?態々掘り返したのは、食べごろになったから、とか?」

「成る程、君は状況を組み立てるのが得意なようだね。それじゃあ、最後にそこの君はどうかな?」

「…………さっき、思い出しました。確か、アザラシの漬物、だった気が」

「その通り。カナディアンイヌイットの発酵食品でキビヤックというんだ。水産関連の知り合いから、アザラシを貰えたからね、こうして仕込んでみたというわけさ」

 

 言って、老教師はどこから取り出したのかナイフ片手に未だ地面に半分埋まっているアザラシへと向かう。

 

「アラスカでのキビヤック作りは二年から三年はかかるといわれている。けれどそれは、あの地域が凍土で夏以外には発酵がほとんど進まないからなんだよ。この通り、日本で仕込めば半年で完成だ。これは、糠床を冷蔵庫に仕舞うのと似ているかな」

「…………このアザラシを食うの?」

「いや、腹の中に海鳥を七十羽から八十羽詰め込んでおくんだ。羽は発酵しないけどその代わり中身はドロドロになってて―――――」

 

 沢木の質問に結城が答える最中も、目の前の光景は止まらない。

 老教師の手には、一羽の鳥らしきものが。

 

「―――――出した鳥の尾羽根を引き千切って。肛門から直接中身を…………」

 

 説明に合わせるようにして、老教師は一切の躊躇いも無く鳥の中身を吸う。音がヤバい。

 ドン引きする沢木だが、彼とは対照的に加賀地は口元に充てていた袖を取っ払い食い入るようにして観察している。

 

「うん、糠や納豆の様な発酵の風味を残しつつも、動物的な独特な風味が素晴らしい」

「……すげー臭いだ」

「……確かに」

「そうか?」

 

 クルクルと回る老教師の言葉をBGMに三人は顔を突き合わせていた。そして、首を傾げる加賀地に残り二人はギョッとする。

 未だに周囲には強烈な臭いが立ち込めている。それこそ、目の前の老教師以外は口元を覆っているのだから。

 

「よくよく思い出せば、焼き立てのくさやもこれ位臭いからな。慣れたわ」

「ほう、珍しい。君はくさやを食べるのかい?」

「え?ええ、まあ……自炊するんで、色々と食べてるっすね」

「そうかそうか…………あ、沢木惣右衛門直保君。私が、樹慶蔵です。そっちの君は、結城蛍君かなそして、そっちの君は…………」

「あ、加賀地清隆っす」

「加賀地君か、よろしくね。君も見込みがありそうだ。とにかく、よく来たね、三人とも。これから君たちは私の生徒だ。まあ、食べなさい」

「ムリっす」

「僕も、ちょっと」

「食べていいんすか?」

 

 差し出された鳥に対して、対照的な三つの回答。

 周りの目を受けながら鳥を受け取った加賀地は、樹の真似をして尾羽を毟って肛門から中身を吸った。

 

「…………濃密っすね。臭いはキツイっすけど、鶏肉を圧縮したような…………味付けとかしてあるんすか?」

「いいや、それは発酵による味その物だけだよ」

「それじゃあ、この塩気とかは鳥その物からっすね。発酵が進むとこうなるのか…………」

 

 口の周りを汚しながら考え込む加賀地。

 彼はとある理由から、食べ物に関して一切の好き嫌いが無い。それこそ、毒物や無機物でなければ、そして食べろと出されれば口にするだろう。

 場が混沌としてきたところで人垣を割る声。

 

「先生!」

「あ、長谷川君おかえり」

「何であたしが戻る前に、キビヤック掘ったんです?今回はあたし名前で実験の筈ですよ?」

「だって君、研究に出ると携帯で連絡取れないんだもん」

「それでも待っててくださいよ」

「ごめんごめん。まあ、でも丁度戻ってきてくれてよかったよ。沢木君たちも、一緒に僕の研究所に行こうか」

「あ、樹先生。ティッシュ使います?口の周り、ドロドロっすよ」

「おお、すまないね」

 

 加賀地が、樹へとポケットティッシュを差し出す隣で、結城はビラを片手に割り込んできた女性へ。

 

「あの、長谷川さん。何か警察が行方不明で探してるみたいですよ?」

「ああ…………うちの親、過保護すぎるのよ。さっき帰ってきたついでに実家には連絡入れておいたから大丈夫よ」

 

 そんなやり取りがあったとかなかったとか。

 こうして一同は、研究室へ。周りが置いて行かれたのは、言うまでも無かった。

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