ある日、自室で読書に耽っていると扉をノックする音が部屋に響く。
「マスター、ちょっと良いですか? 気になることがあって聞きたいのですが」
いつものようにコトルシィから声が掛かる。
ああ、分かった。今行く。
そう言って静かに本を閉じ、知識を求む彼女の元へと立ち上がった。
――――――
コトルシィは機械神の化身であるアンドロイドだ。だがしかし、彼女は他のアンドロイドとは違う。バラバラの残骸を組み合わせて作られた、生まれたばかりのアンドロイドなのだ。
「――ふむ……となると、不死者相手ではマスターのラッキーダガーは不利、と」
そんな彼女には、蓄積データが圧倒的に不足している。それを一番気にしていたのがコトルシィだった。コトルシィはそれ故、多くの本を読むことで知識を蓄えているのだ。
「――一方で、不死者に対して有効なエンチャントもありますね」
コトルシィは、本当に賢い娘だ。何故なら、彼女は知識をただ蓄えるだけではなく、その知識を実際に確かめ、その中で疑問が生まれればさらに調べ、そうやって実践の中で理解をしていくのだ。
知識を真の意味で理解し、自分のものにしていく。
これができる者というのは、実はそうそういないのである。
「――ワタシの機関銃にある不死者特効能力。この武器を渡したということは……」
そんなコトルシィは、よく俺やソフィに疑問を投げ掛けてくる。そう、彼女は自分だけでは理解できない疑問を解決する為に、自分より長く生きている者たちの見聞を頼っているのだ。
本からの知識だけでは分からない経験からの知識。
それは、あまり長い時を生きていない彼女には無いものだった。だからこそ、彼女は先人を頼っているのだ。
「――実際、マスターは不死者との戦闘は厳しいですか? 回復することも動きを止めることもできないという、普段とは違う戦闘になりますが」
勿論、いつだってコトルシィの疑問には答えている。大切な仲間が知りたがっているのだ。答えない理由が無い。それに……。
「――なるほど、そういった場面でワタシがこの機関銃で援護すれば良い、という訳ですね。ありがとうございます、疑問は解決しました。これで、マスターの役に立てます」
……コトルシィは、俺やソフィ、皆の役に立つ為に、多くの知識を得ようとしているのだ。
……本当に、優しい娘だ。コトルシィは……。
「――はい……? なんでしょうか、マスター」
……ありがとうな。頼りにしてるぞ、コト。
「……はい、マスター」
無機質な返事のその声には、彼女の内面のような温かな色を感じることができるのであった。
――――――
「……マスター、相談させて下さい」
とある日、コトルシィは珍しく深刻そうな表情で部屋を訪ねてきた。
……どうしたんだ? コトルシィ、そんな思い詰めた顔をして……。
「はい……これは、とても難問なのです。ワタシの能力では、どうあっても解決することができません……それほどまでに、この問題は難解な物です」
ほう……? 珍しいな、あのコトルシィがここまで言うなんて……どんな相談なんだ? いやまあ……お前がここまで悩むくらいだから、もしかしたら俺でも分からないかもしれないが……。
「いえ、マスターなら解決できると思います。いや、むしろマスター出ないと、これは解決できないと思います」
うん? それって、ソフィじゃ無理ってことなのか……?
「……お姉様では駄目です。お姉様には絶対に相談できません……!」
あ、そうなの。……まあ、それなら分かった。このマスターである自分に任せなさい。
……ここまで聞いて、実は何となくコトルシィの相談がソフィ絡みのことであると察していた。
コトルシィは敬愛するソフィお姉様のこととなると、すぐに感情が前面に出るからだ。
でもまあ、大切な仲間であるコトルシィの悩みであることには変わりは無い。しっかりと相談に乗らなければ。
「ありがとうございます、マスター……!」
はい、そこに座って。うん、そこ。はい、お水。
……んで、話を聞こうか、コトルシィ。
「…………実は……、ワタシ、お姉様とデートを企画しているのですが……」
お姉様とデート、なるほど。
コトルシィとソフィは恋人関係にある。デートの一つや二つは当然あるだろう。
……ちなみに、ソフィは俺と結婚をしている。でもまあ、ここティリスでは重婚なんて当たり前でしか無いし、どちらも大切な仲間なので自分は全く気にしていない。
「それで、デートを企画しようと思った所までは良いのですが……肝心の、プランが全然思いつかないのです」
……それって、色々と調べた上でそれでも思い付かなかった、ということだよな?
