今回で一応一区切り。
成瀬家は凰修大学附属病院から少し離れた街にある。
曾祖父の代からこの地域に根差しており、日本風な木造の屋敷はちょっとした名物スポットだ。
その屋敷の自室に、玲十郎―セレジュはいた。
病院から戻ってから、食事もあまり摂らず、こうして自室に閉じこもっている。
と、襖が開いて、母が入ってきた。
「玲十郎、あなたに会いたいって人が来てるわよ?」
「僕に? こんな時間に誰が……?」
「さあ? よくわからないけど、ヘルパーのショウマだって言えばわかるって」
「ショウマさん⁉」
立ち上がったセレジュは玄関へ走り、もの珍しそうに首をめぐらしているショウマを見つけた。
「おうセレジュ。夜分に悪い。お前ん家、めっちゃ立派だな」
「ど、どうされたんですか⁉」
もう会うこともないと思っていたセレジュは動揺を隠せない。
「こんなところじゃなんだ、中で話そうぜ」
「か、かまいませんけど、それ、僕側の言うセリフでは……」
セレジュの自室に通されたショウマは、さっそく部屋の隅に置かれたガンプラが飾られた棚に食いついた。
「おお、いろいろ作ってるなぁ。お前キャンディ塗装とかもできるのか。今でこれなら、将来有望だな」
「は、はあ。じゃなくて! いったいどうされたんです? わざわざ家にまで来て。というかなんで家の場所が?」
「お前の兄貴に教えてもらった」
「えっ……」
「あ、そうそう。忘れないうちに。ほら」
セレジュは手渡された箱を開け、中に入っていたものに驚きの表情を浮かべた。
「《ブラストZガンダム》……!」
「こんな大事なもの、簡単に手放すなよな」
「わざわざ、届けてくれたんですか? ありがとうございます。でも、これにはもう何の意味も……」
「聞いたよ。そいつのことで兄貴と喧嘩したんだってな」
その一言に、セレジュの顔が曇る。
「はい……。兄さんは、自分の手で、このガンプラを作りたかったらしくて。元気になってもらうつもりが、僕、兄さんの楽しみを奪ってしまいました……」
「お前の兄貴の気持ちもわかる。でも、お前は間違ったことはしてないよ」
「そうでしょうか……?」
「ああ。お前の兄貴も、本当はそれをわかってた。だから、もう一度会ってやってくれ。GBNで」
「GBNで……?」
「お前は普段、家庭用の筐体を使ってるって聞いたぜ。机の上のそれだな? 俺もギアを持ってきたんだ。繋がせてもらうぜ」
鞄からダイバーギアと《キマリスクインス》のガンプラを取り出して、すぐにセレジュの分の準備も終えるショウマに、当のセレジュは頭に疑問符を浮かべた。
「でも、兄さんのギアは僕が使ってて、アカウントだって……」
「いいからいいから。ほら、着けた着けた」
「あ、ちょ、ちょっと……!」
半ば無理やりヘッドセットを装着させられ、GBNの世界―《ディメンション》に飛び込むセレジュ。
ログインしてすぐにショウマに引っ張られ、フリーエリアへと移動させられることになった。
夜の時間に設定されているフリーエリアでは満点の星が空に輝く。
湖畔に並ぶ《クインス》と《ブラストZ》。その足元にアバターの姿のショウマとセレジュは立っていた。
「あの、こんなところで、いったい何を?」
「そろそろ来る頃だ」
「来る?」
ショウマの言葉をセレジュが繰り返したとき、ふと後ろからバーニアが唸る音が聞こえた。
二体の《ガンダム》の傍に降り立ったのは、ヴァルキュリア・フレームを使用する、羽飾りのような頭部アンテナが特徴の機体。
「青い《グリムゲルデ》?」
「やあ、待たせてしまったかな?」
そう言って降りてきたのは、『鉄血のオルフェンズ』のギャラルホルンの軍服に身を包むダイバーだった。
「いえ、俺たちも今来たところですよ」
「ショウマさん? この方って……?」
「ああ。リアルで初めて会ったとき、俺の横にいた人だ。麻玖木先生」
「一応マッキーという名前はあるが、先生で構わないよ。セレジュ君」
「は、はあ。どうも」
差し出された手を握り、小さく会釈をしたセレジュ。
「それにしても《グリムゲルデ》かぁ……。これが、先生のガンプラなんですか?」
少し興奮気味のショウマだったが、麻玖木には首を横に振られた。
「いや、メインで使う機体は別にある。これは予備機で、ただの青く塗装した《グリムゲルデ》さ」
「そうですか。まあ、なんとなくそんな気はしてましたけど……」
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。そろそろ出てきたまえ」
《グリムゲルデ》のコクピットから、ごろりと球体のものが落ちてきた。
「わ、わ、わ……っと」
セレジュのそばに転がったのは、オレンジ色の球体、もといハロだった。
