ここは王都パルミア。鼠すら寝静まる丑の刻。
暗闇だけが続く都の路地に、妖しく輝く瞳が三つ。ああ、この者たちこそ夜の街の主役。今この時を支配しているのは我々、猫の怪盗団なのである。
「…………こんな時間にボクとユキを連れ出して何をするかと思えば、いつからボクたちは低俗な盗人に転職したんだい?」
黄金の瞳が冷たい視線を浴びせてくる。
まあまあ、待ちなさい。まずは話を聞き給えイルミカ。
あと、我々は低俗な盗人などでは無い。むしろその逆、夜に舞う華麗な怪盗団なのだよ。
「盗んでいることには変わりないじゃないか。どっちも一緒だろう」
違うのだ!
「くろは分かっとらんのぅ……幾つもの厳重な警備を芸術的な妙技ですり抜け、狙った獲物を華麗に奪い去る……怪盗は盗人であると同時に美しさを追求する芸術家であるぞ!」
紺碧の瞳が熱く燃える。そうだそうだ、ランカの言う通りだ! 我々猫の怪盗団は美的センスに溢れたスタイリッシュな盗人なのだよ……!
「……いや、勝手に我々とか言って巻き込んでるけど、ボクは一言もシュトのその団に入るとは言ってないのだが。……なぜか、ユキはノリノリみたいだけども」
「なんじゃと……!? くろお主……怪盗に憧れは無いのか!?」
「無いよ」
はっきりバッサリとイルミカに切り捨てられたランカが強い衝撃を受けたような表情で膝をついた。
もう少し手心を加えて欲しい……ちょっと辛い。
「ぬぅ……お、お主だって三世とか少年とか色々怪盗物の漫画娯楽本を読んでおる癖に……!」
「……ただの暇潰しさ。別に憧れなんて……」
「わらわ知っておるのじゃぞ!? ……トランプ銃、か……ボクの魔力を上乗せすれば充分……。とか漫画を読みながら呟いてたのを!」
「んなっ!? なっな、な……えっや、ホントいつの間に……ってちが! 別にボクは――」
……イルミカ、お前……。
すまなかった……! イルミカ、お前……トランプ銃が無かったからこんなにも渋って……。
トランプ銃を用意できなかったのは団長である自分の責任だ……! 本当にすまなかったぁ……!
「うぅっ、そんな深刻に謝るな! 土下座すな! その勘違い加速度急上昇を今すぐやめたまえ! これじゃボクが駄々っ子みたいじゃないか!?」
今度知り合いに頼んでトランプ銃用意するから! 今回だけはトランプ銃無しで……仕事をしてくれないか!? この通りだ!
「わらわからも頼む……! くろ、お主が必要なんじゃ!」
「あー分かった分かった、協力するから……。まったく……キミたちは本当に……やれやれ」
本当か! ありがとうイルミカ!
「…………んで、別に気にしてる訳では無いんだけど、例の銃、本当に用意するのかい……?」
……ん? ああ、モチのロンよ。
「……ふーん、そうかい。ま、一応賃金として受け取っておくよ」
「ふっふっふっ……やっぱりお主……」
「なっなんだい? 無駄な勘繰りはよしたまえユキ」
「よいよい、分かっておる分かっておる! そういうことにしておけば良いのだろう♪」
「ああもううるさい近所迷惑だぞ!」
イルミカも充分だが……うん、確かにこれじゃあ華麗な怪盗要素は一切無いな……。
――――――
さて、気を取り直しまして。
我らが猫の怪盗団……! ここに結成だ……!
