「あら、あま〜い良い匂い♪ イルちゃんなーにしてるの?」
湯煎されたチョコの甘い匂いに釣られてソフィが台所にやって来る。
……今かなり集中力使ってるから邪魔しないで欲しいんだけど。
「初めてのチョコ作りだもんねぇ……イルちゃんふぁいと♪」
…………ありがと。
しかし、チョコ作りがここまで大変だとは思わなかったね。こんなことを毎回やってたのかアイツは……。
「これもひとえに愛の力! シュトさんは私たちのことがだーいすきだもんね♪」
まあアイツは変な所に拘って全力を注ぐ大馬鹿だからね。ホント、よくここまで出来るもんだよ。
「でも、そう言うイルちゃんも中々のラブパワーを持ってるじゃない?」
……はあ? キミは突然何を言ってるんだ。
「だって〜……そんなシュトさんの為に、イルちゃんこーんなに頑張って手作りしてるんだもん! それだけシュトさんのことが大大大好きなのね♪」
……何を言い出したかと思えば。
いいかい、ソフィ。ボクが今チョコを作ってるのは魔術の為さ。チョコは昔から魔術や儀式に使われていた物だ。そんなチョコを魔術師であるボクが作れないなんてあってはいけないからね。
そう、その為に作ってるだけだ。勘違いしないでくれ。バレンタインに作ってるのも丁度この時期にチョコの材料がよく出回ってるだけだからだ。
いいかい? 分かっただろうソフィ。
「わあ早口。そんなに必死にならなくてもいいのに〜……うんうん大丈夫、お姉ちゃんは全部分かってるわよ……♪」
……なんかムカつく。
まあいい。そんな感じだから、ボクは全くバレンタインなんて興味は無いよ。
そもそもバレンタインなんて浮かれた行事でボクが心動かされることなんて一切無いだろうね。
「……うっふふ〜、それは本当かしら?」
ボクの言葉を聞いてソフィが怪しく笑う。
「コトちゃんから聞いてるわよ〜? こっちに来てから最初のバレンタインでシュトさんからチョコ貰って、イルちゃんすっごくキュンってなっちゃったんでしょ〜? ねえねえ、それが馴れ初め? 意識し始めちゃった? イルシュトラブラブロードの出発点〜?」
……トルシィめ、余計なことを……しかも、よりによってソフィに。ああ、最悪だ。
ホント、うざったるいから少し静かにしててくれないか?
「んふふー♪ イルちゃん耳真っ赤よ? やあもお最高ねぇ♪ お姉ちゃんそういうあま〜いの大好き!」
……あーもうはいはい。確かにあの時はそれで少しドキッとしたよ。
でも、それとこれは話は別だよ。これは本当に魔術の為で。
「……ん〜、じゃあ……出来上がったチョコ、お姉ちゃんにちょ〜だい♪ イルちゃん、一人でそんなに食べれないでしょ? イルちゃんの初めて、お姉ちゃんが食べてあげる♪」
…………ダメだよ。
「え〜、どうせ誰にもあげないんでしょ〜?」
……それでもダメ。これはソフィにはあげない。
いちいち煽るような声色のソフィに少しイラつきながら突き放すようにそう言う。
「ふ〜ん……お姉ちゃん"には"あげないんだ?」
ソフィが意味深な顔をしてボクの言葉を強調したことで、初めてボクが墓穴を掘ったことに気付く。
「へ〜そうなんだ〜お姉ちゃんにはねぇ♪ いったいそれじゃあ誰にあげる気なのかしらねぇ♪」
……知らない。
ねえもうホントあっち行っててくれないかい?
「えへへ〜照れちゃって〜♪ イルちゃんか〜わいい〜♡」
ホント……そういうの良いから……邪魔しないでくれないかい? ……はあ……。
「ごめんごめん♪ もうイルちゃんのジャマはしないわ!」
本当だろうね? まったく……こういう時のソフィはいつにもましてうざったるい。
「……あっ、そうだ!」
……今度はなんだい?
そのいたずらっ子みたいな顔を見る限りまた碌でもないものが出てきそうだが。
「イルちゃんのチョコ作り、お姉ちゃんが手伝ってあげよっか♪」
……いらない。このチョコはボクが作るの。
「うんうんそうよね〜♪ シュトさんへの愛を込めた手作りラブラブチョコなんだから最後まで一人で作りたいわよね〜♪」
……さっきから、ソフィのペースに乗せまくられてる気がする……。
とりあえず、そのシタリ顔はやめたまえ。素直に腹が立つ。
「も〜、ひどくなーい?」
酷くない。酷いのはソフィの方だろう。
「うーん、なんも言い返せない!」
ウザ絡みモードのソフィは本当に無敵だ……ボクは改めてそれを思い知らされる。
ホント、何度も言うけど邪魔するならあっち行っててくれ。
「はーい、ごめんなさーい♪ それじゃ、お姉ちゃんあっち行ってるね♪」
……やれやれ、ようやく行ってくれた……ホント、お姉ちゃんお姉ちゃんやってるソフィの相手は疲れる……。
「……あっそうそう!」
ソフィが急に振り向いて声をあげる。
「この後みんなでチョコを作る予定だから、終わったら教えてね♪」
そうなのかい? ああ、分かった。終わったら伝えるよ。
「ありがとう♪ それにしてもみんな、シュトさん大好きね〜。みんなしてシュトさんにチョコ渡したいからチョコの作り方教えてだなんてね! あ、もちろんお姉ちゃんもシュトさんに作るわよ♪」
…………そうか。そうだろうね、そりゃみんなもシュトにチョコ渡すつもりだよね。
「…………それじゃ、イルちゃんも頑張ってね! 私、イルちゃんのこと、心から応援してるから!」
やけに気合の入った声でそう言うと、ソフィは今度こそ本当に台所から去っていった。
全部お見通しって感じでボクの心を見透かして、あの手この手で弄りながらボクに発破を掛けてくるソフィ。
……うざったるく感じることもあるけど、やっぱりソフィは優しいんだよなあ……。なんだかんだ言ってソフィのことを嫌いじゃないって思えるのは、そういうところなのかなあ。
……これが「お姉ちゃん」か……。
……うーん、しかし。どうしたものか……。
みんなもシュトにチョコをあげるなら、ボクのチョコも特別感無いだろうなあ……。
それはちょっと、……嫌だ。
……はは、ボクはこんなに独占欲強かったかな?
