「う、うーん……」
ぼんやりしていた視界が、徐々に定まる。
横になっていた身体を起こして、鈍い痛みのある頭で思考すると、ここが自宅でないことだけがわかった。
「ここ……どこ……?」
「あ、ようやく起きたか」
扉の向こうから現れたのは、若い男。風呂上りなのか、濡れた髪をタオルで拭いている。
「具合はどうだ? なんか飲むか? って言っても、水ぐらいしかないけど」
そう言って水が入ったコップを両手に持ち、こちらに近づいてくる。自分はどうやらソファで寝ていたようだ。
知らない男。知らない場所。着の身着のままで横になっていた自分。
みるみる、頭が冴えていく。
「き……」
「き?」
「きゃーっ! 誘拐⁉ 拉致監禁⁉ 恐ろしい拷問⁉ けけ警察、警察……っ!」
悲鳴を上げ、携帯電話が入っている鞄に手を伸ばそうとしたが、手元にない。
「鞄はソファの横に置いてある。やっぱり覚えてないのか……」
コップを足の低いテーブルに置き、男はじっと見つめてくる。
「何もしてない。落ち着けって。ほら、よく見ろ。ずっと追っかけまわしてた顔だぞ?」
「追っかけまわす……?」
恐る恐る男の顔を見つめると、確かに見覚えがあった。
「その顔、小生意気な言い方……! まさか、ショウマなの?」
「ああ、そうだよ。ようやく見つけたぞ、ユーコ」
床に座ったショウマは、右手に持ったコップをユーコの前に置き、左手のコップの水は自らの口に運んだ。
「ここ、どこなの? どうして私こんなところに……」
「ここは俺の家。まあ、お世話になってる人に住まわせてもらってるんだけど。で、なんでお前がここにいるかっていうと、酔って道に倒れてたお前を、俺が連れてきたから」
「え、そ、そうなの? やだ、私ったらそんなに飲んでたのね……」
「ああ。おぶってやった奴の肩越しに盛大に吐くくらいにはな」
「うそっ⁉」
「おまけに玄関に着いたら着いたで、うわ言みたいに礼を言いながら俺に名刺渡してきやがるし。
そう言ってショウマはテーブルの端に放置していた名刺を一瞥する。
「ま、この際それはどうでもいい。俺はお前をずっと探してたんだ」
ショウマの顔が真剣なものになり、ユーコは身構える。
「これはいったいどういうことなんだ?」
見せられたのは、ショウマと光の少女を取り上げたGBジャーナルの記事だった。
「そ、それは……」
「さっき俺の顔を見た時、『違う』って言ってたな。何が違うんだ?」
ユーコは手前のコップの水を飲んで喉を潤してから、沈痛な面持ちで答えた。
「その記事は、私が書いたものじゃないわ。朝になって、急にアップされてたの」
「じゃあ、この写真もお前が撮ったわけじゃないのか? 俺はたしかにこの場所にいたけど、お前っぽい人影もみたんだ」
「あんたやセレジュくんと別れた後、すぐにログアウトして取材内容をまとめてたのよ。あんたがそこにいたことすら知らなかったわ。ほら」
差し出されたダイバーギアを見ると、ユーコはショウマがカリンといた時間よりずっと前にログアウトしていた。
「なら、この記事は誰が書いたんだ? 心当たりはないのかよ」
ユーコはいよいよ小さくなってふるふると首を振った。
「わかんないわよ。私以外にあんたを追ってたやつなんていないはずだし」
「なんか複雑な気分だな……。ともかく、俺としてはあの記事をさっさと消すなり閲覧不可にするなりしてほしいんだが」
「私だってそうしたかった。でも、そこそこアクセス数もあるから消すことないって編集長が。それに私、あんまり下手なことできないし……」
「なんだそりゃ」
「社会人にはいろいろあるの。というか、なんでGBNにいるときと同じ口調なのよ」
「酔いつぶれてこんなガキに運ばれるような社会人、『お前』で十分だ」
「うう……」
と、ユーコの携帯に着信が入った。
「やばっ、編集長だ! ちょっと出るね!」
ショウマの言葉を待たず、ユーコは通話に入る
「も、もしもし! い、いえ、大丈夫です! はい、はい……えっ⁉」
ショウマを一度見て、再び電話に戻る。
「はい、はい……。わかり、ました。本人に掛け合ってみます。はい。失礼します……」
電話を切ったユーコは、蒼白な顔をショウマに向けた。
「なんだよ、どうした」
「あんたに、追加取材してこいって。GBNの新規ユーザー獲得の後押しに、ヘルパーの存在をもっとアピールしたいって……。それから、写真の子についても」
思わずショウマは立ち上がりかける。
「お、おいおいおい……! ちょっと待てよ! どうしてそうなる!」
「う、受けてくれたら、報酬としてGPいっぱいくれるそうよ?」
「そういう問題じゃない! 俺はこの記事を──」
「待って! これ、チャンスだわ!」
「ちゃ、チャンス?」
詰め寄ってきた顔に、ショウマは目を白黒させた。
「GBNのプレイヤー数はうなぎのぼりよ。新規プレイヤー獲得のためなんて間違いなく建前。GBジャーナルが本当に欲しいのは、あんたのゴシップだわ!」
「そ、それが?」
「わからないの!? 本格的にあんたの噂の正体を明かそうって魂胆なのよ!」
ユーコの言いたいことが理解できた。
「……この記事を書いたやつも動くってことか」
「そう! だから、そいつの尻尾を掴むチャンスなの! 協力して!」
「俺はどうすればいい? お前のヘルパーをやればいいのか?」
「ううん。私じゃないわ。どうやら、こっちでセッティングをしてるみたい」
ユーコが携帯を操作して、画面を見せる。そこには、GBNが二日後に開催する大規模イベントの詳細が表示されていた。
「ダブリン陣取り合戦……」
「あんたにはここで、こっちが用意するダイバーのヘルパーをしてもらうわ!」
感想がきたので、書き進めてみます。
不定期更新です。