限定ミッションが終わりGBNからログアウトした直後に、ショウマは麻玖木に連絡を入れた。しかし、すぐには連絡が取れなかった。
バイクで病院に急行したがそれも空振りに終わり、やっと麻玖木に会えたのは限定ミッションから三日が経過した夕方であった。
「すまない。すべての予定をキャンセルして帰ってきたが、存外に時間がかかってしまった」
「しょうがないですよ。まさか海外にいたなんて……」
いつもの資料室の空気に、ショウマと麻玖木が飲むインスタントコーヒーの香りが混じる。机に置かれたパソコンには、限定ミッションで起きた《ヘブンズソード》と《クインス》の戦いの記録映像が流れていた。
「これが、君の言っていたブレイクデカールを持つガンプラか」
麻玖木がそう言ったところで、《ディビニダド》の残骸が凶鳥と融合を果たす様子が映る。
「……醜悪だな。作品に対する敬意も、他のダイバーへの礼節も感じられない」
冷たい声音で言い切った麻玖木に、ショウマも肯定した。
「乗っていたダイバーも、あまりいい印象は持てませんでした。それに……」
「君の大切な人を傷つけた、か」
画面の中で蹴り飛ばされる《クインス》に、ショウマは拳を固める。
「でも、このあと、わからないことが起きるんです」
力なく宇宙を漂う《クインス》が突然動き出し、すさまじい挙動で動きながら、瞬く間に《ヘブンズソード》を撃墜した。そこで麻玖木が映像を止める。
「ここか。《クインス》が勝手に動いたそうだが」
巻き戻された同じ場面を見たショウマは、パソコンの横に置かれたHGサイズの《クインス》に視線をずらした。
「はい。あれはまるで―」
「彼女が動かした、と?」
続く言葉をなくし、ショウマは硬い表情で首肯する。麻玖木は鞄からファイルを取り出し、ショウマに差し出した。
「なんです、これ?」
「彼女のここ数日の脳波の記録だ。君と会う前に確認していたら、気になる点があった」
ファイルから取り出した紙には、どれも一定の周期で線が波打っている。しかし、三枚目の紙だけ、波線の一部の振れ幅が激しく上下していた。
「見ての通り、測定値に激しい揺らぎが生じている。日時も、ちょうど君たちが《ヘブンズソード》と戦っていたタイミングと合致しているんだ」
「それって……!」
「ああ。ブレイクデカールが、《クインス》と彼女に何かしらの影響を与えたと考えるのが自然だろう」
《クインス》に伸びた麻玖木の手が丁寧に背中のパーツを外すと、ガンダムフレームを再現した内部構造が露わになる。その中心は金属パーツで、何かを覆うように蓋をされていた。
「万が一ということもある。念のため、こちらでも確認しよう」
その蓋を開けると、極小のチップが入っていた。麻玖木はチップをダイバーギアによく似た端末に挿入し、接続されたパソコンを流れるデータに目を通していく。
ショウマもそれを固唾を飲んで見守る。
小指の先ほどの大きさしかないチップには、ショウマにとってかけがえのない大切なものが刻み込まれているのだ。
「……うむ、データの損傷はないな」
「よかった……!」
「だが、今後もブレイクデカールとの遭遇は考えられる。取り返しのつかない事態になる前に策を講じないといけないな。君、というより彼女がGBNを離れるという選択肢を持たないだろう?」
「はい。俺もカリンも、GBNは好きですから」
言うや否や、資料室の扉が勢いよく開かれた。
「あれぇ? 誰もいないと思ったのに」
そこにいたのは、まだ幼い男の子。この病院に入院しているのかパジャマ姿だ。
「おや、どうしたんだい?」
パソコンを閉じた麻玖木が柔和に尋ねると、男の子はいたずらっぽく笑った。
「今ね、かくれんぼしてるの! 僕以外はみんな鬼なんだよ! このガンプラ、僕のものにしたいから!」
「は……⁉」
男の子が見せてきたガンプラに、ショウマは思わず声を出した。
「《ブラストZ》⁉」
間違いなく、セレジュの駆る《ブラストZガンダム》。ショウマは男の子に近づき、目線を合わせるために膝を折った。
