「おかえりなさいませ、マス……ご主人様」
5月のある日、一人買い出しから戻るとフリフリ五割増しな格好のコトルシィが玄関でお出迎えしてくれた。
深々とお辞儀をし、わざわざ言い直してまでご主人様と呼んだその姿は、まさしくメイドそのものであった……。
……いや、何してるんだコトルシィ……?
「マス……ご主人様、今日がメイドの日とされていることを知っていますか?」
いや、知らんけど。
「ワタシもデータ不足で知らなかったのですが、お姉様から教わりました。そして、お姉様からの提案で、メイドの極意をマスターで実践していくことにしました」
……まぁた、ソフィの変な悪ノリ思いつき行動という訳か……。まったく、アイツはなぜこうもよく分からんことを全力で巻き込みながらやっていくのかなあ……。
……で、コトルシィはやっててコレ楽しいか?
「まだ分かりませんが、興味はあります」
まあ……なら付き合ってやるか……。
「ありがとうございます、マスター……あっ、ご主人様」
……別に、マスターのままで良いからな?
「いえ、ご主人様と呼ばずに何がメイドでしょうか。絶対にご主人様と呼びます」
はあ……さいですか。
――――――
「さあコトちゃん! 張り切って次のメイドの極意行ってみましょ〜♪」
「はい、お姉様!」
コトルシィのメイドさんごっこに付き合うことになり、後ろでこっそりやり取りを覗き見、もとい見守っていた元凶を呼び付けつつリビングに向かった。
「お出迎えはバッチシだったわ! 次はご主人様をテーブルに着かせてお茶をお出ししましょ♪ 疲れたご主人様に温かいお紅茶を出してホッとさせるのよ!」
「分かりました。……それではご主人様、どうぞお座りください」
コトルシィはテーブルを濡れ布巾で軽く拭くと、椅子を引き着席を促した。
「それではご主人様、お茶をお淹れ致しますのでしばしお待ちくださいませ」
一歩離れた所で着席を見届けると、やわらかにお辞儀をしながらコトルシィはそう言ってキッチンへと歩いていった。
「ふむふむ、うんうん♪ 流石私のコトちゃんね! ここまで順調完璧だわ!」
普段から基本的な礼儀作法は身に付いているからか、その所作はどれも洗練されていて完璧と言えそうなものだった。
今の所ソフィ的にもはなまる合格点のようだ。
「後はお紅茶の出来次第かしら? 私、まだお茶の淹れ方はコトちゃんに教えてないからねえ……」
ソフィのその言葉に一抹の不安はよぎるが、それを無視しつつコトルシィの帰りを待つ。
まあ案外、ソフィすら超える超絶美味なお茶が出てくるかもしれないしな。
「ふふふっ、そしたらどうしようかしら♪ 困っちゃうわー♪」
「……お待たせ致しました、ご主人様」
そうこうしてる内に、コトルシィが紅茶を持ってやってきた。
「お熱いのでお気をつけを」
分かった、ありがとうコトルシィ。いただくよ。
………………。
…………。
……。
「……どうですか? ご主人様……紅茶を淹れること自体は初めてだったのですが、問題は無いでしょうか?」
…………美味しいよ、コトルシィ。……いや、本当に美味しい……。
……え、ホントに初めて? めちゃくちゃ美味しいんだけど……。
「紅茶の淹れ方については以前、本で読んでいたので知識としてはありました。ただ、実践はしていなかったので不安要素はありましたが……上手く出来たようなら良かったです」
本当に上手だね、コトルシィ。
「えっちょっと待って私も飲みたい……!」
「はい、お姉様の分もご用意しております。どうぞ」
そう言って、コトルシィはティーカップを置き、それをソフィが恐る恐るといった風に口に運ぶ。
「………………お、おいしい…………めっちゃくちゃはちゃめちゃにおいしい……おいしいよぉ……」
ソフィは何口かした後にティーカップを置いた後に、手で顔を覆って崩れ落ちた。
「お姉様……!?」
「…………コトちゃん……完全敗北よ…………あなたがナンバーワンよ……」
「あ……ありがとうございます……?」
どうやら、ソフィは自分のお茶の腕に相当の自信があったようだ。それが一瞬で崩壊した結果がこれである。
コトルシィも突然の展開に珍しく困惑していた。
……とりあえず、このままソフィをほっとく訳にはいかないので席から立ちソフィのそばにしゃがみ込む。
……まあ、なんだ……俺はソフィの淹れたお茶も優しい温かさがあって好きだからな。
「うぅ……ホント……? シュトさんありがとう……」
「ワタシもお姉様の淹れたお茶が大好きです!」
「えへへ、コトちゃんもありがと……♪」
さ!メイドの極意はまだまだあるんだろう? 次のやつもどんどんやっていこうじゃないか。
「そうね……! さあ、次のメイドの極意、行ってみよー!」
「おーー」
――――――
「次はお料理ね! メイドさんのお料理と言えば誰がなんと言おうとオムライスよ!」
「なるほど」
……そうなのか……? 初耳なんだが……。というか、どこ情報なんだそれ。別にメイドの料理に定番とかも無いだろ普通。
「わっかってないわねシュトさん! メイドさんイコールオムライスイコール萌え萌えキュン♡ でしょうが!!」
……なあ、それなんか……なんか分かんないけど……何かがズレてないか……?
