曇天の空の下に広がる、廃墟の街。
人どころか生命の気配すら感じられない朽ちたビル群で突如として爆発が起こり、一拍遅れて煙が吹き上がる。
「う、うわあああっ!!」
「助けてええっ!!」
煙の中を突き破って出てきたのは、赤く塗装された《ガンダム4号機》と青く塗装された《ガンダム5号機》。
本来とはあべこべのカラーリングのガンダムたちを追うのは、半球状の頭部に巨大な一つ目を光らせる《デスアーミー》軍団。
その数、1000機。
ここは未来世紀の新宿……を模したミッションステージ。
GBN——《ガンプラバトル・ネクサスオンライン》が稼働を開始して数ヶ月。
『ダイバー』と呼ばれるプレイヤーを徐々に増やし始めたこのゲームでは、同時に初心者の数も増えていった。
となれば、設けられたミッションをなかなかクリアできないダイバーも現れてくるのは自明の理である。
「いやいやいやいや! あんなん無理だろおおおおおっ!?」
「だから言ったろ! やめようってさあああああっ!?」
廃墟の街を逃げるように飛ぶ2機の《ガンダム》は、そんな初心者卒業手前の新米ダイバーたちが操縦している。
それを容赦なく追い詰める1000機の《デスアーミー》は、《ガンダム》を袋小路に押し込んだ。
逃げ場を失った新米ダイバーが操縦桿から手を離して悲鳴をあげる。
「「も、もうダメだあああ〜!」」
『はいはい、二人とも落ち着いて』
悲鳴を止めるように通信が入った。
《デスアーミー》の軍団は新手の登場に気づいて空を見上げる。
1000の眼に映ったのは、崩れかけのビルの屋上からこちらを見下ろす一つの機影。
『そんな情けない声出すなって。ゲームなんだ。どんな時も楽しめばいいんだよ』
そう言って《ガンダム》と《デスアーミー》の間に降り立ったのは、もう一体の《ガンダム》。
しかし、その《ガンダム》は『ファースト』や『Gガンダム』のものではない。
『鉄血のオルフェンズ』に登場した、《ガンダム・キマリスヴィダール》をベースに作られた改造ガンプラだ。
白を基本色にして、右肩だけが深い青色に塗装されている。
新米ダイバーたちの《ガンダム》のレーダーに、友軍反応と共にその機体名が表示される。
《ガンダム・キマリスクインス》。それが、ショウマのガンプラの名前であった。
「「へ、ヘルパー……!」」
そして新米ダイバーたちが呼んだその名は、《クインス》を駆るダイバー、ショウマの通り名である。
『よく見てろ』
《クインス》が再び上昇し、手にしたドリルランス内蔵のマシンガンで一機のデスアーミーの頭部を撃ち潰す。
それをきっかけにデスアーミーたちの一斉射が始まるが、白い機体は舞うように回避していく。
軽やかな跳躍。柔らかな着地。
しなやか且つ鮮やかな攻撃。
挙動の一つ一つが、まるで本物の人間のような滑らかさを有していた。
「す、すげえ……」
「あれがベテランの動きか……」
呆けた声をあげる新米ダイバーたちに、ショウマは落ち着いた口調で語りかける。
『このミッションの難易度がノーマルだってことも考えるんだ。一機一機はそう強いわけじゃない。二人のガンプラの武装だって相性はいいはずだ。信じてやれよ。自分と、自分の作ったガンプラを』
ショウマの言葉を受けて、二人は自分たちがガンプラと過ごした時を思い出し、そして奮起した。
「よ、よし! やってやるぞ!」
「俺たちだって、いつまでも初心者じゃないんだ!」
闘志をみなぎらせた二機のガンダムを横目に、ショウマは地上を埋め尽くさんばかりのデスアーミーに意識を向ける。
「さぁて、俺
ハイパー・ビームライフルが閃光を放ち、ジャイアント・ガトリングが火を噴く。
だが、戦場で最も激しく動いたのは、
▼▼▼
「助かったよ、ヘルパー。あんたを雇って正解だった」
「正直なところ、俺は疑ってたんだ。初心者狩りの亜種かなんかだと。でも謝るよ。君の腕は本物だ」
静かになった新宿ステージで、三機の《ガンダム》が向かい合うように立つ。
その足元では、互いに姿を現したダイバーたちが集っていた。
「いや、二人もよく頑張ってくれた。大活躍だったじゃないか」
にこやかに賞賛する紅い髪の青年——ショウマ。しかし新米ダイバー二人は苦笑で返す。
「そう言われても、機体の損傷度を見たら、なあ?」
「ああ。俺らはボロボロ。あんたは無傷。すっかりおんぶに抱っこだったよ」
