イルミカとバレンタインチョコレート
「……えっ、ボクにバレンタインチョコ……?
…………。
……まったく、キミもモノ好きだねえ……まあ貰えるものは貰っておくよ」
暫し驚いたような顔で静止していたイルミカは、動きを取り戻し少し怪訝な顔をしながらもチョコを受け取った。
イルミカは最近仲間に加わった黒猫の少女だ。
彼女とはまだ知り合って間もないのでそんな反応をされてしまうのも当然だろう。
……しかし、そこまで驚かなくても良いと思うのだが。そんなに意外だったのだろうか。
「……おっほん。いやしかしなんだ、バレンタインにエヘカトル様にチョコを渡したいだなんて……ホント筋金入りの狂信者だねキミは。
それでもって実際に作って捧げちゃうっていうのがもう……その情熱は一体どこから来るんだい? いや、言わなくていいよ」
そう言うとイルミカは、心底面倒そうな顔で俺の前に掌を突き出してくる。
今からエヘ様の素晴らしさを小一時間ほど語り尽くそうかと思っていたのだが、止められてしまったのならば仕方がない。非常に残念だがこの話はまた次の機会に回すとしよう。
「いや、次も聞くことはないからね?
……まったく、どうして狂信者どもはどいつもこいつもこうなのだ……マトモな奴は居ないのか?
……いや、マトモじゃない奴代表みたいなキミに聞くのは酷だったか……答えられない質問をして悪かったよ」
イルミカは本当に失礼だ。
そして常にキレキレだ。何か言えばすぐに鋭い返しを喰らわしてくる。それはもう気持ちいいくらいの鋭さだ。
だからなのか、どんなに彼女から罵られてもあまり気にならなかったりする。いやむしろ、話していて楽しくなってくるくらいだ。
「うわあ……マトモじゃないって言われて楽しそうにしてる……。
……いや、最高の褒め言葉だ! じゃなくてだね……まったくこれだから狂信者は」
彼女と話していると本当に話が弾む。こちらに来てから……いやここに来る前でも、ここまで対等に楽しく会話を弾ませられる相手は居なかった。
ちなみにソフィとの会話は基本的に穏やかなものになる。……ソフィのお姉ちゃんスイッチが入らなければの話だが。
そんな訳で彼女とのやり取りはとても新鮮な経験であったし、今自分はこの時間をとても楽しんでいた。
「しかしまあ、いくらついでとは言えソフィだけでなくボクにまでチョコを作るとはね。……意外と律儀なんだね」
驚いて暫く固まっていたのだから相当意外だったのだろう。本当に失礼な奴だ。
チョコを作るのに二人分も三人分もそんなに変わらないのだから作らない理由はないだろう。
そもそも、エヘ様だけに渡すならまだしも、ソフィにも渡しておいてイルミカにだけ渡さないなど話にもならないだろう。
「ふーん、ホントそういう所だけはしっかりしてるんだね」
……実はこれを期にイルミカとの距離を少しでも縮めたかった、という理由もあったりする。
別に何か特別な思いがある訳ではないが、仲間になったのだから親しくなっておくに越したことはないだろうと思ったのだ。
……もちろん彼女にこのことは伝えていない。わざわざ下心を伝える必要もないだろう。
「……しかし、気になるのは味だよね。果たしてキミの腕がどれほどのものなのか……全く予想が付かないね。
……今ここで食べてみてもいいかい?」
本当は少し気恥ずかしいのだが、それを隠しつつ構わないと言って許可を出す。
「……ふむ、それでは食べてみようか」
イルミカはそう言うとチョコの包装を解きひとくち口にした。
「もぐ……。
……ふむ……中々に美味だね。
……もぐもぐ。
……いやホント美味しいねこれ……チョコ作りの才能あるんじゃないかい?」
もぐもぐと美味しそうにチョコを食べながら、イルミカは素直な言葉で褒めてきた。
あまり褒められるのは慣れていない。何とかありがとう、とは言えたが照れくささでぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「ふふっ、キミもそんな顔をするんだね? 中々カワイイところもあるじゃないか」
うるさい。
イルミカはホントに余計な一言が多い。
「ああ、バレンタインとは良いものだな……いやはや、面白いものが見れてホントに良かったよ」
そんな所で喜ばれても困るのだが……まあ、イルミカが喜んでくれたのなら作った甲斐があったというものだ。
「……ふむ、それじゃあボクは読書の続きをしに部屋に戻るとするよ。丁度いいおやつも手に入ったことだしね」
そう言ってイルミカは軽やかな足取りで自室に戻っていった。
その姿を見送り、さて自分も部屋に戻ろうかと踵を返そうとしたところで後ろから声が掛かる。
「……ああそうそう、ひとつ言い忘れていた」
イルミカが自室の扉から顔を覗かせこう言った。
「チョコ、ありがとう」
パタンという扉の閉まる音を聞きながら、軽やかな足取りで俺は自室へと向かった。
ああ、バレンタインとは良いものだな……と、彼女の初めて見せた微笑みを心に刻みながら。