満点の星空。風に揺れる葉。輝く水面。
「マスター、七夕というものをワタシたちでやってみませんか?」
コトルシィのその一言から始まった中庭での夜空の下の鑑賞会は、日常では意識することの無かった自然の姿と、ソフィがどこからともなく用意した華やかな浴衣を着た仲間たちの姿と合わせ、情趣溢れる非常の美しさを感じさせていた。
「なになに〜? もしかして、浴衣姿の私たちに見惚れちゃったのかしら♪」
「星空や夜の光景と浴衣が似合っていて趣があるって話だろう? ……まったく、ソフィはなんでもかんでもそうやってだね……」
「お姉様の浴衣姿は、とてもとても綺麗で素晴らしいです……! これは是非とも記録しなければ……」
「……お星さま、こんぺいとうみたい……しゅー様、あまいの食べたい」
……こんな時でも仲間たちはいつも通りのようだ……。
――――――
「たしか、この紙にお願いごとを書いてこの葉っぱに吊るすのよね?」
「短冊と笹の葉だね。そうすれば願いが叶う、か。
何ともロマンチックで、いかにも夢想家の考えそうな話だね」
ニヒリズム的な笑みを浮かべたまま短冊を夜空に向けてひらひらと振るイルミカ。
イルミカの言うことも理解はできるが、今日はそういう夢想を楽しむ日だ。たまにはこういうのも良いんじゃないか?
「……まあ良いけどさ。
それで、この短冊をわざわざ用意したってことは、皆でこれに願い事を書いて吊るしていくってことかい?」
ああ、その通りだ。皆、好きなように書いて吊るしていってくれ。
「……んー、いざお願いごとを書けって言われても……意外と難しいわねえ」
「おいしいのいっぱい食べたいし……楽しいこともたくさんしたいし……ルミカと一緒にもっとしゅー様にイタズラしたいし……」
「マスター、願い事を複数にして欲しいという願い事は有効でしょうか?」
……好きなように書けとは言ったけど、基本は一つだけの方が良いんじゃないかな……短冊一人一枚分しか用意してないし……。
「……うん、決めた! これにしよーっと♪」
ソフィはおもむろに筆を取り、さらさらと短冊に書き上げると軽やかな足取りで笹の葉に向かう。
短冊を吊るし終え、満足そうなソフィのその顔を見ていると、短冊に書かれた言葉に対し非常に興味が湧いてくる。
「ふふっ、それはまだなーいしょ! 見たかったらシュトさんも早く書き終えて、自分の目で確かめることね♪」
……ふうむ、焦らされる。
「……あっそうだ、確かそうめんも用意してるのよね? 七夕に食べる料理ってことで」
ああ、そうだな。クーラーボックスにパン屋で買ったのが入れてあるはずだ。
「それじゃあ私は早く終わったし、先に中に戻ってそのそうめんを冷やしてお皿に盛り付けておくわねー」
そういうとソフィは、軽く手を振りながら中に戻っていった。
それを見ていたコトルシィは、一秒でも早くお姉様の元に行きたいという気持ちが現れているかのように素早く筆を動かし始めた。
「はい、マスター。ワタシも書けました」
すっと立ち上がり、すたすたと笹の葉に向かうコトルシィ。
自分の書いた短冊をソフィの短冊のすぐ隣に吊るすと、しばらく笹の葉と隣り合う仲睦まじい短冊を眺めていた。
「……それでは、ワタシも書き終えたのでお姉様のお手伝いをしに行ってきます」
お姉様と呼びながら、そそくさと中に戻っていくコトルシィ。
……コトルシィも、この七夕を結構楽しんでいるようだな……。
「……しゅー様、メノも書けた。これつるすから手伝って」
ちょいちょいと服の裾を引っ張り主張するフラニカ。
……しかし、いくら背が小さめとは言え笹の葉はそこまで高くはない。下の方に吊るせば問題無いのでは?
「だめ、一番上につるすの。……これ、お星さまに一番近いとこがいい」
……なるほど、確かに一番上に吊るせば目立って分かりやすいだろうな。
なんだかフラニカらしい発想だな、と思いながらフラニカを抱き上げ笹の葉に向かう。
「……うん、できた。しゅー様、ありがとう」
お星さまに届くと良いな、フラニカ。
「うん。……だけど、ホントはメノ、お星さまってよくわかんない」
……うん? 何が分からないんだ……?
「ここから見るお星さまって、小さいしキラキラしてるし、いっぱいいっぱいある。
でも、お空にいるわたしが見てるお星さまは、おっきいしそんなにキラキラしてないし、あんまりいっぱいじゃない……なんで……?」
それはだな…………って、うん? お空にいるフラニカ?