「お、おい、そのガンプラ、どうしたんだっ?」
「これね、親切なお兄ちゃんがくれたの! カッコいいでしょ! でも、みんなも欲しいってなって、僕のものにするか、みんなのものにするか決めるためにかくれんぼしてるんだ!」
男の子の言葉の後半はほとんど耳に入らず、ショウマはその小さな両肩を掴んだ。
「くれた⁉ セレジュが⁉ どういうことだよ!」
「え……?」
あまりの剣幕に固まってしまう男の子。
「ショウマくん、ここは任せたまえ」
ショウマの前に出た麻玖木は、白衣のポケットから小さな包みを取り出し、少年に差し出した。
「すまない。驚かせてしまったね。でも、そのガンプラはこのお兄さんの大事なものなんだ。よかったら、このチョコレートと交換してくれないかな? お友達と一緒に食べるといい」
「え、う、うん……」
呆然とする男の子の手にチョコの入った包みを握らせ、《ブラストZ》を受け取る麻玖木。
「見つけたわよ! そんなところに隠れて!」
そこにまた別の声が響く。今度は女性の声だ。
「あっ、カルタせんせー!」
「苅田よ、カ・リ・タ! まったく、怪我でもされたらあなたのご両親に合わせる顔がないというのに……!」
ショウマ達の前に現れた白髪でツリ目の女性医師。この病院の小児科医である
「やあ、苅田先生」
「ま、麻玖木⁉ どうしてここにいるのよ! 海外の論文発表会に行ったはずじゃ……」
漫画のようにぎょっと驚く苅田。麻玖木とは医大からの付き合いであった。
「急を要する事態が起きてね。日程を早めて戻ってきたんだ。相変わらず、子どもに好かれているようだな」
「ふ、フンッ! あなたこそ、この病院の女性たちにもてはやされて、いいご身分ですね」
「はは、男性医師たちからの視線が怖くて、こうして隠れさせてもらっているよ」
「爽やかに言ってくるのが本当に腹立つわこの男……!」
ぐぎぎ、と唸る苅田だったが、すぐに本来の目的を思い出し、男の子に顔を向けた。
「こんなやつの相手をしている場合じゃなかったわ。ほら、戻るわよ。他の子たちも待ってるわ。検査をちゃんと受けないと、治る病気も治りませんよ」
「はぁい」
「それと、あなた」
「え、お、俺?」
急に話を振られ、ショウマは思わず背筋を伸ばす。
「顔に疲れが出ているわ。若さにかまけてないで、ちゃんと休養は取りなさい」
「は、はい……」
ショウマの返事に頷いて、苅田は男の子を連れて行った。
「さすがだな。苅田。一目見ただけで、ショウマくんにまで指摘をするとは」
「いい先生、みたいですね」
「私の頼れる同期さ。で、これは取り返したが、どうするんだい?」
「《ブラストZ》……」
麻玖木から受け取った《ブラストZ》に、ショウマはセレジュの姿を重ねた。
あれほど思い入れがあったガンプラを、知り合いでもない子どもに渡すような事態になった理由が、ショウマにはわからなかった。
だから、確かめたいと思ったのだ。
「……すみません。ちょっと、行ってきます」
「この間の少年と、関係があるのかい?」
「そんなところです」
「そうか……。わかった。《クインス》の調整はやっておく。用事が済んだら取りに来なさい」
「ありがとうございます。それじゃあ!」
《ブラストZ》を手に、走り出すショウマ。
「やれやれ。病院は静かに移動してもらいたいのだがな」
一人になった麻玖木は、資料室を内側から施錠し、机に向かった。引き出しを開けると、手入れの行き届いた模型用工具がずらりと並んでいる。
「さて、面白くなってきたじゃないか。あなたもそう思うだろう? ミス・トーリ」
デザインナイフを手に《クインス》を見る目は、怪しく光るのだった。
チョコの人の面目躍如ですね。これすごくやりたかった。
マクギリスに次いでカルタも出てきました。
今後出番がある、といいな。
そしてなぜかポイされていたブラストZ。セレジュくんどうして…。
明日更新します。