温かな我が家へと続く道を、赤く染まった空の下で談笑をしながら歩く一行。
幾多のネフィアを攻略し終え、ある者はその戦果に頬を緩まし、ある者は自身の成長の実感に喜び、またある者は今日の夕飯のことを考えながら、俺たちは心安らぐ帰路を堪能した。
「……ふむ、それにしてもボクたち、中々強くなったとは思わないかい? ボクが入りたての頃は、ボクもシュトも、皆必死に食らいついていたというのに今じゃ余裕綽々って感じだよね」
今日俺たちが攻略したネフィアは、どれも危険度のそこそこ高いものばかりだった。
昔の自分ならば手も足も出なかっただろう。
……そう思うと、随分と強くなったものだな。
俺も、皆も。
……特にイルミカ、お前は本当に強くなったな。
「ふふっ、当然だね。ボクだっていつまでも庇われてばっかりの軟弱者じゃないってことさ」
そう、ここ最近のイルミカの活躍っぷりは、とても目を瞠るものがある。
強力な魔法攻撃に見た者を狂わせる瞳、接近されても即座に昏睡させる強力な催眠能力とそれを実行する冷静な判断力。
体力も付け、打たれ弱さも克服した今のイルミカに敵うものは早々居ないだろう。
「うんうん、全くもってその通りだね。さあシュト、もっとボクを褒め称えたまえ」
得意げになっているイルミカに苦笑いを零しながらも、実際に凄いのだから否定することはない。
今回のネフィア攻略でも、イルミカは三面六臂の活躍を見せてくれた。
自分には一欠片も理解することが出来ないような術式を、いとも容易く操るイルミカの才能は無くてはならない存在であるし、冷静な判断から繰り出される彼女の的確なサポートには何度も救われた。
本当に、助かっているよ……。
「そう言ってくれると嬉しいね。ふふっ、どういたしまして。
よし、これからもじゃんじゃん活躍して、キミにこのボクを褒めさせてあげるよ」
調子の良い言葉を並べて笑うイルミカ。
……だが、その言葉とは裏腹に、その言葉を、その平気そうな表情のイルミカを見た俺の中には大きな不安が存在していた。
イルミカは本当に強くなったし、イルミカには何度も助けて貰っている。それは彼女の努力の賜物だろう。
だがしかし、その努力を表に出そうとはしないのがイルミカなのだ。
文言でこそ努力した、褒め称えろ、と素直に言ってるが、その言葉の声色には自分の努力を隠すようなおどけたものが多分に含まれていた。
どこまでも余裕を崩さず、努力も辛さもひた隠しにしようとするイルミカ。
……だからこそ俺は、いつかイルミカが俺たちの為に無茶をして、危ない目に遭うのではないかと不安になってしまうのだ……。
そんな俺の不安そうな表情を見て何かを察したのか、イルミカは足を少し早めて俺の前に背を向ける。
「……もしかして、ボクが無茶して危ない目に遭うんじゃないかって心配してる?」
イルミカは俺に背を向けたまま、的確に思考を当
てた。……そんなに分かりやすく表情に出ていただろうか。
……ああ、その通りだ……お前はすぐに無理をするからな。
「……それで、キミはボクに、無理をするな、今までのように庇われていろとでも言いたいのかい?」
……そこまでは言っていない……言ってはいないが、……正直言ってお前には無理しないで欲しい……。
俺が不甲斐ないばっかりに、俺は何度もお前を傷つけさせてしまった……。
もうお前を傷つけたくは……ないんだ……。
「…………。……そう、かい……」
そう言うと俺の前で足を止めるイルミカ。
背を向けたまま静かに呟くイルミカの表情を、俺が知ることはなかった。
「…………気持ちは嬉しいよ。
……でも、ボクは、例えキミにどう思われても、無理をし続けるだろうね。
例えどんなに危ない目に遭おうとも、ボクはキミの為に無理をすることを止めないさ」
イルミカが足を止めたので必然的に俺の足も止まっていた。
前を歩いていたソフィたちは遠ざかっていき、いつの間にかこの赤い空間は二人だけのものになっていった。
「……勿論、危ない目に遭うのが怖くない訳では無いよ。痛いものは痛いし、怖いものは怖いさ。
…………。
……でも、ボクはそれを恐れたりはしないよ。
…………だって、ボクは――」
そう言ってイルミカは振り向くと、その表情を俺に見せた。
「――だってボクは、信じているからね。
ボクが危ない目に遭ったら、どんなことがあってもシュト……キミが必ず、ボクを救ってくれるって」
…………そう、か……。
優しい微笑みでそう謳うイルミカに、見惚れてしまったこの俺には言葉をすぐさま見つけることは出来なかった。
――――――
「…………ふっ、ふふっ……。
…………ははっ……あははっ! どうしたんだいシュト、そんなに顔を赤くさせて!」
……楽しげに笑うイルミカに、ぶっきらぼうに夕焼けが赤い所為だろう、と答える。
「ああそうかい、そういうことにしておいてあげるよシュト……ふふっ」
可笑しそうにからかい続けるイルミカと共に、二人きりの帰路を歩む。
……しかし、だ。
よく、あの恥ずかしがりなイルミカが、恥ずかしがる素振りも見せず平気な表情でさっきの言葉を言えたものだ……。
……まあ、少しでも考えればそれが当然であることは理解できるのだが。
……いかんな、夕焼けがまた一段と赤くなってしまった。
「……さて、それじゃあ早くソフィたちに追いつこう…………いや、何でもない……さっきのは忘れてくれ。
ボクはもうクタクタだ、早足なんてする気は起きないね」
……本当に、夕焼けを赤くするのが上手い少女だな、イルミカは……。
……程なくして、二人だけの赤い空間に痛くはない静寂が訪れる。
「…………。……あのさ、シュト」
何も言わず歩幅を合わせ俺と横並びになったイルミカが、二人の空間に存在していたその静寂を破る。
「……ボク、キミの為に頑張るから……キミを信じて、ボクは何も恐れずにキミの為に頑張るからさ……」
お互い視線を交わすことなく、夕焼けを見つめながらイルミカは言葉を続ける。
「……だから、……だからさ。
……シュト、……これからもずっと、ボクをたくさん頼って欲しいんだ…………頼って、くれるかい?」
……ああ、勿論だ。
これからもよろしくな、イルミカ。
静かにうなずくイルミカの横顔は、それはそれは綺麗に、夕焼けで赤く染まっていたのだった。