「ううん……メノじゃなくて、お空にいるわたし。メノはわたしだけど、わたしはメノじゃない」
…………うん……?
……なんだか良く分からないけど凄いな……。
「……しゅー様、信じてない。ウソじゃない。メノの目を見て」
そう言って、ジトーっとした瞳で見つめるフラニカ……しかし、フラニカのよく分からない発言は一向に理解でき……。
「メノはわたし。わたしはメノじゃない。わたしは空でぷかぷかしてる。メノはそれを知ってる。わたしもそれを知ってる。でもわたしはメノを知らない。メノはそれを知ってる……」
フラニカの瞳は深く、深く……その瞳には星が、空が、闇が広がり……どこまでも、どこまでも沈んで行き……。
……フラニカの言葉が理解できない……その言葉が理解できない……できない……理解……ことばを……りかい……? りかい……理解……フラニカを……りかい…………理解……でき…………。
あなたはフラニカを理解した。
「……あれ、しゅー様……しゅー様……? ……しゅー様、おかしくなっちゃった……。
……まあ、いいや。メノ、つまみ食いしてくる」
――――――
……う、うーん。まどに……まどに……。
「……おーい、シュト戻ってこーい」
……ハッ……俺は一体何を……。
「あ、ようやく目覚めたかい?」
イルミカの声と頭に与えられるペシペシという刺激で目を開ける。
どうやら気付かぬうちに倒れてしまったようだ。
……しかしなぜ……確か、フラニカの眼を覗いていたら……。
「……まったく、仲間の得意技くらい覚えたらどうだい?」
……ああ、なるほど。イルミカの一言でようやく全てを察する。
狂気の眼差しか……ぬぅ、あのイタズラ娘め………はあ……。
……そういえば、当の本人はどこに行った……?
「そうめんをつまみ食いするって言って、キミを放って戻っていったよ。
……さて、それじゃあボクも戻るとするかな。フラニカがつまみ食いしないか監視するお仕事をしなければ」
それは、監視という名のただのサボりなのでは……? まあいいか……。
……そういえばイルミカ、短冊はどうした?
「……ああ、短冊かい? ……ふふっ、ボクがお星さまにお願い事〜なんて、似合うと思うかい? まあ、そういうことさ」
ニヒリストを気取るように背を向けながら、軽く手を振り中へと戻っていくイルミカ。
そんなクールな彼女を見送りつつ、一つ残った短冊を手に取る。
さて、自分は何を星に願おうか――。
――筆を静かに置き、短冊を今一度眺める。
ふむ……いかにも無難だが、それも致し方なし。
何事もシンプルが一番だとも聞く。
さて、早い所笹の葉に吊るし終えなければ、キミは手伝いもしないのかとイルミカ辺りにおちょくられかねん。本人もほぼ手伝ってないにも関わらず。
フラニカに負けず劣らずイタズラ好きな彼女のことを思い浮かべながら、笹の葉に向かって歩き出す。
笹の葉には、仲間たちが吊るした短冊が、その葉とともに風に乗って踊っていた。
そういえば、自分のを吊るしたらソフィの短冊を見ていいという約束だったな。
……ふむ、好奇心が抑えきれないし、吊るすのは後にして少し先に覗いてみるか……。
――――――
……皆らしい、良い願い事だったな……。
……それと、まさか夢想趣味のニヒリストがいるとは思わなかったな。
……いやまあ、あいつが素直じゃないのと、意外とロマンチストなのはよく知っているのだが。
しかしそれぞれのを見比べてみると……似た者同士というか何というか。
やはり類は友を呼ぶか……それとも、一緒に暮らしている影響か……?
「シュトさーん! そうめん出来ましたよー!
せっかくだからお庭で食べましょー♪」
ソフィの呼び声が聞こえる。……さて、皆が来る前にこの短冊を吊るしておかなければだな。
笹の葉に紐を結び短冊を吊るし終えると、呼び声に返事をしながら皆の元へと向かう。
色とりどりに飾られた笹の葉は、願いを乗せて星空の下で踊るのだった。
『いつまでもずっと、みんなのお姉ちゃんでいられますように』
『お姉様とマスターから、もっともっと褒められたい。そして大切な友人たちも一緒に、ずっと仲良く暮らしていたい』
『みんなとの楽しいのが、ずーっと続いてほしい。あと、おいしいのいっぱい食べたい』
『また来年も皆と、この星空を見られますように』
『いつまでも皆と幸せに暮らせますように』