ぬしと超速で甘えんぼな猫神
禍々しくそびえ立つ混沌の城。そこを住処とする猫神との死闘から幾月……その日、自宅の一室では秘術を用いた儀式がイルミカ同伴のもと行われていた。
「……あの超速の猫神を召喚する儀式、か……一応やれるだけのことはやったが……。
……うーむ、ホントに成功するのだろうか?」
成功する。……多分きっと。
魔術のエキスパートであり、この儀式に関してもその豊富な魔術知識で力を貸してくれたイルミカだが、どうやらその儀式自体には半信半疑のようであった。もっとも、自分も失敗する可能性を考えてない訳ではないのだが……。
……まあ、なるようになれだ。よし、あとはこれをこうして……。
「……お、転移魔法の強い反応を感じるね……これはもしかすると……?」
その異変に真っ先に気付いたのは、魔術に長けたイルミカであった。
儀式に用いた猫神の残骸を中心に強力な魔力が生み出され、そして渦を巻き始める。
……その渦は次第に大きく、濃くなり始め……そして、それはやがて一つの人影を産んだ……。
「――――なんじゃ……ぬしらは……?」
――――――
「ぬし〜? わらわは空腹ぞ〜?」
自宅に新たに作った和室。その部屋の布団に寝っ転がりながら、和装の白髪少女――ランカは呼び掛ける。
この少女の頭に存在する猫耳である程度察せられるだろうが、このランカという少女こそ、儀式によって召喚した猫神なのである。
和装に身を包み、古風な喋り方をする白髪碧眼猫耳少女……と、今まで抱いていた猫神のイメージとは大幅に違うのだが、ランカの自己申告によると猫神なのである。
……このような猫神らしからぬ、個性的な少女のランカであるのだが……さらにもう一つ、一際目立ったものがあるのだ。
「聞こえなかったのかのぅ? わらわは空腹ぞ〜」
そう、このランカという少女は、甘えたがりで欲張りなのである。
さっきのようにこうやって、ランカはいつも自分に対し古風な口調でモノをねだるのだ。
今日だって幾度も幾度も呼び掛けられてはあれをこれをとねだられた。
そして自分はその幾つもの呼び掛けに、召使いでは無いのだが……などと呟きながらも何だかんだで応えてきた。
「おー! これは何とも美味しそうじゃ♪
いやー、とっても優しいぬしにありつけて、わらわ幸せじゃのぅ♪」
差し出された甘味を幸せそうに頬張る彼女に、あの死闘を繰り広げた超速の猫神の面影はどこにもなかった。あの、やるかやられるかの闘いから、このような光景を誰が想像できるであろうか……。
……まあ、それもその筈。なぜなら彼女は、あの猫神とは全くの無関係であるからだ。
あの猫神の残骸を媒介にして呼び出されただけで、ランカ自体はあの猫神とは縁もゆかりも無いただの天界在住の猫神だったのだ。
「ふむ、あれはびっくりした……なにせ、突然のことじゃったからのぅ」
イルミカの考察によると、あの召喚儀式はイルミカが召喚された時とほとんど同じ仕組みだと推測されるらしい。
今回の場合、残骸を媒介にすることで天界にいる対象を指定、そして術式を用いて召喚する……といった流れなのだという。
つまり、別にあの残骸の持ち主が必ずしも復活する訳ではなく、全くの別人が来る可能性もあるという。
そうして召喚されたのが、このランカなのである。
「わらわ、そういう難しいのはさっぱりだからよくわからぬのぅ……ふむ、流石はくろじゃ。
……それはそうと、くろもあっち出身じゃったか」
くろ、とはイルミカのことらしい。
神の下僕であるイルミカは、ここに召喚される前は天界で暮らしていたらしい。つまり、ランカと同じ天界出身という訳だな。
「仲間じゃの!」
黒猫のイルミカに、白猫のランカか……真反対のようで似ている部分もあり、なんだかとても不思議な関係だな。
……案外、この二人は結構仲良くやっていけるのではないだろうか。
「くろは、いつも冷静で知的で格好良いのぅ♪ わらわ、そういうのは全然じゃから……本当は神様的な神秘的で格好良い感じのを身に付けたいのじゃがな……だから、くろから色々学びたいぞ!」
……確かに、イルミカの知識にはいつも助けられているし、それを語る彼女にはある種のクールさを感じている。
そんなイルミカから格好良さを学ぶというのは、結構良い案かもしれないな。
……そういえば、儀式の仕組みについて語るイルミカを想起して思い出したのだが……。
イルミカが言うには、同じ仕組みの召喚なのだが一つだけ、違う点があるらしいのだ。
それは、イルミカの場合はある程度双方の同意があって召喚されるのだが、あの儀式では確認プロセスを無視して一方的かつ強制的に召喚するという点である。
……それを知ったその瞬間、顔を一気に青ざめさせることとなった。
「そういえばあの時のぬし、めちゃくちゃに謝っていたのぅ……いやはや、愉快であったぞ♪」
一方的かつ強制的な召喚なんていう、トテモシツレイなことをしたのだ……謝るのは筋だろう……コジキにもそう書いてある……らしい。
「……まあ、わらわは別に気にしておらぬがな。実際、わらわの同種――まあぶっちゃけ赤の他人なんじゃが……そやつらを幾度も倒したという実績もあるから、力量についてはわらわのぬしとして申し分無しじゃからのぅ♪」
おおらかな表情で笑うランカ。この少女はどこまでも前向きで、明るく、そして大雑把であった。
それ故、ランカはそのことに関してもあまり気にしていないようであった。
しかし、それでなら良かったとは思えないのだ。
聞くところによると、天界とはとても便利で快適な所らしい。なのに、強制的にこっちに呼び出して下界での生活を余儀なくさせている……色々不満があるのではないか、それが心配になってしまうのだ。
「ふむ……わらわはむしろ、呼び出してくれて感謝しておるくらいぞ?