「……はい。定番のデートスポットは全て調べ上げました。評判なども調べて定番以外の良さそうなスポットも調べてあります。デートの計画指南書も読みました。デートについて取り扱った作品も何作か読んでみました。……しかし、……」
それでも、分からなかった……と。
「はい……。デートについてのデータ、それ自体は溜まりました。しかし、それをどう使っていけばお姉様が喜ぶのか……それが分からないのです」
……まあ、感情はデータでは測れないからな。
「お姉様に喜んで貰えなければ、デートをする意味はありません。データや知識だけで構築したデートプランではお姉様を喜ばせることはできないということは分かっています……」
……ああ、そうだな……。
「でもどうしても……ワタシには、お姉様を喜ばせるプランが思い付かないのです……。……ワタシは、人間ではありません。それどころか、普通の生き物でもありません。だから、ワタシでは、お姉様の感情を理解することは、不可能なのです……」
……………………。
「なのでマスター……ワタシは、マスターの意見が聞きたいのです。お姉様とずっと長く、一緒に過ごしてきて、そして……愛し合い夫婦となったマスターならば……お姉様を喜ばせるデートプランを――」
――コトルシィ。
「……なんでしょうか、マスター」
コトルシィ、お前は間違っている。
悩む彼女に、そう冷たく言い放つ。
「……何が間違っているというのでしょうか」
……いいか、まず最初に言っておく。
もし俺にデートプランを聞いて計画をしたとしたら、百パーセント確実に、その時点でそのデートプランは失敗する。
「…………それは、……マスターのプランの内容に関係なく、……という、ことですか……?」
真剣に、俺の言葉を受け取ったコトルシィは、確かめるようにそう尋ねた。
……流石はコトルシィだな……すぐ言葉の意味に気付いてくれたようだ。
……ああ、そうだな。
「……マスターに頼る時点で、お姉様を喜ばせることはできない、ということですか……」
ああそうだ。
……俺なら、ソフィが喜びそうな場所は分かるし、きっとソフィも楽しいデートになるだろう。
でも、お前はどうだ? コトルシィ。
お前は、俺の意見を聞いて作ったデートでソフィを喜ばせて、良いと思うのか?
「…………お姉様が喜んでくれるのならば、それはワタシの喜びでもあります。……なので――」
――だが、お前は……自分の力でソフィを喜ばせた訳では無いのだぞ?
「…………っ……! で、……でも……っ!」
今の言葉は、俺の想いでは無い。
……他でも無い、お前の想い……なんじゃないのか?
「………………たし、かに……ワタシの心の何処かで、そのような想いが出現する可能性はあります…………しかし、それはワタシの勝手な想いで……ワガママという物で……それさえ無くせば、お姉様が喜んで全て上手く――」
――ワガママで何が悪い。
「……え……?」
ワガママでは駄目なのか? 何故、自分のワガママを捨てようとするんだ?
「そ、それは……ワガママでは、迷惑をお掛けしますから……お姉様に……。ワタシが、自力でやっても、お姉様の喜ばせ方が分からない以上、マスターの案こそがお姉様を喜ばせる唯一の方法で……もし、それをワタシの勝手な想いで止めてしまえば、お姉様を喜ばせることができなくてお姉様に迷惑が…………」
……じゃあお前は、ソフィを喜ばせるために、その勝手な想いを捨てるというのか?
「…………はい……」
…………そんなことで、ソフィが喜ぶと思うのか? お前が自分の想いを我慢して、それでソフィは喜ぶと思うのか?
「…………っ!! それじゃあ! どうすれば良いと言うのですか!?」
コトルシィは力任せに立ち上がり声を荒らげる。
「ワタシには、お姉様を喜ばせる方法が分かりません……! どうやっても……ワタシでは思い付かないのです……! 何故ならワタシは、……っ……知識しかなくて……! いつも貰ってばかりで! 役に立つことでしか喜んで貰えてなくてっ……! そして、…………そして、アンドロイド、……ですから…………」
「……マスターは、心を読むのが上手で、……人のことをよく理解していて、お姉様のことも、よく分かっている……そんなマスターには、ワタシの悩みは、苦しみは、痛みは……っ……分からないです……!」
悲痛な叫びを上げる彼女の瞳は、涙で悲しく輝いていた。
「………………すみません、マスター……ワタシ、もう寝ます…………御迷惑を、お掛けしました……」
背を向け、コトルシィは扉へと歩き出して――。
――――――
「…………なんですか、マスター……」
……いいか、コトルシィ。
俺には……お前のその悩みも、苦しみも、痛みも、……理解することはできない。
「……そんなことを言って、何の意味があるというのですか」
何なら、お前の抱いている感情も、想いも、何もかも、俺は理解することができないんだよ。
「…………それは、ワタシが、普通ではないアンドロイドで、マスターが普通の人、生き物だからですか?」
違う。
「なら何故……」
お前だけじゃないさ。
俺はソフィも、イルミカも、フラニカも、ランカも、どんな奴だって、理解することはできないんだ。
「……意味が分かりません。実際に、理解しているじゃないですか」
アレはフリだ。全ては推察してるに過ぎない。
他者を理解しているように見えるかもしれないが、俺は全く、これっぽっちも、他者のことなんて理解できていないんだよ。
「…………マスターは、孤独な人なんですね」
いや、別にそうでは無いぞ。
「……そうですか」
違うんだよ、コトルシィ。違うんだ。
これはな、……皆、そうなんだよ。
「…………どういうことですか?」
……この世に、他者を理解できる者なんていないんだよ。
究極の話をするならば、な。
「……他者を理解できる者は……いない?」
ああ、そうだ。
どんな者であっても、他者の内面というものは分からないんだ。
何故なら、人それぞれによって、尺度が違うからだ。
「……尺度、ですか」
例えば、俺が苦しいって思った。真剣に悩んで苦しんで、どうしようも無いってくらい苦しんだ。
……じゃあ、その俺の苦しみは、お前の苦しみとどっちが重いと思う? どっちの方が、より苦しいと思う?