「いぇー……♪」
「はいはい、怪盗らしく静かにエレガントにね」
ふむ、やれやれと言った表情のイルミカは、それだけでかなり怪盗らしいな。
「むう、わらわも怪盗らしくなりたいのう……何か良いものは無いかのう……?」
「ふーむ、それならこの白マントとかはどうだい? 黒メインな怪盗団の中に一人白が居るのも面白いんじゃないかな」
白マントをどこからともなく取り出し詳細な見解を述べるイルミカは、本当に怪盗への造詣が深くてなんだか……ほっこりする。
「……おい、なんだその目は。キモチワルイ」
何でもないぞ。
「何でも無いぞい……♪ ……それにしても、ふふっ……コレは良いのう……格好良いのう……!」
眼を輝かせてマントをヒラヒラとさせるランカ。
こちらもこちらで微笑ましい……。
……着れるか? ランカ。
「んー? ……そうじゃのう…………うむ、着けるの手伝って貰おうかのう♪」
はいはい。
ニコニコ顔のランカからマントを受け取り、後ろから被せてしっかり結んでおく。
ほら、できたぞ。
「おお(ォォオオ!!)……!」
……ランカ、声には出さなかったが滅茶苦茶大興奮してるな……。
なんだかこちらまで嬉しくなってくる。
「どうじゃ……!? これ、これふぁさってなるの……! すごいのうすごいのう……! 格好良いのう……!!」
暗闇の路地に差し込む僅かな月光がランカを映せば、そこに居るのはまさに闇夜に舞い降りた大胆不敵なファンタズマシーフ。
ランカの持ち前のスピードが合わされば、さながら夜空に流れる綺羅星のようにその美しき姿を魅せるだろう。
「最高に似合ってるじゃないかユキ」
「えへへ、そうかあ? 嬉しいのう♪」
「さて、ボクらの衣装はどうしようか……」
こっちは普段からマントで身を包んでいるからなあ……折角だし、顔も布で覆ってみるかな。
「んー、やっぱり顔を隠すのが良さそうかね。それならフードと黒マスクでも付けるか」
「ほうほう、二人ともせんすがあるのう……! 忍やすぱいみたいで格好良さそうじゃのう♪」
うーん、しかし今それができそうな物は持ち合わせて居ないんだよなあ……一度家に戻るか……?
「それなら両方とも持ってきているから心配無いよ」
なんで……?
「……企業秘密さ」
「秘密と嘘で女子は美しくなるのじゃぞ……♪ 漫画でも言っておったぞ……!」
そ、そうか……? それならまあ……気にしないでおくが……。
まあ、何はともあれこれで猫の怪盗団としての準備は万全だな。じゃあ今回の獲物と段取りについて話すが……。
「ちょっと待ちたまえシュト」
若干じっとりとした目をしてイルミカが制止する。ランカもまた、何か言いたげな表情で見つめてくる。
……一体なんだ……。
「その、猫の怪盗団とかいうのダサいからやめないかい?」
……え、そんなダサい……?
「ああ、滅茶苦茶ダサい」
イルミカの言葉に合わせるようにランカも力強く頷く。
……そうか……? ……まあ、そこまで言うなら変えるけど……何か案はあるのか?
「わらわ! わらわあるぞ!」
自信満々に手を何度も上げ主張するランカ。なんか若干不安感はあるがとりあえず聞いてみようか。
「"彼奴愛(きゃつ・あい)"とかどうじゃ!」
「おい待てユキ」
ランカの提案にすぐさま待ったを掛けるイルミカ。……なんだ、割といい感じの名前だと思うんだが……漢字メインというランカ感に、どことなく猫感もあって良いじゃないか。
「いやいやいや、それは完全にパクリだろうがユキ。キミそれさあ……確かに猫だし三人組だけどさあ? 超えちゃいけないラインというものがだな……」
「良いではないか! かっこ可愛くて! 確かに主は男ではあるが、猫の三人組の怪盗と言ったら答えは1つじゃろう……!?」
……なんだか、二人がよく分からない話をしている……恐らくだが、二人は漫画か何かの話をしているのだろうが……完全に置いてけぼりである。
「そもそも三姉妹じゃないだろう……一人男だし。……まあ、家族ではあるけども……それでも強引過ぎやしないかい? まったく……」
「…………なんと、……家族じゃと……? …………もしかしてそれは、わらわも入っておるのか……?」
ランカが、とても衝撃を受けたような顔でイルミカにそう尋ねる。イルミカも何気なく言った言葉について聞き返されるとは思っていなかったのか、少し驚きながらも怪訝そうな顔で答えた。
「……はあ、当たり前だろう? なあ?」
ああ、そうだな。ランカも、皆も、仲間でありペットであり、大切な家族だ。
……もしかして、ランカ的には一緒にされるのは嫌だったりするのか……?