「ハロ? 仮登録のダイバー?」
「よう、玲十ろ……じゃない。セレジュって呼んだほうがいいか」
「その声……! 兄さんなの⁉」
「まあ、な。はは……」
揺れながら耳のパーツを動かすハロの姿をした兄、隆一郎を抱き上げ、セレジュはショウマに視線で説明を要求した。
「先生に頼んで連れてきてもらったんだ。実は先生、病院にダイバーギアを持ち込んでるんだぜ?」
「あくまでリハビリへの応用などの知見を得るための資料として、だがね。遊びで使っているわけじゃない。今回は特別だ。バトルをするわけではないから、片手でも操作はできると判断して彼を連れてきた」
「じゃ、そういうわけだ。俺たちは失礼するぜ。先生、行きましょう」
「ああ」
「あ、ちょ、ショウマさん⁉」
呼び止める間もなく、《クインス》と《グリムゲルデ》を消して離れていくショウマと麻玖木。
「──いい、ガンプラだな」
腕の中のハロが、ぽつりとつぶやいた。視線は《ブラストZ》に向いている。
「兄さん……」
「実物もいいけど、こうやって実寸大で見ると、それがよくわかる。作るの、大変だったろう? 構想を練ってた時から大量のBCがいるのはわかってたんだ」
「うん……。対人戦はまだちょっと怖くて、CPU相手のミッションや採取ミッションばかりやってたけどね。でも、最後はショウマさんと、もう一人、親切な人が手伝ってくれたんだ」
「そうか。楽しんでるんだな。GBNを」
そして、沈黙が漂う。それを破ったのは、セレジュの方だった。
「……ごめんなさい。兄さん。僕、兄さんの気も知らないで、勝手に舞い上がって……。本当にごめんなさい」
「違う。悪いのは俺の方だ。お前は俺のためにここまでしてくれたんだ。なのに、突っぱねるような真似をした。俺は最低の兄貴だ」
「そんなことない! ガンプラのことを教えてくれたのは兄さんだよ! こんな楽しいことを僕にも教えてくれた! 最低なんかじゃない!」
「玲十郎……」
セレジュと向かい合ったハロは少し口ごもったが、すぐにはっきりと言葉を紡いだ。
「順番があべこべになったけど、言わせてくれ。ありがとう。今までで一番嬉しいプレゼントだよ」
「よかった……。僕も改めて、誕生日おめでとう、兄さん」
「はは、ありがとうな」
セレジュを見ていたハロが、もう一度《ブラストZ》を見上げる。
「玲十郎、頼みがあるんだ。やっぱり、《ブラストZ》は正式にお前のものにしてくれないか?」
「ど、どうして?」
「あの先生が教えてくれたんだ。近いうちにGBNにアップデートが入って、こっちで作ったガンプラがリアルでも手に入るようになるって。だから、俺は今度こそ俺だけのガンプラを作る。俺自身の手で! そうしたら、俺と一緒に、GBNをやってくれないか?」
バトルをやるなら義手を付けたリハビリも頑張らないといけないけどな、と苦笑気味に付け加える言葉の途中で、セレジュは感極まってしまった。
「兄さん……! うん、うん! やろう! 一緒に!」
ハロの身体を抱きしめるセレジュ。
木の陰からその一部始終を遠巻きに見ていたショウマは、ほっと胸を撫でおろした。
「あの様子だと、大丈夫そうですね」
「まったく、《クインス》を取りに来たと思ったら、あんな提案をしてくるとは。君もなかなか私をいいように使ってくれるな」
木に背中を預ける麻玖木は、困ったようにかぶりを振った。
『でもよかったね。二人が仲直りできて』
ディスプレイが開き、映る《クインス》から少女の声がした。
『ショウマから話を聞いたときは、びっくりしちゃった』
「びっくりしたのはお前のこともだ。あれからどうだ? どこか変なところはないか?」
『もう、さっきも言ったじゃない。なんともないよ。むしろいい感じ!』
「こう言うんですけど、どう思います? 先生」
「彼女の言っていることは本当だろう。ガンダムフレームの腕を新しいものに変えて、強度を上げつつ軽量化した。これまでよりも動きがよくなるはずだ」
『ね? 言ったでしょ? 先生、ありがとうございます!』
ショウマは不安を拭いきれなかったが、少女の声と、麻玖木の腕を信じることにした。
「わかった。ともあれ、今回の依頼も無事に達成だ」
「ああ。今はあの兄弟を祝福しよう」
『うんうん! リアルの私も、きっと友達になりたいと思ってるよ!』
「……ああ。そうだな」
「ショウマさーん!」
ハロを抱えて手を振るセレジュに、ショウマは麻玖木と共に歩き出す。
依頼を円満に完了したのだと、自分に言い聞かせながら。
青いグリムゲルデ、意外とカッコいいと思うんですよ。
さて、今回で一応一区切り。いわばセレジュ編が終わりです。
次回からはユーコ編が始まります。
そのうち更新します。
機体設定とかもまとめたのを作りたいと思ってます。