あっちは確かに便利で快適じゃが、十分ではあるが満足は出来ない場所じゃからのぅ……結構退屈しておったのじゃよ」
……そういうものなのだろうか……?
「そういうものなのじゃ。それに、何でも言うことを聞いてくれる優しいぬしもいることだしのぅ♪」
楽しげな声でしなだれかかるランカに、別に何でもってつもりはないのだがなあ……と小さな抗議の声を控えめに上げる。
「じゃが、今までのを見る限り、わらわのお願いのほぼ全てを叶えておるではないか」
……まあ、それはそうなのだが。
疑問符を浮かべ、腑に落ちない様子のランカだったが、ふと真面目な顔となり、こちらに目を向けた。
「……もしや、わらわの望みを叶えることで、呼び出したことの罪滅ぼしをしようとしているのではないであろうな……?」
いや、それは違う。彼女の予想をそう言ってキッパリ否定すると、ますますランカの表情は理解できないと言いたげなものになっていた。
「ふぅむ? それじゃあ何故、わらわの望みを叶えるのじゃ? わらわが言うのもなんじゃが、普通はそう簡単にはいはいと聞き入れるものじゃないと思うがのぅ……」
……まあ確かに、申し訳無くは思っている。
そしてこれまで、ランカの願いはほぼ全て聞き入れて来た。
だがそれは、罪の意識からではなく、ただ純粋にランカに楽しんで貰いたいという気持ちで行っているだけなのだ。
「……ほぅ、楽しんでほしい……とな?」
訝しみ、その碧眼を細めるランカに、問い掛けるように自身の思いを伝えた。
……ランカは、甘えることが好きなのだろう? 誰かを頼り、自分の為に何かをして貰うということが好きだから、そうやってモノをねだったりする。
「……まあ、間違ってはおらぬな。ふむふむ、よくわらわのことを見ているではないか」
……まあ、個性的過ぎな面々とこれまで一緒に過ごしてきたお陰かな? そういうのは割と分かるようになってきたな……。
「ははは、まだ少ししか時は経っておらぬが、あやつらが個性的だということは理解しとるよ。
……まあ、ぬしもそれに相応しいくらいには個性的であるとも思うがのぅ」
……否定はしないが。
……まあ、皆それだけ個性的で楽しい連中ということなのだ。
そんな仲間たちの、豊か過ぎる個性を自分は最大限尊重したいし、皆のしたいこと、好きなことは最大限できるようにしてやりたいのだ。
それは勿論、ランカも例外ではない……そういうことだ。
「…………ふむ……そう、か……。
……なんじゃか、ぬしは少し変わっておるのぅ……。
じゃが、なぜみなぬしを慕っておるのか、なんとなく分かった気はするぞ」
さいですか……。
目線を少し外しながら語るランカから、さらに目を背けて気恥ずかしく呟いた。
……まあ、そんな訳だからこれからも、ランカの願いはできる限り応えていこうと思っている。
勿論、その要望の全てに応えられるという訳ではないが……まあ、お手柔らかに頼むよ。
「ふむ、了解した。……いやはや全く、召喚先が優しいぬしの元で良かったのぅ……これからもよろしく頼むぞ、ぬし♪」
ああ……こちらこそよろしく、ランカ。
こうして、賑やかな我が家に明るく甘えんぼな猫の神様が加わったのであった……。
「さーて、次は何をして貰おうかのぅ? あれが良いか〜それともこれが良いか〜……ふふっ、ああ楽しみじゃ♪
ぬしよ、精々わらわを退屈させないでおくれ?」
屈託の無い笑顔でねだるランカにただ一言、善処します……とだけ言って明後日の方へ目を背けた。
“ぬし”の受難は、まだまだ始まったばかりである。