「……ほう…………そうか…………家族、かぁ…………いや、あのそうじゃなくてのう……? ただ、ちょっと……こんなわらわを家族と呼んでくれて嬉しかったというか……」
恥ずかしさからか、それとも若干聴こえる潤んだ声のせいか、俯きがちに呟くランカ。
「なるほど、そういうことか……ふふっ、安心したまえ、コイツはこういう時に適当は言わん奴だからな。普段は知らんが」
一言余計だ。……まあそれはともかく。
未だ俯いたままのランカに近寄り、ランカの頭とその白い髪をポンポンと軽く撫でる。
「えへへ……嬉しいけど、なんかちょっと恥ずかしいのう…………ふふっでも家族か……良い響きじゃのう……」
前に聞いた話だが、ランカは天界に居た頃、孤独だったのだという。
だからこそ、家族という強い繋がりが出来たことにこんなにも大きな喜びを感じるのかもしれない。
それならば、俺もこの家族を守っていけるよう、努力していかなければいけないな。
そう、嬉しそうにはにかむランカを見て思うのだった……。
――――
「――いや、ちょっと待て勝手に終わらせようとするな」
……えっ、今完全に終わる流れだったよね? どうしてくれんの? これ以上良い締めなんて無いよ?
「何が締めだよ、まだ締めちゃいけないだろうが……! そもそも本題……! 何も……! 進んで無いでしょうが……!」
「あっ、そうじゃったのう! まだ名前しか決まっておらんかった!」
「待て、ユキは何どさくさに紛れて勝手に名前決定してるんだい」
「……駄目じゃったかのう♪」
「……まあ、なんだ……じゃあボクの代案を聞いてから決めようじゃないかまずは」
この黒猫、何だかんだ全力でノリノリである。
「ほうほう、くろの考えた名も気になるのう♪ 早く聞かせたもれ?」
「はいはい、じゃあボクからの案は……"ネコノメ怪盗団"……さ♪」
ほう、確かにセンスがあってカッコいいな。猫の目ということで横文字が苦手なランカ的にもOKなんじゃないか?
「……くろよ、それもパクリじゃないのかのう?」
……あ、確かにさっきの奴を和訳しただけだな。
「いやいや、ユキのは直接的過ぎるんだよ。それに、ちょっとひねった方がカッコよくなるのさ」
「でも、それじゃあくろもわらわと同意見ってことじゃろ? やっぱり猫三人組はアレじゃろう?」
「うっ……いや、これはキミに合わせただけでね……」
「本当かぁ? 本当にそうなのかぁ?」
「うるさいぞ、というかユキもユキだよ、上手く当ててるのは凄いしセンスあると思うけど、それでもただの当て字じゃないか!」
「なんだとぅ? 当て字のどこが悪いのじゃ、古来から伝わる和の伝統じゃぞ? それならむしろくろの方が安直で」
ああもう、ハイハイ。ここでストップ! 両者止まれ。
こんなことで喧嘩してどうする。我々は怪盗団……一心同体とも言えるほどのチームワークを活かさなければいけないんだからな。仲良く、万事仲良く……。
「……ああ、そうだね……ちょっとアツくなりすぎたよ」
「わらわもじゃ……すまなかったのう、くろ」
「いやいや、こっちこそ……」
ふむ、それで良し。
んで、両者お互い、相手の付けた名前も良いと認めてるんだろう?
「まあ……それは……」
「そうじゃ……」
なら、話は早い。二つを合わせて命名すれば良いじゃないか。
「……なるほど、それは確かにそうだね」
「異論は無しじゃ。わらわ良いと思うぞ♪」
よし、決まったな。
ネコノメ怪盗団『彼奴愛(きゃつ・あい)』……ここに結成だ……!
『おー♪』
――これが、遠くない未来、このノースティリスを震撼させた伝説の怪盗団……その伝説の始まりであった。
――伝説になったら良いなあ。