別に、一番になりたいとか思わないし、みんなのことも好きだけど……でもなんか、ここだけは譲りたくないって思っちゃうな……ボクらしくない。
恋は盲目とはよく言ったものだよまったく……。
…………そうだね、色々考えたけど……、もうあれしか方法は無いだろうね……。
これをしたら、シュト……どう思うかな。少し不安ではある……。
こんなこと、ボクらしく無いだろうけど……でも、ボクは――。
――――――――
チョコの入ったリボン付きの袋を後ろ手に持って、廊下を歩いてるシュトの背を見つめる。
既にみんなはシュトにチョコを渡している。夕食を食べ終わった時に、一緒に作ってたみんなで一斉に渡したのだ。
みんなからのチョコに、シュトは心から嬉しそうにしていた。どれも美味しい美味しいと言って、一人ずつ感謝を伝えていた。
もちろん、チョコを渡していないボクを除いて。
シュトはそのことを気にしていないようにしていたみたいだけど、一瞬だけボクのことをちらっと見ていたのは知っている。
でもボクは、それをあえて気付かないフリをした。
ボクは傍観者に徹した。それも……今ここでシュトに渡す為。
……意を決して、シュトの背中に声を掛ける。
シュトは、ボクの名と共にどうしたと振り返る。
震える手を抑え、得意のポーカーフェイスで平静を装いながら、シュトの顔を見る。
……シュト、今日はバレンタインだろう?
実は、丁度良い機会だと思って、魔術の勉強を兼ねてチョコを作ってみたんだ。
シュトにウソを付きながらチョコの言い訳する。
みんなのようにボクは、"大好きなキミの為"なんて素直には言えない。
ボクは臆病で、ズルいのだ。
……だから、このチョコ……食べ切れないからキミにあげるよ。
そう言ってボクは、リボンの付いた袋を渡す。
……リボンなんかで着飾ってる癖に、食べ切れないからなんて、我ながらおかしな話だね。
シュトは少し驚いた顔をしつつも、心底嬉しそうにチョコを受け取る。
きっとボクがこのチョコをキミの為だけに作ったってことくらい、キミにはお見通しなんだろうね。
シュト、できたらここで食べて感想をくれないかい? ちゃんと魔術の勉強の成果が出てるか……キミに判断して欲しいんだ。
喜んでチョコを取り出すシュトを見つめ、鼓動を早める。ボク的には、初めてにしてはマズくはない出来だと思うけど……でも、シュトの口に合うかな……。
そんな不安を余所に、シュトはボクの作ったチョコを口に運ぶ。
その瞬間を見るのが少し怖くて、ボクは俯いて自分のうるさい鼓動を聴きながらシュトの反応をじっと待った。
……ホントに? ……ボクの作ったチョコ、美味しい?
シュトから掛けられた言葉の真偽を確かめたくて顔を上げると、そこには満面の笑みでボクのチョコを味わう彼が居た。
……それは、良かったよ……。……ホントにね……。
あっ、いや……ちゃんと知識を理解に繋げられて良かったって意味で……。
またそうやって、言い訳をする。
嬉しそうな顔ではいはい、と返すシュトに赤くなってるであろうボクの顔を見られたくなくてそっぽを向く。
……でも、このままじゃダメだ。
こうやって、逃げてばっかりじゃ……特別なチョコにはならない。
もう一つ食べても良いか、と聞くシュト。ここを逃したら、ボクは本心を伝えることなく、今日という日を終えてしまう。
それだけは、……それだけはダメだ。
シュトにとってボクのチョコを特別なチョコにする為、ボクは全身を熱くさせる血液を感じながら覚悟を決めた。
…………なあ、シュト……。
…………じ、実は……このチョコ、まだ完成してないんだよね……。
……うん、そう……。未完成なんだ、このチョコ……。
だから……。
…………だから、シュト。最後の「仕上げ」……させてくれないかい……?
そう言って、ボクは大きく息を吸うと、呼吸を止めて彼の元に駆ける。
ちゅっ。
シュトの唇は、ほんのりチョコの甘い味がした。
………………。
…………さ、仕上げは終わりさ。好きなだけ、ボクのチョコを味わってくれ。
そう言って唇を離すと、逃げるように自室へと走っていった。
後ろから視線を感じても振り返らずに、扉を閉め切った。
閉め切った扉に寄りかかり、荒い息を鎮める為に何度も肩を上下させる。
胸に手を当てたら、破裂しそうなくらいにボクの心臓は大きく跳ねていた。
でもまだ、ボクは本心を……心からの想いを、彼に伝えていない。
大きく深呼吸をして振り返ると、意を決して扉を開く。そこにはまださっきの位置のまま扉を見つめるシュトが居た。
そんなシュトに、ボクは心からの想いを伝える。
――大好きだよ、シュト。