「もうっ良いでしょ! とにかく、オムライスを出してご主人様に美味しくなる"おまじない"をするのよコトちゃん!」
「よく分かりませんが分かりましたお姉様。……ところで、なのですが……」
「うん? どうしたのコトちゃん?」
「ワタシ、料理スキルを取得していないのですが……」
そういえばそうだったな。というか、料理できるのは自分だけだし。その上オムライスは冷蔵庫にもないしなあ。
それじゃあこの極意は見送りかな。
「へーきへーき、シュトさんに作らせればいいから」
!?
「なるほど、その手がありましたね! それではよろしくお願いしますご主人様」
ええ……?
――――
はい、オムライス作ってきたぞ。んで、どうするんだ? これじゃあどっちが奉仕してるのか分かんないんだが……。
「ちゃんとまだケチャップはかけてないわね! おっけー♪ それじゃあコトちゃん、ケチャップでかわいくハートを描きましょ! とびっきりの愛情をこめるのよ♪」
「分かりました、お姉様」
コトルシィがほとんど無表情なままオムライスにハートマークを描いていく。
まあ期待はしていた訳では無いが、どうやらとびっきりの愛情とやらはそこまで籠もってなさそうだ。
「さ、次は美味しくなる"おまじない"をするのよ♪ 今から言うおまじないの言葉を、ポーズを取りながら言うの。おっけー?」
なんかほんと、珍妙なことをやってるなあ……。
コショコショと、コトルシィに訳の分からないことを耳打ちするソフィを見てそう思わずにはいられなかった。
「さ、それじゃあやってみましょ♪」
「分かりました」
「かわいいかわいい笑顔でやるのよ!」
コトルシィはテーブルに出されたハートのオムライスをじっと見つめ、そして"おまじない"を唱えた。
「おいしくなーれ、萌え萌えキュンっ」
手でハートマークを作ったコトルシィはとびきりの笑顔でオムライスに"おまじない"をかけた。
…………なんか……破壊力すごいな……。普段見せないコトルシィのとびきりの笑顔は、とてもとても可愛いものだった。
「はい、それではお召上がりくださいご主人様」
……あっ、はい。いただきます。
「……どうでしょう、美味しくなりましたか?」
うん、美味しくなったよ、コト。
「実際はご主人様が作ったオムライスなのでワタシは何もしてないのですが」
いや、コトの気持ちが籠もっててとても美味しくなってたよ。
「そうですか。……ありがとうございます」
………………。
「……………………」
………………。
「…………お姉様、言われた通りできましたよ? ……あれ、お姉様……?」
そういえばさっきから、ソフィの反応が無くやけに静かだなと思っていたが……って、ソフィ……?