「それは……その苦しみの内容によります」
まあ、そうだろうな。
例えば、俺がエヘ様の下着の色で現実との解釈違いを起こして死ぬ程苦しんでいたとしよう。
それならお前は、自分の苦しみと俺の苦しみ、どっちがより重たいと思うか?
「ワタシの方です。というより、マスターの仮定に理解ができません」
まあそう言うなって、これはあくまで例えなんだから……。
……で、まあ。そうだな、そういう風に比べられたら、客観的に見れば俺の苦しみよりもお前の苦しみの方がより深刻で、重たい苦しみだと思うだろう。
それが普通だ。大体そう思われる。
でも、だ。
それを主観的に見たら、どうだ? どっちが、苦しいと思う?
「…………それは、……無意味な質問です。主観的に見る必要がありません。何故なら、主観的に見ればどちらも自分の方が苦しいと思うからです」
そうだな、その通りだ。誰だって、自分の方が苦しいって思ってしまうよな?
でも、相手も苦しそうにしてるのは分かるよな? 何故、相手の方が苦しいんじゃないかと思わないと思う? あ、勿論客観的に見ないで、な。
「…………それは、…………それは、……相手の苦しみは、測れないからです。相手がどれだけ苦しんでいても、その苦しさを数値にすることはできません。また、その相手の苦しみの数値に対する許容量が分からないから、相手がどれだけ苦しんでいても、自分に当てはめることはできない……です」
その通りだ。
感情というものは、数値で表すことはできない。
そして、感情に対してどれだけ反応するか、それも人それぞれで、比較することはできない。
もし、俺の苦しみであるエヘ様解釈違い問題をそのままお前に与えた所で、お前には俺と同じ苦しみは味わえないだろう。
逆に、お前の苦しみを俺が与えられたとしても、俺にはお前と同じ苦しみは味わえない。
それならば、だ。
客観的に見て、どっちが深刻か、どっちが苦しそうか、で見たとして、その正確性はあると思うか?
「…………ありません。何故なら、人によって同じ内容でも受ける苦しみが同じで無い為、内容だけでは単純に比較することはできないからです」
そうだな。もしかしたら、お前の感じている苦しみよりも、俺の感じてる苦しみの方が俺にとっては深刻かもしれないからな。勿論、そうじゃないかもしれないがな。
「…………なるほど、そうなれば……誰も苦しみを比較することはできませんね。客観的に比較することはできず、その苦しみを数値にすることもできず、そして、感じ方の違いから同じ苦しみを体感することもできないのですから」
尺度が違うから、と言っただろう?
感じ方、受け取り方が違うというだけで、こんなにも分からなくなるものなんだよ。人の内面ってものはな。
「……他者を理解できない、ということは、こういうことですか……内面を自分と比較することはできないから、自分の中に相手の内面のものを取り入れることはできない、つまり理解することができないという訳ですね……」
ま、そういうことだ。
だから、お前がソフィの喜ばせ方が分からないっていうことは、当たり前のことなんだよ。
誰だって、分からないんだよ。誰かを喜ばせる方法なんてな。
「……そう、ですか……分からないことが、当たり前……ですか…………」
ああ、お前がアンドロイドだからとかどうだとか、そんなのは関係ないさ。
むしろ、そうやって悩めるんだ。お前は立派だよ。胸を張って良い。
「……ありがとう……ございます……。…………でも、それじゃあ……なんでマスターは、お姉様を喜ばせることができるんですか?」
……それは、だな。
……うーん、まあ……経験、かな?