二人の言う通り、《4号機》は頭部と右腕を失い、《5号機》は両腕が肩口から無くなっていたが、《クインス》は白い機体に傷ひとつなかった。
「ははは……。でも俺は手伝っただけだよ。この成功は二人のものだ」
「嬉し恥ずかしなこと言ってくれるぜ。あ、そうだ。これ、今回の報酬な」
GBN内の仮想通貨であるビルドコイン(BC)が1500BC、《4号機》のパイロットをしていた方のダイバーからショウマのアカウントに送られる。
「毎度どうも。それじゃあ最後に……」
ショウマは拳を突き出して、二人に尋ねた。
「GBNは、楽しいか?」
「「……ああ!!」」
二人もショウマの拳に自分たちの拳を合わせた。
▼▼▼
(やー、噂通りの凄腕だったな。ヘルパーのやつ)
(シッ、気づかれるぞ)
ミッションが完了したダイバーは通常、各サーバーに設けられたエリアへと帰還する。
しかしショウマに助けられた新米ダイバー二人は、いまだ未来世紀の新宿から退去せず、瓦礫の陰に身を潜めていた。
もう一つの噂を、確かめるためだ。
(なあ、気が引けないか? あんないいやつなのに、こんなことするのは悪いって)
《5号機》を操縦していたダイバーが言うも、《4号機》のダイバーは気にしない。
(でも、せっかくなら見てみたいだろ。ほら、始まる始まる!)
彼が指差した先には、《クインス》に手を触れさせるショウマの姿が。
「おつかれ。これで今日の依頼は全部完了だ」
親しげに話しかけている。だが、その相手は自身のガンプラ。
ここまではガンプラに真に愛情を注いでいる者の多いGBNならばそう珍しい光景ではない。
『うん! おつかれさま!』
だが、二人は確かに聞いた。ショウマの声とは違う、《クインス》から発せられている少女の声を。
「やっぱり休みの日は大変だな。依頼が平日の倍はある」
『とか何とか言って、ここ何日か、朝からずっと働き通しじゃない。無理してない?』
「え? ははは、大丈夫だよ。無理なんかしてない」
ショウマは笑いながら、《クインス》の足に触れる。
「俺はお前のためならいくらでも頑張れる。だから、お前は何も心配しなくていい。お前こそ、具合が悪かったらちゃんと言えよ? 大事な身体なんだから」
瓦礫の陰にいたダイバー二人は、興奮気味に囁き合った。
(……ひゃあ〜! マジだ! マジでガンプラと話してやがる!)
(こっちの噂も本当だったんだな! こえぇー……!)
(もう充分だろ? い、行こうぜ!)
(そうだな。くわばらくわばら!)
新米ダイバー二人は顔を見合わせてからいそいそとエリアを離れた。
「……行ったか」
『行ったね』
気配が無くなったのを察知して、ショウマは短く息を吐いた。
「まったく、気づいてないと思ってるのか? いい気なもんだよ。何も知らないで」
『まあまあ。ある程度なら知られても問題ないって、先生も言ってたじゃない。それに私はショウマとこうやって話ができるから、悪い気はしないよ』
その声に、《クインス》に添えていたショウマの手がわずかに強張る。
「……そうだな。今に始まったことじゃないか。この後はどうする? ぺリシアにジオラマでも見に行くか?」
『いいね! シャフリヤールの新作が見れるかも! でも、その前に先生に報告。きっと待ってるよ』
「おっと、いけね。忘れてた」
『いやいや、忘れないでよ。私にとってもショウマにとっても大事なことなんだから』
「ごめん。それじゃあ一度ログアウトする。終わったらまた戻ってくるから、それまで休んでてくれ」
『うん。わかった。気をつけて来てね。
そして、ショウマはGBNからログアウトした。
▼▼▼
「ん……」
ショウマはGBNからログアウトすれば、凰修大学2年生の
GBN内のアバターと瓜二つの青年。違いといえば髪の色が紅いか黒いか程度だ。
凝り固まった背中を伸ばして椅子から立ち、締め切っていたカーテンを開けると、傾いた日差しが網膜を刺激する。
「………………」
ショウマは机の上に置かれた写真立てを手に取った。
そこに入っているのは、病室で硬く目を閉ざして眠る一人の少女の写真。
「待ってろよ……。必ず助けるからな。カリン」
写真立ての横に置かれた、GBNにログインするために使うダイバーギアの上には、HGサイズの《クインス》が立っていた。
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