…………死んでる…………。
「お姉様!? どうしたのですかお姉様! こんなに出血して!」
コトルシィ、それは鼻血だ。
ソフィは多くの血を流しながら倒れていた。
「…………尊い……尊すぎて……致死量だったわ…………合格よ…………ガクッ」
「お姉様ーーーっ!」
……なんだこの茶番。
――――――
「はい、という訳で次のメイドの極意はベッドメイクよ!」
そう言って、ソフィはコトルシィを連れて俺の自室へと入っていった。当の持ち主を置き去りにして。
いや、部屋に家主置いて勝手に入るとかどうなんだろうか。別に見られて困るものは無いけども。
暫くして、ソフィが部屋から出てきた。
出てきたのはあくまでソフィだけ。コトルシィは一向に出てくる気配は無かった。
「ふふっ、さあ準備は整ったわ! それじゃあシュトさん、入って入って♪」
やけに上機嫌なソフィが自室の扉を開く。
促されるまま入ってみると、綺麗に掃除された自室がまず目に飛び込む。
割と待っていた時間は短かった筈だが、よくここまで出来たものだなと素直に感心していた。
「コトちゃんがパパっと掃除しちゃってたわ♪ お掃除も上手で流石は私のコトちゃんね♪」
そして、肝心のベッドは……かなり綺麗に仕上がっていた。とても寝心地が良さそうだ。
……ただ一つか二つ、気になることを上げるとするならば、コトルシィが部屋のどこにも見当たらないこと。そして、ベッドの上の掛け布団に不自然な膨らみがある所くらいだろうか。
…………恐る恐るベッドに近づき、掛け布団を捲ってみると……。
「こんばんは、ご主人様」
予想通り、そこにはフリフリのメイド服に身を包んだコトルシィが居た。
……コトルシィ、どうしてこんな所に居るんだ?
「お姉様から教わった通りに、お布団を温めていました」
……おい、ソフィ。
「ふーんふふーん……♪」
聴こえない振りしても無駄だぞソフィ。
「……ご主人様、どうかしましたか? 早く布団に入らないと冷めてしまいますよ?」
……じゃあ、百歩譲って布団に入るとして、コトルシィがそこを退いてくれないと寝られないのだが……。
「お姉様曰く、そのまま添い寝でゴーゴーよ! です」
ソフィ、聴けソフィ。こっち見ろ。
「……何かしら……?」
まあいい、コトルシィにさせた行動に関してはこの際置いておこう。
だから、お前の言ってるそのメイドの極意とやら、その残りの、これからやる予定の極意を教えろ。
「あー、えっと……何だったかしらねぇ……極意をまとめたメモどこにしまったっけなー」
ほい、これか?
「……えっ、いつの間に私のメモを……?」
エヘ様のラキダガで鍛えた器用を舐めるな。
「あ、あのー……シュトさーん……? できればそのメモ、一刻も早く私に返して欲しいんだけどなー……?」
……嫌な予感しかしないのだが、意を決してソフィのメモを読み解く。
……………………。
………………。
…………。
……。
………………ビリッ。
「……あっ、やぶいちゃった」
…………さて、ソフィ?
「……はい、何でしょう……?」
三日間コトルシィへの接触禁止。
「そんな!?」
コト、今日はもう寝なさい。そのベッド使っていいから。
ソフィにはお話があります。
「分かりました、ご主人様。今日はこちらで寝させて頂きます。ありがとうございます。……ただ……」
……ん? どうした、コトルシィ。
「……あの、お姉様を許して頂けませんか? お姉様は、多分ワタシの為にやってくれたと思うので」
多分十割自己の欲求の為だと思うけどまあ、分かった。
「えっ、ホント!?」
特別にニ時間のお話が終わったら許す。
「良かったです、ありがとうございますご主人様」
「えっ!?」
突然明るくなったソフィの顔が、一瞬にして崩壊した。残念でもなく当然である。
――――――
はあ……なんというか、ソフィがすまなかったな、コトルシィ。なんか色々やらせてしまったな。
「……いえ、大丈夫ですよ。楽しかったですし。それに……」
うん?
「……別に、やっていて嫌だとは全く思っていないので。だって好きですから。マスターのことは」
そう言ってコトルシィは、優しく微笑み掛けた。
それに対してぶっきらぼうに、そうか、とだけ言って部屋を出る。……全力でニヤけ面を披露しているソフィを引き摺りながら。
「ここで帰りを待ってますからね、マスター」