「…………そうですか……」
たくさん一緒にいて、同じ時間を共有して、色んなことをして、そうしていっぱいソフィの喜ぶ姿を見る。
そうしていくうちに、ソフィがどんな時に喜ぶか、っていうのは何となく分かるようにはなったかな。
「……それは、……マスターだから……ですね。ワタシにはやっぱり……」
まあ、待て。まだもう一つ理由はある。
「……なんでしょうか?」
それは、……俺が、ソフィを心から愛していて、そしてソフィのことを一生懸命考えているからだ。
「…………ですが、気持ちがそうであっても、失敗することはあるのでは無いですか?」
例え、失敗しても、だ。
ソフィのことを愛して、一生懸命にやったということが、重要なんだよ、コトルシィ。
「…………失敗しても、良いのですか……?」
ああ。
……考えてみろ、コトルシィ。
もし、お前が一生懸命考えたデートプランを実行して、失敗してしまった時。
……お前の大好きなお姉様なら、どんな反応をすると思う?
「…………ワタシの大好きな、お姉様……なら……お姉様、ならば…………笑って…………ありがとうって、言ってくれると……思います……っ……」
なら、大丈夫だろう?
「……でっ……でも、それはワタシが勝手に思い込んでるだけで……」
コトルシィ、お前はたくさん、ソフィと一緒にいたよな? ソフィと、色んなことをしてきただろう? ソフィの色々な姿を、お前は見ている筈だ。
「そう……ですね……」
それなら、その思いは、正しい筈だよ。
お前は、もう既にソフィのことをいっぱい知ってるんだよ。
だから、お前が喜んでくれるだろうって思って考えたプランなら大丈夫だ。自分を信じろ、コト。
「…………そう、ですか……そう、……ですよね……。ワタシは、お姉様をずっと見てきました。ワタシは、お姉様のことが大好きです……」
……最後に、お前に教えなければいけないことがある。
他者を理解することは誰にもできない。それでも、人々は他者と関わる。一緒に暮らす。同じ時間を分かち合う。
どうすれば、理解できない筈の他者と生きていくことができるのか、だ。
「…………聞かせて下さい」
それは、な。
受け入れて、寄り添うんだよ、コトルシィ。
「…………受け入れて……寄り添う……」
真の意味で理解することはできないんだ。やがて、本当に理解できない部分も一緒にいれば出てくるだろう。
それで離れていくのもいい。それも自由だ。仕方ない。
だが、それでも、理解できなくても一緒にいたいと思うのならば、理解できない部分は理解できないままで、受け入れるんだ。
「…………理解できないまま……受け入れる……」
理解できなくても良いんだ。だって、真の意味じゃ誰も理解できないんだからな。
それでも、良い。好きな部分も嫌いな部分も共感できる部分も理解できない部分も、全部ひっくるめて、その人なんだと、愛してる人なんだと受け入れれば良いんだ。
「…………それって、マスターも、お姉様も……?」
ああ、俺はそうしている。それに……きっとソフィも、な。
そして、無理に分かろうとしなくて良いんだ。理解できない部分に自分から触れる必要は無い。でも、無視する訳でも無い。
ただ、そばにいるだけで良いんだよ。
「そばにいるだけで……?」
ああ。理解できない部分を見ても離れない、かと言って近づきもしない。
いつもと変わらないままでいてくれる。そばにいてくれる。
それだけで、安心するんだよ。
「…………そう、ですか…………そうです……ね……」
「…………マスターは、ワタシがこんな風になっても、いつものように真剣に、こうやって、ワタシに答えてくれました…………それが、何だか…………嬉しい、ように……感じます…………しっかりとは、分かりませんが……」
……そうか。
「…………マスター、ワタシ……もう一度、自分でデートプランを考えてみます。……今度は、……お姉様と、ワタシを信じて…………」
うん。がんばれ、コト。
「……ありがとうございます、マスター。本当に……大切なことを、今日はマスターから教わりました……」
また何か分からなくなったら、いつでも相談に来るんだよ、コト。
「はい、……これからも、よろしくお願いします、マスター」
晴れやかな表情をしたコトルシィの、温かい笑顔を見て、俺はゆっくりとカップに口を付けるのだった――。
――――――
……で、この状況は一体……?
「…………すみません、マスター……」
カップをテーブルに置き一息ついた瞬間、身体をわずかな重みと心地よいぬくもりが包み込む。
「…………何故、ワタシがマスターに抱きついたのか、……今のワタシには理解できません……」
「……この気持ちも、今のワタシは理解できていません…………ですが――」
「――――理解できなくても、良いのですよね?」
……ああ、そうだな。
「……なら、もう少し……このまま……マスターのおそばに…………」
そうして一緒に眠りにつくまで、コトルシィと二人、寄り添い合って同じ時間を過ごすのであった。